36(侍女:前世1)
私、木下愛由美は小さいときから少し変わった子だったと思う。
赤ちゃんが簡単な言葉を話し始めるのはだいたい九ヶ月ごろくらいからと言われているが、私が話せるようになったのは生後四ヶ月ぐらいのころだった。まぁ個人差があるからね、と思うだろうが言葉を覚える他にも、歩き始めたのは八、九ヶ月ごろには歩けていた。ついでに言うと二才ごろにはさらさらとかなり自然な日本語を話せたりお箸を一人で使ったりできたし、三歳頃には英語もそこそこ話せた。
何が言いたいかというと、私は物覚えが早い子だった。子供ながらに周りの空気を読んで行動したり、迷惑がかからないように大人しく過ごしていた。両親はそんな私を気味悪がることなく、愛由美は大人だな~、天才だな~という風な反応で育ててくれたので、変にひねくれたりもしなかった。
私には小さい頃から少し変わった特技みたいなものがあった。話している相手だけであろうがテレビの向こう側の相手であろうが、とにかく人間であれば誰でも、その人間の目を見ればある程度の感情が読み取れたのだ。
いつ頃からその特技が表れたのかは覚えていない。気がついたときにはそれを使って相手の感情を読み取り行動するようになっていた。それのおかげで私の周りにはたくさんの友人が集まっていたし、虐められることもなかった。考えてみれば、自分のしてほしいことを言わずともしてくれる使い勝手のいい人間であったために人が集まっていただけなのだろうと思うが。
そんな風に考えるようになり始めたのは中学生ごろからだ。それまでは友達がたくさんいて嬉しい、楽しいな。と思っていたが、使い勝手のいい人間だから人が集まっているだけだ。と気がついた途端、私は自分を偽るようになった。今までも相手のしてほしいように行動していたのだから、偽っていたといえば偽っていたのだが。
それから私は人と話す時、心の底から笑うことができなくなってしまった。いつも愛想が良く見えるような笑顔を浮かべ、優しく接し、相手のしてほしい態度や行動をとる。何も面白くもない、つまらない毎日の繰り返しとなってしまった。
だが少しだけ楽しいと思えるものもあった。私は生身の人間の目を見れば、たとえ動画のものでもカメラの中の者だろうと感情が読み取れたが、絵やイラストや本であれば感情を読み取ることなどできなかった。私はそれが嬉しく、楽しいものであった。相手の感情を読み取って反応をしなくても良い。それが私にはかなりレアな体験で、私はそれらのものにどっぷりハマっていった。
そんな私の人生が大きく変わることとなったのは、高校二年生のころ。物覚えの良い私はあまり勉強しなくても成績は良かったし、どこの高校を受けても絶対に受かると言われていたが、将来なりたいものも行きたい高校なども特になくて、通学が楽なところが良いと一番家から近い高校を選んだ。
高校に入ってからは、ハマっていた漫画や本などで高校生は青春いっぱいで楽しい!ような感じの雰囲気を出していたが、同じような毎日を繰り返している私は、校舎や周りの人間や環境が変わっただけで、青春も何も無い。小学校や中学と変わらないではないか。と思っていた。とある少女と出会うまでは。
その少女の名は、鷹田咲良というらしい。二年になり同じクラスになった。彼女は、中学までは名門の女子校に通っていた。といったことや、父親が今は倒産してしまった会社の社長だったなどの噂があり、少し有名な子だ。クラスの子の話では、鷹田さんはいつも一人で行動し、周りと仲良くしようとしないらしい。
私はその話を聞き、チラリと彼女の様子を見た。彼女は自分の席に座り、姿勢正しく黙々と大きな本を読んでいた。ただ本を読んでいるだけでも美しく、また、話しかけないで欲しいというオーラを出しているようにも見えた。腰まで伸びたさらさらでストレートの黒髪がパサリと落ちて、それを左手で耳にかける。その仕草さえも全て上品に見えて、お嬢様だったという噂は嘘ではなさそうだな、と考えた。
少し経ってから、あの鷹田さんに彼氏ができたかもしれない。という噂が周り始めた。その噂の相手は同じクラスの嶋田祐介という男。彼は思っていることをぱっと口に出せる素直で正直者だった。すでに、話しかけないで欲しいというオーラをだしている鷹田さんを除いた同じクラスの者全員と話し終えていた私は、ああそういえば以前嶋田くんが鷹田さんと話したいと言っていたな。と思い出す。
私はまたチラリと鷹田さんの様子を伺った。彼女の席の前には嶋田がいて話しているようだった。彼女にしては珍しく顔を上げている。私はそのことに驚き、思わずその様子をじっと見てしまった。
鷹田さんの目が、私の視界に入る。それは私が相手の感情を読み取るためにずっとしてきたことだから、無意識の行動だった。少し離れたところで話す、彼女の漆黒の眼を見つめた。
感情を、読み取ることができなかった。
私は目が疲れているのかな、と思いながら目をこすってからもう一度彼女の目を見た。だがやはり、感情を読み取ることができない。今までこんなことはなかったが、もしかすると今日の調子が良くないだけかもしれない。と思い彼女から視線を外した。
その日確かめるように他の人の目を見たが、感情を読み取ることができた。だが深くは考えなかった。
次の日も、そのまた次の日も、私は鷹田さんの目を盗み見た。今日も調子が悪いだけかもしれない。もしかしたら目が疲れているだけかもしれない。そう思いながら。だが彼女以外の人の目を見れば、感情を読み取れた。嬉しいや悲しいなどの感情も全て。だが、どんなに日が経っても、鷹田さんの感情だけは読み取ることができなかった。
そうして気づいた。私の目が普通になったわけではなく、彼女の感情だけが読み取れないだけなのだと。
私は彼女に興味が沸いた。記憶のある今までの人生で相手の感情が読み取れないことなど一度もなかった。それのせいで毎日がつまらなくて味気ないものになっていた。だが彼女はそれを覆したのだ。目を見れば必ず感情を読み取ってしまうという謎の力を。私は鷹田さんと必ず仲良くなろう。絶対に話そうとその日決心した。
ガードが固くなかなか話しかけられずにいると、ようやくチャンスがまわってきたのは修学旅行の部屋分け。私は色んなクラスメイトから同じ部屋にならないかという誘いがかかってきたが、それらを全て断り余り者という立場になった。
部屋決めをするとき学級委員である子が私に鷹田さんとペアで良いかと聞きそれに了承すると、鷹田さんにも確認をとった。彼女は私があっさりと了承したことに驚いていたようで返事がワンテンポ遅れていたが、戸惑いを隠せていなかった。目で感情が読めなくとも分かりやすいほどに。
私はこれで良いきっかけができたな、と思い、少しづつ警戒を解いてもらうためにも、「よろしく鷹田さん」と一言だけ話した。彼女は私をじーっと見つめてからいつもの無表情で「よろしくお願いします」と応えていた。
態度はよそよそしいがこれからだ。修学旅行は泊まり掛け行事だしそこで一気に距離を縮められるだろう。私は修学旅行で必ず仲良くなる!と決心した。
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