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「シェーヌ、来年から学園に入学するにあたって君に専属の侍女をつけることにした。何人か候補がいるからその中から選んでもらえるかい?」
朝、目を覚ましてからメイドに『旦那様がお呼びです』と言われ支度を終えてから来てみれば、彼はそういった。
記憶を取り戻してから約6年、私は14歳になっていた。
学園への入学は大抵の者は15歳で、誕生日の早い者だけが16歳で入学することになっているため、来年15となる私は学園に通うことになるのだ。
その名は『国立パトリエール学園』、貴族や王族の15〜18歳の者だけが通う学園だ。貴族科以外は存在せず、平民は通わない。学園内では公平にとは言われているだけで、実際は公平などない。
記憶により正直行きたくなかったが、公爵令嬢であり一応今は王太子の婚約者なのだ。私情によって通わないとは言えない。
そして学園に通うまで約一年を切った今日、父は私に専属侍女を付けることにしたらしい。
専属侍女は前々世でもいた、侍女は頼れなさそうな人でなければ誰でも良いので同じ人にしよう。
そう思い父の今屋敷で働いている者の中から用意した侍女候補の資料をめくっていくと、ある少女に目が止まった。
特に理由もなく、この子だと思った。
「…お父様、私この方に侍女になって欲しいですわ」
先に口が動いていたためしっかり確認できていなかったが、改めて確認をすれば彼女の名前はネオラと書かれていた。
私がその方について書かれた紙を父へ見せると、彼は「わかった」と頷いた。
「お初にお目にかかります、本日からお嬢様の侍女となるネオラと申します。よろしくお願いいたします」
数日後、私の侍女となり父に呼び出された彼女は父の書斎に入ると、綺麗なお辞儀をしてみせた。
資料を後日しっかり読み直したら、彼女の担当は掃除で平民だと書かれていたのだが、ここで働くより以前はどこか別のところで働いていたのだろうか。
彼女の綺麗なお辞儀に感心していると、私がまだ挨拶をしていないことを思い出し礼をする。
「ええ、私はシェーヌ・エヴラール。本日からよろしくお願いいたしますわ、ネオラ」
私は頭を上げ彼女を連れて部屋を出ると、真っ先に自分の部屋へと向かう。
私の予想が間違っていなければ、彼女はそのはずだ。私の本能の告げることがあっていれば彼女はーー
「では改めてよろしくね、愛由美ちゃん」
私は部屋に入り戸を閉め二人きりになると、そう告げる。
見た目も名前も何もかもが変わっている。でも、資料に目が奪われ理由もなく彼女だと思った理由は、彼女が部屋に入った瞬間にわかった。
私の前世、鷹田咲良の唯一無二の親友であった木下愛由美だ。
「…やっぱりそうだったんだ。久しぶりだね、咲良」
彼女は先程までの無表情を急変させ嬉しそうにニッと笑うと、私はその笑顔につられて笑顔になる。笑い方だけは愛由美のときと変わらないらしい。
私は間違っていなかったことにホッと胸をなでおろすと、近くの椅子へ座り彼女も座るように促す。
「内心間違ってたら嫌だなって思ってたから、間違っていなくてよかったわ」
「まぁねー。私もそうかなと思って聞いてみようかと思ってたんだけど、間違ってたらただの無礼者になっちゃうから咲良の方から切り出してくれて良かったよー」
先程お辞儀をした時の礼儀正しそうな彼女の第一印象とは全く違って、首に手を当てながら本当に安心したように胸をなでおろす彼女は愛由美と同じだった。
彼女が椅子へ腰掛けたところで、私は彼女が愛由美であると疑ったときからうかんでいた疑問を口に出す。
「ねえ、愛由美ちゃん。いつから自分は以前"木下愛由美"だったと気づいたの?私は婚約者と50回目のお茶会の時よ」
「ここで働き始めて、咲良の姿を見かけたときからかな、多分二年前くらい。
咲良の姿見た瞬間に何でかわからないけど急に『あ、私そう言えば木下愛由美だったな』って思ってい出して。その時に何となく"シェーヌ様"は咲良と同一人物何だろうなあって気づいた」
私は今までに彼女の姿を見かけた覚えはないため、彼女が一方的に私を見ていたことになるのだろう。
「先程お父様の書斎に入って来たとき、平民にしてはとてもお辞儀が綺麗だったけれどここで働くより以前はどこか別の家で働いていたの?」
「ううん。ここで働き始めたのは三年前の15歳の時で、それより以前はどこでも働いてない。愛由美のときにここぐらいの時代と場所が舞台になってる漫画とかラノベ読んでたから、それを思い出してやってみただけだよ」
「ラノベ…?」
「ああ、そっか。咲良はそこらへんの知識あんまなかったもんね。ライトノベルってやつで、ちょっと違うけど絵のついた小説とでも思っておけばいいよ」
いまいち理解できなかったが、とりあえず愛由美のときの知識を活かしたというわけなのだろう。
「愛由美ちゃんは何歳まで生きたの?」
「うーん…90歳くらいかなぁ。多分老衰だったと思う。何でか30歳くらいまでの記憶ははっきりしてるのに、それ以降の記憶はほとんどなくて『生きていた』っていう事実しか覚えてないんだよねぇ」
私みたいに自殺したり、事故死をしていなくてよかったと安心する。彼女には不幸な終わり方をして欲しくなかったからだ。
他の質問をしようと口を開いたとき、先に言葉が出たのは彼女の方だった。
「私の方からも質問いい?というか聞くね」
こくりと首を縦に振れば、彼女は急に真剣な眼差しに変わった。
「咲良はさ、何で死んだの?ニュースで見たときほんとにびっくりしたんだよ」
「…悲しかったから。信じていた人に裏切られたことが」
聞かれるだろうと予想は付いていたので、私はすぐにそれに答える。
「信じていた人って、嶋田?」
「そうだよ」
「あー…そっか。何となく想像はできた気がするし聞かないでおくね」
「別に聞いてくれても良いのよ?今はもう何とも思っていないから」
私が微笑みながら言えば、彼女は苦々しい微笑みを浮かべる。流石にあまり良くない結果を迎えた私たちの恋愛事情は聞き辛いみたいだ。
「それとね、私はここが良く言ってた『キャチプリ』の世界だと思ってるんだけど、咲良はどう思う?」
「思ってるというか、ここはその世界で間違いないわ」
「え、咲良って『キャチプリ』やってなかったよね?何で間違いないって言えるの?」
「説明すると少しややこしくなるけれど…私にはね、"鷹田咲良だった前世の記憶"だけではなくて、"シェーヌ・エヴラールだった前々世の記憶"もあるの」
私は淡々と、前々世から今世に至るまでの記憶を話す。前々世でレヴォン様に婚約破棄されたこと、前世で祐介を殺したこと、今世で婚約解消できなかったことなど、全て。
彼女は私の話をたまに相槌を打ちながら真剣に聞いてくれていた。その様子を見て、本当に良い友人を持ったのだなと思う。
全て話し終えると、彼女は悲しそうな顔で言葉を発した。
「…咲良は、嫌いにならなかったの?嶋田というか、レヴォン様のこと」
「どうかしら。嫌い、ではないのかもしれないし、嫌いかもしれないわ。少なくとも、彼のことは恨んでる。もう好きじゃない」
「そっか。…私は、真実を確かめてからじゃないとなんて返せばいいのかわからない。嶋田が、レヴォン様がどういう気持ちで咲良を、シェーヌを振ったのか」
「どういう気持ちも何も、好きじゃなくなった。ただそれだけでしょう?」
「…そうだよねぇ」
彼女は何か考えることがあるのか、少し黙り込んでから言葉を発した。
これ以上話していても暗くなるだけだろう、と思い、私はこの話を終わらせる。
「この話は終わりにしましょう。面白くもないし、需要もないわ」
「うん、そうだね。でも何か困ったこととか辛いことがあったら何でも言って。私は咲良の親友でシェーヌ様の侍女なんだから」
「…うん、ありがとう」
彼女は私の言葉に反応して、悲しそうな表情から優しい微笑みに一転させる。
別に彼女に心配をしてもらいたかったわけではない。私の唯一の友人である彼女には、楽しく生きてほしい。だから、私の事情には関わらずに生活していってほしいと思い、返事に少し戸惑った。
私はこの話は終わりだ、という意味を込めてパンッと手を叩くと、彼女はその音に驚きびくっとした。
「では話は終わったから、今から私たちは"公爵令嬢シェーヌ"と"侍女のネオラ"よ。たまに気を抜きたくなったら"咲良"になってしまうかもしれないけれど、今の私たちはその関係よ。頼んだわ、ネオラ」
「はい、精一杯尽くさせていただきます。シェーヌ様」
私たちは微笑み合うと、エヴラール家についての説明を話し始めた。
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