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4、5ヶ月ぶりの投稿です……。ごめんなさい……。投稿が遅れる数話に一度遅れてごめんなさいを言いまくっていましたすみません……。今回も終わりまで書ききってからにしようと思ったけど、自分を追い詰めるためにもさっさと投稿することにしたので、間2話抜けてますので途中で数日空くかもしれないです。その部分はほぼ終わりかけのところです。残り数話ですがよろしくお願いします。
特にすることもなく帰ろうと鞄に荷物を詰め込んでいると、ゾワリゾワリと何かが迫ってくるような感覚に突然襲われた。吐き気がするわけでもないのに気分が悪く、早く帰りたい気持ちに駆られた。帰ろうと荷物を手に持ち席を立ったときよろめきそうになったが、机に軽く手をつき足元を整える。
今日一日何ともなかったはずなのに急にどうしたのだろうと考えながらも、友人に挨拶をして教室を出る。窓から入ってきた風で体がぶるりと震え、冬でもないのに寒く感じるということは体が冷えてしまっているのかもしれない、と足を早める。
何かに追われているわけでもないのに、なぜか突然心に恐怖心が湧き起こりさらに足を早める。何かが怖かった。気持ち悪かった。その場に立ち止まって誰かに助けを求めたくなるほどのものに襲われながら進んでいると、いつの間にか玄関とは程遠い人通りのほとんどない旧校舎の中にいて、なぜこんなところにいるのだろう。と泣きたくなった。
旧校舎と本校舎が繋がっているとはいえ、間違えるはずのない見慣れた学園内で道を間違え泣くなどあり得ないとわかっているのに、そんなことが頭に思い浮かばないほどに弱っていた。今日一日で、変わったことなど本当に何もなかったのに。
とにかく早くここから出なければと階段に来たところで、階段の踊り場にある窓の外へ目を向ける。私たちが普段利用する本校舎の廊下以外に何かが見えたわけではないけれど、自然と私の目はそちらを見ていた。特に誰かが通っているわけでもなくさっさと視線を戻し、涙が溢れてしまう前に早くここを出ようと降り始めたとき、コツコツと階段を登ってくる足音が聞こえた。誰かがここに来るなんて珍しいとそちらへ目を向けると、そこにいるのは#彼女__・__#だった。
今日でようやく、悪役令嬢とのイベントは最後ね、長かったな~と私は小さく息を吐く。椅子を引いて立ち上がると教室の扉から廊下へ出る。没落しかけの男爵令嬢と仲良くしようという人は存在せず、友人など一人もいるわけがないのだが、同じクラスの攻略対象の一人である伯爵家の令息はバイバイと手を振る。彼とは仲良くする必要などなかったのだが、この世界には強制力があり、それを継続させるためにはゲームと同じ台詞を話す必要があったため、ルート別になる前までに仲良くなっていたのだ。私はバイバイと元気に手を振るとさっさと目的の場所まで歩き始める。
今日起こるイベントは、私が悪役令嬢であるシェーヌに階段から突き落とされて気絶するというもの。場所は旧校舎で、私はたいして難しいことはしない。彼女が階段を降りてきたタイミングを見て私も階段を登り始め、彼女が私を見て今までの怒りを全て言葉にして罵り肩を押してくる。それによって私は階段から落ちて気絶する。正直痛いのは嫌だがシナリオなので仕方ない。そのあとはレヴォンが私たちの様子をちょうど見ていたようでそこに訪れ、後日シェーヌをパーティー会場で断罪して婚約破棄を突きつけるのだ。そのあと私たちは婚約をして結婚する。そんな攻略対象と結ばれるという幸せがあるのであれば、階段から落ちる程度の痛みを甘んじて受け入れよう。
私は人のいない廊下へと移ると、最後だと思うと気分が上がり、鼻歌を歌いながら足取り軽く目的の場所へ向かう。すぐ近くまで来ると鼻歌をやめて立ち止まる。彼女はもう着いているだろうか。今まで予定通りに進んできたのだから今更変わることはないだろうと角から階段を覗くと、ちょうど彼女が踊り場で窓の外を見ているところだった。ちゃんと予定通り進んでいることに少し気が緩んでしまい口角が上がったが、すぐに無表情になる。角を曲がって下を向きながら階段を登り始めたところで、彼女が足を動かし、コツリと音が鳴った。それを合図に私は視線をあげ目を見張り驚いたふりをすると、挨拶をした。
『ごきげんよう、シェーヌ様』
「ごきげんよう、シュゼット様。こんなところへ来るなんて珍しいわね。どうかなさいましたの?」
『先生から荷物を運ぶよう頼まれまして、今から教室へ戻るところです』
私も本当は今日荷物を運ぶよう頼まれていたが、忙しいからと断らせてもらっていた。このイベントのことで頭がいっぱいで、今日はそれどころではなかったのだ。
「そう……」
彼女の目はすっと細められ、口元に浮かべられていた微笑みは消える。次のセリフから彼女の罵声が始まるんだったかなと思い出しながら、私は体を震わせ怯えたふりをする。
「……そうやって頼まれごとを引き受けて、自分が真面目だとでも思いたいのかしら?そうすることで周りからいい子だと思われたかったの?」
『そんなことは……』
「そんなことあるでしょう‼︎」
私の言葉に被さるように、彼女の言葉が旧校舎に響き渡る。私は演技だけど、彼女は本心からそう話しているように聞こえた。だが少しだけ、言葉を発することに抵抗を感じているようにも聞こえた。
私は先程までの恐怖心など一切忘れ、シュゼットを目にした途端に頭が怒りで染まった。
私の大切な人を奪った忌々しい人。馴れ馴れしく彼に近づいて、自分の立場も理解できていないような駄目な女。
彼が愛していたのは、私だったのに。
気がつけば、私の口からは彼女を責めるような言葉が流れるように、次々と発せられていた。
「……そうやっていつもニコニコヘラヘラ笑って、彼に良いように見られたかったのでしょう?普通の令嬢ならやらないような雑用をして、彼から褒められたかったんじゃないの?彼が落ち込んでるときに生意気なことに隣に座って、彼を慰められるのは自分だけとでも思っていたのでしょう?」
あなたが憎たらしいのだという気持ちをぶつけて、私は彼女を睨みつけながら話した。なのに、彼女を睨みつけている私の瞳からは涙が溢れそうになっていた。まるで、本当はこんなことはしたくないのだというように。
私の言葉に瞳を潤ませながらも私をまっすぐに見つめる彼女を責めながらも、迷っていた。
「……なぜあなたがあの方に好かれるの」
あなたが憎い。彼を奪ったあなたが。……でも、本当は、理由はわかりきっている。
「なぜ、あなたみたいな男爵令嬢に、しかも没落しかけで平民と大して変わらないような家の令嬢に、私の大切な人をとられなくてはいけないの」
私より、ずっと心が綺麗で、あの方にちゃんと寄り添ってあげられている。優しさで溢れている。
だからこそ、それに気づいてしまえば自分の心の汚さに気づいて、惨めで、悔しくて、八つ当たりをしていただけ。
「なぜ私じゃだめなの。あの方の婚約者は、私なのに」
誰よりも、何よりも大事なあの方の心を奪ってしまったこの子が、妬ましくて、羨ましくて。
「どうして……どうして?」
彼女は私を、黙って見つめていた。先程まで私を恐れるように震えていたのに、今は凛としてじっと立ち、その目はすわっていた。これから起きることを知っていて、それを待ち構えるかのように。
一歩、一歩と私は一段ずつ下がり彼女へ歩み寄る。体はそちらへ行かなければならないと進もうとする。進んではいけないと、進むわけにはいかないと思っているのに。
私を罵倒していたこの悪役令嬢は何をグズグズしているのだろう。あとは彼女が、『あなたさえいなければ』と叫び、私を突き落とすだけなのに。それさえ終わればこの子は用済み、早くしてほしい。こんなどうでもいい場面、さっさと終わらせてほしい。
私は何を言おうとしているのだろう。何をしようとしているのだろう。わからない。体が勝手に動くから。
でも、何かわからないそのことを、私は絶対にしてはいけないと確信してる。だから、立ち止まらなくてはいけないのに。
早くしなくちゃ、レヴォンが来てしまう。なんでそんなにゆっくりと進むの!口は開いているくせに何も言おうとしないし、お願いだから早くしてよ!
この子への怒りは収まらないのに、それ以上に、止めなくてはと思ってる。だから進んではいけない。なのに、何で止まってくれないの?
……何かが必要なの。それさえあれば、止まれるはずなのに。
……足音が聞こえてきた。それにこの足音、走ってるみたい。絶対に彼だ。だってゲームでは、この場には私たちと彼以外に誰もいなかった。彼が来たってことはもうすぐってことよね?
お願い、早くして。
足音がする。……レヴォン様だ。根拠はない、けど、絶対に彼だ。彼がここに来てくれれば全て解決する気がするの、足りないものを補ってくれるはず。
でも、よく考えたらおかしいんじゃない?ゲームの中で、彼はこの場にいたわけじゃない。ちょうどあの踊り場の窓から見える本校舎の中から見てた、って言っていた……?だとしたら、ここに来ては駄目なんじゃない?ここに来てしまったら、シナリオから外れてしまうんじゃないの?
手が届いてしまいそう。これ以上近づいちゃ駄目だ。私の口から何か、よくないものを叫んでしまいそうなの。言いたくない。止めて。お願い。
早く台詞を言って!早く突き落としなさい!お願い早く!
まだよ、まだなの。レヴォンはまだ来ないで。
早く、早く──
「シェーヌ、待って!」
レヴォンが踊り場から叫ぶと同時に、いきなり紫色の瞳を釣り上げ、私より下の段に立つ彼女の手が私の手首を掴んだ。ぐっとかなり強い力を入れられて、ふわりとバランスをくずした私の体は宙に浮かび上がる。私の体が宙に浮くと手を離され、彼女の横を通り過ぎたとき、その桃色の髪が私の頬を掠め落ちていく。駆けつけてくれたレヴォンと私の体を引っ張った彼女が見える方へ体は回転し、彼が私に向かって手を伸ばしてくれているのが見えた。私もそれを掴もうと手を伸ばすが、空気を感じ取る肌の感触も、息をする声を聞き取る耳も、目の前で差し出してくれていた彼を見る目も、体中の感覚何もかもが消えて、その手を掴めたのか私がどうなっているのかもわからなくなった。でも目が見えなくなる直前、私を引っ張った少女の紫色の瞳は驚き見開いていたけれど、その顔には罪悪感や後悔などはなかったように見えた。
少しして何も感じなかった体で一番初めに働いた器官は、目だった。遠く離れた天井が見えて、ああ、私は階段から落ちたのだなと思った。次に働いたのは感触。私が落ちたはずの廊下は冷たく固い。はずなのに、それとは真反対の感触で私の背に感じるものは温かく、柔らかいものだった。それはいつだったかは#まだ_・_#はっきり思い出せないけれど、つい先日、私が感じた温もりとよく似ている。そして次に働いたものは、耳。耳障りな彼女の「嘘よ!」という叫びよりも先に聞こえたのは、苦しそうな唸り声。でも私も、突き落とした彼女も聞こえてきたような低い声なんて出せるはずがなくて、じゃあ誰が。という答えはすぐに出た。酸素を欲するように呼吸をする声や咳は、私のすぐ下から聞こえていた。
思い出したのは、私の腕を掴み引っ張る直前の白く細い腕と、ここに駆けつけて来た持ち主の逞しい腕。彼女は何故か焦っていた。そして最後にゆっくり私に近づきながら手を伸ばした。そして、彼の声を聞いて、力を入れた。その彼は私に手を伸ばしたあと、どうなったんだっけ。
私は起き上がり少し横へずれて#それ_・_#から降りると、予想してしまったものを信じたくないというように、私の下にいたものを見た。
彼の、薔薇の香りが鼻を掠めて、息が止まった。
力は今はもう働いていない。貴方が私の名前を呼んだとき、壊してくれたから。以前とは違って、貴方が私の側へ来てくれたから。だから今なら、素直に認められる。
私の愛する人。
貴方以上の人なんていないと思うほどに、大切な人。
「レヴォン、様……」
レヴォン様は、私の腕を掴んで、引っ張って、私の代わりになった。あの高い階段から私を庇って下敷きになった。
落ちたとき、働いていなかったはずの耳はかすかに音を拾っていた。
彼が頭から落ちた、強い、衝撃音を。
全身から血の気が抜けていく。回らなくなった血を全身に流そうとする心臓の音がいつもよりずっと早く、激しく動いていた。
彼の意識は朦朧としているようで、今にも閉じそうな目で私を捉えていた。動かそうとしたのか腕はピクリとしたが、力が入らなかったようでそれ以上は動かなかった。
彼が意識を手放す直前、その厚い口からは荒い呼吸以外の、苦しそうな掠れている小さな声が発せられた。
「シェーヌ……」
彼の口角は少しだけ上がって、微かに開かれていた目が閉じた。
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