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なんかヒロイン悪化してねぇか……?

 私は、私の名前を呼ぶと少し笑って目を閉じた人を見つめ、少し固まっていた。私のせいだ、と泣きたくなった。全身から力が抜けた。だがすぐに我を取り戻して、そんなしょうもないことを考えている場合ではないと力の抜けた体を無理やり動かし、彼の胸に手を当て口元に耳を寄せた。手からは服越しに彼の脈を感じ取り、耳からは彼の呼吸をする音を捉えていた。

 心臓は動いているし、呼吸もしている。きっと大丈夫だ。

 そう自分を落ち着けようとしながら考えると、私だけでは彼を運べないからと人を呼ぼうと立ち上がった。


「待ちなさいよ!」


 階段の上から耳障りな叫び声のような声が聞こえたが、私はそれを無視した。男爵令嬢が公爵令嬢に向かって、命令口調で呼び止めるなどありえない。だから、あれは私に向かって言っていることではないのだ。ここに意識がある状態でいる者は彼女と私しかいないが。

 まあそんなことはどうでも良いとすぐに頭を切り替えると、ネオラはどこにいるだろうか。と考える。今日は学校に来るとき、ネオラはついて来ていなかった。だが、絶対に彼女は学校に来ている。確信している。なぜなら彼女は、この世界を知り尽くしているから、今日は何かがあると知っているはずだからだ。起きた出来事は、きっと本来起こるはずだった結果は違うものだったのだろうが。


「シェーヌ、あんた待ちなさいよ!なんで無視するの!?今落ちた衝撃で耳でも聞こえなくなったのかしら?」


 彼女は階段の上から私を見下ろすように話していることだろうが、レヴォン様を運ぶためにも人を早く呼ばなくてはと考えている私はそちらに目を向けもせず、歩き始めた。ネオラのいるだろうところに見当がついたわけではないが、とりあえず探しに行かねばと思ったのだ。

 そんなシュゼットを視界にも入れようとしない私の様子に腹を立てたのか、彼女は私に近づき手首を掴むと、「ちょっと無視しないでくれる!?」と叫んだ。私は彼女に手首を握られた瞬間、ぞぞぞっと駆け上がってきた悪寒に全身に鳥肌が立ち、反射的にそれを振り払った。


「触らないでちょうだい!」


 パシリと音を立てて振り払った私を、彼女は目を見開いて見つめると、すぐに顔を怒りで真っ赤にさせて睨みつけてきた。


「なんなのあんた何様のつもり「何様のつもりってセリフは私のセリフよ!いい加減にして!」


 自分よりも背の低い桃色髪の女を私は見下ろすように睨むと、彼女も応戦するように睨み返してきた。その姿に、今までの心優しく殿下に付き添っていたシュゼットの姿はなかった。


「あなた今の状況わかっているの?あなたはわざとではなかったとしても人を階段から落として、その方を気絶させた。しかも突き落とした相手はこの国の次期国王である王太子殿下。あなた今のご自分の立場わかっていらっしゃる?『王太子を殺そうとした大罪人』よ!」


 早口で捲したてる私に若干気圧されながら話を聞くと、彼女は私が話し終わって数秒してからようやく理解したように、顔を真っ青に染めた。この子私に言われるまでずっと、本当に理解できていなかったのね。本当に可哀想な子だわ。と哀れんだ。


「わ、たし、レヴォンを殺そうとしてなんか……」


「そうね、あなたにはそのつもりはなかったかもしれないわね。でもね、この国の人々が……ってあぁ、こんな話をしてる場合じゃないわ。人を呼ばなくては」


「必要ございません、お嬢様。人はすでに呼んで来ました」


 私は話の途中でそれどころではないと思い出し、再び本校舎に向かって歩こうと振り返ると、すぐ前から探しに行こうとしていたはずの者の声が聞こえた。


「ネオラ!」


 ネオラは私の姿を見るとほっとした表情になり、奥の曲がり角に向かって「こちらです!」と声をかけた。その声をかけた方からバタバタと走る音が聞こえる。どうやら一人だけではなさそうだ。

 彼らは曲がり角からばっと姿を現すと、「殿下はどちらに?」とキョロキョロ周りを見ていた。制服を着た男子が二人、そこに立っていた。


「レヴォン様はこちらにおられます」


 私は彼らに向かって声をかけると、一人の男子生徒が「え、シェーヌ様……とシュゼット嬢?」と驚いた声を出していた。バタバタと駆け寄ってきた彼らに、踊り場に倒れている彼のところへ案内すると、心臓は動いていて息もしていることを伝えた。


「とりあえず保健室に運ぼう」


 二人のうち紺色の髪の男子生徒が脇の下を持ち、もう一人の銀髪の髪の男子生徒が両足を持つと、彼らは持ってきていた分厚い大きめのタオルの上に彼をのせた。タオルの端を持っていたのでこれで運ぶのだろうと察した私は「私も手伝います」と言ってタオルの右側に立った。ネオラもすかさず私の向かいに立ち、一緒に運ぶ体制に入っていた。


「女性にさせるわけには……」


「ボーッと突っ立って何も出来ないのは嫌だもの」


 渋った様子を見せた銀髪の男に向かって言えば、彼は私を見て「わかりました。ではお願いいたします」と返事をした。間近で彼の姿を見て、私はようやく彼らが誰なのか気づいた。見たことがある気がするな、とは思っていたが、彼らはレヴォン様が属している生徒会の一員のようだった。そしてこの"乙女ゲーム"というものでいう攻略対象だった。前世で愛由美ちゃんに見せてもらったゲームのパッケージに彼らの顔があった記憶がある。

 そんなことは今はどうでもいいか。と私はレヴォン様をのせているタオルの方に意識を戻した。ちらりと先ほどまで話していた男爵令嬢の姿を視界に入れると、私はすぐに視線を戻した。彼女はどうやら未だにショックを受けたままの状態のようで、顔を真っ青にしたままその場に突っ立っていた。それを気にとめる者はここに誰もいなかった。


 私たちは保健室にレヴォン様を運ぶと、特に大きな怪我などはしていないが心配なので王宮に戻ることとなった。彼の意識は戻らず、眠ったまま運ばれることとなった。

 私はレヴォン様は無事だと連絡を受けたあと、何が起こったのかを話すことになった。私は、私とシュゼットが揉み合っていたときに階段から落ちそうになり、それをレヴォン様が庇ったために落ちてしまった。と説明した。

 多分、というよりはほぼ確定しているが、あの男爵令嬢が私の手首を引っ張ったのは階段から私を落とすためで、わざとしたものだっただろうと思っている。でもそれが真実なのかどうかはシュゼット本人にしかわからないために、わざとしてきたことだとは言わなかった。


 私はその2日後、王宮を訪れまだ眠ったままだと聞かされたレヴォン様のもとへ来ていた。目の前で穏やかな呼吸をしている彼を見て、申し訳なく思いながらほっとする。だが、しばらくずっとその様子を見ていると、今までやってきたことへの罰だ。とも少し思い始めていた。

 これは散々私に愛の言葉を呟いていたくせに、裏切った罰なのだ。と。

 でもそれはただ、強制力というものが働いていたせいだったわけなのだが。だがそうわかっていても、腹が立つものは腹が立つのだ。私は彼女たちがどんな風に彼を思ってきていたかよく知っているのだから、余計に。


「はあ~」


 疲れた。と呟きながら私はベッドに顔を突っ伏した。この二日の間に、強制力というものは全く働かなかった。レヴォン様が眠ったからといって以前のパーティーのように時間が止まってしまったようなこともなかったし、何かに縛られているような感覚もしないし、記憶も正常だ。二つ前までの人生もバッチリ覚えている。

 私たちは散々"強制力"に振り回され、人生を邪魔されてきた。そしてようやく、平穏がやってきた。レヴォン様は眠ってしまっているけど、絶対目覚める。この人なら、絶対に。

 私は眠っている整った顔立ちの彼の頬をさらりと撫でて、ぎゅっとつねった。彼は眉をひそめただけで、目覚めなかった。


「仕返し第一弾です」


 私は再び穏やかな表情に戻った彼に向かって呟く。今度は頬ではなく、目の前に置かれていた彼の右手を取りぎゅっと握った。こうするのはあの話し合い以来だな、と思い出してふっと笑う。あのときはとにかく慌てていてなかなか恥ずかしい姿を見られたなと思い出し、そこでやめてしまった。

 部屋には私とレヴォン様しかおらず、聞こえてくるのは私と彼の呼吸音と、開いた窓から入ってくる風の音のみだった。手を握ったままぼんやり彼の寝顔を見つめていると、つられて眠たくなってきてしまった。ここ最近は罪悪感などであまり眠れていなかったことも原因の一つかもしれない。

 レヴォン様の母である王妃様にはずっといてくれても構わないと言われていたので、一眠りすることにしてベッドに空いている腕を置き枕代わりにすると、そこに頭をおいた。長く眠ってしまったとしても、廊下で待っているネオラが起こしに来てくれるだろう。

 私はレヴォン様の手と繋いだ手に力を込めると、彼が目覚めたら仕返し第二弾としてグーパンチか平手打ちでもしてやろうかな。それくらい許してくれるだろう。と考えて目を閉じた。

読んでくださりありがとうございます!

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