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 ネオラが私の侍女になってから約一年、私はすでに学園に入っており、シュゼットが編入生として学園にやってくるまで一ヶ月をきっていた。


 婚約解消をレヴォン様に願い出てから六年程経ったが、私は未だに彼と婚約解消をできずにいた。

 そして何故か学園に入学するまでにお茶会を行った回数が前々世では362回だったのに対し、今世では538回とかなり多くなり頻繁に会っていた。


 他に変わったことと言えば、よく好意を口に出してくるようになったことだろうか。

 前々世では初めて『好き』だと言われてから好意を口に出して言ってくれたことは両手で数えられる程。しかし今世は婚約解消を願い出たあの日から会うたびに必ず一回は口に出して言ってくるのだ。

 婚約解消を願い出た日と同じように、好意を伝えられるたびにあまり良い意味ではない心臓の音が鳴っているが、別に好きになったわけではない。正面から好意を伝えられると、相手が誰であろうが心臓は高鳴ってしまうものだ。

 それに、それくらいで彼を好きになってしまうわけにはいかない。というよりはならない。

 今私を好きでいてくれても、彼は必ずシュゼット様を好きになると知っているし彼を恨んでいるのだから。と自分に言い聞かせるように考えた。






 学園は寮制だ。学園への寄付金が多ければ多いほど、その生徒の部屋は大きくなる。

 私は女子寮の中で一番大きな自分の部屋に帰ると、鞄を置いて着替え始める。動きやすいドレスに着替え終え椅子に座ると、ネオラがすかさず私の前にある白い机にお茶を用意する。

 私は彼女がお茶を机に置くと同時に話しかけた。


「ネオラ、レヴォン様と婚約解消をできなかった今、もうそろそろ本気で彼を遠ざけ始めた方が良い時期よね?」


「何故でしょうか?」


「…あと一ヶ月程でシュゼット様がこの学園に編入してくるの。私があの二人の恋愛模様をわざわざ見たいとは思えないでしょう?」


「なるほど、もうそんな時期だったのですね。…ゲームでは何月何日などの日付に、どのイベントが行われるかは知らされていなかったので」


 私が軽く説明をすれば、彼女は顎に手を当て無表情のままウンウンと頷く。さらっとゲームという言葉を発したが、部屋には私とネオラしかいないので注意もしなかった。


「そうですねぇ、どうしても二人の様子を見たくないというのなら避けた方がよろしいかと。シュゼット様がこちらに来られてから急に避け始めればおかしいですから、ちょっとずつ避けるようにしていけば違和感を感じられないのでは?」


「どうしても見たくないとまでは思ってない…けれどね。そうね、今からちょっとずつ遠ざけていけばいいかしらね」


 二人の仲睦まじくしていた頃の姿を思い出し、胸がツキリと痛んだ気がしたが、それはおかしいだろうと頭を振る。


 レヴォン様とはクラスが隣同士のためそこまで会うことはないのだが、彼が私のクラスに何かと理由をつけてやって来るのでそのたびに話しかけられるのだ。休憩時間はなるべく教室から出て行くことにしよう。


「…あまり無理はなさらないで下さいね」


「別に無理はしてないわよ?」


 休憩時間に教室から離れた後はどこに行こうかと考えていると、ネオラが心配そうに言う。別に無理をするも、むしろ避けたいから避けるのだがネオラは何を心配しているのだろうか。

 とりあえず、休憩時間は庭園や図書室に訪れようかと考えながら私はのんびりお茶を飲んだ。














 生徒会室で、俺は来週からこの学園に通うこととなった少女の資料を渡される。

 彼女の名は、シュゼット・ファビウス男爵令嬢。


 シェーヌに会いに行こうとしていた時に資料を渡され、若干イライラしながらも彼女の名前を目にしたとき、大量の記憶が流れ込んできた。

 俺は"俺"の記憶が戻ってからも、人格に関しては影響を受けなかった。



 ただ、記憶よりも強く流れ込んでくるのは感情の渦。

 喜びの感情よりも悲しさや後悔の感情が多く、頭痛がしてくる。


 ごめん、ごめんシェーヌ。


 俺は咲良を、裏切ってしまった…



 頭の中で流れ込む思いは、ほとんどが謝罪の言葉でいっぱいで。それも一人ではなく二人分の思い。



 "シェーヌに償いをしなければ"


 頭が痛い


 "また俺は咲良のいる世界へ生まれてしまった…何もできなかったのに"


 吐き気がする



 俺はその衝撃に耐えられず、床に倒れこむように気を失った。




 俺は真っ暗な空間の中に、ただ一人佇んでいた。

 何も聞こえない。何も見えない。手足の感覚もしない。それはまるで、前々世と前世で味わったときのものと同じだった。

 暗闇の中、最初に思い出した人はシェーヌだった。


 ごめん。


 口に出して言ったつもりが、何も聞こえず何かを声に出した感覚もしない。

 やはり、ここはあのときと同じものなのだなと思った時、二度の人生の中で聞いた声と同じ声が頭に響いてきた。


"もうすぐだ"


 またこいつの声を聞かなければならないのか、と思う。


"最初に思い出す奴があの女とはな…お前はまた懲りずにあの女に恋をしたのか。お前たちが結ばれることなど、決してありはしないのに"


 余計なお世話だ、と心の中で返す。


"まあいい、時が来ればもう一度お前の元に行く。それまで精々楽しめ"



 その言葉を最後に、俺は意識を取り戻した。


 目が覚めると俺はベットの上で眠っていた。周りはカーテンで閉められていたため、ここが保健室なのだと気づく。俺の部屋のベッドにカーテンはないからだ。


 頭がぼんやりしていて、はっきりと何かを考えることができない。

 だが、頭の中ではただひたすらに"ごめん"という言葉だけが流れ続けていた。誰に対して、何に対して謝っているのかもわからずに。


 気絶した俺を保健室まで運んでくれた副会長がやって来るまで、俺はぼんやりしたまま頭の中で同じ言葉を繰り返していた。




 男子は女子寮に近づくことができないため、その日すでに女子寮に帰っていたシェーヌに会いに行くことができず、俺は次の日彼女に会いに行くことにした。


 最初に会った時には、何と言えばいいのだろう。やはり謝るべきなのだろうか。

 …そもそも彼女は、前々世や前世のことを覚えているのだろうか。


 彼女と出会ってからの、今までの行動を思い出す。出会いは前々世と変わらなかった。俺の言った言葉も、彼女の返事も。それから何度も行ったお茶会、それも前々世と変わりなかった。()()()()は。


 51回目のお茶会、彼女は俺に婚約解消を願い出た。前々世では、彼女が婚約解消を願い出てきたことなどなかったのに。


 何故突然変わったのだろう。何があったのだろう。

 …ああそうか。50回目のお茶会だ。


 その時は気づかなかったのだ。あまりに一瞬のこと過ぎて

 彼女は俺と目が合った時、酷く悲しんでいる表情をしていた。その目は、絶望に染まっていた。


 気づくのが遅かった。遅過ぎた。

 あの時、もっとしっかり問うていたら、何かが変わっていたかもしれないのに。


 俺の足は自然と早まっていた。

 王家専用の寮からシェーヌのいるはずの教室までの距離が、酷く遠く感じた。

 彼女の教室に着き、俺は扉を開ける。周りを見渡すが彼女の姿が見当たらない。

 扉のすぐ近くにいた生徒が、俺に何か用かと問いかける。シェーヌはいるかと聞けば、彼女は教室から出てどこかへ行ったと言っていた。

 すぐに教室を離れ学園の中を探し回るが、一向に見つからない。

 授業が始まり仕方なく教室に戻ったが、休憩時間になるたびに俺は彼女を探し回った。


 しかし結局俺は、シュゼットがやって来るその日までに彼女に会うことが一度もできなかった。














 一ヶ月という時間はあっという間に過ぎてしまって、気がつけばもうシュゼット様がここへやって来る日になっていた。

 


 シュゼット様がやって来る一週間前になった日から、レヴォン様は急に私を探し回るようになられた。

 それまでに順調にレヴォン様と会う回数を減らしていくことに成功していたため、突然私を探し回ることが増えた彼から何故かすごく逃げきりたくなっていた。

 最後の頃は庭園や図書室に行くだけでは危なかったので、少し狡い手を使ってしまったが女子トイレや女子寮へ逃げ込んでいた。




 そしてシュゼット様が来る予定の今日、私は授業に集中することも、休憩時間に図書室で本を読んでいても集中することができず、庭園をボーっとしながら歩いていた。


 姿が見えてから思い出した。



 ああ、そういえばレヴォン様とシュゼット様の初めて出会った場所は学園内のこの庭園だったわね。



 私の目線の先には、庭園の中で周りをキョロキョロしながら何かを探しているピンク色の髪の少女。


 ぐらりと身体が傾くような感覚がする。


 ここにいてはダメだ、と直感が告げ私はその場を足早に立ち去った。


 彼女のいた方へ振り返らないようにしながら教室へ向かう中、頭の奥で私と似た声の女性の声が聞こえた。




"もうすぐで、"私"も行かなくてはね"

読んでくださり、ありがとうございます‼︎


次はヒロインちゃんの前々世。

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