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正直今回の最後の方、展開早くしすぎたかなぁとは思ってます。
学園祭の予算について書いていた紙から走らせていたペンを机の上に置き、ふぅ、と息を吐く。
今日はあまり生徒会の仕事に集中することができない。胸がざわざわして落ち着かないのだ。今までにもこんな風に胸が騒ついていた日が何度もあった気がする。気がするだけで記憶には全くないのだが。
俺は胸のざわつきが収まらず室内にいた他の役員に一言告げると、少し休憩するために生徒会室から離れた。
1人になると、何かを失ってしまった喪失感が途端に押し寄せる。誰にも会いたくないはずなのに、誰かに会いたくなる。その誰かはモヤがかかって思い出すことができないのだが。
何もしないよりは動いていた方が良いかと思い、俺はその場から動き出す。胸の気持ち悪さは治ることはなく、いっそのこと吐いてスッキリしたいなどと考えながらも、廊下の窓から見える向かいの校舎へとふと視線を移した。すでに放課後となっている今校舎に残っている生徒は少なく、廊下を歩いている生徒は10人もいないほどだった。
その中に3人の女生徒の集団を見つける。女生徒2人の前を歩きながらも楽しそうに微笑む、銀色の髪が俺の目を奪い、視線を逸らせなくなる。
先程とはちがう胸のざわつき。気持ち悪さはなくなったけれど、その代わりに何かがこみ上げる。
はっ、と息が漏れる。何かが口から出そうになるがそれは言葉にならず、少し荒くなった呼吸となる。
前にもこんなことがあった気がする、とまともに考えられなくなった頭の中で考える。記憶には全くないのに、同じようなことがここ数ヶ月か半年の間にあったはずなのだ。
いつだ。何か言わなくては。何があったのだ。彼女に会わなければ。なぜ覚えていない。言わなければならない言葉があるんだ。
彼女に会えば、会って目を見れば、何か、何かーーー
「痛っ」
衝動的に走り出しそうになったところで、他の女生徒の声がすぐ近くで聞こえ俺は我に返り、声のした方へ視線を向けた。痛いと言った少女は廊下に座り込んでおり、荒れた桃色の髪を垂らしていたため顔は見えなかった。
「大丈夫?」
俺は廊下に座り込んでいる彼女に手を差し出し立ち上がらせる。彼女は俺の声に反応し顔を上げると、少しホッとした表情をしてから「ありがとうございます、大丈夫ですわ」と返事をした。
彼女が俺の手を取り立ち上がった拍子に、彼女の髪が濡れていることに気づく。
「髪が濡れてるね。何かあったの?」
「ありがとうございます。…いえ、手を洗ったときに水が少し跳んだだけです」
俺がハンカチを彼女に手渡しながら問いかければ、彼女は少し辛そうな表情をして言った。
彼女が嘘をついたことはすぐにわかった。水が少し跳んだくらいで頭がこんなに濡れるわけはないし、それだけのことで辛い表情をするだろうか。
「何かあったのか?」
探るような視線を向けながら問いかければ、彼女は俺の顔を見て目を見開き、視線を落とし少し考え込み始めた。話し始めるまで黙って待っていると、彼女は少し迷いがあるような話し方で話し始めた。
「……実は、とあるご令嬢方に、水をかけられてしまって…」
「とあるご令嬢方とは?」
「…シェーヌ様と、ベリンダ様とブリアナ様です」
彼女は言っても良いのかと迷っていたようで、また少し考えてから名前を出した。
またか、と少し思った。
数日前に生徒から、シェーヌ、ベリンダ、ブリアナの3名がシュゼットに責めているような場面を見たとの報告があった。責められていたらしいシュゼットからは、令嬢としての指導を受けていただけだと聞いていたが、今と同じように少し怯えた様子だったので、その時も何かされていた可能性があるかもしれない。と考える。
「…見ていた者は誰かいたか?」
「いえ、周りをしっかりと見れていなかったので絶対とは言えませんが、誰もいなかったと思います」
彼女たちのもとへ行き話を聞こうかと思ったが、本人たちが本当に責め立てたり水をかけたのかという証拠もなしに責めてしまってはいけない、と思い問うたが、誰もいないと言う。
「とりあえず彼女たちから話を聞こう。何のために水をかけたのか」
その前に本当にそんなことをしたのか確認を取らなければならないな、と考えながら言えば、彼女はまた少し考え、はいと返事をした。
彼女たちは今、どこにいるのだろうかと考えると、窓の向こうに見える校舎を歩く女生徒3人の映像が頭に浮かび上がる。その映像がいつ見たものなのか、まず自分自身が見たものなのかよく思い出すことができず首をかしげる。
シュゼットが学園に残っていることから、まだ彼女たちも学園の中にいるはずだと、とりあえず彼女たちの教室へ向かうことにした。
「シェーヌ、ベリンダ嬢、ブリアナ嬢、少し話せるだろうか」
帰るために教室へ戻り、鞄の中に荷物を詰め込み終え教室から出ようとしたところで、出入り口から声がかかる。
その声が自分の聞きたくて仕方ない人のものであることがすぐにわかり振り返れば、彼の隣には少し前まで話していたシュゼットの姿があった。
またあの方に近づいて色目を使ったに違いないわ、と腹が立ち、レヴォン様の前で声を荒げかけたがその前にブリアナが声を出したために、私の声は口から出なかった。
「はい、もちろんでございます」
「ありがとう」
私のもとへベリンダとブリアナが近づいてきたために、彼はお礼を述べると出入り口から私たちのもとへと歩いてきた。シュゼットは一瞬迷ったそぶりを見せたあとすぐに彼の後ろを歩き、彼の一歩後ろで立ち止まった。
先程彼に近づきすぎるとどうなるのか思い知らせたところだというのに、性懲りも無く近づく彼女に怒りは湧くばかりだが、今は冷静にならねばならないと一度深呼吸してから話し始めた。
「レヴォン様、話とは何でございましょうか」
「確認がしたくてね。…3人がシュゼットに水をかけたというのは、本当?」
「……ええ、本当ですわ」
彼の問いかけには怒りはこもっておらず、ただ本当に確認をしたいだけなのだろうと思わせられた。私は否定する理由はないだろうと思い、素直に認めることにした。
水をかけたとき、少しだけ抵抗感はあった。こんなことをしても良いのだろうかと。いやそれ以上に、それをしてしまってはもう戻れないのではないかという焦りがあっただめだ。だが"戻れない"とは、どこに"戻れない"のか私にはよくわからず、怒りを抑え込むこともできず、結局水をかけてしまったのだ。
「なぜ?」
彼は私のとった行為に怒ることなく、優しい声で理由を聞いた。
突然、何かが違うと思った。何が違うのかと問われれば、何がかはわからないと応えるが、違うのだ。似たようなことがあった気がすると一瞬思ったが、記憶にはないために気のせいかと思う。
そんなことよりも彼の声か、表情か、何かが違うという考えが頭の中を駆け巡り、何か言わなければと思っているのに声が出ない。
「殿下とシュゼット様の距離感が、婚約者同士でもないのに近いと思ったために以前注意をさせていただいたのですが、今日お二人をお見かけしたときにまた距離が近く見え、話を聞かれていなかったのかという怒りを抑え込むことができず、そういった行動に出てしまいました」
私がなかなか話さなかったためか、私と彼女では理由は少し違ったが代わりに応えてくれ、私は我に帰り慌てて頭を下げる。
「シュゼット様、申し訳ございませんでした」
「「申し訳ございませんでした」」
私が頭を下げると、続いて2人が頭を下げた。正直彼女に頭を下げることは気に食わなかったが、今回は私が悪いと理解はしていたので頭を下げた。
「…お話はこれだけでしょうか。ならば私、気分が優れないので帰らさせていただきますわ。失礼いたします」
情けなかった。以前も私とシュゼットの間で問題というほどのものではないが、問題が起こりかけたときにレヴォン様がやってきて彼女を庇い、私は謝りその場を去った。今回も私が謝りその場を去ろうとしている。そのことも情けないと思ったが、それ以上に、またレヴォン様がシュゼットを庇われたことに泣きそうになっていることが、何よりも情けないと思った。
泣いてしまう前にベリンダとブリアナと共にさっさと寮に戻ってしまおうと、鞄を手に持った。
「待って、シェーヌさま゛っ……⁉︎」
シュゼットが私に何か声をかけようとしたところで彼女の声は途切れ、ドサリと倒れ込むような音が聞こえる。
何があったのだと驚き振り返ると、そこには茶色の髪の、毎日私の世話をしてくれている少女が立っていた。
「ネオラ…⁉︎」
「シュゼット様、申し訳ございません。シェーヌ様、突然で申し訳ございませんが先に確認したいことがございます。私は、誰ですか?」
「何を急に…貴方は私の侍女でネオラという名前の子でしょう?それ以外に何が……」
何を当たり前のことを言っているのだ、と思いながら返事をしていると、突然視界がグラリと歪む。
私ではあるけど、私ではない者。その方たちの記憶が私の中に一気に流れ込み、私の思考は停止しそうになる。
そうだ。私は、貴方はーーー
「貴方は、貴方の前世は、愛由美……?」
あまりの情報量に頭が追いつかず、半信半疑ではあったが答えると、彼女はニコリと笑って満足気に頷いた。
「正解です。レヴォン殿下、申し訳ありませんがシェーヌ様に用があるので失礼いたします。ご挨拶もせず申し訳ありませんでした」
「ちょっと待っ…」
「レヴォン殿下もまだ混乱中のことでしょう。今シェーヌ様と何かを話そうとしても、きっと頭が追いついていないでしょうから話すことができないかと思われます。もう少し落ち着いて考えられるようになったら、シェーヌ様の部屋へとお越しになってください。ベリンダ様とブリアナ様もまだ混乱中かと思われますので、寮にお戻りになられた方がよろしいかと。それでは今度こそ、失礼いたします」
ネオラは早口に捲し立てると、彼らの返事も聞かずに私の手を引き教室から出てしまう。
聞きたいことはたくさんあった。
なぜ、いつ来ていたのか。
なぜそんなにも急いでいるのか。
シュゼットをどうやって眠らせてしまったのか。
王太子にあんな態度をとってしまっても良かったのか。
私は今どうなっているのか。
貴方が何を知っているのか。
だが、私の頭に突如流れ込んで来た情報量にも追いつけず、何を考えて何を話せば良いのかもわからなくて、ただただ黙って彼女に手を引かれついて歩く。
「突然来てしまい、申し訳ありません」
「……いいのよ。気にしないで」
何と返せば良いのかわからず、それだけ返事をすると再び黙り込む。だがすぐに彼女が話し始め、お互い黙り込むという状況にはならなかった。
「シュゼット様がいつ起きてしまわれるのかはっきりとはわかりませんが、数時間は保ちます。その間に話をしましょう」
「…ええ」
「彼女が目覚めれば、また戻ってしまうかもしれません。それまでに話を終わらせなければならないので、少し急がなければなりません」
「…ええ」
「お嬢様は今混乱しておられる、ということだけが理由ではありませんが、言っている意味がわからないと思われるかもしれません、申し訳ございません。ですが、とにかく急がなければならないのです。殿下もいつお目覚めになられるかわかりませんから」
「…いいえ、大丈夫よ」
彼女の言う通り、彼女の話していたことはほとんど理解ができていなかった。だが、私にも関わる大事なことかもしれないと思い、話を聞いていた。
歩いている間に記憶を整理していると、少しずつだが、私がどういう状況なのかを理解できるようになっていた。
「…ああ、それとお嬢様。もし私が殿下に対し無礼な態度をとったことを気にしておられたのなら、大丈夫です。私はお嬢様が幸せになれるのなら、処刑だろうが何だろうが、受け入れます」
「…そんなことがもしあるのなら、私も一緒に罰を受けるわ」
寮のすぐ近くまで来たところで彼女が私を心配しかけてくれた言葉が嬉しくて、でも、彼女1人に罪を負わせるのは嫌だと思い、私は返事をした。彼女は私の方へ驚いたような表情で振り向いたが、すぐに優しい笑顔を向けてくれた。
自分の部屋に入るころには、彼女の言葉に対しちゃんと返事ができるくらいには頭の整理ができていた。
「では少し、お話をいたしましょう。お嬢様」
読んでくださり、ありがとうございます‼︎