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大変遅くなりました。今までで1番すみませんm-_-m
ネオラが部屋から出て行くと、私と殿下の間に沈黙が訪れる。
直感にはなるけれど、私たちが自由に動ける時間は30分あるかないかだ。その短い時間の中で話し合わなければならないことが色々あることは、わかっている。でも何か言わなければと思えば思うほど、言葉が消えて無くなって、何も言うことが思いつかない。
「……すまなかった。俺たちが、君たちを裏切ってしまうような行動を取ってしまって」
彼はそう言って私に向けて頭を下げる。
私自身にも、彼自身にも関係ないこと。でも、過去の私たちに関係のあること。
前世や前々世で起きたことは、そんなややこしい立ち位置にあるもので、思わず彼を責めそうになったが、それをしたのは彼ではないのだからこの少ない時間の中でするべきことではない、とやめる。
「……貴方が私に言うことでは、ないと思います。それを言わなければならないのは、貴方の過去で、それを聞くべきなのは私の過去ですから」
彼らは、彼女たちの想いがどれほどのものだったのかわかっているのだろうか。彼女たちの辛さを、理解しているのだろうか。
話して理解してもらえるとは、正直思えない。その身をもって体験した彼女たち自身、もしくはその記憶と感覚を覚えている私でなければ、きっとわからない。
だからこそ、謝るべき人は目の前にいるレヴォン様ではない。それを受け止めるべき人は、私ではない。そう思うのだ。
「……そうかもしれない。でも、俺もまた、同じことを繰り返してしまったから」
「まだ、終わっておりませんもの。私たちは」
彼が吐いた言葉と少し苦しそうに下を向いている姿を見て、私の心が少し苦しくなり、気がつけば言葉が口から出ていた。
「私はまだ、婚約破棄を突きつけられていない。シュゼットに好意を抱いているとも聞いていない。操られていた貴方からも、貴方自身からも」
私が彼の目を見て笑いかけると、少し悲しいようなほっとしたような、複雑な笑顔を浮かべた。
「……確かにそうだな。まだ、終わってない」
彼の言葉は、自分に言い聞かせるような言い方だった。
きっと、不安なのだ。強制力について、今まで誰もわかってくれる人がいなかった。それによって、2度も人生を踏みにじられた。自分が自分でなくなる怖さ、辛さ。
私は過去の2度の人生でそれを経験したわけではない。でも彼だけでなく、私もそれによって人生を踏みにじられ、この人生でもすでに、変えられそうになっている犠牲者。
彼の気持ちを理解できる。彼らが彼女たちの想いの全てを理解できないように、私も全てを理解することはできないけれど。でも、同情をするわけではないけれど、その気持ちを理解してあげたいと思う。
そう思うのは、私にとって彼が大事な人だからだ。家族でも友人でもないけど、幼い頃からそばにいた、大事な人。
「……終わったらちゃんと、話がしたい」
「はい」
「今度は間違えない。今度は失敗しない。君が幸せになれるように」
「……はい」
信じられるかと聞かれれば、正直完全にはできない。信じようとしても、過去の彼女たちの記憶と想いが私の足を止める。それは無理だと、できないと語りかけてくる。
「……私も、されるがままにならないように、自由に動けるように、頑張ります」
でも、信じたいと思ってしまうのだ。今度こそ失敗しないと、彼が頑張ろうとしてくれているのは、伝わっている。
だから
「信じたい。貴方のその言葉を」
ただただ信じたいと、思ってしまうのだ。
「……ありがとう」
彼は私の言葉に驚いた表情になったが、すぐにふわりと笑顔を浮かべ感謝の言葉を述べた。
それを見てようやく、私が普通に彼を見られていることに気がついた。
最初に感じていた不安は、消えてしまっていた。
再び長い沈黙の空間が訪れ、ふいに、もう本当に時間がないであろうとなんとなく感じ取った。
いつ"私"になるかわからない。今すぐとまではいかないけれど、数分後にはなってしまってもおかしくないほど時間がない。
最後に言う言葉も思いつかず黙り込んでいると、彼から話しかけてくれた。
「……不安じゃないか?怖く、ないか?」
何の、とは言わなくても、強制力がまたかかることについてだということはすぐにわかった。
彼は私を本当に心配してくれているようで、その優しさを嬉しく思った。
「もちろん不安です。怖いですわ」
私の言葉にだろうな、という表情になったが、すぐに何と声をかければいいのかわからなくなったようで、慌てている様子が目に入る。
その様子が少しおかしくて、頬が緩んだ。
「レヴォン様」
緊張していたためか手も身体も冷えているし、本当に彼に気を許してしまえたのか確認するのにちょうど良いのかもしれないと、声をかけられこちらへ目線を向けた彼に手をのばす。
「手を握って、ぎゅっと抱きしめて下さい。そうしたらきっと、大丈夫ですから」
はい、と手を広げて待っていると、彼は私の顔と手を交互に見て戸惑いの表情を私に向けた。
「……シェーヌは、俺に触れられるのは嫌ではないのか?」
「お顔を見ることができるようになりましたので、いけるかなと。無理だったらすぐに言います」
彼は『やっぱり顔を見ることもできなかったんだな』と小さく呟いて苦笑すると、ゆっくりと私の手に手を伸ばし、そっと触れてから手を包み込むようにして握った。
一瞬ぴくりと反応してしまったが、嫌悪感も湧くことなく何も問題はなかった。
私の様子を少し確認していた彼は、わたしが大丈夫であることがわかったためか、握っていた手を離して私の背中に回した。彼の手に少し力が入り、先程よりさらに距離が縮まる。
私の顔が彼の肩に触れると、ふわりと薔薇の香りが鼻をかすめた。
幼いころから変わらないその匂いとぬくもりが心地よくて、ほっと息を吐く。私の首筋に息がかかり少し緊張してしまうが、やはり嫌悪感は湧かなかった。安心できた。
温かい。触れていたい。離れないでほしい。
そう思ってしまっていたことに気づいて、もうどうしようもないのかなと考えた。
あんなにも認めたくなかったのに。
あんなにも否定していたのに。
私は彼の背に手を伸ばし、彼の腕の中でゆっくりと目を閉じた。
これだけ実感してしまった。わかってしまったのだ。もう、認めざるをえなかった。
私は彼を、愛してしまっている。
ただその一つのことを。
それを認めると、今までのせられていた重りがなくなったかのように、一気に力が抜けた。
でも良いことばかりではなくて、今まで蓋を閉じて抑え込んでいた感情も飛び出してきた。
絶対に離さない。
他の人のことなんて見ないでほしい。
私だけを見ていて。
前世で悪役令嬢と言われていただけあって、汚い感情ばかりだと、ふいに思う。でもその感情を抑えることはもうできなくて、もう一度蓋を閉じてしまうこともできなかった。
私のこんな汚い感情は、別に叶わなくてもいい。
でも、このままずっと、強制力なんてものが働かなければいいのに。
そう願った。
けれどその願いは叶うことなく、そのときはすぐに来てしまった。
読んで下さり、ありがとうございます!!