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「二度前の人生のレヴォンは死ぬ間際に、シェーヌに償いをすることを望んだ。そして前世では、償いができなかったのならばせめて、生まれなければ良いのに。と考えたんだ。そして今の自分が記憶を見た瞬間には、俺が絶対シェーヌを幸せに、と考えた。……そのときの自分はまだ記憶を知ったばかりで混乱していたからかな、そんな風に考えてしまったのは。でも時間が経つにつれて、それでは駄目だと思った。シェーヌの人生を二度も乱してしまった張本人である自分が、君を幸せにできるわけがない。むしろ俺は君から離れなければならない人物なんだと。

俺はだからまず、婚約解消をすることを考えた。俺と君の関係は婚約によって縛られている、だったらそれを解放してあげるべきだって。でもそれは無理そうだった。シェーヌに謝ろう、そして婚約解消の話をしようと近づいていたけど、君は俺を避けていたから話せなかった。

だったら他の手はないかと考えた。そして導き出したのは、俺が王太子の座から降りて平民になることだった。そうすれば自然とシェーヌとの婚約はなくなるし、シェーヌは俺の顔なんて見たくないだろうから、平民になったあとは念の為に死んでしまえば良いと思った。死んでしまえば絶対に会うことはないからね。

でも俺が記憶を見たのは自由になれなくなる一週間ほど前で間に合わなかった。俺が王太子から降りるとなれば多少なりとも大事になるだろうけど、なるべく混乱が大きくならないように降りようと思った。俺が急に王太子を辞めてしまえば婚約者のシェーヌに迷惑がかかることは絶対だろうから、なるべく迷惑をかけないためにも色々働きかける必要があった。でもそれには時間がかなりかかるだろうから、数日では間に合わなかったんだ。

だからシェーヌがもし本気で会いたくないと思うなら、今からでもそうできるように動く」


 私はあまりにも外れた話にポカンと口を開けてしまう。この人は私の話を聞いていたのか、と疑った。


「……レヴォン様は私の話をお聞きなさっていましたか?」


「ああ、もちろんだ。婚約解消はしないけど、俺とは会いたくないと思っているのだろう?」


「ええそうです、それは間違ってはいません。ですがレヴォン様、私はレヴォン様を嫌っているからなどの理由で、今後一切見たくないなどとは思っておりません。

私は貴方のことを嫌っているわけではなく、恨んでしまっているだけです。私が嫌いなのは、貴方を恨んでしまう自分自身ですわ。

もし貴方が私のことを思って死んだなら、私は罪悪感に呑まれたまま一生を終えてしまうことになります。それは嫌です。

つまり、私が貴方と婚約解消を望んでいるのは嫌っているなどという理由ではなく私が、"貴方を恨んでしまう私"になるのが嫌だったという我儘です」


「俺は死なない方が良いということか?」


「そういうことですわ」


 私が頷けば、レヴォン様は少し複雑そうな顔をしてわかったと返事をした。

 本気で死ぬことを覚悟していたのだと思う、でもそこまでのことなんて望んでいない。どれだけ恨んでいてもこの人に死んで欲しいと思ったことなんて、一度もなかった。

 そうして傍にいたいと、望んでいることに気づいてしまった。


「……レヴォン様。私の幸せは貴方の傍にいることで初めて成立すると言いました。……それは、私が貴方を好きだから。どうしようもないほど恋焦がれているからなのです。どんなことがあっても、辛い記憶があっても、嫌いになろうとしても。私がレヴォン様に『結婚してください』と言われたあの瞬間から、私は貴方に恋しているの」


 まだそれを言葉にすることに抵抗はあった。けど、これが最初で最後だからと声に出した。


「私この時間が終われば、一生貴方には会いません。私が貴方を好きでいても、同じくらいの憎しみが湧いてしまうから。だから絶対会いません」


 覚悟はしている。憎しみによる苦しみがなくなっても、会わなくなることでまた別の苦しみが湧いてしまうことも理解している上で決断した。

 レヴォン様は私の告白に少しだけ嬉しそうに笑って、それから頭を下げた。


「改めて言わせて頂きたい。すまなかった、今までのこと全てを含めて。

君が望む通り、俺との婚約は続けるが、シェーヌが隣国への留学しようと思っているという話を父上に通しておく。あとは後日君が直接エヴラール公爵と父上に話せば許可がすぐに降りるだろう。それから、隣国へ渡るまでにもそのあとも、俺が今後一切シェーヌと会わないという約束もしよう」


「ありがとうございます」


 私は立ち上がって礼をしようとしたが引き止められ、座ったまま頭を下げた。すぐに「顔を上げて」という声が聞こえて言われたとおりに動くと、笑っているが悲しそうな表情をした彼の顔が目に入った。


「俺の好きな人は、ずっとシェーヌだったよ。君にとっては煩わしいものでしかないだろうと思って本当はもう言うつもりはなかったんだ。

でも君は俺が好きだと言ってくれた、ならば俺も言わなければいけないと思ったんだ」


 ゆっくりと瞬きをする目をじっと見つめていると、青い瞳に吸い込まれてしまうような錯覚がする。この目が好きだった。月明かりに照らされて煌めく髪も、他の人より更に白い肌も、私の頭を優しく撫でてくれたこともあった手も、全部全部レヴォン様のものであるなら全てが愛しかった。今でも、昔からずっとずっと。

 今考えるべきことはこのことではないかもしれないけれど、ぼんやりと考えてしまっていた。


「ねぇシェーヌ。俺は君の幸せを願ってる。だからずっと、笑っていて」


「……レヴォン様はやはり、私の話をお聞きになっていなかったのではありませんか?」


 私の幸せはレヴォン様がいないと成立しないと言ったのに。と笑いながら発した言葉は、僅かに震えていた。目頭が熱くなっているような気がして、何かがポロリと落ちる。

 レヴォン様は私の言葉に本当だと苦笑して、私の頬に流れたものを拭おうと手を伸ばしたが、またその手を引っ込め触れることはなかった。

 私は自分の手でそれを拭うと、なぜ先程から触れようとすることを避けるのかと問うた。


「シェーヌが望むこと以外はなるべくしないようにしようと思って」


 触れても大丈夫だと言ったのに。というと、それと望むことではまた別だと言う。

 真面目だなぁと微笑むと、私は彼の頬に触れた。


「では私は今、レヴォン様に触れることを望んでいます。ですから問題ないでしょう?」


 驚きで少し開かれた口に、私は同じものを重ねた。咲良は何度もしていたようだが、私は一度も経験がなく少し緊張したが、それに触れるとふわりと心が温かくなった気がした。

 レヴォン様から離れると、彼の頬は心做しか少し紅くなっているように見えて自然と笑っていた。


「私も貴方の幸せを願っています。ずっと」






 それから一年経った。私は隣国へネオラや護衛たちを連れて留学し、もうすぐ帰国することになっている。

 隣国での生活は、もともと王妃教育の一環として隣国の言語も習っていたため不便もなく、国の方々も優しかったので楽しく過ごせた。友人もたくさんできたので満足だ。


「お嬢様、心残りはもうございませんか?」


 用意してもらっていた部屋の荷物を、もうすぐ帰国するためにまとめていたネオラが、私と二人だけになったタイミングで尋ねてきた。

 私は口に運んでいたお茶を飲み込むと、皿の上にカップを置いた。


「そうね。特に何もないわ」


 それは留学に対することではなく、この世界でのことだとすぐにわかった。私はあの日、レヴォン様のもとを去ったあとすぐにネオラに全てを話した。彼女はよくわかりました。と頷くと、本当にそれで良いのですね。と確認した。覚悟もしている、それで良いと言うと、ふわりと笑った。

 私は国に戻るまでにこの世界がなくなってしまうことを、何となくわかっていた。それがもうすぐそこまで来ていることも。

 今までと同じように、これもただの直感だった。



「では、あなたは今、幸せですか?」



 茶色の瞳が私の心を読み取ろうとするように、私の目を真っ直ぐに見つめる。ネオラはいつもそうだ。私の本心をあばこうとするような質問をして、真っ直ぐな目で私の目を見る。

 最後まで変わらないなぁと笑うと、私は幸せだったのだろうか。と自分自身に問いかけた。



「私、は──」


 私はそれに対し、何と答えたのだろう。

 世界が終わったからかは知らない。でも意識が途切れてしまったように、その先のことはもう、何があったのか、わからない。

読んで下さりありがとうございます!


 これで今世の話は終わりです。だから最終回といえば最終回かもしれません。

 自分的には次で最終回のつもりなので、良ければ最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

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