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『レヴォン様、クッキーを焼いてみたのですがどうでしょうか…?』
『うん、美味しいよ。シェーヌは料理が上手なんだね』
『レヴォン様、こちらの方へお出掛けしませんか?昔から行ってみたいと思っていた所なのです』
『へえいいね。俺もここ行ってみたいかも。今度行こうか』
『レヴォン様、大好き』
『俺もだよ』
銀色の髪の愛しい少女は、頬を紅く染めて可愛らしく微笑む。
俺の大事な婚約者。手を握る時も抱きしめる時も、少し恥ずかしがりながらも嬉しそうに微笑む可愛い可愛い、俺だけに見せる表情。
好きだよ。絶対変わらない。シェーヌ以上に、シェーヌ以外に好きになる人なんてこの先絶対現れない。
『シェーヌ、俺のこと嫌わないで』
『私がレヴォン様を嫌いになることなど、一生ありません。もし本当に生まれ変わるようなことがあってもそれは変わらない。ずっと大好きですわ』
『俺も変わらない。きっと生まれ変わっても、俺もシェーヌをまた好きになるよ。』
そう言っていたのはいつだったか。もう覚えていないけれど、大事な大事な思い出。
今も変わらない。変わることなんてあり得ない。
ずっと好きだよ、シェーヌ。
「おはようございます、殿下」
目を覚まし声のした方を見るとメイドが立っていた。彼女は銀色ではなく緑色の髪の、俺と同い年ではなく10歳ほど離れている女性だ。
…?何故俺は銀色ではないことにがっかりしたのだろうか。
まあいい、それはどうでもいいことだ。と思いベッドから立ち上がる。
メイドに着替えを手伝ってもらいながら、二週間前にやって来た少女の姿を思い出す。ピンク色のふわふわとした髪に、アメジストのように綺麗な紫の瞳を持つ少女は一目で目を奪われた。きっとこれからの学園生活を良いように変えてくれるような気がしたのだ。
彼女のことを考えている間、俺はここ数日間心に感じている違和感を再び感じる。
何がおかしいのかはわからない。だが彼女が来るまでの俺とは、何かが変わってしまったような気がした。
俺は朝食をも終えると、学園へ向かうために部屋を出た。
「シュゼット、丁度良いところにいた」
俺は桃色の髪を揺らしながら歩く少女の後ろ姿を見つけ声をかける。彼女はくるりと振り返り俺と目が合うと、頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「第一王子殿下、ごきげんよう。どうかなさいましたか?」
「用があってな。少し話をしても良いだろうか」
「ええ、もちろんでございます」
膝を折って礼をする彼女に近づくと、俺たちは歩きながら話し出した。
「生徒会の方で少し話になってな。突然だがシュゼット、生徒会に興味はないか?」
「生徒会…ですか?」
「ああ、シュゼットが学園に編入する際に受けた試験があっただろう?君の試験の結果が一定の水準を超えていたために、勧誘してみてはどうかという話があがったんだ」
先日、彼女の試験の結果が一定の水準を超えていたとの報告があった。
一定の水準とは生徒会に立候補する場合、入学試験、もしくは編入試験である程度必要となる点数のことだ。
彼女は編入試験においてその水準を超えていたのだ。編入試験の場合、入学試験より内容が難しくなっているために水準を超えるのも難しくなる。だが彼女はそれを超えていた。さらに彼女の授業や普段の態度は、先生達からの評価が良かった。
そのために是非彼女に入ってもらっては、との声があがったのだ。
「…私ではお役に立つことは難しいかと」
「そんなに難しいことは何もないよ。学園祭を始めとした行事の時は少し忙しくなるが、それ以外の時は大して忙しくないし」
「ですが……」
彼女はうーんと眉を寄せて考え込む。何か引っかかるものがあるようだ。
もう一押ししてみようと声を出そうとしたところで、銀色の髪が視界の端に映り込む。吸い寄せられるように髪の見えた俺たちの歩いている方向の奥に視線を向けると、それの持ち主は俺の婚約者であるシェーヌだった。
ドクリ、と心臓が脈打つ。
途端に再び今朝感じたばかりの違和感が込み上げてくる。それと同時に、理由もなく焦りがこみ上げてきた。
どうして、何に、俺は焦っているのだろう…
ぐるぐると考え込んでいる間に隣に立つシュゼットが声を出し、我に帰ったように思考が停止し彼女の方へと視線を向ける。
「やはりその話、是非お受けしたく思います」
彼女の笑顔とその台詞を聞いた瞬間、突然身体の奥から再び何かが込み上げてきた。
シェーヌの元に行かけなければ
そう考えるよりも先に、身体が動いていた。
シュゼットに返事も何かを言うこともなく、シェーヌの方へと走り出す。先程シェーヌが立っていた方を見れば、すでに彼女はいなくなっていた。そこより奥へ視線を向ければ、少し早めのスピードで歩く彼女の姿を目が捕らえた。
何を話すのか、彼女と会ったとして何をするのかも何も考えていないのに、ただ彼女に会って話をしなければと思った。
シュゼットが俺の名前を呼んでいたようだが、それは俺の耳には入らず走る足は止まらない。
待ってくれ、シェーヌ‼︎
その叫びは声にならず、別の人物の叫びによってかき消された。
「ですが‼︎私の身分では生徒会など大きなものには向いていないかと‼︎」
シュゼットのその言葉を発した瞬間、俺の足は走ることをやめた。
先程のまでの焦りはなくなり、"シェーヌの元に行かけなければ"という考えも消えてしまった。
足は行く先をシュゼットの立つ方へと向きを変える。彼女の元へたどり着くまでの間、俺の思考は完全に停止し何も考えていなかった。
だが、彼女の元へ戻ると同時に俺の口は自然と動き出した。
「そんなことないよ。この学園では身分は関係ないとされているのは知っているだろう?君の評価は良いと聞いたんだ。きっと君の力は生徒会の役に立つ」
彼女は少し黙り込み、視線を下に向け顎に手を当てて何かを考えた後に、笑顔で俺の方へ向いた。
「……私のような者で宜しければ、よろしくお願い致します」
「では、手続きの書類などもあるから今度君の元へ生徒会の誰かが持って行くだろう。授業ももうすぐ始まるだろうから、俺はここで失礼するよ」
腰を折って彼女は礼をする。俺はウンウンと頷き返事をすると手を振り、彼女の進む方向とは逆の方へと歩き始めた。
その時にはすでに、俺が先程シェーヌを見つけ追いかけていたことを完全に消し去られていた。
何故彼は、突然走り出してしまったのだろう。
私は手を振り、立ち去って行った彼の後ろ姿を見つめながら考える。
途中まで上手く行っていたのだ。彼も笑顔で話していて、前々世やゲームの時の彼と同じ様子だったのだ。
それが突然、私が言葉を発したすぐ後に走り出したのだ。驚いて一瞬反応できなかったけれど、すぐに彼の名前を呼んだのだ。なのに彼は、それが聞こえなかったかのように走り続けていた。
何がいけなかった?
何があって、彼は突然おかしくなった?
私は必死で考える。何かおかしなことをしたのだろうか、と。
そこで思いつく。
そういえばあの時私が話した言葉、前々世の記憶ははっきりしていないけれど、少なくともゲームとは違う言葉を発したのだと。それまではゲームと同じ言葉を話していたからそこだけが違う点だ、と。
ではもしかして、ゲームと同じ台詞を発さなかったことがダメだったの?
ああそういえば、あの後ゲームの台詞を言った瞬間、レヴォン様は走るのをやめて私の元に帰ってきたわね。とっさに出た言葉だったけれどあの選択は正しかったということかしら。
せっかく先生には良い態度を取り良い印象を与えているというのに、授業には遅れてはいけないと歩みを早めながら先程のことを考え続ける。
教室に着き、考えに結論が出た。
強制力はゲームと同じ台詞を言わなければ働かない。もし違う言葉を話せばその瞬間に強制力は消えてしまう。行動に関しては、おそらくだが同じような行動をとらなければいけないだろう。
そしてもし違った言葉を発してしまったとしても、次に発言するはずだった台詞を言えば再び強制力は戻ってくる。
少なくとも、今わかるのはこのくらい。
何故レヴォン様が強制力がなくなった途端に走り始めたのかはわからない。私から逃げようとしたのかしら?
まあそれはいいわ。強制力に頼るのは腑に落ちないし、ずっと頼り続けていたら強制力がなくなってから困ってしまうもの。強制力をいつ使わないようにすればいいのかはおいおい考えましょう。
彼が私を好きになるのは間違いないわ。だって前世では私を好きになってくれたもの、間違いないわ。
私は口を手で覆いながら口角を上げた。
読んで下さり、ありがとうございます‼︎