7(王子:前々世)
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『貴方を必ず幸せにする。僕と結婚してください』
そう言ったのは、彼女が婚約者候補として王宮に訪れ、2人で庭園を散歩していたとき。
彼女が部屋に入り目があった瞬間、僕はこの子に恋をするんだろうな、と思った。その時に恋に落ちたわけではない。ただこれからきっとそうなるのだろうと、直感が訴えていた。
手を差し出しながら告げた言葉に、彼女は雪のように白い顔を真っ赤に染め上げ返事をすると、俺の手を取った。
直感は当たることになった。
好きになったことに理由はなくてただ何度も会ううちに気がつけば、俺は彼女が好きなのだと思うようになっていた。
王宮という小さな箱の中で育てられ、閉じこめられていた俺の世界を、美しいものだと思わせてくれた唯一無二の大事な、大切な婚約者。
彼女が俺に言うわがままは可愛いお願い事で、全て叶えた。
願いを叶えれば、彼女は良く手入れをされたも分かる程に綺麗な銀髪を揺らし、夏の良く色付いた葉のような緑色の瞳を細めて笑う。
令嬢らしくないとメイドに叱られるため俺と二人きりのときにしか見せない、俺しか知らないその笑顔。俺にしか言わないようなわがまま。何もかもが可愛くて綺麗で、今でも変わらず大事な守り続けたいものだった
「…レヴォン様は、私を1人の女性として見てくれないのですね」
86回目のシェーヌとのお茶会で、彼女は庭園に咲いている花を眺めながらポツリと呟いた。
「シェーヌ、君は本当にそう思っているのか?」
思った言葉が、行動が何と言うべきかを考えるより先に口から出ていた。
『好きだ』と口に出して言ったことは、記憶を探ればなかった。態度で伝えていたから口に出さなくても良いと思ってしまっていたのかもしれない。
だが、その態度でさえ伝わっていなかったとは考えてもいなかった。
「シェーヌ、君は本当にそう思っているのか?」
と言えば「ええ、もちろんですわ」と、なぜそんなことを聞くのだろうという顔をしながら言った。
俺の呟きに反応し、どうやら彼女は今の話を理解できていなかったようだ。彼女の言った言葉を話せば一瞬動揺し、すぐに何ともなかったように振る舞う。
「…レヴォン様、その言葉はお忘れになって下さりませ。私はそのことに不満を抱いたことはございませんわ」
「レヴォン様は決められた婚約者だから私にも優しくして下さり、私が国民の1人だからお願いしたことも叶えて下さいます。私はただ、そんなことをしていただけるだけで嬉しく思っておりますから」
そう言われてしまったが、忘れられるわけがない。
彼女は普段気をつけているようだが、俺に好意を寄せていることに気付いていた。だから俺も同じ気持ちなのだと知って欲しかった。
『大事な人』と言っても"妹のように思っているから"という言葉が彼女の頭の中で付け足されているようで、好かれていると考えてもいない様子に悲しくなる。
だったら、絶対忘れられなくなるようなものを。と、彼女の頬に手を伸ばし、形の良い紅い唇にキスをしてみせた。
「俺はシェーヌと初めて会った時から、1人の女性としか見てない。好きだよ」
「……私も、ですわ」
ふわりと嬉しそうに笑う彼女を見て、俺も嬉しくなった。
その笑顔がずっと消えないでいてほしい。
そう思ったのは俺なのに、シェーヌの笑顔を消してしまったのは俺自身だった。
しばらく経つうちに、彼女はヤキモチを妬いてくれるようになった。
俺がパーティーで他の女性と踊ったり、話している姿を見かければ強く睨みつけていた。
睨まれていた令嬢には少し申し訳ないとは思ったが、それ以上に、彼女がヤキモチを妬いてくれるようになったことの嬉しさの方が勝った。
話している相手の女性のもとから離れてシェーヌのもとへ今すぐ行きたいと思っても、王太子としての行動というものに遮られ、挨拶を一通り終えるまではそうすることは叶わなかった。
だが、全てを終えてから彼女の元へ迎えばシェーヌは暗い表情から一転させ、とても華やかな笑顔になる。それが可愛くて可愛くて仕方がなかった。大好きだった。
それから突然おかしくなり始めたのは、学園生活が始まってから半年程経った頃だった。
昔から、王太子である者は学園に入れば生徒会長になるという義務がある。将来国を背負って立つ者だから、学園一つもどうにもできなければ王などやっていけるわけがないという理由により。
そして王太子である俺は学園に入学し、前生徒会の方々が引退されるとすぐに生徒会長の座についた。
編入生が来るという知らせとその編入生の資料を一週間前にもらい、今日はその編入生が来る日となっていた。だからと言って学園内の案内などは俺ではなく他の生徒会役員がするのだが。
放課後、生徒会の仕事を終えて廊下を歩いていると、シェーヌの後ろ姿を前方に見つけた。仕事で疲れ切っていた気持ちはただそれだけで晴れやかなものになり、彼女に話しかけるため足を前に動かそうとした。そう、動かそうとしたのだ。
話しかけようとしていたシェーヌの姿が少しずつ離れていき、せめて話しかけようとするが声が出ない。
おかしい。
俺は必死で足を前に出そうと、声を出そうとする。だが足が前に出ることも声が出ることもない。
彼女の姿がどんどん遠のいて行く。
"シェーヌ‼︎"
そう叫ぼうとしても、心は焦っているのに口から出るものはいつもの落ち着いた呼吸だけ。心臓までもいつもと変わりない速さで動いていた。
せめてどこか動けば良いと動かそうとするも、どこも動かず苦しんでいると、身体が動いた。
これでようやく彼女の元へ行ける、と安心した。
だが、ようやく動いた身体が向かう方向は彼女の元ではない逆方向だった。
なぜ動かない‼︎なぜ俺は彼女のいない方向なんかへ歩いている‼︎
身体が勝手に違う方向へ向かう中、俺は足掻いた。彼女の元へ向かおうと、シェーヌと話をしようと。
そんな俺の必死な足掻きは一ミリたりとも通用せず、俺の身体は目的の場所に到着したのか校舎から少し離れた庭園へ着いた。
目線も動かすことが出来ず、身体が勝手に動かした視線の先には見たことのない少女が一人キョロキョロとしながら立っていた。
それどころじゃない、シェーヌの元に向かわねばと考えていると止まったと思っていた身体は再び前へ動き始め頭に何か言葉が浮かび、今度は口をも動かし始めた。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
ピンク色の髪を揺らしながらキョロキョロとしていた少女は、その声に反応すると俺の方へ振り返り、その彼女の青色の瞳と視線がぶつかった。
フッと視界が暗くなった。彼女と目があった瞬間に。
視界は真っ暗なはずなのに、声だけは聞こえる。俺の身体が話しかけた少女の困ったような声。俺の頭に何故か浮かび上がってくる言葉を発する俺の声。
俺は何をしているのだろう。シェーヌに話しかけようとしたはずなのに、俺は何故名も知らぬ少女に話しかけているのだ?
視界が暗く、何も見えない。だが不安に駆られるよりも早くシェーヌに会って話がしたいと思った。
身体を動かそうと奮闘していると、突然頭の中に俺と似た声が響いた。
"お前は“俺”の不要物だ"
その声が聞こえると、俺の視界は戻り、名も知らぬ少女が目の前に立っていた。
ただ、先程と違ったのは『シェーヌに会いたい。話がしたい』という感情が全て消え去っていたことだった。
それから先は俺自身が話し、色々なことを考えていたはずなのに何かが違うと、胸にポッカリ穴が開いたような感覚のしたまま過ごしていた。
その間は、かけがえのなかったはずのシェーヌとの記憶を思い出すこともなかった。毎日のように考えていた彼女のことを。
胸の違和感が消えぬまま過ごしていると、いつのまにかシェーヌが処刑されることになっていた。俺が決めたはずなのに、まるで他人が決めたような、妙な感覚だった。
ただよく覚えていたのは、シェーヌが騎士に連れ去られ叫ぶ声に、胸がキシリとなった気がしたことだった。
俺は彼女の処刑の場へ訪れなかった。愛する"彼女"を傷つけた者になど会いたくないと思っていたからだった。そのくせ、俺の胸の違和感は以前より酷くなっていた。
自身の部屋で公務の仕事をしていると、心の中で再び俺と似た声が響いた。
"おかえり"
胸の違和感がなくなって行く、ポッカリと開いた胸にピースが埋まって行く。そんな感覚がした。
その瞬間、どっと全身から悲しみの感情が溢れ出てきた。
俺は何をしていた?
俺が彼女以外の女を愛していた?
俺が彼女を殺した?
俺は走り始めた。彼女のいる場所へ。彼女の処刑場へ。
手遅れだった。俺が着いた時にはもう誰もいなかった。残るは血の付いたギロチンのみ。
ごめん。ごめん。ごめんごめんごめんごめんごめん。
ごめんなさい。
誰もいないその場所で、ただ一人泣き続け、その言葉を繰り返した。
それからのことはあまり覚えていない。彩りのない世界で、王として生き続けた。
妻となった彼女は優しく、俺を支え続けてくれた。
でも、その優しい彼女に俺は、何も返すことが出来なくなっていた。
笑顔も、感情も、愛も。
死ぬ直前に願った。
せめてどうか、彼女に償いができますように。
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