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10(ヒロイン:前々世)

 私の家は、私が十五歳になる時にはすでに没落仕掛けであった。

 ファビウス男爵家。そこの当主とその嫁は酷い散財家。前当主の方が貿易関係のことで成功し、上手く行っていたのに彼らのせいで無駄になってしまった。

 それが周りから見た私の家の印象だった。


 ある日父は、私に学園に編入し玉の輿を狙えと言ってきた。それは無理があるだろうと断ろうとしたが、結局押しに押され私が負け、パトリエール学園に通うこととなってしまった。


 半年間必死で勉強し、合格通知が届いてから一週間経ち、私は学園の女子寮へ移った。お金の無い私の部屋は、女子寮の中でも一番小さな部屋だった。

 他の者は侍女や使用人やらを連れて来るらしいのだが、学園へ編入するために全財産と言えるほどのお金を注ぎ込んだ私(の家)には、その存在はなかった。着替えなどはすでに一人でできるようになっていたため、困ることはなかったが。




 私は寮へ移った次の日、手続きなどをするため学園へ向かった。女子寮からは一本道なので迷うことなく門までは着けた。

 だが、学園内は広かった。かなり。

 門から入り、ウロウロしながら歩いていると庭園らしき場所に着いた。


 そこへ着くと、何故か少し頭がぼんやりとしてきた。だがそんなことは気にしていられない、と校舎の入り口を探していると、背後から声が聞こえた。


「お嬢さん、何かお困りですか?」


 声のした方へ振り返ると、金色の髪は風に吹かれて煌めき、青い瞳を細めて優しく微笑む男性が立っていた。

 私は彼を誰か知っていた。


「…お初にお目にかかります。私はファビウス男爵家が娘、シュゼット・ファビウスと申します。以後お見知り置きを、第一王子殿下」


 膝を折り頭を下げて礼をする。

 私が知っていて当然だ。貴族界で彼の顔を見て誰かわからぬ人など幼い子供くらいだろう。

 彼の名はレヴォン・ロザンタール第一王子。この国の王太子だった。




 私はそれから何度も彼と話すようになった。

 だが、彼には婚約者がいたために私から話しかけることは出来ず、彼から話しかけられたときのみ会話をしていた。


 彼は優しかった。

 いつも優しく微笑みかけてくれて、没落仕掛けの男爵令嬢だと知っていてなお、交流しようとしてくれる。

 王太子だからそれは当たり前なのだろうとわかっていながらも、私は少しずつ、彼に惹かれていった。




 それはある日のことだった。


「貴方、軽々しく私のレヴォン様に近づかないでくださりませ。あの方は私の婚約者ですのよ?」


 授業と授業の合間、少し疲れていたために彼と始めて会った時の庭園にあるベンチへ腰掛け休憩していると、ある令嬢から話しかけられた。

 腰まである銀色の髪に、怒りのためか少し吊り上がった緑色の瞳を持った方。

 シェーヌ・エヴラール公爵令嬢。レヴォン第一王子殿下の婚約者だ。


 彼女は胸の前で腕を組み、私の目の前に立って見下ろしながらそう言った。


「あの、私から話しかけたことはないのですが…」


 貴方という婚約者がいることを知っているのだから、私から話しかけることはあまりよくない行為だど知っている。だから私から話しかけたことなどない。

 私は彼女を見上げながら言うと、彼女は少し顔を赤らめ、怒りのこもった言葉を発した。


「そんなわけないでしょう?レヴォン様は同じ女性に何度も話しかけたりするような方ではございませんわ」


 彼女は先程よりもさらに睨みを強くしながら言う。びくりと体が動くが、表情が動かぬように気をつける。


「そのように言われましても、本当のことですし…」


「あな…」


「シュゼットの言う通りだよ、シェーヌ。彼女から話しかけてきたことはほとんどと言って良い程ない」


 彼女が大きな声で何か言おうとした時、私たちの間へ入ってきたのはレヴォン殿下だった。

 彼は私の前へ庇うように立つと、彼女を無表情で見つめた。


「…それは、本当ですの?」


「ああ、今そう言ったじゃないか」


「…なぜ、彼女に話しかける必要があったのです」


「ただ話をしたかっただけだ。それ以外に理由なんてない」


 彼女は何か言おうとしたが、すぐに口を噤んだ。

 彼女の瞳は潤んでいて、でも、それが流れることはなかった。


「…そうなのですか。シュゼット様、誤解をしてしまい申し訳ございませんでした。失礼いたします」


 早口で話して去って行く彼女の後ろ姿は、先程私に向けていた強そうな姿ではなく、悲しみを必死で堪えているただの一人の少女だった。


 彼女の後ろ姿を見つめるレヴォン殿下を見ると、彼の表情は先程と変わらず何を考えているのかわからない無表情のままだった。


「…レヴォン殿下はシェーヌ様と仲がよろしいとお聞きしたのですが、そうではないのですか?」


 友達のいない私は誰かと話して聞いたのではなく、近くで話していた令嬢たちの会話が聞こえてきただけだった。

 ずっと前にパーティーでお見かけしたときは確かに仲睦まじく見えた。だが、学園で彼と出会い始めて話してから、一度も彼女と話している姿を見たことがない。ただ私のいないときに話しているだけかもしれないが。


「……仲は悪くないとは思う。良いとも言えないけどね」


 彼は彼女のいなくなった場所を見つめたまま話した。私のいる場所から見えた彼の横顔は微笑んでいたけれど、何を考えているのか読み取れなかった。




 その日からシェーヌ様からの私に対する行いは過激なものになっていった。その中で彼女が必ず言う言葉は、『レヴォン様に軽々しく近づかないで』だった。

 正直私から話しかけたことなどないし、彼から話しかけられれば無視することもできないので、じゃあどうすればいいんだとも思った。

 でもそのセリフを聞くたびに思い出すのは、感情を必死で抑えていた彼女の後ろ姿。

 彼女は彼に恋をしている。彼女は彼の婚約者だ。そりゃ好きな男性が没落仕掛けの女と話している姿を見て怒るのは当然のことなのだろう。


 傷ついた私をレヴォン殿下はいつも慰めてくれた。その姿にもしかしたら、という期待もしてしまうが、彼はシェーヌ様の婚約者だと知っていたからそれはないのだと理解していた。

 それでも、私の想いは募るばかりだった。




 一年が終わるために開かれた学園内のパーティーで、レヴォン殿下はシェーヌ様を断罪した。

 私が受けていたことを証拠などを集め、全生徒の集まる中で彼はその罪を読み上げた。


 彼女は反抗した。私は悪くないのだと。悪いのはレヴォン様に近づいた私なのだと。



『なぜ彼女を庇うのですか⁉︎』


『私は貴方の婚約者ではないのですか⁉︎』


『好きだと言ってくださった言葉は、あれは嘘だったのですか⁉︎』



 彼女は兵に連れ去られる中、叫んでいた。

 胸が痛かった。


 私は彼女の気持ちを知っていた。彼女が彼を好きで、取られたくなくて、私を虐めてしまったことを知っていた。


 ごめんなさい。

 私は貴方の想いを知っていて、彼を遠ざけることができなかった。

 彼が王太子だから、話しかけられてしまえば断ることは失礼だから断ることができないと、自分に言い訳をして。


 彼は彼女が連れ去られる姿を表情変えることなく無言で見つめ、姿が見えなくなると私に言った。


 好きだ、と。


 私も同じ気持ちです。私は告げた。



 私は彼の婚約者になった。私は幸せだった。彼の婚約者になり、王妃教育を彼と私が卒業するまでの二年間で行われ辛かったが、それが彼の隣に立つことのできる証拠だと思うと頑張れた。


 シェーヌ様の処刑が行われた。私は王妃教育のため王宮に訪れており、その場に行く暇もなかった。その時間があったとしても、わざわざ誰かが殺される場に行こうとは思わないが。


 その日を境に、彼は変わってしまった。


 今まで王妃教育を受ける私の元に、彼はほとんど毎日のように会いに来てくれていた。だが、彼は突然パタリと来なくなった。

 たまに会うことがあっても、向けられる笑顔は昔のような優しい笑みではなく、無理矢理作られたような苦しい笑みだった。


 私は何かしてしまったのだろうか。

 私は彼を傷つけてしまうような言動をしてしまったのだろうか。


 そう考えているうちに二年という月日は過ぎ、私たちは学園を卒業し結婚した。


 結婚すれば、彼はまた元に戻ってくれるかもしれない。


 その期待もすぐに打ち砕かれた。

 彼の笑顔も、態度も、昔のような優しさはもう残っていなくて、向けられたものは無理矢理作られた優しさだけだった。



 彼女の想いを知っていて、何もしなかったからだろうか。

 彼女の気持ちを知っていて、自分のことを優先させてしまったからだろうか。



 それから彼との関係は変わることなく、私は一生を終えた。




 彼に愛されたかった。




 その想いを残して。

読んでくださりありがとうございます‼︎

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