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「殿下にはまだ話していなかったのですが、お嬢様も先程まで、殿下と同じような状態に陥っておられたようなのです」
ネオラという名前のシェーヌの侍女は、俺の顔を見てシェーヌの身に起きていたことを話した。
だいたいは俺の身に起きていたこととほとんど同じもので、最初は体が勝手に動き始め着いた先にいたのはあの男爵令嬢。視界が見えなくなったのは彼女と視線が絡んでからで、その間に自分と似た声が聞こえる。それが聞こえると視界が見えるようになった。けど、やはりそこからの自分は自分ではなかったような感覚がしていたようで、記憶もそこから曖昧らしい。
これらを話してくれたのは、シェーヌではなくネオラから。シェーヌは彼女の話にそうだよ、という感じで時々首を縦に振っていたくらいだ。
ほんの少し時間を遡るが、俺がこの部屋に入りネオラが『自分の前世は木下愛由美だ』という言葉をあっさり信じたのは、シェーヌとネオラの表情を見て嘘をついているようには見えなかったからだ。このタイミングでわざわざそんな嘘をつく必要がないだろうという考えもあるし、一番の理由は、シェーヌが否定しなかったから。
2人で口裏合わせて嘘を吐いている可能性はなくはないが、シェーヌが否定をしなかったということは、それを肯定しているということだと思い、信じたかった。シェーヌが好ましいと思っている人のことを、疑うような目で見たくなかった。
ネオラはシェーヌから聞いたであろう、不思議な現象の話を終えると一息ついた。
きっと彼女の頭の中はこの部屋に着いた時から……もしかしたらだが記憶を思い出したときから、頭をずっと働かせ続けているのだろう。疲れているだろうにそれを口に出さないのは、彼女がシェーヌを慕っているからか。
勝手な想像をしながらも、俺は彼女たちの会話に耳を傾けた。
「ここまでがすでにお嬢様から聞いていた話なのですが、他には何かありましたでしょうか」
「……記憶は曖昧なのは確かなのですが、その内容が私はレヴォン様と少し違います。私の場合は、自分がおかしいと気づいたときの記憶がなくなってしまうのは同じなのですが、それ以外の記憶は、前々世のものがベースになっていました。
例えばレヴォン様の誕生パーティーのとき、今回はシュゼット様について何も話さなかったのに、あの間の私は、レヴォン様がそのことについて話していたと記憶しておりました。
ネオラについては、前々世の侍女との間で起きたことをネオラに置き換えて記憶していました。
……多分、違いはこれくらいかと」
顎に手を当て下を向き、思い出すようにしながら話すと、彼女は顔を上げてネオラの方へと視線を向けた。俺も同じように彼女へ視線を移すと、難しい表情をしていた。
「とりあえず、お二人の身に起きていた、その不思議な現象についての話をさせていただきますね。殿下がいらっしゃる前にお嬢様にはお話ししたのですが、その現象は前世で"強制力"と呼ばれていたものだと思われます。強制力とは、簡単に言いますとあるべき形に戻そうとする力のことです」
そこから彼女は、ゲームやラノベといったものに関する知識がほとんどない俺にもわかるよう、"強制力"というものについて丁寧に説明をしてくれた。
彼女の話によると、俺が今まで自由に動くことができなかったのは、その強制力のせいということになるらしい。ということは、前々世や前世のこともその力によるものということになる。
そこで俺は、あれと疑問に思った。
「俺が、乙女ゲームの登場人物だから強制力が働いて、自由に動くことができなかったということはわかった。きっと今回だけでなく、前々世の俺も当てはまるんだろうな。だが、だとすれば、前世の俺が自由に動けなかったのはなぜなんだ?前世の俺は、その乙女ゲームの登場人物というものではないはずだから、力は働かなかったはずでは?」
「……それに対する答えを出すには、情報が少なすぎます。申し訳ありませんが、今の私ではお答えできません」
「いや、わからないのなら良いんだ。謝る必要はないよ。むしろこちらが感謝せねばならないくらいだ」
しばらくの間考え思いつかなかったために謝られたが、疲れている彼女に問題を増やしてしまったこちらが謝らねばならないくらいだと、少し申し訳なく思う。
「お二人は、今現在のことは置いておいて、一度でも強制力がなくなった瞬間はありましたか?その、自分の意識が浮上したこととか」
「……私はないわ」
「……俺は、一度だけ」
桃髪の男爵令嬢を生徒会に勧誘していたときのことを思い出す。彼女に入らないか、と誘っていると彼女は一度了承した。俺の意識が浮上した…強制力が解けたのは、その瞬間のことだった。
廊下の先にある角を曲がった先にシェーヌがいたことを知っていた。だからシェーヌに、ただ会って何か話さなければという衝動に任せ走り出したのだが、男爵令嬢がなぜか一度了承をしたのに、謙遜をしてきたのだ。ただそれだけのことで、強制力が再び働いたのだ。
俺がそのことをネオラに伝えると、彼女はやっぱりそうかなーと独り言を言いながら頷いた。
「……先程強制力には解決方法があるかもしれない、と言いましたよね?あくまで私の予想にはなるのですが、思い当たるものがあります。
『ヒロインが、シュゼット様が乙女ゲームでのセリフとは違う言葉を話したとき』です。
絶対とは言えませんが、この可能性が高いかと。そしておそらく……いえ、なんでもありません」
最後のはなんだったのだろうか、と少し気になったが本人が話したくないのであれば無理強いはするべきでないか、と引き下がったが、シェーヌはそうしなかった。
「確証がないから話せない、というのであれば、ただの予想でも良いから話してちょうだい。なるべくたくさんのことを知っておきたいの」
お願い、とシェーヌが頼むと、ネオラは少し考えてから「わかりました」と返事をした。
「あくまで、私の仮定になるので本当に合っている可能性は低いですよ」
「ええ、わかっているわ」
シェーヌがどんと来い、というような反応をしているのを見たネオラは、困ったような表情をしながらも仮定を話してくれた。
「まず、お嬢様や殿下や私と同じく、シュゼット様が転生しておられるとします。そして彼女の前世も日本人で、ゲームやラノベといったものをよく知っていて、この世界が舞台となっている乙女ゲームを経験していた。そのゲームのキャラクターが好きだから彼女はこの学園に入ってきたときに、ゲームと同じような行動をとった。そのキャラクターと恋をするために。一度、どういう考えがあってかはわかりませんが、ゲームのセリフとは違って自分の言葉で話すことにした。だけど、それをすると相手が逃げてしまうことに気づいた。そこでこの世界には強制力があり、ゲームとは違う言葉を話せば強制力が消えてしまうと考えた。だから彼女はそれ以降、一度もゲームとは違う言動をとらなくなった。
……あくまで全て仮定ですし、ただの予想ですよ」
「わかっているわ。話してくれてありがとう」
念を押すように言った一言に、シェーヌは少し面白そうに微笑みながら礼を言う。
「なぜ、シュゼット嬢にも前世の記憶があると考えたんだ?」
「攻略対象の1人である殿下、その殿下のストーリーのときに悪役令嬢となるお嬢様。そのお二人が前々世や前世の記憶があるので、ゲームの中で一番の重要人物となるヒロインであるシュゼット様も、その記憶があってもおかしくはないかと思いまして。
それにラノベの中で、ヒロインに転生するという設定もよくあったので、可能性はなくはないかなと」
ここまで頭が回る彼女に感心してしまう。三回の人生の記憶がある自分でも全くわからなかったことに、彼女は答えを見つけてしまったのだ。彼女の生い立ちが少し気になってくる。ついつい本当にただの平民なのかという疑いが出てきてしまう。
「これである程度は対抗することができるのではありませんか?」
どういうことだ、という意味で彼女の方へ視線を向ければ、少し呆れたようなため息をつく。
「強制力に、ですよ。話の流れで察して下さい」
「ああ、なるほど」
隣に座るシェーヌもなるほど、と言っていたので理解できていないようだった。ネオラは、これでは先が思いやられますと言いながら苦い顔をしていた。
正直、俺には自信がなかった。強制力というものに抗うことができる、ということに。どんなに動かそうとしても動かない体、いつのまにか自我のなくなっている俺の意識。
失敗してしまった2度の人生の記憶がありながらも、一度も自分の力で強制力に抗えたことがないのだ。自分の無力さに呆れてしまう。
「お二人とも、大丈夫です。お二人にはっきりとした意志があるのなら、その、するべきタイミングが来ます。きっと」
だから大丈夫です、と言って微笑む彼女は、なんとも良いタイミングで自信を付けさせてくれた。
『するべきタイミング』というものは良くわからないが、それはその『するべきタイミング』というものが来ればわかるということなのだろうか、と考える。
「……では、時間が余ったようなので最初に話していた通り、謝罪なりなんなり、お二人でお話し下さい。もちろん私は部屋から出て行きますから」
「えっ、出て行くの?」
話を一通り終えたらしく、ネオラは部屋から出ようとする。だがそれに対し、シェーヌはとても不安そうな声を出した。
俺と2人になることを嫌がっているのだろう。2度の人生でかなり酷いことをしたのだから当たり前なのだが、申し訳なさとともに少しのショックを覚えた。
「お嬢様の不安は理解しています。でも、私がいては話せないこともあるでしょうから、申し訳ありません。……大丈夫ですと、先程も申し上げましたでしょう?」
ネオラはシェーヌの両手を包み込むようにして掴み、大丈夫ですと一言言うと、礼をして部屋を出て行ってしまった。
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