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007 新米冒険者パーティ《サザリン》結成・前編

 デビュー戦で死にかけの目に遭ってから5日後、冒険者ギルドからほど近い宿屋の食堂で、ジョナサンはその整った金髪碧眼には不釣り合いな、昏く沈んだ表情を浮かべていた。ゴブリンにボコボコにされた傷はもうどこにも見当たらず、体のほうはすっかり回復しているのだが、心のほうがうまくない。


 迷宮の洗礼を受け、冒険が怖くなってしまったわけではない。エレンとレベッカを守るために必死で戦っているうちに、最初は打たれ、斬られるたびに激痛を覚えていたが、途中からその感覚がだんだんよくわからなくなり、意識を失ったと思われるあたりで覚えているのは熱に包まれているような感覚と、おそらくゴブリンからの攻撃と思われる衝撃だけだった。

 そんな状態で意識を手放したので、明確に死を実感する暇もない。勝ち目がないのを悟ったときに、ああ、たぶん死ぬんだろうなという思いは湧いたが、ついに終わりだ、いよいよ死ぬのだ、と確信する瞬間は一度たりともなかった。戦っているうちによくわからなくなって、気がついたときには誰かに抱えて運ばれているらしい状態で、次に意識を取り戻すとギルドの治療所で、横のベッドには自分と同じ境遇だったのであろうダニエルがいた。


 そういうわけだから、死に直面して怯えることも、痛みに心を挫かれることもなかった。実際に死にかけていたのだという実感がようやく湧いたのは、治療所ですっかり回復してもらったあと、エレンたちと合流した酒場で、自分たちがどんな状態だったのかを聞かされたときだ。あの気が強いレベッカが涙声で、ダニエルと自分の無事を喜んでいた。それがどれほどのことだったのか、長い付き合いなのでよくわかる。


 レベッカが涙声になるなんて、初めてのことだったからだ。



 冒険者が挫折してしまういちばんの原因は死そのものだが、死に直面したのをきっかけに挫折してしまうケースも少なくない。死を確信したときにトラウマを抱えてしまうと、今までどおりに冒険を続けるのは難しくなってしまうからだ。とくに、殺されかけた相手との戦いにおいて、変わらず冷静でい続けることは難しいし、心が冷静なつもりでも体がうまく動かないこともある。よって、死にかけの目に遭った冒険者の心に影が差すというのは、ごくごくふつうのことだった。


 しかし、ジョナサンは違った。実際に死にかけてはいたのだが、本人にはその感覚が希薄であったためだ。いま、彼の心を縛っているのは、まったく別の想いによるものだった。



「挑む冒険への思い入れが強く、目的を見失わないものがリーダーになる……か」


 ジョナサンが口にしたのは、5日前にギルドの酒場でシロウから聞いた冒険譚の一節だった。伝説の冒険者パーティ《エルフィン》が結成されたときに、パーティの象徴であり、高位のエルフであるネルが、新米冒険者になろうとするロゴスに語った言葉だ。


 シロウが語った冒険譚は、示唆に富んでいた。まさしく、これから本物の冒険者に、本物のパーティへと成長していこうとしているジョナサンたちと重なる、冒険者の本質とそのあるべき姿を指し示す話だったように思う。


 冒険とは、なんなのか。


 なぜ、冒険者になるのか。


 パーティとは、どのようなものなのか。


 そのリーダーは、どうあるべきか。


 冒険者であるなら、それらのすべてを承知していて当然のように思える。しかし、実際にこれらの問いを投げかけられて、すぐに答えられる冒険者がどれだけいるのかは怪しい。幼い頃から冒険譚に慣れ親しみ、その熱が昂じて立派な冒険譚ヲタとして開花したジョナサンであっても、この問いに答えるのは難しかった。ジョナサンにとっての冒険の多くは、すでにそれなりの力を手に入れた上級冒険者たちが、華々しく活躍することだったのだ。彼らがなぜ冒険者になったのかは知らないし、彼らのパーティはすでに深い信頼と熟達の連携を兼ね備えて躍動していた。そして、そんな彼らを率いるリーダーは――。


「リーダーって、戦いの指示を出したり、仲間を鼓舞するもんだと思っていたけど……」


 心に差し込む影の正体に触れて、ジョナサンの憂いが深まる。


「冒険への思い入れと、目的を見失わないこと……。どういうことだろう……」


 すぐそこに答えがありそうなのに、なかなかそこにたどり着けないもどかしさ。そんな徒労を延々と繰り返していると、不意に銀髪の少女が声をかけてきた。いつまでも起きない同室のレベッカに見切りをつけ、エレンが2階の部屋から食堂に降りてきたようだ。


「ジョナサン、早いね」

「おはよう、エレン。そんなに早くはないさ。レベッカとダニエルがねぼすけなだけだよ」

「はあ…。レベッカってけっこう自分に厳しいタイプだと思うんだけど、どうして朝はあんなにダメなのかしら……」

「その点だけ言えば、ダニエルのほうが一貫してるかもしれないな」


 幼なじみの4人で組んだパーティだが、実際にパーティを組んで冒険に出てみて、ようやく初めて知ったことがいくつもあった。レベッカとダニエルは朝が弱いということもそのひとつだ。お泊り会のようなことをしたこともあったし、冒険者ごっこの一環で一泊だけのキャンプをしたこともあったが、そういった特別な機会には気が高ぶっていたので、日常的なことについてはとくに意識しなかった。しかし、冒険者として日々を共にするようになると、それぞれの習慣や性質を目のあたりにすることになる。

 朝が弱い。夜更かしをしたがる。昼寝をする。歯ぎしりをする。鼾をかくことがある。おやつを食べたがる。好き嫌いがある。ふとした時に声が大きい。歯磨きをサボる。お風呂を後回しにする。武器や小物をやたらとカチャカチャ鳴らす。キリがない。

 いくつかは長い付き合いの中で知っていて、そういうものかと気にせずにいたようなことでも、四六時中一緒にいるような感じになってみると話は違う。知ってはいたけど、それほどまでか!という気になってくるのが人情だ。


「冒険譚に出てくるようなパーティって、どうやって組んだんだろうね……」


 よく知っているはずの幼なじみですらこうなのに、旅の途中で知り合って成長していったとされる冒険譚の主人公たちは、どんな思いでパーティとしての日々を過ごしていたのだろうか。ふと、エレンはそんなことが気になって言葉に出していた。


「うーん。華々しい戦いの場面ぐらいしかわかんないからなあ……。ひょっとしたら《竜殺しのファルコム》や、《暁光の戦士たち》なんかも、朝が弱かったりお風呂嫌いだったり、好き嫌いがひどかったりしたのかもしれないね」

「そっかー……そうだよね……。でも、朝が弱い《暁光の戦士たち》って、ほんとにそうだったら面白いのにね。ふふ」

「全員早寝の《闇夜の狩人》とかね」

「それはあれだよ、早めに寝て夜中に起きるんだよ。いっそ昼夜逆転とか!」


 エレンとのとりとめのないヲタトークは楽しい。薫陶のかいあってレベッカやダニエルでも《竜殺しのファルコム》や《暁光の戦士たち》の名前は知っているだろうが、《闇夜の狩人》はなかなかマイナーなパーティの冒険譚なので、気兼ねなく口に出して話が通じる相手といえば、エレンぐらいのものだ。その上を行くシロウなら当然知っているだろうが、その場合はこちらが知らない超絶マイナーなパーティ名をぶっ込まれそうだ。


『あれだな、辺境で名を馳せた、《漆黒の黒銀のノワール》』


 知らん。とにかく黒光りしてそうなことはよくわかったが、誰だそいつ。


 唐突に脳内に現れたシロウとの戦いに微妙な表情を浮かべていると、勘違いしたエレンが意を決したように切り出してきた。


「あの……ジョナサン……。あれからずっと元気ないけど、やっぱりもう、冒険するのは嫌になっちゃった?」


 死にかけて以来、冴えないままでいるジョナサンの様子を気にしていたのだろう。思慮深くておとなしいエレンが口に出すぐらいだから、レベッカもダニエルも承知で、日々心配をかけていたのだろうことに気付かされる。


「あー……ごめん、そういうことじゃないんだ。そうか、僕はそんなに変に見えたのか。それほどじゃないと思ってたんだけど、心配かけちゃったね」

「あ、ううん。だったらいいの」


 杞憂に過ぎなかったと知って、エレンはホッとした表情で笑顔を浮かべていた。しかし、すぐに困惑した様子に変わる。


「あれ? じゃあ、ジョナサンはどうしてそんなに落ち込んでるの?」

「落ち込んでるっていうか、ちょっとわかんないことがあって、それで悩んでたっていうか……そうだね、みんなにも心配をかけちゃってるみたいだから、レベッカとダニエルが起きてきたら、ちょっと相談に乗ってもらおうか」


 少しだけ晴れやかな雰囲気になって、ジョナサンはエレンにそう伝えた。




「おっ!? 昼飯っすか? ここのメシはうまいっすからねえ!」


 ようやくレベッカとダニエルが合流して遅い朝食を摂り始めていると、バンダナを巻いた長身の男が食堂にやってきて、ジョナサンたちに声をかけてきた。5日前に命を救ってくれた中級冒険者、マーカスだ。なにも思うところなく放たれた「昼食」という言葉が痛いところに刺さってしまい、気まずそうにエレンが答える。


「ええと……朝食です。レベッカとダニエルがその、今日はとくに朝が弱くて……」

「へえ、そんで起きてくるまで待ってたんすか。いいっすねえそういう仲がいい感じ。うちらはなんでパーティ組んでんだってぐらい全員自由なんで、そういう気配りみたいなの、憧れるっす」

「えっ! マーカスさんたちのところって、みんなでごはん食べたりしないんですか!?」

「そりゃ、迷宮に潜ってる間は一緒に食いますけど、地上に戻ってきてる間は、顔を合わせることもあんまないっすね。たまに酒場で作戦会議とかやるっすけど、時間どおりに行ったらリーダーがとっくに食い終わるどころか酔いつぶれてたり、ルーシー……うちの魔術師っすけど、そいつがいつまで経っても来ないとか、しょっちゅうっすね」

「えっと……中級パーティですよね? それで大丈夫なんですか……?」

「ん? なんも問題ないっすよ? だってもう『そういうもんだ』てことになっちゃってるっすからね!」


「そういうもんだ……ですか……」


 どこか不思議そうに返したマーカスの言葉に何かを感じたのか、呟いたジョナサンが真剣な表情を浮かべていた。


「あの、マーカスさん、良かったらご一緒しませんか? ちょっと相談に乗っていただきたいことがありまして……」

「ん? 今日はヒマだから、全然いいっすよ! あとジョナサン、これからメシだってのにその顔はないっす。メシは楽しく食うもんっすよ!」


 根が真面目なジョナサンは、ことあるごとに真剣な表情になりがちだった。そのことを仲間たちは知っていたが、まだ付き合いが浅いマーカスには、相談という言葉とも相まって、なにか思いつめているように受け取られたのだろう。その勘違いがツボに入ったようで、レベッカが吹き出しながら横槍を入れる。


「そうそう。ごはんは楽しく食べるものよ? ジョナサン」

「うっわ、容赦ねえなレベッカ……」


 そんな軽口を叩いているレベッカとダニエルの雰囲気を見て、マーカスもジョナサンの気質を察した。


「ああ、そういうことっすか。そういう顔すんのは、ジョナサンの癖みたいなもんなんすね? こないだのことがあったから、てっきりなんか重い話なのかと思ったっすよ。リーダーがパーティじゃない冒険者に相談するって、けっこうマジな話が多いっすからねー」

「癖というか……自分じゃよくわからないんですけどね。ああでも、けっこう真剣というか、僕らにとってたぶん大事なんじゃないかってことを、聞いてもらいたいんです」


 ジョナサンがする相談の内容は、まだレベッカとダニエルにも伝えられていない。しかし、おそらくはジョナサンの表情が晴れないでいた理由についてだろうと察し、ふたりは少しだけ心配そうな目線を交わし合った。





「ふー。やっぱここのメシはうまいっすねえ。仕入れのパンが固かったからって、工夫してスープを付けてくるところがまた憎いっす」

「ニョッキにかかってたラグーソースも、香味野菜が効いてて飽きさせない味だったわ。ジョナサンとダニエルにゆっくり休んでもらいたいから、ちょっと無理して宿を奮発したけど、お湯は使い放題だし食事もいいし、大正解だったわね」

「ありがとう、レベッカ……。ダニエルも僕も、次からはヘマせずに迷宮でバリバリ働いて、この恩はきっと返すよ」

「今んとこ、俺らぶっちゃけヒモだもんな。レベッカが領主の娘で助かったよ」

「期待してるわよ? あたし程度の領主の娘ごときに、ヒモ2人はちょっと荷が重いんだから。まあ、あんたらが有名になって王族にでも仕えて、あたしを第4王子あたりの気楽な玉の輿にでも乗せてくれれば、そこそこお釣りがくるわね」


 自分たちの非だと言わんばかりにしおらしいジョナサンとダニエルだが、レベッカは軽く釘は刺しておくものの、とくには気にしていないようだった。


「なるほど。新米冒険者にしてはいいトコ泊まってるとは思ってたっすけど、レベッカのお小遣いっていう強力な武器があったんすね」

「大変だったのよ。ジョナサンは『こんな高い宿、駆け出しの冒険者には分不相応だよ』とか言うし、ダニエルはダニエルで『こうなったのは俺が不甲斐なかったせいだから、レベッカには面倒をかけられない』って意地張っちゃって。たまたま領主の娘がパーティにいて、たまたまお金に余裕があって、それを使って何が悪いっていうのよ」

「あー、貴族の坊っちゃんなんかが冒険者の真似事とかするやつっすね。高い宿に泊まって場違いにいい装備で身を包んで、腕利きの護衛をつけて迷宮にピクニックに行く的な。確かに、そういうのだったらいい気はしないっすけど、自分らの武器を最大限に使うってのは冒険者の基本っすからね。羨ましいとは思っても、否定するのも違うかなって俺は思うっすよ」

「えっと……? マーカスさんは、そういうのって大丈夫なんですか?」


 心情的にはジョナサンと同じく、駆け出し冒険者たるものかくあるべしというこだわりを持っていたようで、エレンが恐る恐るといった感じでマーカスの言葉を確認する。


「んー、大丈夫とか、そういうのとは違うと思うんすよ。冒険者は結果が全てっす。逆にエレンに聞きたいっすけど、有名な騎士団が竜退治に挑む冒険譚とかあるっすよね? そういうの読むときに、騎士団はいい装備を使ってるからズルいとか、そういうこと思うっすか?」

「「あ……」」


 口をあんぐりと開けたエレンとジョナサンが、揃って間の抜けた声を漏らした。


「飲み込みが早いっすね。そういうことっす。ぶっちゃけ、お話の中の騎士サマとうちら冒険者って、なんも変わらないんす。それぞれがそのときに持っている武器を使って、迷宮探索や魔物に挑むだけっすよ。体の大きさだとか力の強さ、経験のあるなしとかでそれぞれ得手不得手は違うっすけど、結局は持てる武器をどう使って何をするかっす。たまたまレベッカが領主の娘で、お金に余裕があった。それはジョナサンたちが持っている武器のひとつなんすよ。それで生き延びることができて、結果的に冒険者として成功するんなら、なんも問題ないっすよね?」

「「な、なるほど……」」

「こないだのシロウさんの話だってそうじゃないっすか。新米冒険者が、ネルっていうアホみたいに強いエルフと組んでゴブリン狩りっすよ。それを聞いてエレンとジョナサンはあの2人、《エルフィン》のことをずるいって思ったっすk]

「お、思いませんっ!」


 食い気味に否定したのはエレンだけだった。ジョナサンはというと、耳を赤くして下を向いてしまっている。冒険譚ヲタだとからかわれるほど冒険譚に心酔していながら、実際のところでは冒険者の本質を掴めていなかったことを恥じているのだろうか。


「俺はあんとき羨ましいとは思ったっすけど、そんだけっすよ。《エルフィン》とうちらとで、違いがあるのは当然のことっす。でも、お互いに違う武器を持っていて、違うことができるんす。しかもこちとら現役っすから。いつかうちらにネルさんみたいな凄腕の仲間が増えて、《エルフィン》を超えるかもしれないんすよ?」

「《エルフィン》を、超える……」

「自分で言ってて想像もつかないっすけどね。でも、冒険者を続ける限り、可能性は無限にあるっすから。そういうとこが、冒険者稼業の魅力じゃないっすか?」



 マーカスが話を区切ると、ようやく羞恥から解放されたのか、ジョナサンがおずおずと顔を上げた。そして呼吸を整えると、マーカスの目をまっすぐに見つめながら、『相談』を始めた。


「……マーカスさんは、冒険とか冒険者っていうのは、どんなものだと思います?」

「哲学っすか? つっても、それシロウさんの話にあったっすよね? 危ないことをやってでも好奇心を満たすのが冒険で、それをやりたがるのが冒険者っす。といっても今はこうして《神々の迷宮》が造られてて、そこで魔物と戦って糧を得られるようになってるんだから、そういう仕事を選ぶ人ってことでいいんじゃないっすかね。わざわざこの仕事をやりたがる人が、冒険者ってことすかね?」


 即答だった。ジョナサンは次の問いを投げかける。


「じゃ、じゃあマーカスさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか?」

「話聞いてます? この仕事がやりたかったからっすよ?」

「い、いえ、でも仕事ってだけなら、他にもいろいろあると思うんですけど。その中でどうして、冒険者をやろうと決めたのかというか……」

「あー。なんつうか、こう見えてもけっこう器用なんすよ俺。物覚えもそこそこいいんで、たいてい何やってもそこそこできるっす。でもなんつうか、ひとつのことを極める!みたいなのはピンとこないんで、たぶん畑仕事とか職人とか、向いてないんすよね。器用貧乏っつうか。そんで、そこそこの味の作物とか、そこそこのデキの工芸品なんか、もっといい物やもっと安い物に負けちまいますよね? だったらなんか、器用貧乏が歓迎されそうな仕事をやったほうがいいんじゃないかと思って。それで冒険者っす。一流になるのは難しそうっすけど、器用貧乏ってのはソロ冒険者に向いた気質なんすよね。で、運よく仲間に恵まれてうまいこと便利屋やってたら、さっきの話じゃないっすけど、一流パーティにもなれるかもしんないじゃないっすか」

「な、なるほど……。でも、それだったら商人とかどこかの職員とか、器用な人が歓迎される仕事もありそうなものですけど……」

「あー、わかってないっすねえ。器用貧乏って、なんで器用貧乏なんだと思うっすか?」

「は? ええと、いろんな才能があるから……ですか?」

「それもあるんすけど、何よりも、飽きるんす。良く言えば、いろんなことに興味があって、新鮮な刺激を求めてるってことっす。どっかの職員の毎日って、なーんか想像できるじゃないっすか?」

「そうですね……代わり映えのない毎日なのかな、とは思います」

「そういうことっす。その点冒険者は、危ないことがあるっていう但し書きはつくっすけど、好奇心を満たしてくれる仕事だってことっす」

「なるほど……。それで、マーカスさんは冒険者という仕事に合ってたと思いますか?」

「今んとこ大満足っすよ。いよいよ新しい探索だってときに仲間がアホなことやってコケたと思ったら、死にかけの新米さんたちに出会えたりするっすからねー。飽きるわけがないっす」

「「「「あ、あはは……」」」」


 死にかけだった新米たちは、愛想笑いで返すしかない。


「マーカスさんは、いろんな可能性から選んで、冒険者になったんですね……」


 少しだけ沈んだ調子で発せられたエレンの声は、そのままジョナサンの心の声でもあった。冒険譚が好きで、冒険者に憧れ、物語に出てくるような冒険者になるんだという夢を持った。それが自分のやりたいことなんだと胸を張って言えるが、他の選択の可能性や、向き不向きということは考えなかった。やりたいからやる、なりたいからなる、愚直に、ただそれだけで冒険者の道を選んだのだ。


「んーでも、やりたいからやるっていうので、十分じゃないっすか? そもそもが、冒険者になるってことが、人生のなかでは大冒険っすよね? 危ない稼業だってのはわかってるんすから」

「そうかもしれないですね……。でもなんか、わたしたちはどこか甘く考えていたというか、そういう気がしてしまうんです」

「死にかけりゃあ誰だってそうっすよ。冒険者って俺の天職だぜー!ってオラついてたやつが、見たことない魔物にいっぺんボコられただけで心バッキバキに折られて、ツバ吐いて廃業するのなんかしょっちゅうあるっすよ? うちらだって、どんだけ気をつけてたつもりでも、全滅しかけた回数は片手の指じゃ足りないっす。どんだけ覚悟を決めて、どんだけシビアに挑んでも、迷宮や魔物の脅威ってのは、こっちの想像を軽く超えてくるんす。そのたんびに甘かったとかナメてたとかって俺らも反省するんすけど、どうせまた同じ目に遭うんすよ。迷宮に挑む冒険者なんてのは、そんなもんっす」


「そもそもっすよ、ジョナサンたちはあんな……ぷっ……ご、ゴブリンにいちいち急所……ぐふっ……、そんな目に遭ってたら覚悟とかシビアとか……プークスクス。ぎゃははっ! 無理っす! 悪いとは思うっすけど、俺、この話絶対笑っちゃうっす! ぎゃはははははははは」


 遭遇した魔物にいちいち急所への深手を受け、十分に用意したはずのポーションも回復魔法もまったく足りなくなるという、冒険者史上稀に見る不運で壊滅しかけたジョナサンたち。彼らの逸話はこの迷宮地区を根城にする冒険者たちにウケにウケ、今や《サザンリバーの新米冒険者》というタイトルまで定着し、行商人たちが持ち帰る土産話として重宝されるほどに広まっている。


「はー、笑ったっす。なんぼでも味が出るっすねえ、この話。ジョナサンたちは身をもって、迷宮の脅威を味わってるじゃないっすか。それがどれほど不運なことかってのも、俺ら言ったっすよね? そういうことがあるのが冒険者稼業っす。そんなつもりじゃなくても、俺らの考えはいつだって甘いんす。だからってなんも考えなきゃ早死にするだけっすけど、降り掛かった脅威や不運を経験して教訓にして、それで反省して前に進めばいいんじゃないっすかね?」


 どれだけ準備していたとしても、そのうちまたあんな目に遭うのだと言われ、新米冒険者たちは衝撃を受けていた。まだ迷宮探索の第一歩すら成功できてないうちから、廃業してもおかしくないような目に遭ったというのに、それがこの先も続くのだと。


「そんなしょっちゅうヒモになられてちゃ、あたしのお小遣い、足りないわね……」


 レベッカがうんざりしたように言うと、軽口仲間のダニエルが応えた。


「そうは言っても、レベッカけっこう持ってるから、俺はそこの心配してないんだけどさ。いや? 返すよ? しっかり働いて返すけど、肝心のレベッカに何かがあったときにさ、俺らどーなっちゃうんだろ」

「うわあ……想像したくもないわね……」


 パーティの空気が、重い。


「マーカスさん……僕ら、冒険者としてやっていけると思いますか?」


 場の空気をそのまま乗せたような重い口ぶりで、ジョナサンがすがるような問いを投げかけた。


「さあ? どんだけやる気があろうが腕が立とうが、死ぬときゃ死ぬっす。それでも、やっていこうと思えてる間は、やっていけてるってことなんじゃないっすかね? ただ――――」


 訊き方が悪かったのか、マーカスの答えは今ひとつ具体的ではなかった。しかし、十分に本質を突いている。何かを成し遂げ、結果を残すことが冒険ではない。心の赴くままに、危険を冒してでも前に進んでいくことが冒険であり、そうある者が冒険者なのだ。そして、そのあとに続いたマーカスの言葉は、新米冒険者たちの気持ちをしっかりと奮い立たせた。


「ただ――少なくとも、ジョナサンたちはいいパーティだと思うっすよ? 何より死なずにいられる運があるし、レベッカっていう早熟の後衛もいるっす。ジョナサン、ダニエル、エレンはまだまだ未知数っすけど、それは大化けの可能性があるってことっす――もちろん、レベッカがもう伸びないって言ってるわけじゃないっすよ? 15歳って言ってたっすかね? 単に、年齢のわりに『見えてる』ってことっす。思考も柔軟で、ちゃっかりしてるっすしね。そういうしっかりした強みがあるパーティが、図に乗らないで真面目に冒険者やってりゃ、そのうち有名になれるっすよ。それこそ《エルフィン》を超えるパーティになるかもしれないっすよ? 何をもって超えたっていうのかは別として、わりとマジでそう思うっす」




コ○マグHLやってクリスタル補充してシ○ァ殴る日々( ´ω`)

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