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目を開けると、眠る前よりかなり弱くなった光が当たり目を細める。長い時間眠っていたのだなと思っていると、手の中にあったはずの温もりと感触がなくなっていることに気づいて体を起こした。その拍子に肩に掛けられていたブランケットが床にパサリと落ちる。
金色の長いまつ毛に囲われて閉じていた目は、青い瞳に円に近づいた月を映してその姿を見せていた。
その人は上半身だけを起こして両手を太もも辺りの上で組み、何かを考えている様子もなく窓の外を眺めていた。眠る前まで空いていたはずの窓は、今はしっかり閉じられていた。
一度パチリと瞬きをすると私が起きたことに気づいてか、こちらへ振り返った。彼の視線が私のものと合わさると、目を細めた。
「目が覚めたんだ」
「……ええ。はしたない真似をしてしまい申し訳ありません。レヴォン様もお目覚めになられたようでよかったですわ。どこか痛いところはございませんか?」
「特にない、体もピンピンしてるよ。ところで、俺は何日か眠ってたのか?」
「……それはようございました。眠っていたのは二日ほどです」
「そうか、結構長いこと寝てしまっていたな」
つい先程まで眠り続けその青い瞳を現せていなかったのに、彼はまるで昼寝から目覚めたような態度をとり、私は反応が遅れた。
目覚めたことに気づいた瞬間ではなく今更になって、彼の意識が戻ったことに安心をする。
「お水を飲まれますか?」
「頼んでいいか?」
「はい」
私はメイドたちが机の上に用意してくれていた水差しを手に取り、その横に置かれたコップに水を注ぐ。少し多めに入れるとそのまま彼に手渡した。
「ありがとう」と言って受け取り水を飲む姿を横目に、私は吹き飛んでしまった色々な聞きたいことを思い出そうと頭を巡らせたがパッとは思い出せず、飲み終えたことを確認すると簡単な質問をした。
「いつ頃お目覚めになられていたのですか?」
「さぁ……二時間ほど前かな。まだ空は赤くなっていなかったし」
「そんなに前でしたら起こしてくださればよかったのに」
「気持ちよさそうに眠っていたから邪魔はできなくてね」
寝顔を見られてしまったかもしれないことを恥ずかしく思い、それを隠すように、人を呼んできます。と立ち上がった。
だがそれは、「待って」と彼が発したことによって引き留められた。
「どうか致しましたか?」
「いや、人は呼ばなくて良い。目が覚めたことの報告も体に異常がないという確認ももうできている。父上にも時間がほしいと話をして許可を取っている。だから、少し話がしたい」
私が振り返ると、レヴォン様は私の腕を掴もうとしていたのか彼の右手が宙をさまよっていた。だがそれは役割を果たすことはなく、ベッドの上に下ろされ、彼は話した。
私たちの間に沈黙が訪れる。彼は私の返事を待っているようで、こちらを見つめたままじっとしていた。
「……陛下に許可を取られているのであれば構いません」
「よかった」
彼が私にもう一度座るよう促したので、温もりの残った椅子に座り直す。私が座ると彼は目元を綻ばせ、息を吐いた。
「まず聞きたいんだけど、シェーヌは夢を見た?その、自分?や前世の自分たちと話したり、とか」
「そうですね、見ましたわ。つい先程」
「じゃあこの世界が一年以内になくなってしまうことも……」
「お聞きしましたわ。全てを、私から」
私は私から聞いたことを思い出しながら返事をする。夢という割にはあまりにもハッキリした記憶だとは思う。きっと夢と現実の間のような場所だったのだろう、あそこは。
「レヴォン様もお聞きしたのですね」
「そうだね。あの人たちの気持ちも全部」
「きっと私たちと同じようなことを話していたのでしょうね」
そう言うと彼は苦々しく笑った。彼らとの会話を思い出しているのかもしれない。
その表情を見て、彼女たちが言っていたように、本当に私の中に彼女たちはいるのだろうか。と思った。返事がくるわけでもなかったけど、もし本当にいるのなら、確認したいことがある。
「……レヴォン様。彼らは、咲良さんやシェーヌをどう思っていたのでしょう」
「……あんなことをした後で信じてくれるとは思っていないけど、愛している。今でも。と言っていたよ。全部話してもただの言い訳にしか聞こえないだろうから、もし彼女に話すのならそれ以外は何も言わなくて良い。とも言っていた」
彼女たちであれば言い訳とは思わないだろう。愛してくれていたということを聞いているなら、彼女たちの心は少しでも救われたのではないか、と考える。
「それは良かったですわ。あの方たちは、幸せだったと話していました。最期が悲しいものだったとしても、幸せな時間があったから、と」
「それを聞けば、彼らの罪悪感はもっと増すだろうね。俺もそうだし」
彼は私の目から視線を外し、一度何かを考えるように上を見上げた。彼の部屋の天井には飾りなどは一つもなく、真っ白な背景に金色の模様が彫られている。そこからまた視線を私に戻し、真剣な表情になった。
「シェーヌは残りの一年、どうしたいと思ってる?このまま俺に縛られてしまうまま過ごすのか、縁を切るか」
私はそれの答えをずっと考えていた。もし全て終わったあとはどうするか。次期王妃として縛られながらこの方と過ごしていくのか。婚約を解消して自由になって好きに過ごすか。
初めは、婚約を解消する一択だった。好きではないと思っていた。この方なんかと一生過ごすことなんてできないと思っていた。
でも想いを自覚してしまった今はどうだろう。
認めることに時間はかかったけれど私にとっての最大の幸せは、この方と一緒にいることだ。私の幸せはこの方がいなければ成立しない、それは痛いほど自覚している。
その気持ちがある上で私はどうするべきなのか、ずっと考えていた。その答えを導き出したのは、つい最近のことだった。
「……ずっと考えておりました。残りの人生を貴方と歩むべきなのか、自由に生きていくべきなのか」
「俺は、君の望む道を尊重する。婚約を解消したいのなら、もちろん君に悪い噂がたたないような理由をつけて父上に許可をいただきに行くし、一生自分の目に写らないようにしてと言うなら、大きな問題が起こらないようにしながら王太子の座を降りて、君の目に写らない努力はする」
「そこまでのお願いはいたしません」
二つ目の例があまりにも飛躍していて少し笑ってしまったが、彼は本気で言っているようだった。
彼の私の返事の中には、このまま婚約を続けるという選択はないようだな、と思いながら、私は導き出した答えを口にした。
「……私はレヴォン様との婚約を、解消したいとは思っておりません。ですが、あなたの前に現れることは避けたいと思っております。そのため、隣国に留学生として行きたいと思っております」
「……そうか」
その返事の中には、思っていた回答とは違った。という気持ちが現れていた。きっと彼は、私がレヴォン様を嫌っているから、婚約解消を願い出ると思っていたのだろう。それは少し間違っている。
「私は前世などのことを知ったばかりのころは、婚約解消することを望んでおりました。この方とは絶対に有り得ない、好きではないしそばにいるなんて無理だと。
……でも私、自覚してしまいましたの。私の幸せは貴方の傍にいることで初めて成立するのだと。他のどんなものでも、貴方の存在を補えるようなものはないと。だから一度、このまま婚約を続けることが幸せな未来なのだから、傍に居続けるべきなのではないかと考えたのです。
ですがそれも駄目でした。その未来が間違いなく私を幸せにしてくれる未来だと言うのに、思い出してしまうから。貴方のしたことではないとわかっていながらも、彼女たちが傷つけられた過去を、貴方を見ると思い出してしまうの。思い出してしまうと、憎んでしまう。悪くない貴方を憎んでしまう私が、私は嫌なのです。だから私は、レヴォン様とお会いすることが辛い。
……ならばやはり婚約解消が一番良いだろうと考えましたが、何年も続いていた婚約ですから今更解消するとなると、たくさんの問題が出てくるだろうと思いました。それならば婚約解消はせず、貴方に会わない方法を考えました。幸いこの世界は残り一年で消えてしまうそうですから、一年間の留学生として隣国に行けば一生貴方に会うことはないということになる。ですから私は、レヴォン様との婚約は解消せず留学生として隣国へ行くことを望みます」
私の話を黙って聞いていたレヴォン様は私が話し終えるとわかったと頷き、では今度は自分が。という風に話し始めた。
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