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40(侍女:今世3)

会話多いです。

 殿下は三日経ってもまだ目が覚めていない。お嬢様は毎日王宮に訪れ傍にいる。もう素直に殿下に対する自分の気持ちを認めたようだった。

 シュゼット様は次期王妃に死の危険のある行為をし、次期国王に意識を失う重症を負わせたという罪で地下牢行きとなった。証人は生徒会役員の令息二人で私も一応それを見ていたためにその場にいた。まだ刑罰は決まっていないが、処刑の可能性が一番高いだろう。地下牢へ連れていくよう国王陛下が仰ったとき、彼女は反論した。無礼な行為をしたことに自覚があるのかないのか知らないが。彼女は言った。


「私は確かにシェーヌ様を階段から落とそうとしたし、そのせいで殿下に怪我を負わせてしまいました。ですがシェーヌ様も私にずっと色々な嫌がらせをしてきましたわ。例えば水をかけてきたりわざとグラスの中身を零してドレスを汚したりなど。ならばシェーヌ様にも罪はあるのではありませんか?」


 それに対して王妃様は、少し残念そうな子を見るような目をして返された。


「……国のトップに立つ私がこんなことを本当は言ってはいけないのでしょうけれど、高位貴族が下級貴族にそういった行為を行ったとしても、余程酷いことでなければ許されてしまうのよ。誰も言わないけれど、そのことはみな理解しているわ。それにシェーヌがそのようなことを自分自身の意思でしたことではないと、私たちも理解しているの」


 ゲームの中に国王陛下と王妃様も登場していた。だからもしかすると彼らにも、力が働いていたのかもしれない。そしてそれは自分たちだけではないと、何となく察しているのだろう。何より、今まで次期王妃として頑張ってきたお嬢様のことを、彼らは信頼しているのだ。深く関わっていた王妃様であれば尚更。シュゼットは信じられない、というような表情になり、そのまま連れていかれてしまった。



「こんにちは、シュゼット様」


 私は許可を取り、話をするためにシュゼットのいる地下牢へ訪れた。錆びた鉄格子の内側で膝を立ててうずくまっている少女に声をかけた。彼女は顔をゆっくりと上げると、私を睨んだ。ついこの間までいきいきしながらも負の感情で染まっていた紫の瞳には、もう生きる気力がない。といった風に濁っていた。


「……あんた誰」


「私はネオラと言います。シェーヌお嬢様の侍女でございます」


「あぁ、あの悪役令嬢のね。なに、私があの子を階段から落としたことを責めにきたわけ?」


「いいえ、私が今日あなたのもとへ訪れた理由はそれではございません。」


 じゃあ何なのよ。とイライラしたような声で話す彼女に私はとびきりの笑顔をむけた。


「あなたの前世についてでございます」


「……は?」


「だからあなたの前世、つまり中西茜さんについてお話を伺いたいのです」


「な、なんであんたが私の前世の名前知ってんのよ!」


 名前を知っていることに心底驚いているようで目を大きく見開く彼女に、私はあら覚えてないの?というようなキョトンとした顔をむけた。


「酷いですね。王太子殿下の前世が嶋田祐介であることには気づいていたのに、話したことのある私の前世には気づかないなんて」


「私嶋田くん以外興味なかったもの。それ以外のモブなんて覚えてないわよ」


「それは残念。私の前世のこのゲームの推しはレヴォン様で、名前は木下愛由美と言います」


「愛由美……あぁ、あの時の」


「あら、思っていたより反応が薄くて面白くないですね。ちなみにお嬢様の前世の名前は鷹田咲良といい、嶋田祐介の元恋人でございましたね」


「嶋田くんの、元、恋びと……」


 彼女はまた驚いたように目を見張る。話したことのある私より良い反応をされて少々複雑である。彼女は元恋人という言葉に反応し、紫の目にまたあの負の感情が募った。


「それと私にはないのですが、お嬢様と殿下には前世のまたさらに前世の記憶があるようなのです。御二方ともそのとき今と同じ人物だったそうですよ。あなたもその記憶があるのではありませんか?」


「……」


 彼女は黙っていたがその顔には、そこまでわかっているのであれば何を聞きたいのだ。という書いてあった。とても読みやすい目をしておられる。


「ではいくつか聞きたいことがあるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「……」


「沈黙は了承と取らせていただきますね。ではまず、二つ前の人生でのシュゼット様は殿下とお付き合いや結婚などをしたくてお近づきになられたのですか?」


「……いいえ、私はレヴォンに下心をもって話してはいなかったけど、ずっとレヴォンと話しているうちに好きになってしまった。でも没落しかけの男爵令嬢なんて相手にされないってわかりながら接してたわね。悪役令嬢の叫びは苦しかったけど、結ばれたときは嬉しかった。だけど悪役令嬢の処刑が行われた日を境にレヴォンの気持ちは返ってこなくなってつらかった」


「……なるほど。では次に、中西茜さんは嶋田くんのことを好きだったのですか?」


「当たり前でしょう。彼の運命の人は私だったもの。嶋田くんが私に向ける笑顔はいつも優しかったわ。嶋田くんの好きな人はあんな女じゃなくて、私一人だったわよ」


「わかりました、では次に。あなたはこの世界に強制力があると気づいていましたか?」


「ええそうね。二つ前の人生を思い出したときに気づいたわ。でもそんなの関係ない、強制力があったとしてもレヴォンの好きな人は私だし、強制力のない前世で結ばれたくらいなのだから強制力がなくても私たちは結ばれる運命だったわ」


「はぁ」


 私は話を聞いて、前世よりも相当やばくなっているなと思った。聞くからに二つ前のシュゼット様はまともだったようなので、彼女の思い込みの激しさは前世のものからだろう。なかなか酷い。そして彼女はまだ自分がこの世界で生きる人間の一人だと自覚していないようだ。自分が中西茜であるのかシュゼットであるのかどうかも考えてなどいないらしい。

 私は愛由美の記憶などからも合算し、彼女の感情について考えた。


「……つまりシュゼット様は最初から誰も愛してなどおられなかったのですね」


「あんた私の話聞いてた?」


「もちろんです。あなたは先程の話で言っていましたね。『嶋田くんの運命の人は』『嶋田くんが私に向ける笑顔は』『嶋田くんの好きな人は』と。なぜあなたの話をしているのに、主語が嶋田さんばかりなのでしょう?」


「それの何がおかしいのよ」


「あなたは嶋田さん自身に恋をしていたのではなくて、"自分を好きな嶋田"さんに恋をしていたのではないですか?中西茜さんは愛由美に話していましたね。私は愛されたかった、と。だからあなたは自分を愛してくれた嶋田さんを好きだった」


「……」


「王太子殿下のことを好きになった理由も同じような理由ですよね。二つ前の人生ではずっととはいかずとも自分のことを愛してくれた。それが強制力の力によるものだとしても、自分を愛してくれたことには変わりない。あなたは王太子殿下の前世が嶋田くんであることに気づいたとき、強制力のなかったあのときに自分を好きになってくれたのだから、今回ならば本当に好きなってくれるだろう。初めは強制力によるものだとしても、いずれ自分を好きになるに違いない。そう考えたのではありませんか?」


「……そんなわけないでしょう。私は本気で彼らを愛していたわ」


「あらそうなのですか。では彼らの好きなところはどこなのですか?」


「私にだけ向けてくれる優しい笑顔とか、私と話す時はいつも楽しそうなところとか、私だけを愛してくれているところ、と、か……」


「言っているうちに気づきましたか?あなたの彼らを好きだと思うところは、自分に好意を向けているからこそ現れる表情。結局は自分に好意を向けられているからこそ成り立っているものなのでございしょう。……いい加減お認めになられても良いのではありませんか?あなたが好きなのは王太子殿下でも嶋田さんでもなく、あなた自身だということを」


 「なっ……!」と言って言葉を無くす彼女にため息がこぼれた。図星だろう。彼女は初めから他人の中の誰も愛してなどおらず、彼女が愛していたのはずっと自分一人だけだった。彼女の恋心はまるで小さな子供と同じような勘違いからきたものだったのだ。


「それにシュゼット様は、この世界を未だにゲームの中の世界だと勘違いされておられるようですね。王太子殿下のことをレヴォンと呼び捨てにしたり、お嬢様のことを悪役令嬢とお呼びになったり」


「ゲームの中で間違いないでしょう。そうじゃなければ強制力なんてものが現れるわけないじゃない」


「では質問いたしますが、ゲームの中でたとえバットエンドだとしても地下牢に入ったことの無いシュゼット様が、なぜいま地下牢に入っておられるのでしょうか」


「……は」


「正解は、もうすでにこの世界から強制力はなくなってしまったからです。強制力のなくなったこの世界においてあなたはもう、この世界の中心であるヒロインではございません。地下牢に入ってしまわれたので、没落しかけの男爵令嬢でもなくなりただの罪人です。そして私はゲームとはまったく関係の無いモブではなく、ここで生きておられる王太子殿下の婚約者であるシェーヌお嬢様の侍女でございます。この世界で生きているうちの一人です。人間なのです」


 彼女は何を言っているんだという顔をして私を見る。頭が追いついていないのだろうか。

 なぜまともだった彼女がここまで落ちぶれてしまったのだろうか。一番影響を受けていそうなのは前世だ。前世の、育った環境だ。それだけで人はこんなにも変わってしまうのだから、人生とは恐ろしいものだなと思った。


「ついでに言いますと、強制力が働いていたのはこの世界においてだけではありません。前世の私たちが生きていた世界でも働いていたようなのです」


「私たちが生きていたのはゲームの世界ではないのだから、そんなの有り得るわけないでしょう。何を根拠にそんなことが言えるの」


「殿下からうかがった話です。どうやら嶋田さんの身にも、今まで殿下とお嬢様の身に起きていた現象とほぼ同じ現象が起きていたようなのです。私も理由はわかりませんが、なぜか働いていたようなのです。……私の言いたいことがわかりますか?あなたは初めから、前々世でも前世でも、そして今も、彼自身から愛されていたことなど一度もなかったのですよ。あなたに向けられた愛情は、強制力によってつくられた偽りのもののみです」


 あんぐりと口を開けて彼女は私を見た。目やら口やらを開け続けていて大変そうだな、という感想が出てきた。


「……でもそれはあなたが言っているだけかもしれないじゃない。私はレヴォン本人から聞かないと信じないわよ」


 私は話し続けていたために疲れてきておりめんどくさく感じ始めたので、最後の質問をしようと声を出そうとしたところで、後方から他の誰かの声が聞こえた。


「じゃあ本人から言えば信じてくれるんだね」


 私は驚きが隠せずばっと勢い良く振り返ってその姿を見た。礼をまだしていなかったことに気づき慌てて頭を下げる。


「頭を下げなくても良いよネオラ。俺は君に感謝をしているし、むしろ頭を下げなくてはならないのは自分の方だ」


「頭を下げられるほどのことはしておりません。それに私はお嬢様のために動いただけでしたので」


「ああ、だろうね。でもたとえシェーヌを助けるためだったとしても、一緒に俺も助けられたからな」


「……いつお目覚めに?」


「数時間ほど前だ。シェーヌとの話も終わらせて来た」


「それはようございました」


「まぁそれで俺がここに来た理由なんだが」


 彼は、まだ奥で体を縮こまらせたまま殿下を見つめる彼女と目線を合わせるようにしゃがんだ。


「この子の刑罰を俺に決めろと父上に頼まれたんだ」


「国王陛下にでございますか」


「ああ」


 彼は腕を胸の前で組み、うーんと考えるような素振りをした。


「でもまずは先程の話だね。なんだっけ、俺の口から直接言えば信じてくれるんだっけ」


 殿下が私の顔を見上げ確認を取ってきたので、私はそうですという意味をこめて縦に首を降った。そして次にシュゼット様の方へ顔を向けるとニコッと笑った。彼女は嫌だとでもいう風に首をブンブン横に降っていた。私と真逆の動きだ。


「君は俺を好きでいてくれていたのだとずっと思っていたよ、前々世も前世においても。でも君は俺に好意など欠片も持っていなかったらしいね。あ、会話は途中から聞いてただけなんだけど。でもよかった。それなら俺は気を使うことなく君に言えるんだね」


 殿下は笑みを深めてシュゼット様を見つめ、彼女はいやいやと言いながら首を降った。


「俺が君を愛していたことなど一度もなかったよ。好きになったことだってね。有り得るわけないだろう?それは俺の感情ではなくて、強制力というものにつくられてできた紛い物の感情だよ、俺自身が君を好きになったことなんて一度もない。二度前のときも前世でも今生きている間でも。俺自身も彼ら自身も愛していたのは、ずっとたった一人だったよ。君のいうところの、悪役令嬢である子だけをね」


 少女は涙をボロボロ零して殿下を見ていた。


「じゃあ本題。父上は俺に彼女の判断を任せられたけど、俺にはそれを決める権利はないと思ってる。だからこれに関しては、君に任せたいと考えてるんだ」


「……私にですか?お嬢様ではなく?」


「俺からシェーヌに直接聞くことはもうできないからね。君が聞いてくれるのなら、そうしてくれても構わない」


 私は殿下の言った『直接聞けない』ということに疑問を感じたが、後日お嬢様が話してくれるだろうと思い頷いた。

 私はお嬢様に処置の方法を尋ねた場合の返答を想像し、「私の前に一生現れないのであればそれで良い」などと言いそうだと考えたために、今回は自分でさせていただこうと思った。

 彼女も強制力に人生を狂わされた一被害者だが、私はお嬢様と咲良が傷つけられたことを多少なりとも許せずにいる。一番悪い人が彼女ではないとわかってはいるけれど、傷つけた人の一人であることには変わりないのだ。

 私は殿下の顔を見て頷き返答した。


「私が決めても良いでしょうか」


「もちろん」


「ではお言葉に甘えさせていただきます」


 私は殿下に礼をすると隅で座ったままの彼女を見下ろし、目を見つめ首を傾げた。

 彼女が一番恐れていたことは、自分が真に愛されていなかったという事実を突きつけられること。それが果たされた今、きっともうそれ以上の恐ろしいことは彼女にはないだろうから躊躇う必要もないだろう。と口を開いた。


「ではそうですね……この世界がなくなる一年後まで死なずに拷問器具と遊ぶか、大衆の前に晒されながらギロチンで死ぬか。どちらが良いでしょう?」


と。



 彼女は後日、大衆の前に晒されながらギロチンで首をはねられ亡くなった。それはゲームの悪役令嬢のエンディングと同じものだった。

 私とお嬢様はそれを見に行かなかった。殿下も、他に仕事がありやるべきことがたくさんあるし興味ないからと行かなかったらしい。周りも彼女について何も話さなかったので、彼女がどのように亡くなっていったのか知らない。



 まあ今はもうそんなことどうでも良いか、と大きく伸びをする。今はお嬢様の部屋の中にいるのだが、彼女は本を手に持ったまま穏やかに眠られているので、実質私は今一人なのだ。伸びくらい許されるだろう。

 私は体が冷えてしまわないよう、お嬢様の肩にブランケットをかける。すーすーと規則正しい寝息が聞こえて、私はようやく平和が訪れたんだなぁ、と思った。

 私は前世で唯一の友人に何もしてあげられなかったことを、深く、深く後悔した。ここに生を受けて前世を思い出しお嬢様と深く関わり、幸せにしてあげたいと強く願った。






 ねえお嬢様、私はあなたを幸せに導いてあげられたでしょうか。

読んでくださりありがとうございます!

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