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王子頑張り回

「レヴォン王太子殿下のお出ましでございます」


 扉の向こう側から侍従の声が聞こえ、俺と俺の婚約者であるシェーヌが開いた扉から広間に足を踏み入れる。白く会場を照らすシャンデリアの光が眩しく、目を少しだけ細めた。左手から伝わる彼女の体温はいつもと変わりなく、緊張している様子はなかった。


 膝を折り道を空けている人々の間を通り、父である陛下の座る場所へと向かい歩を進める。俺たちが父の前へ立ち礼をすると、彼は俺と同じ青い瞳をふっと細めた。

 挨拶を済ませ用意された席の前へ立ち、こちらをじっと見つめ動かぬ招待客の方へと振り返る。王太子の席の隣に用意された席の前にパートナーであるシェーヌも立ち、同じように振り返る。

 二人が振り返ったタイミングで、父は声を大きくし話し始める。


「今宵は私の息子であるレヴォンの誕生を祝いに集まってくれたこと、感謝する」


 前で話す父の言葉を聞きながら、目線は会場の広場の方へと向ける。広場に集まる貴族たちは公爵家から子爵家の者がほとんどを占めており、男爵家の者は僅かしか参加していなかった。

 俺は桃色の髪の男爵令嬢がいなかったことに少し安心する。彼女のことは嫌いではない、むしろ好意的には思っている。

 ただ彼女と話している間、心がざわざわして落ち着かなくなることが多い。それはずっと感じている心の大きな空洞ときっと関係しているのだろう。その空洞は彼女と話すたびに、彼女と仲良くなって行くほどに大きくなっていっているような、少し不思議な感覚。

 その空間だけでなく、彼女といる間はずっとふわふわして落ち着かない感覚にも襲われる。まるで自分が自分でないような、操られているような、気持ち悪く感じるもの。それは彼女が近くにいればいるほど強く感じ、遠ければ遠いほど感じなくなる。

 今現在もこの会場に彼女がいないためか何も感じない。だが心の大きな空洞だけは埋まってくれていない。この空洞は彼女が居ようが居まいがどうにもならないのだ。


 俺は隣に立つ婚約者の様子をちらりと伺う。

 背筋をピンと伸ばし、深緑の瞳はまっすぐと前に向けられ静かにその場に佇んでいる。シャンデリアの光でより一層輝きを増している彼女の銀色の髪は丁寧に結い上げられており、紅くふっくらとした唇はキュッと結ばれていた。

 その彼女の様子を見て、俺の心は途端に落ち着かなくなる。ざわざわと騒ぎ、ギュッと心臓が締め付けられたように痛む。そして俺の心の大きな空洞は、彼女の姿を見ると反応した。彼女の姿を見ていればその空洞は縮まり、埋まりそうな気がしたのだ。

 頭に『ごめん』という謝罪の言葉が思い浮かぶ。なぜ今その言葉が思い浮かんだのか、理由がわからずその言葉は口に出さず胸の中に押し留めた。


 俺は再び言葉を発し続けている父の方へと視線を戻す。父の言葉を耳に入れていても、痛み続ける心臓は治らなかった。







「私と踊っていただけますか?」


「ええ、喜んで」


 父の挨拶が終わり、俺が手を差し出しダンスを申し込むと、彼女は微笑みその手を重ねた。微笑む表情を見て痛み続けていた心臓はさらに痛みが増すが、表情には出ぬように微笑み返す。

 今日のパーティーは俺が主役となっているため、広場の中心へと二人だけが歩いて行き、周りの人々は俺たちを囲むようにしてじっと視線を送っている。

 彼女の手が先程より少し、冷えているような気がする。王太子の婚約者となり人前へ出るが増えたとはいえ、やはり大勢の者の中心に立つことに緊張してしまっているのだろうか。俺は少しでもその手が温まると良いと思い、その白く柔らかな手を少し強く握った。



「大丈夫か?」


 俺は共に踊っている彼女の手の体温が低いままであることが気になり、声をかける。


「ええ、大丈夫ですわ。少し緊張しているだけですから」


 彼女は俺の問いかけに対し、弱々しく微笑みながら返答する。だが彼女の目線は足元から動かず、何を考えているのかわからない。

 彼女は足元を気にしながら踊らなければならないほどダンスを苦手としていなかったはずだが、と考えている間も別の言葉が思い浮かび、なぜ謝罪の言葉が出そうになるのかわからない。


 気を紛らわせるためにも何か話題を出そうと最近起こったことを思い出す。だが特にこれといって大きなことは起きておらず、話すことがない。

 そういえば、と先程思い出していた桃色髪の男爵令嬢を思い出す。

 エヴラール家は公爵家の中でも特に位の高い位置に属しており、その令嬢であるシェーヌは学園の女生徒たちの中心的人物となっている。あの男爵令嬢は位が低く没落しかけであることを気にしている様子だったことを思い出し、シェーヌに気にかけてもらおうと彼女の方へと視線を下げ口を開き、すぐに閉じた。

 心臓がバクバクと激しく音を立てる。

 そうじゃない、と思った。


 今彼女にかけるべき言葉はこれではない。彼女の話題を出すべきではない。


 理由はなかった。まるで自分の中にもう一人自分が存在して、そのもう一人の自分が自分に絶対にそれをしてはならないと、そうすれば後悔すると言われたような気がした。

 以前も同じようなことがあった気がする、と今まで忘れ去られていた出来事を思い出す。学園で男爵令嬢と話しをしている時に、シェーヌを見かけたときのことだ。彼女の姿を見た瞬間に焦りが込み上げてきたのだが、男爵令嬢の声を聞いた瞬間……


 あれ、と疑問に思う。

 何があったのか思い出せない。


 男爵令嬢に生徒会に勧誘し、謙遜していたが結局了承してくれたことは覚えている。だが、今思い出すまで『シェーヌの姿を見かけた』という出来事を忘れていて、さらに男爵令嬢に何かを言われその直後に何かがあったはずなのに、その言われた"何か"とその直後に起きた"何か"が思い出せない。


 それをきっかけにして、俺は気づいた。


 彼女に、桃色髪の男爵令嬢に出会う以前のシェーヌとの出来事が、思い出せない。いや、思い出せないというよりは『お茶会をした』などという結果のみしか思い出せないのだ。そのお茶会で何が起きて、何を話して、どんなことを考えていたのかを思い出せない。

 それだけではない。

 男爵令嬢と出会ってからの毎日も、彼女と話していたときのことはしっかりと覚えているのに、それ以外の日々がしっかりと思い出せないのだ。


 先程の馬車でのことを思い出す。

 馬車の中で俺とシェーヌはほどんど会話はなかったが、何かを話していた。

 何の話をしていただろうか。話をしている間、彼女はどんな表情をしていただろうか。俺は何を考えていただろうか。


 思い出せなかった。

 『少しだけ話をした』

 その結果以外は。


 足が止まりそうになったが何とか動かし続け、動揺を悟られぬよう踊り続ける。シェーヌも足元を見たまま踊り続けており何かに気づいた様子もなかった。

 俺は一度大きく息を吸った。少しでも冷静になるために。



 俺は確実におかしい。



 そう悟った。あまりにもおかしすぎるのだ。

 たった数時間で忘れてしまうことなんてありえないし、何より、今までシェーヌとの間に起きたことを結果としてしか思い出せないということに気づかなかったこともありえない。



 だって彼女は、シェーヌは、俺のーーー





 ーーー俺の、何なんだ?

読んでくださりありがとうございます‼︎

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