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004 《エルフィン》――始まりの冒険者たち・前編

お肉集めながら細部を考えて、休憩中にちょっと書いたら意外と捗ったのでした。

 戦乱のない平和な時代の平和な村、そこで生まれ育ったその少年は、慎ましく生きていくには不都合な、溢れんばかりの好奇心の持ち主だった。


 村で生き、村で死んでいくだけなら、自分が食べるだけの畑を耕し、たまに作物を肉や酒と交換するだけで事足りた。しかし、見知らぬ世界に憧れる少年が耕作に明け暮れる日々をよしとするはずがなく、近隣の山に棲み暮らす獣や魔物を仕留めて村に肉をもたらす狩人の道を選んだ。


 その期待通りに、狩人として過ごす日々は、少年の好奇心を十分に満足させた。獲物を仕留めるための武器や罠の工夫に明け暮れ、そのうちに突き詰めて新鮮味がなくなれば、新たな狩場を求めて山々を歩いた。そしてまた見知らぬ獲物と出会い、武器や罠を工夫し、時には手ごわい魔物と命がけのやり取りをすることもあった。新鮮な刺激に満ちた日々に満足しつつ、少年はいつしか青年となり、腕利きの狩人へと成長していった。


 荒れた天気が続き、久しぶりに晴れたある日。いつもの狩場である山を歩いていた青年は、狩場を漂う空気の変化と、ふだん見かけなかった大きな穴の存在に気がついた。おそらく、このところの悪天候で地すべりが起き、穴を覆っていた岩や薮が流されたのだろう。いつもの狩場と異なる空気の正体は、どうやらその穴から吹き出す嫌な雰囲気のせいだった。


「この感じって……やっぱ魔物なんだろうなあ……」


 この雰囲気に、青年は心当たりがある。ゴブリンやコボルドといった、魔物が棲みむ山が持つ独特の空気だ。そういった山は《狩人殺し》と呼ばれ、猪や山犬といった気性の荒い獣はもちろんのこと、ふだんはおとなしい兎や鹿までもが凶暴であることを、青年は経験として知っていた。


「これまではいい狩場だったわけだから、たぶんこの穴をどうにかすれば、また安全な狩場に戻ると思うんだけど……」


 思案して穴の周囲を見回してみるが、人が立ったままで入っていけそうなほどに穴は大きく、それほどの穴を塞げそうな都合のいい岩はどこにも見当たらない。山の上から見繕ってくるにしても、岩が転がり落ちないようにここまで運ぶのはまず無理だ。


「あ。丸太で塞いで、土を崩して埋めるってのは?」


 そこそこ現実的な方法を思いつくが、ちょうどいい丸太を調達するとなると、木を伐り倒すところからということになる。村に戻って鋸などを持ち込めばできなくもないが、できれば人手を借りたい。


 そんなことを思案しているうちに、青年の胸のうちに、むくむくと湧き上がってくるものがあった。


 これは本当に魔物の穴なんだろうか?


 ずっと塞がっていた穴の中で、生きていける魔物がいるのか?


 もしも魔物がいたとして、この穴の中はどんなことになっているのか?


 気になる。

 気になる。

 気になる。


 今日は罠を張り直す予定だったから、背負ったリュックには蔓縄の束と鉄杭がいくつか入っている。これで罠を張りながら穴の奥へと進んでいけば、もし魔物に出くわしたとしても、罠にかけつつ逃げ切れるかもしれない。


――名案だ。


 それに、魔物がゴブリンやコボルドといかの知ってるやつで、そして数が少なければ仕留めることもできるかもしれない。


――できそうだ。


 魔物を仕留めて、穴の正体を突き止めれば、この山は《狩人殺し》にならず、元通りに狩りができるようになるだろう。


――きっとそうだ。


 こうして、疑問形で始まったはずの状況確認と前提の提示は、ほとんど裏付けのない希望と確信へと導かれていった。耕作の日々を嫌い、狩人になる原動力だった強烈な好奇心は、今また青年を衝き動かしていた。





 穴の奥へと進みながら、曲がり道になっている場所を見つけては膝下ほどの高さの壁面に鉄杭を打ち、程よい長さに切った蔓縄を引っ掛けていく。山歩きのついでにちょうどいい蔓をかき集めて編んだ縄なので、元手はタダだが編む手間を思うとちょっと痛い。とはいえ、自分が無謀なことをしようとしているのがわかっていて、この蔓縄が命を救ってくれるかもしれないのだから、編んだ手間を惜しんでいる場合ではない。


 それにしても、ランタンの灯りが心もとない。油はたっぷり入れてきているので、おそらくはこの穴――というか立派な洞窟だった――の空気が悪いのだろう。ひどい匂いがする淀んだ空気が立ち込めていて、とても不快だし息も苦しい。大量のコウモリがねぐらにしていた洞窟に入ってみたときに、コウモリの糞が溜まってこんな感じの匂いがしていた気がする。洞窟のどこかに裂け目でもあって、コウモリが出入りしているのだろうか?


 そんなことを思いつつ進んでいくと、だんだんと心配事が持ち上がってきた。


「……これ、まだまだ奥に続くようなら、縄も杭も足りないなあ……」


 命綱ならぬ、命縄。ついでに命杭も尽きようとしている。大問題だ。好奇心に抗えず、「魔物が出ても大丈夫。そう、俺の罠ならね」というとても怪しい根拠でここまで来たというのに、その命縄がなくなるのでは何も大丈夫ではない。


「よし、次の曲がり角まで進んで先が見えなきゃ、引き返そう」


 意外と冷静に判断できたところで、曲がり角の奥から音が聞こえてきた。



 ぎっぎっぎ。かちゃかちゃ。ぎっぎっぎ。



 ゴブリンのような鳴き声を聞いた驚きで全身の血が凍り、青年はその場で硬直した。どうにか冷静さを取り戻そうと必死に努めつつ、音をたてないように注意しながら状況を確認する。すごく速くなった鼓動が音を撒き散らしていそうで、気が気ではない。


『落ち着け、落ち着け。魔物がいるかもというのは予想してたんだ。落ち着け。それにまだ魔物って決まったわけじゃない。幻聴じゃなかったか? 今のは本当に鳴き声だったのか? 金属音は……幻聴じゃなければたぶん間違いないよな……』


 曲がり角の向こうに意識を集中しながら、少しずつ後ずさる。最後に張った蔓縄までは、10秒も走ればたどり着くだろうか。


 曲がり角の向こうから聞こえた音は――近くなっていた。


 ぎっぎっぎ。かちゃかちゃ。ぎぃぃ。


――魔物だ! 間違いない!――


 姿を確認した時点で十分な距離を取れるように、大急ぎで後ずさる。こちらに向かってきている以上、魔物の姿を確認したあとは逃げるだけだ。それが見知った魔物で、数が少なければ戦いを試みてもいいが、そうでなければ村まで一気に逃げて危険を知らせる。よし、やるべきことはわかっている。あとは敵の姿を――見えた!


 ランタンを持ち上げ、曲がり角のあたりに届くように光を差し向けると、武器を持ったゴブリンが曲がり角にさしかかった姿が照らし出された。そこで初めてこちらの存在に気づいた様子で、ゴブリンは戸惑ったように立ち止まる。後続は……いないようだ。


 ゴブリンがこちらへと駆け出したのを見届けながら、手前の曲がり道の奥まで逃げ込む。曲がり切ったところでランタンを左腰に吊るし、右腰に下げた棍棒を外して手に握る。急げ、急げ。鉄杭に引っ掛けた蔓縄の端を拾って掴み、曲がり角から少し離れたところで腰を落とす。荒くなった息を殺し、ゴブリンが曲がり角まで来るタイミングを測る。


 ぎぃぃぃ! かちゃかちゃかちゃかちゃ!


――鈴でもつけたようにわかりやすいな。来る、来る、来た!――――今!!


 思い切り蔓縄を引くと、駆け込んできたゴブリンはまんまと縄に足を取られ、眼の前まですっ飛んできた。そのまま豪快な腹打ちの体勢で地面に叩きつけられたところで、ゴブリンの頭を狙って棍棒を振るう。二度、三度、四度――鳴かなくなるまで、動かなくなるまで。



「や、やった……」


 ピクリとも動かなくなったゴブリンに生気が宿っていないことを確認すると、青年は肩で大きく息をしながらその場にへたりこんだ。ゴブリンであるなら、コボルドであるならと期待して、そのための仕掛けだったが、その通りにうまくいった。というか、1本目の縄で仕留められたのは出来すぎだ。しかし、


『まさか、閉ざされてたっぽい洞窟で武器持ちとは……』


 リュックから水筒を取り出し、乾いた喉を潤しつつゴブリンの死体をじっくり見回すと、ショートソードとおぼしき武器だけでなく、金属製の胸当てまで身につけていたことに気づいた。この場所がどれぐらい閉ざされていたのかはわからないが、入口が露わになったことであれほどの嫌な空気が流れ出たのだから、おそらく他に大きな出入口はないはずだ。


 そんな閉ざされ続けていた場所に棲む魔物が、人間用の武器や防具を身に着けているのはちょっと不自然だ。青年の考え違いで他にも出入口があるのか、もともと武器持ちのゴブリンが穴の中に入ったところで閉じ込められたのか、そうでなければ――


『もともとゴブリンの巣穴だったのがなんかの拍子に塞がれて、そこに武器持ちがいたってことか……?』


 どうにか納得できそうな考えに至ったところで、改めてゴブリンの死体を見下ろす。猪や鹿といった獣であるなら解体するのさえ慣れっこではあるが、人型の魔物の死体というのはどうにも気分が良くない。しかし、ゴブリンが身につけていたショートソードと胸当てにはそれなりの価値がありそうで、この場に捨てていくには惜しい。


『ここがゴブリンの巣穴だとすると、ひとりで奥に進むのは死にに行くようなもんか。となると、いったん村に引き返すしかないから、せめてもの駄賃は貰っておかないと。なにより、話の証拠になる』


 そう決めてゴブリンの身ぐるみを剥がそうとしたときに、穴の奥から新たな音が聞こえてきて、青年はふたたび緊張することになった。


 そして、今度の音はさっきより数段賑やかだった――。





 がちゃがちゃがちゃがちゃぎぃぎぃぎぃぎぃがちゃがちゃ。


『さっきと同じような音……たぶん新手のゴブリンだけど、複数いるな……』


 青年はすばやく決断すると、戦利品は諦めて身を返した。もはやひとりでどうこうできる状態ではない、一刻も早く村に戻り、この山にゴブリンが湧いたことを伝えないと――。


 蔓縄も鉄杭も惜しいが、今は何よりも命が惜しい。新手のゴブリンはおそらく仲間の死体のところで立ち止まるだろうから、このまま素早く出口に向かえば、たぶん逃げ切れるだろう。背後の物音が聞こえなくなり、うっすらと外の光が届くあたりまで無事に逃げると、青年は安堵しつつランタンの火を消し、足取りに力を込める。


 入口への最後の曲がり道を抜け、外の光に歓喜しかけたところで、誰かが穴に入ってきた。驚いて足を止めた青年に、厳しい誰何の声が飛ぶ。


「これはお前の仕業か?」


 声の主は灰色のローブで頭をすっぽりと覆っていたが、女性のようだ。


「は?……奥から魔物が来てるんだ。ここは危ない」


 出し抜けに問い詰められたものの、「これ」も「仕業」も何を意味しているのかがわからず、青年はいま必要だと思われることだけを手短に伝え、穴の外へと歩を進めた。


「それがお前の仕業なのかと問うているのだ」


 魔物という言葉に慌てる雰囲気もなく、ローブの女性の誰何は続く。


「たぶん違う。奥から勝手に出てきた。複数来るよ」

「ではお前は何をやっているのだ」

「俺じゃ戦えない。ここから逃げて村に報告する」

「ふむ」


 ローブ越しに伝わる雰囲気がどこか和らぐと、女性は意外なことを言い放った。


「それでは遅かろう。ここは私が手を貸そう」


 言いながら背中に右手を回すと、その手には1本の矢が握られていた。同時にローブの中から突き出された左手には、拵えのしっかりした弓。息を呑むような手早さで弦に矢を載せる仕草を見て、この女性が凄腕の狩人なのだということを青年は理解した。




集計中に次話をアップできるとええんじゃが……

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