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祖父の死  作者: 松明ノ音
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 今を楽しめ。

 それが、祖父の口癖だった。


 子どもの頃からお盆と正月には、必ず祖父の家に行った。田舎に住む祖父の家は大きな屋敷で、十五人の孫たちが遊ぶのにも、十分な広さがあった。はっきりした記憶があるのは、小学生の頃からだろうか。

 祖父は高齢になっても背筋が伸び、死ぬまで呆けることなく、しっかりとしていた。いつも左耳には、亡くなるときも付けていた、金のピアスがあった。

 ピアスは弧形。弧の中心に従って幅広く太くなっていて、子ども心に『耳重くないのかな』なんて思ったりしていた。

 祖父は僕たち孫と、相撲を取ったり走り回ったり、僕たちを高い高いで投げ飛ばしたりと、激しく遊んでくれた。左耳のピアスを引っ張ると、怒った。

 さすがに、痛かったらしい。

 祖父は、走り回って遊ぶ時には「疲れた」と言って最後にはやめるが、相撲の時には絶対に負けてくれなかった。触れてみると祖父の腕や胸は、脂肪が少ないのに太く、厚かった。

 若い頃から腕っ節が強かった祖父は、酒癖も悪く、飲んで帰って来た時には毎度の如く、傷を作ってきたそうだ。力比べで負けることは、老いても嫌だったのだろう。

 さすがに僕たちが大きくなってからは、僕たちの方から相撲は断った。祖父が意地になるのはわかっているし、勝ってしまっても、何か悲しいのかもと思ったからだ。

 傷を作って帰ってきた祖父は、いつも喧嘩した相手も家に連れてきたそうだ。おばあちゃんは相手と祖父の怪我を治療して、お粥を振る舞ったらしい。

 そのせいで作り慣れたのか、おばあちゃんのお粥は絶品だった。

 父とその兄弟姉妹と各々の嫁と婿、それに僕たち孫は、おばあちゃんのお粥が大好きだった。

 実家に帰った夜は毎日、おばあちゃんのお粥をみんなで頼んだ。

「あんたと結婚してよかったのは、みんなが喜んでくれるお粥を作れるようになったことだねぇ」

 そんな冗談を、おばあちゃんはよく言っていた。酒を飲む大人たちには、少し塩を多くしたお粥を出していて、子どもの頃はずっと、それを食べたいと思っていた。大学生になって、日本酒を飲みながら食べたが、やはり絶品だった。

 祖父の生涯の仕事は、営業マンだった。

 会社は何社か移ったけれど、営業職であることは変えなかった。最後の会社で十五年勤め、そこで上まで昇進したらしい。

 売れる市場を転々として稼ぎ、自らのことをハゲタカと、父たちには語っていた。

 メリットとデメリットを丁寧に説明する営業ではなく、お客さんとの仲と人情で仕事を取ってくるタイプで、当時のお客さんが僕たちの帰省中にやってくることもしばしばだった。

「君のおじいちゃんは悪いヤツでね」

「おじいちゃんに騙されたおかげで、今がある」

「君のおじいちゃんは悪い人だけど、私たちは君のおじいちゃんが好きなんだよ」

 なんて言葉を、何度も聞いた。

 子どもの頃は、祖父を悪く言う人たちを嫌いになったり、悪い人だけど好き、なんて意味も分からなかったりで、困惑したこともあった。

 お客さんが訪ねてきて、楽しそうに笑い合っている姿。一人、縁側で煙草を吸っている祖父の姿。その両方が、今でも目に焼き付いている。

 ルールがあったようではなかったけれど、皆、祖父の家には少なくとも一泊して帰った。そして、帰る日の前日の夜に、全員が祖父と二人きりで話す時間があった。こちらはルールというより、祖父が決めていたように思う。

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