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エピローグ

最終話です。

「ねえミロ様。私って今、幸せかしら」


 先日人生で17度目の誕生日を迎えた私、アンナ・アズナヴールは、幼い時に決まった婚約者であるミロスラーフ王太子殿下と学園の中にある図書館に訪れ本を読んでいた。

 二人は図書館の中にあるソファに並んで座り、しばらくの間お互い黙り込んで本を読んでいたのだが、突然私の頭の中に誰かの言葉が響くように聞こえてきたために本を読むことをやめて顔をあげた。まあ正しくは、思い出した、という感じだったが。

 私はその突然聞こえた言葉はミロ様が言ったことかと彼を見たが、本を黙々と読んでおられる様子だったためにそれはないかと考えた。聞こえたわけではなくやはり思い出しただけだったのだろうと視線をまた本へと戻す。だが先程聞こえたものが邪魔をして本に没頭できなくなってしまった。それが今の自分に問いかけられたような気分になっていたためだった。

 本を読むことを諦めた私は、それに対する答えを考えた。だがわからなかったため、私の向かいの席に座ってずうっと本と睨み合っていたミロスラーフ様に問いかけたのだった。それが先程発したことだ。

 突然話しかけられた彼は本から私の顔に視線を移し、「え?」と少し抜けた声を出した。そして「突然だね」と苦笑した。その笑顔を見て私の胸は温かくなった。


「うーん……アンナが幸せかどうかは、俺には判断できないなぁ」


 少し考えてから困ったように笑って言うと、私の頭をよしよしと撫でた。なったばかりとはいえ私ももう17歳になったというのにまだ子供扱いをされている、と不満になり彼を睨む。だが彼は笑って「ごめんごめん」と言うのに、頭を撫でる手は止めなかった。


「アンナが幸せだなって思えるなら、幸せなんじゃないのかな」


「それはわかってるけれど、幸せが何かわからなくて……」


「難しく考えすぎだと思うけどなぁ。楽しいなとか嬉しいなって思えたら、幸せってことなんじゃないかな」


「そんなものなのかしら……じゃあミロ様は、自分はどんなとき幸せだなって思うの?」


 私が不服そうにしながら問いかけると、彼は両腕を前で組み、またうーんと考え込む。眉間に皺が寄ってそれが気になったが、考えてくれているようなので何もせず待った。少しの間そのまま動かなかったが、突然はっと顔を上げると私の顔をじーっと見つめて、笑った。


「俺は、こうやってアンナと話をしているときとか、一緒に花を眺めてるときとか、静かに本を読んでる姿を見たとき、なんか幸せだなーって思うんだ。」


「じゃあ今も?」


「そうだね。アンナと話すのは落ち着いて話せるし楽しい。だからすっごい幸せかな」


 穏やかな笑みを浮かべた彼の顔が、誰かの顔と被さった気がした。とても昔、それも記憶にないほどかなり前の。


『俺は君の幸せを願ってる。だからずっと、笑っていて』


 ミロ様と被った知らない誰かが、そう言った。知らない彼とミロ様は全くの別人のはずなのにどこか似ているような気がするのだ。

 ミロ様の言ったことを思い出し、その言葉を理解すると、なぜか私の心はまたぽかぽかと暖かくなった。

 私は何となく彼の手を握りたくなって、彼が本を持っていないすぐ隣に置かれた空いている手を、取った。私よりも体温の高い手から、熱がじーんと広がっていく。彼もまた私の手を握り返してくれて、私の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 私は手を握ったまま目を瞑ると、ミロ様と被った誰かを思い出そうとする。もしかしたら会ったことのある人かもしれない。ミロ様との関係者なのかもしれないな、と私はぼんやり彼との今までのことを思い出していた。




 私がミロ様のことを初めて知ったのは、他の令嬢たちから聞いた噂で、それの内容は“第一王子様は、整った顔立ちで頭の良いとても優しい方”というものだった。そういった噂にあまり興味のなかった私はそれを聞いても、第一王子なだけあってさすがだなぁというもので終わっていた。

 そして私とミロ様が初めて出会ったのは、彼の母である王妃様が開いたお茶会で、私たちがまだ6歳のとき。お茶会で王妃様に紹介されて愛想よく笑う彼の第一印象は、噂通りとても格好良い方だなぁ。程度のもので、別にあの方の婚約者になりたい!結婚したい!などの考えを微塵ももたなかった。だからそのときも無理に彼と話そうなどと思っていなかったし、挨拶したあとは令嬢たちと話して静かにしておこうと考えていた。

 だが、初めはあまり関わることもないだろうなーと考えていたはずなのに、私と彼はそのお茶会の間に気がつけばかなり仲良くなり、ずっと二人で話していた。どういうきっかけで話すことになったのかは覚えていないが、また話したいからいつでも王宮に来てねと言ってもらえるくらいには仲良くなっていて、そんな私たちの様子を見ていた王妃様が、後日私と彼の婚約を決めたらしい。

 王妃様の独断と偏見で決められた婚約だったが私たちの関係は至って良好で、よく一緒に遊んだり出かけたりしていると、周りにいる人々に微笑ましいものを見るような目で見られた。

 私たちの仲はかなり良いと自他ともに認めるほどだったが、そこに恋愛感情があるのかと問われると、正直わからなかった。恋愛感情というものがどんなものか私にはよく知らないし、理解もしていなかったからだ。

 ただ言えることは、私たちの仲は本当に良いもので、私にとって彼はとても大切な人ということだ。

 一緒にいると楽しくて、着飾らずに何でも話せて笑いあったり励ましあったりできる人。どちらかといえば親友という関係が一番当てはまるだろう。でも、この陰謀や策略などが行き交うこの世でそんな人に出会えるのは、奇跡に近いだろうと思う。

 だから彼は私にとって大切な人で、かけがえのない人なのだ。おそらく彼にとっての私も、同じような存在だと思う。




 私はミロ様と被った誰かを思い出そうとしていたことも忘れ、彼は先ほど、『アンナと話をしているときとか、一緒に花を眺めてるときとか、静かに本を読んでる姿を見たとき、幸せだなって思う』と言っていたな、と思い出す。私はそういうとき、いつもどんな風に思っていただろうか。

 ミロ様とお話しているとき。庭園で一緒にお茶を飲みながらのんびり過ごしているとき。勉強するためや静かな空間にいたいからと言って図書館に行き、本を読んでいる姿を眺めているとき。

 そんなときは、いつも胸の辺りがぽかぽかと暖かくなって、いつまでもこんな時間が続いてほしいなと思っている。他の誰でもないこの人と過ごせたら、と。

 こんなことを言葉にするなら、どんな言葉が一番しっくりくるだろうか。と色んな言葉を思い出す。


 ……"愛しい"という言葉が、一番しっくりくる。私はミロ様と過ごす時間を、愛しいと思っているのだ。あぁでも、時間というよりも、ミロ様自体をそう思っているんだと思う。この人がいるからこそ、そんな日常や時間を愛しいと思えるのだ。


 私の頭の中につい先ほど聞いたばかりの、誰かの同じ言葉がまた響き渡った。


「……あ、そうなのね」


 ずっと黙り込んでいた私が突然ぽつりと声を漏らすと、繋がれていた手を弄っていたミロ様は顔を

あげて「何が?」と聞いてきた。私は少し言うべきか迷ってから、まぁ恥ずかしがっていれば余計恥ずかしく感じるだろうな。と思い、口を開いた。


「あのねミロ様。私ね、ミロ様のこと愛してるみたい」


 ふふっと笑いながら話すと、突然告白まがいなことを受けた彼は口をぽかんと開けて固まった。面白いなあと思いなから、動かない彼の頬をつねるとみるみる顔を真っ赤にさせ、「え……え?」と珍しく狼狽えてみせた。

 そんな様子も愛しいなぁ、と思ってしまう。きっと今まで気づいていなかっただけで、彼を愛しいと思う気持ちももうずっと前から存在していたのだ。

 だから誰かが言った言葉の答えも、本当はもう決まっていたのだ。



『あなたは今、幸せですか?』



 誰が言った言葉なのか、私に問いかけた言葉なのかはわからない。でも、もしその言葉が私に問いかけられたものであるなら。

 私の答えは────






「だから私今、とっても幸せ!」

読んで下さりありがとうございます!

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