第4話《1》
路肩に停めた黒塗りのリムジンへ、片腕の黒服がずぶ濡れのまま滑り込んだ。
座るなり車両用バーカウンターから片手で酒瓶を引っこ抜き、一気に飲む。同じデザインで色違いの白服を着たドライバーが運転席から振り返った。
「それ、酒だぞ?」
「見りゃ分かるし、飲んでも分かる。お前も一杯どうだ」
「ドライバーに酒を進めるのは頂けないな」
ボトルを受け取ったドライバーも遠慮のない一口。
片腕の男が笑いをかみ殺す。
「悪くない、こういう気さくなのに憧れてたんだ。
お上品なのはしてて疲れるし、やっていいこともねえ」
黒服が片手だけで苦労して取り出した煙草に火を付ける。乱暴に吐き出した紫煙の向こうに、黒くて小さなシルエットが浮かび上がった。
対面には喪服みたいな黒装束の少女が座っていた。少女は微動だにせず、体温すら感じさせない。
白服の運転手も煙草をくわえる。
「で、バスアイの方は?」
「車野郎は真っ二つになって海の底だ。こっちもこのザマさ。
バードイーターの名折れだぜ」
黒服が酒瓶の飲み口で適当に十字を切ってから、再び中身を流し込む。
白服は運転席で肩をすくめるのみ。
「バスアイは気の毒だったが……
死んでも証拠が残ることはない筈だ、オレたちはそういう存在だよ。
それより《遺産》と《ナナセファイル》だ。
遺産からは必ずジーリライト反応がある。
ナナセファイルは……ウオズミが持っている。どんなモノかは知らんが。
それで、どっちを追う?」
『《シドの遺産》が最優先だ。
管理局がウオズミを手配した、もはや一刻の猶予もない』
唐突に可愛らしい声が響く。黒衣の少女だ。
動くと思っていなかったドライバーが目を剥く。
「脅かすなよ、ブラキベルマ」
白服が黒を睨む。
片腕の黒服がくっくと笑い、痛そうに顔をしかめた。
「――だ、そうだ。
脱走したウオズミ、確か死人を生き返らせたいんだっけ?
意味ねえのに」
「《遺産》の機能に疑いはないが……」
喋りかけた白服の手が止まる。
ダッシュボードに取り付けられたモニターにノイズが踊り始めた。黒い少女の瞳がほんのわずか下がり、同時に地面が軽く揺れ始める。
「ブローアウトだ」
小さな稲妻の大群が《都市》を覆い始めた。
周囲の地形、建物、舞い散っていたゴミまでも、都市に作られた全てがゆっくりとカタチを変えてゆく。
住民たちも思わず足を止めた――が、すぐに普段の生活へ戻った。
これもまた《都市》の日常なのだ。
「都市が完成したと判断するまで続く、無限の再構成……また地図が変わる。
今度が何ができるるのやら」
肩をすくめたドライバーが黒塗りのリムジンを発車させた。
セントラルアイル――初期からほぼ輪郭を変えていない細長い島は、イースで最も安全な場所として観光地化が進んでいる。
ネオンやサイネージ輝く摩天楼は、エネルギッシュな活況に満ちていた。
「居心地悪いよなあ……」
上品な建物に囲まれたスクエアに立つセンリが夜を透かすように呟く。
今夜はアンサンブルのボレロと飾り付きワンピース、白のレースタイツにローファーというフォーマルな服に身を包んでいる。
つまりちゃんとしたレストランにも入れる服装だ。
夜風がヘッドドレスについた飾りリボンをそっと揺らした。その様は撮影中のチャイルドモデルみたいだが、表情は冷たく厳しい。
「同じ《都市》なのに、ノースアイルの収容所と大違いだよね。
普段は根拠ない噂をタレ流してる人たちも堂々と遊びに来てるんだろうな……
超観光客価格でお金落としてくれるからいいけどさ」
つぶやくユウキの表情もまた冷たく厳しい。
ユウキもセンリと同じようにフォーマルな少女用スーツを着ていた。
こちらはベストとショートパンツだが、よく似合っている。飾りのコサージュとボウタイはセンリとお揃いだ。センリを背に庇うようにして立っているせいもあって、崇高な任務を遂行する小さなナイトのようにも見える。
明るい通りをぼーっと眺める二人の背後から足音が響いた。
気配に振り向いたセンリの視界の先で、古風な革表紙のメモと地形を見比べながら歩いていた少女が顔を上げる。カジュアルな私服に着替えたテッセだった。
彼女は二人を見つけるとしばし言葉を失う。
「何か?」
「い、いえ……えーと、お二人とも似合ってて可愛いですねというのと、何でそんなに尖った目つきなんですか、と」
「盗撮する奴がたまにいてね」
汚染者という呟きと一緒にね……と、センリが胸中で呟く。
同じ胸中を押し殺したユウキがテッセへ礼儀正しく礼をした。艶やかな少女の髪が風にそよぐ。
「本日はお招き頂きまして有り難うございます」
センリもユウキに続くようにスカートの両端をちょんとつまんでお辞儀する。白のタイツに包まれた脚線が美しい。
テッセも返礼のお辞儀しながら納得したように頷いた。
「盗撮は念のため管理局のネットパトロールに連絡しておきます。
では、こちらへ」




