第3話《4》
橋へ入り込んだバイクの後ろから、けたたましいクラクションが鳴り響いた。
何気なく振り向いたセンリが目を剥く。
「何だありゃ!?」
シートに座るドライバーの上半身自体が膨れ上がっている!
一瞬エアバッグかと思ったが、違う。
胸が一気に膨張して大量の空気をバキュームすると、身体が不定に崩れた。背中が溶けるようにシートへ融合し、そこから車全体に融合してゆく。
――やがて車が立ち上がった。
四輪のタイヤはそのままに、ドライバーと車体が一個の怪物へと変貌を遂げる。
ヒトと車のキマイラとでも言うか。ただし人は死体ではない。
屋根からバランスの悪いケンタウルスみたいに飛び出したドライバーの上半身が、腕組みして上からドヤる。
黒服は車キマイラの背中に移動していた。
そんな無茶な状態であっても車としての機能は生きているらしい。あっと言う間にバイクと並ぶと、前タイヤで殴りかかる。
『驚いたか、小娘ども!
そのまま死ね!!』
手――というか、前足という、前輪が振りかぶられ、バイクをなぎ払う。
だがタイヤの一撃は電光に弾かれた。
『なんだとぉ!?』
「お触りは厳禁だよ、キマイラ……なんだか知らんが!」
センリの手には透明なブレードを持つ巨大な剣が形成されていた。
剣は身長ほどもあるが、動きからして羽根ほどの重さしかなさそうだ。刃内部には電光が内包されている。
その電光とセンリのテレキネシスが車人キマイラの一撃を受け止めたのだろう。
『その剣、昨日引っ込めたアレだな?』
「昨日……って、お前らもストーキングしてたのか!?
詳しい話を聞かせろ!」
センリが車人キマイラの肩に飛び移り、稲妻のような刃をふるう。
切断面が一直線に蒸発した。まるで熱線だ。
黒服もオートキャノンの先端を切り裂かれ、車上でひっくり返えった。
慌てて車人キマイラが手みたいに伸ばした前輪で黒服を受け止める。
『このクソガキども!』
「見た目で決めんな!」
噛みつかんばかりに吼えたセンリを肩に載せたまま、とっさに車人キマイラがフィギュアスケーターみたいなドリフトをかけた。
車体が竜巻のように回転する。
センリが空中に投げ出され、そのまま地面に叩きつけられる――寸前に、身体が磁石にでも引っ張られたように不自然に停止した。
「伯父さん!」
すぐさまユウキのバイクがセンリを拾う。
バイクは即座に減速から再加速へスイッチし、車人キマイラを一気に追い抜いた。
「大丈夫?」
「助かったぜ、ユウキ。
良くもやりやがったな――お返しだ、喰らえ!」
センリの肌にパークジェットが走ると、車人キマイラにガンと衝撃が走った。
まるで不可視の壁に衝突したようにフェンダーが潰れ、地面を擦り上げる。派手な火花が散った。
キマイラの腕に掴まれたままの黒服が狼狽えたように叫ぶ。
「おい、こりゃ何の冗談だ!?」
『こりゃ――んがっ』
再度の衝撃に車人キマイラの言葉が途切れた。
今度は不可視の巨人に背中を踏み潰されたような圧力がかかる。
『こっ、こりゃテレキネシスだ。
NMをバラけさせないように使う、キネシック場を利用した奴!!
それも、とんでもなく強い!
大したもんだが……場所が悪かったな。ペルチェ、ソーネード頼むぜ』
「おう!」
黒服が両手を組み合わせる。
そのまま融合して両腕が巨大なチェーンソーと変形した。さらに肩が、胸が、頭が――全身すべてがチェーンソーへ変貌した。
元が大柄な黒服だったため、とてつもなく巨大だ。
バスアイの前タイヤが全身チェーンソーフォームの黒服をガッチリと掴むと、力尽くで不可視の拘束を打ち破る。
さらに後輪を器用に使ってぐるんとバイクへ向き直った。
ユウキのバイクは――とうとう、橋の端まで到達していた。急ブレーキで停止するが、一歩先は空、真下は海だ。
『はーっはっはは、もう逃げ場はないぞ!
テレキネシスで何とかしようにも、どん詰まりでは利用できるモノがない。
もう一度オレと力比べてもしてみるかぁ?』
チェーンソーを持ってない方の前タイヤでビシッとユウキたちを指さす。
そんな叫びとゼスチャーが虚しく海上と空中に散る。
前方には、誰もいなかった。
風景の一部がバグったようにグチャげているだけだ。キマイラたちが間抜けな顔を晒す。
『あれ?』
『あ……バスアイ、後ろだ!』
巨大チェーンソーが叫ぶ。
センリとユウキを乗せたバイクは遙か後方にいた。バイクとユウキの全身にはパークエッジが綺麗な幾何学模様のラインを描いている。
『馬鹿な、前方にいた筈なのに!?』
『さっきの空間の乱れ……まさか《グリッチ》か!?
ジーリライトを使った、ポントブランク=レンジのパーソナル次元転移システム!
バリッバリの最新鋭だぞ。
こんな骨董品ばっかのセカイで、どうやって入手しやがった!?』
叫びを聞いたユウキがむっとした顔をする。口がグリッチのグの字に歪んでいるので、どうやら自分が解説しようと思ってたらしい。
「――解説どーも。
入手も何も、固有で元から持ってた能力だよ」
「ユウキ、とどめ行け!」
センリが励起させたキネシック場を再び展開する。
不可視の万力が、ずっと後方から車人キマイラと巨大チェーンソーを締め上げる。巻き込まれた橋にクラックが入り、塵や小瓦礫が空中を激しく飛び回った。
『うおおぉ!』
力尽くで突破しようとした車人キマイラが、再び不可視の壁に激突する。
ソーネードもあるので完全には停められないが、足止めには充分だ。
「伯父さん、そのままで」
ユウキがホルダーから回転剣を引き抜くと、オーバーアクションで空中に投擲する。
活性化したNMがユウキの肌を駆け巡った。
「ペンデュラムスピナー!」
セカンダリーアタック宣言を受け、切断光輪と化した回転剣が爆発的な加速で降下を開始した。
『この……おおっ!』
キマイラが空から迫り来る切断光輪へ向けてソーネード・チェーンソーを振り上げた。
光輪と千の鋸刃が真っ正面からぶつかり合う!
一瞬の拮抗――は、切断光輪が打ち勝った。形成されたディスペル場の刃が鋸刃を縦に切断する。
そのままの勢いで車人キマイラと、ついでに橋も切り裂いた。
回転剣は水面スレスレから急上昇し、セカンダリーを解除してユウキの手に戻る。
ワンテンポ遅れて崩れた橋がぐらりと傾き、水面に盛大な水柱を立てた。
「ユウキ!」
脱力してフラつくユウキをセンリがバイクに引き上げる。
二人の頭上で水柱が砕け、海水の大雨が降り注いだ。
大きな道路に戻ったところで、スワンリッターのクロスアイがドライブレコーダーのデータ処理終了を告げる。
「この戦闘データが土産になりゃいいがな」
センリがユウキをタンデムさせたまま、バイクを加速させる。
ユウキが疲れたようにセンリの背にもたれかかる。柔らかで暖かな背中だった。
二人は、そのまま無言で街を流す。
「さっきのキマイラたち、クロムドーム人なのかな……
もしそうなら、キマイラ絡みの事件は異世界人の仕業なのかな」
「クロムドーム全部による陰謀ってワケではないだろうが、向こうから犯罪者が来ているのは間違いないな。
何とかしたいが……地球だけでは手も足も出ないな。
オレたちも、このナリで何処までできるか」
センリが危険な角度ではためくスカートを見下ろして溜息をついた。
ユウキも同意するように頷く。
「やっぱりもっと味方が欲しいね。
クロムドーム人から話が聞けるチャンスが得られたのは幸運だったかも」
「そうだな……気は進まないが、一張羅引っ張り出すか。
――ユウキ、スカート押さえてくれ。テレキネシスで抑えるのも流石に疲れた」
「いいけど、足に触るよ」
「好きなだけ触るといい」
許可を受けたユウキが自分の膝と手でセンリのスカートを押さえた。
美少女のスカートが美少女の手中でパタパタする。これはこれで危険な眺めだ。
「ボクや伯父さんのパンツで喜ぶ人はどういう性癖なんだろう……n
娘がいるような人でも見たがるよね」
「オレたちの事情を知らない連中……と、言いたいところだが、元男だと教えたら逆に失礼な態度とってくる連中多いよな」
「ああ、元男だって教えた途端のセクハラ多いよね!
蔑むように睨みつけてくる女性も腹立つ。あれはなんなんだか。
伯父さん、やっぱりスカート止めない?
無礼な態度取られる一番大きな理由だと思うけど」
「男物着てると延々スカートの話題出してくる連中がこの世から消えたらな。
あーもー、他人と普通に会話したいぜ」
「そうだね……
普通に話せないどころか、勝手に触ってきたり謎のタイミングで凝視されるのも嫌だよね。
老若男女の区別なくしてくる」
「やっぱり成人の男性が一番楽だよな。オッサン時代は自由だった。
戻れるなら戻りたいぜ」
「うん……そうだね」
ユウキが疲れたように笑う。
愚痴りすぎたことに気付いたセンリが慌てて密着度を上げた。返答の代わりにユウキがセンリの太ももに添えられた手に優しく力を込める。
対向車線を通り過ぎた車が大きく蛇行する。そうなるのも当然の眺めなのだが。
「すまん、愚痴りすぎた」
「大丈夫」
その後は何事もなく進み、やがてバイクがサウスアイルのメインストリートに入った。
「ユウキ、混んできたようだから裏道使う。
もうちょっと強くスカート押さえててくれ」
「うん」
さっきの戦闘箇所へ向かうらしい軍用車両のサイレンを背に、二人を乗せたバイクが裏道へ続く小さな脇道へ入ってゆく。




