37(侍女:前世2)
「……鷹田さんってさあ、嶋田くんと付き合ってるの?」
私は修学旅行当日部屋に入り、どんな話をして話しかければ良いのかスマホをいじりつつ考えていた。鷹田さんの普段の様子を見ていたが、今まで相手の感情を読み取り話してきたため、感情がわからない状態で話すのは初めてなのだ。だから、どんな話題をふれば盛り上がるとか、触れてほしくないことなども何もわからないまま話しかけることに緊張し、必死で考えていた。そして考え抜いた末に、クラスメイトが話していた噂を思い出し、それでいいかとなった。
正直解答はわかっていた。どうせ嶋田くんの片想いだ。目を見なくても分かるくらいに彼の好意はダダ漏れだった。本人は特に気にしていないようだが。そしていつも話しかけられている鷹田さんは、遠慮なく話しかけてくる嶋田くんに戸惑いつつも最近は心を開き始めているようで、割と自然な笑顔を彼に対して浮かべていた。そこに好意などは一切なさそうだったが。
私が意を決してスマホから顔を上げ質問すると、あまりにも突然すぎたためか、彼女の口からは「え?」という何とも可愛い反応が返ってきた。
「ほら、教室でもよく話してる姿見るし、クラスの女子がそーゆー噂してたからちょっと気になって」
「……嶋田くんはいい人だから、あまり話さない私に気をつかってコミュニケーションを取ろうとしてくれてるだけだと思いますよ」
その言葉に嘘などはなさそうで、彼女が本心からそう思っているのがわかる。周りから見ていればベタ惚れなのは丸わかりだけど、本人は全く気づいていなかったようだ。アプローチもさり気なくしているところを見たことがあったので、少し哀れに思った。
「……あれで伝わってないのはある意味嶋田くんが可哀想……」
「何か言いましたか?」
口に出しているつもりはなかったが勝手に出てしまっていたようで、慌ててなんでもないと首を横に振る。嶋田くんよ、頑張れ。とついでに心の中で応援した。
そこで会話が一段落したために、またも私たちの間には沈黙が訪れる。何か話さなければ、と頭をフル回転させているところで、鷹田さんが先に口を開いた。
「……木下さんは、部屋のペアが私で嫌だと思わないのですか?」
彼女は恐る恐るといった様子で私に話しかける。鷹田さんから話しかけてくれるとか超レアじゃん、嬉しい。と思いながら、別の脳の部分は、鷹田さんそんなこと気にしてたんだ。と少し驚きキョトンとした表情になった。部屋のペアは嫌と思うどころかむしろ一緒になりたくて誘いを全部断ったくらいだ、と思った。
「なんで?鷹田さん、全然悪い人じゃないでしょ?」
一緒の班になりたくないタイプは、自分のことしか考えていないようなわがままタイプの子だ。正直あんな子たちに合わせるのは疲れるので、鷹田さんがそんなタイプではなさそうなことに安心している。
私がキョトンとした表情のまま鷹田さんをじっと見つめていると、彼女は表情を緩ませてふっと笑った。私はその笑顔に一瞬でノックアウトされ、頭が反応するより先に体が動いていた。
「あ、鷹田さんが笑った!やっぱりかわいー!」
私は彼女の座っている椅子の前まで歩み寄ると、両頬を包んで掴みその笑顔を覗き込んだ。彼女の笑顔は私が頬を掴んだことで消えて驚きの表情に変わってしまったが、一瞬でも笑顔を見ることができたのでそれでいい。以前から鷹田さんが嶋田くんと話しているときに時折見せる小さな笑顔を見る度、もっと近くで見たいと思っていたのだ。遠くから見ているだけでも可愛いと思っていたくらいだから、近づけばもっと可愛いだろうと。だが笑顔を盗み見ていたことなど言えるはずもなく、私は少し誤魔化して言った。
「鷹田さん、笑ったら絶対可愛いと思ってたんだよねぇ。
正直ね、本当は喋ってみたいなーと思ってたんだけど私コミュ障だし話しかけられないから、今回鷹田さんと仲良くなれるチャンスだって思って楽しみにしてたんだ!」
色んな人と話せるし世間一般でいうコミュ障に当てはまらないかもしれないが、感情が読み取れない相手には物怖じしてなかなか話しかけられないし話せない。という点ではあながち間違ってはいないだろう。それに目を見れば感情読み取れる云々の話は余計混乱させてしまうだろうから本当のことは話せなかった。
「ええっと、それは良かったです……?」
「うん!……あ、そうだ。私と嶋田くんとおんなじようにタメ語ではなしてほしいなー」
「わかり……わかったわ。善処する、わ、ね」
敬語で話されると距離感が遠く感じるし、嶋田くんだけタメで話してもらえるのはずるいな。と思い言うと、彼女は思っていたよりもあっさり了承してくれた。それに慣れないのか少しぎこちない話し方になっていたけど。
私は敬語で話すことをやめてくれたことに満足し、頷いた。
それ以来、私はいつも鷹田さんと行動するようになった。昼食を一緒に食べたり放課後や休日には遊びに行ったり。嶋田くんがよく私たちの間に入り邪魔だったが、先に仲良くなっていたのは彼だったし、鷹田さんの壁が薄くなっていたのは彼のおかげでもあったので邪険に扱うことはしなかった。話しているうちに私は鷹田さんを咲良と呼ぶようになり、咲良も私のことを愛由美ちゃんと呼ぶようになった。初めて下の名前で呼んでくれたときの表情と言ったらもう、可愛いという感想しかでてこなかった。嶋田は口から漏れてたし。
三年になり、私と咲良はクラスが変わってしまった。嶋田は咲良と同じクラスになり大層喜んでいたので私は一週間腹痛に悩まされますようにと呪ってやった。
そして私と咲良が受験の気晴らしに遊びに行った日、かなり衝撃的な報告を受けた。なんと咲良と嶋田が付き合うことになったらしい。嶋田に対し恋が実ってよかったな、とちょぴっとだけ思いはしたが、大半は私の咲良を奪いやがって許せん。というものだった。本人は無自覚だったが、最近は少し嶋田を意識するようになっていた咲良の、お付き合い報告するときの可愛さといったら言葉に表せないほどのもので、それを見たために辛うじて嶋田のことは許せた。あの少しだけ嬉しそうな可愛い反応を見れなかったら、次の日嶋田に殴りかかっていたかもしれない。嫉妬で。
私は高校生のときにハマって今でも好きな"キャチプリ"と呼ばれる乙女ゲーム繋がりで仲良くなった子がいた。コミケに参加していたとき、キャチプリの二次創作本を手に取ろうとしたら同時に同じものを取ろうとした子がいて、それをきっかけに少し話して仲良くなった。名前を中西茜という。
彼女の推しは私と同じくメインヒーローレヴォン様だったのだが、彼女のはまり様といったらかなりのもので、目を見ながら話していると少しヤバそうな子だなと思ってしまった。まるでレヴォン様の恋人は私だ、と訴えているようにも見えたのだ。
彼女が自分から話してくれたのだが、彼女は母子家庭で育ち、母の男癖の悪さにより父とは早々と離婚し、それからも母は家に毎回違う男を連れ込み、さらに母は自分を嫌っていたらしい。そのために自分の中には誰かに愛されたいという欲があったため、この乙女ゲームがその欲を満たしてくれたのだと話していた。彼女がヤバそうなのもそれが原因かもしれない。
そして挙句の果てには、レヴォン様が話す言葉を私自身に言われた気がする。と言い始め、かなりヤバい子だとは思ったが何を言っているのかわからないな。という顔をしておいた。
違う大学に入り、就職しても私と咲良の関係は続いていた。お互い忙しく会える機会は少なかったが、こまめに連絡はとっていたのだ。
そんな中働きかける始めて一年ほど経ったある日、咲良から連絡がきた。結婚の約束をしてもらった。と。私はすぐによかったね、おめでとう。と送ったが内心とても複雑だった。私としては二人が付き合い始めたのはつい先日のような気持ちなのに、もう結婚の話まで出てきたのか、と。付き合い始めた時点で咲良を取られた気分になっていたのに、結婚までしてしまえば何故か負けたような気になる。正直に言うと、かなりのショックを受けていた。
だが二人を一番近くで見てきたのは間違いなく私なので、その心中を言うことなく祝福した。
かなりのショックを受けたとはいえど、親友が幸せになってくれると、嬉しさもないことはないのだ。嶋田には絶対に幸せにしてもらわねば困る。咲良を泣かすようなことがあれば絶対殺してやると、心の中で誓った。
だがその誓いは、私の手ではなく咲良の手によって果たされることとなってしまった。
咲良からの連絡が最近来なくなってしまったな、と思い始めたころ、何気なく料理をしながらリモコンを押してニュース番組をつけたとき、私は予想もしていなかった現実を知らされた。
咲良が嶋田を殺し、自殺した。
私は大きく動揺し、右手に持っていた包丁で左手を切ってしまった。傷一つなかった手にじわりと血が滲む。私はそれをぼんやりと眺めた。痛みなど全く感じなかった。
私の記憶はそこから酷く曖昧で、誰かと結婚して、子供を産んで、仕事をして、歳をとって亡くなった。その人生が幸せだったのか、と問われても、幸せと感じていたのかどうかさえもわからなかった。記憶が曖昧なのはかなり酷いショックを受けたせいなのか他に何か理由があるのかはわからない。
ただ酷く覚えていることは、咲良と最後に会った日に彼女が見せた、とても幸せそうな笑顔だった。
ごめんね。守ってあげられなくて。辛い時一緒にいてあげられなくて。相談にのってあげられなくて。何もわかってあげられなくて。
あなたは私の、唯一の友人だったのに。
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