003 800年前、《原初の迷宮》の冒険譚
鰻マンなのでゼノ○キュに忙しかったです。
シロウの言葉により、自分たちの身に何が起きていたのかをしっかりと噛み締め直したエレンとレベッカ。複雑な感情を抱きながらも、少女たちは改めて互いの無事を喜び合っていた。
その様子をにこやかに眺めていたマーカスは、ふと酒場の入り口の方に目をやると、そちらに大きく手を振った。そして少女たちに目を戻すと、明るい口調で仲間の合流を告げる。
「エレンさんもレベッカさんも、もっと無邪気に喜んでいいとこっすよ? 今回はとことん運がなかっただけで、それはそれ、これはこれっす! 冒険者は切り替えが大事っす! ……ほら、お仲間の治療も終わったみたいっすよ?」
その言葉に弾かれたように少女たちが入り口の方を振り返ると、金髪と茶髪、ふたりの少年がこちらのテーブルに向かってきていた。
「ジョナサン! ダニエル!」
「エレン! レベッカも大丈夫だった!?」
無事の再会に、エレンとジョナサンのどちらの声にもはっきりとした喜色が混じっている。しかし、茶髪の少年はというと、気まずそうに俯いたままで、エレンに返す言葉をうまく見つけられずにいるようだ。
「ちょっとダニエル? ここはお互いの無事を確認して、無邪気に喜ぶ場面なんじゃないの? 別に返事なんか『おう』でもなんでもいいんだけど、せめてあんたの無事な顔ぐらいは、はっきり見せなさいよ……」
内心ではそうしたいと思っていたことをずばりと指摘されたせいか、レベッカの指摘に、ダニエルの耳がみるみる耳を染まっていく。
「起きちゃったことはしょうがないし、でもひとまずそれも終わったんだから、切り替えなきゃね。うちら冒険者なんだし、切り替えが大事よ? ジョナサンとダニエルが頑張ってくれたおかげでうちらも無事だったし、なによりもあんな……あんなにボロボロにされてたあんたたちが無事で、あたしは嬉しいわよ?」
最後の言葉に震えが混じっていたことに気づいてダニエルが顔を上げると、そこには涙目で笑っているレベッカの顔があった。
「レ、レベッカ……。うん、そうだ。そうだな。俺も、お前らが無事で……みんなが無事で、ほんとに良かったよ! いっぱい治してくれてありがとな。ぐずっ」
「もう……あんたまで泣いてどうすんのよ……。先輩たちも見てるんだから、男はシャキッとしてくれなきゃ困るじゃない」
「ぐずっ。だにえぶぅぅ……でべっがぁ……よがっだぁ……」
『エレン嬢ちゃん、オーガが喋るときみたいになってやがんな……』
『あれっすね、おでの肉ぅぅぅとか言ったりしそうっす』
『美しい場面ですねえ』
そんな失礼なこととかを思いながら場を見守っていたネイサン、マーカス、シロウの前に、ひとりだけ泣かずに堪えていた金髪の少年、ジョナサンが進み出た。
「あのっ! マーカスさん! この度は助けていただき、ありがとうございました! おかげさまでこの通り、僕たちは無事に帰ってくることができました。……まだ新米なので何もお約束できませんが、いつか僕らに、この借りを返させてください!」
「おっ、借りと来たっすか。いいっすねえ!」
新米冒険者のませた言葉に相好を崩したマーカスが、ジョナサンの肩をばあん!と叩くと、その勢いでジョナサンは3歩ぐらいよろめいてしまった。
「がははははは。おいおい新米、なんだそのザマぁ! お前そんなへなちょこのくせに、そんなキリッとしたこと言ってんのかよ!」
新米らしからぬ言葉と、新米らしい実力のギャップがツボに入ったようで、ネイサンの豪快な笑い声が上がる。
「す、すみません。でも僕はこのパーティのリーダーなので、たとえまだまだ実力不足でも、せめてこういう礼儀のところぐらいは頑張らなきゃと思いまして……生意気だったでしょうか?」
ジョナサンの目に少しだけ怯えの色が浮かんだが、輝きの強さは失っていなかった。その光にはリーダーとしての責任と、仲間への想い、そして新米ながらも冒険者としての矜持が宿っている。
「おう、いい目してんじゃねえか。たしかに今のお前らの実力からすると生意気だが、別に悪いことじゃねえぞ。口ばっかりでこの先成長しないようならどうしようもねえが、いっぱしの冒険者に成長するってんなら、今のお前の振る舞いは当然のことだ。リーダー同士仲良くやろうや。俺はネイサン、C級だ。そいつのパーティのリーダーってことになってる」
「C級……! こ、こちらこそよろしくお願いします。ジョナサンといいます」
ネイサンが気軽に差し出したきた右手を、ジョナサンは慌てて両手で握り返した。格の違いや迫力に気圧されたというのもあるが、ネイサンを見つめる眼差しに羨望の色が濃いのは、憧れ続けた本物の冒険者に出会えたという喜びによるものだろう。
「そんでこのおっさんはシロウ。俺のパーティじゃないし、冒険者でもないが、詳しいことはレベッカたちから訊いてくれ。で、そっちのもうひとりは?」
「お、俺はダニエルって言います。よろしくお願いします」
ネイサンの実力を知らず、つい昼間に「あんな落ちこぼれの反面教師」と軽口を叩いてしまったダニエルは、ガッチガチに緊張している。その様子を、レベッカが同志を見つめる眼差しで見守っている。
「あ、あの実は俺、ネイサンさんたちのこと知らないのに、昼から呑んだくれてる落ちこぼれって言っちゃって、そんで、その、ジョナサンとエレンに叱られて……」
盛大にテンパったダニエルは、わざわざ言わなければ決してバレなかっただろうことを自白し始めていた。
「ぎゃーっはっはっはっは! リーダー!? 反面教師っすよあんた!」
「はあああ? 何いってんだこのガキィィィィ!?」
「ちょっ! ダニエル! なに自分だけいい子になろうとしてんの!」
マーカスが爆笑し、ネイサンは沸騰し、そしてレベッカは自分もうっかり白状してしまっていることに気づかず、ダニエルに食ってかかっていた。
「……考えてみりゃまあ、稼ぎ時の昼間っから酒場に根を張ってちゃ、いわくつきとも思うわな。ダニエル、レベッカ、怖がらせたみてえで悪かったな」
ひとしきり沸騰して新米冒険者たちに詰め寄ったあと、冷静になってみればそれも仕方がないかと思いあたり、ネイサンは決まりが悪そうに頭をかいて苦笑する。
「だがな、そう見えたとしても、だ。人にはそれぞれ事情ってもんがあるのを忘れちゃいけねえぜ? とは言え、このシロウだけは事情もへったくれもなくて、毎日のように呑んだくれてるだけだが」
「おいおい、俺だってネイサンに付き合わされて、仕方なく、だな……」
「ほお。俺がヤケ酒を呑みに来たときには、もうすっかりご機嫌でその席に根を生やしてたってのに、どっから付き合ってくれてたんだかな?」
「ネイサンが来る前に、探索が取りやめになったーって、マーカスがソロで討伐依頼を受けに来たあたりかな?」
「……なるほど。勘がいいこったな……。って、もっと前から呑んでただけじゃねえか!」
「はっはっは。そうだったかもしれんな」
「あっ、あのっ! そういえばシロウさんが私たちにしてくれるお話って……?」
新米冒険者たちは軽口を叩きあうネイサンとシロウにすっかり置いてけぼりにされていたが、エレンが意を決して口を挟んだ。
「この雰囲気に割り込んでいけるとは、さすが冒険譚ヲタの好奇心ね……」
「え? えっ!? エレン、それってどういうこと?」
レベッカのつぶやきに、もうひとりのヲタも好奇心を刺激されたのだろう。ジョナサンが食い気味に反応する。
「えーとね、シロウさんはこの酒場の語り部さんみたいな人で、今日の私たちみたいに失敗したパーティがいると、ためになる冒険譚を教えてくれるみたいなの」
「そうなんですか!? 聞かせてくださいシロウさん! どんな冒険譚ですかっ!?」
「お前、ついさっきまで死にかけてたよな?」
ジョナサンの熱量がすごい。余計な自白で意気消沈していたダニエルも、思わずこれには突っ込まずにいられない。
「いやいや、誰かが失敗したからって必ずそんな、お説教みたいに話して聞かせるとかそういうことじゃないですからね?」
苦笑しつつ、誤解を解きにかかるシロウ。
「何でしょうかね……まあ、この酒場でいろんな冒険者の方々を眺めてきて、壁にぶつかっているとか、救いを求めていそうだとか、そういう人の助けになれそうなのが何となく分かるようになってきたといいますか。そういうときに、私も冒険ヲタなものですから、知ってる冒険譚にこんな話がありますよってことをお伝えしてみるというか……」
「占いとか人生相談って感じだな」
「弱ってる人に付け込める、って言ってるようなものなのが恐ろしいわね」
ヲタの熱量を持たないダニエルとレベッカの感想は冷静だ。
「人に合わせて……そっ、そんなにたくさんの冒険譚をご存知なんですか!?」
「ぜひ! 今日の私たちに合ったお話も聞かせてくださいっ!」
しかしヲタ組の熱はさらに高まっていた。
「でもさー、冒険譚って、冒険者に憧れる人たちが読むもんだろ? ごめんな、ジョナサンとエレンは怒るから先に謝っとく。そんでさ、そういうのってけっこう大げさな話になってて、本当は大したことがなかったりもするんだろ? 実際に冒険してる人たちにそういう話をして、役に立つことってほんとにあんの?」
「ダニエル! 失礼だよ!」
「大げさって、そんな!……こともあるけど……」
慌てて取りなすジョナサンとエレンに、シロウは気にするなといった感じで微笑を投げ、ダニエルの言葉に応えていく。
「たしかにそういうお話もありますね。とくに、どこそこの王子や盟主が強大な魔物を斃したという類のお話は、実際は手練の騎士や冒険者が弱らせて主人公がとどめを刺しただけだとか、そもそもそれほど強い魔物ではなかった、というのがザラにあります。そんな話をしたところで、実際に冒険に身を置く人たちは鼻で笑うだけでしょう。しかし――」
エールで喉を湿らせると、どこか遠くを見つめるような目で、シロウは続ける。
「――本物の冒険者たちが紡いだ、本物の冒険譚。本物の迷宮や本物の強敵と戦うために工夫と研鑽を凝らした人々の物語は、冒険者の心にこそ、強く深く届くものだと思いますよ」
「本物の、冒険譚……」
『ヤバい、これってうちらもがっちり掴まれちゃってるかも』
そんなことを思いながらも、レベッカは自分の興味を抑えきれなくなっていた。
「本物ってもなあ……。腑に落ちるところもあるが、俺が昼間に聞かされたガストとワイトとアホどもの話は、とてもそうとは思えないんだが?」
「あれだって立派な冒険譚だし、本物だよ。王子や盟主の話みたいな、華々しい成功談ばかりが冒険譚じゃない。ネイサンに話したのだって、それなりにちゃんとしたパーティだっただろ? 何も考えないで戦ったわけじゃないし、備えを怠ったわけでもない。ただ、それぞれ少しずつ勘違いをしていて、それで誰も助からなかっただけだ。ちょっとした勘違いが生死を分けることを知る冒険者ほど、あの話を軽く笑えない」
「まあな、俺にもちょっと覚えはあるよ。新米の頃、ポーションが飲むのとかけるのとで効果がちょっと違うってのを知らなくて、えらい怒られたもんだ。俺はポーションは飲むもんだと思ってたから、急場で支援を頼まれたときに、戦ってるそいつの口に無理やりポーションをねじ込もうとしたんだ。どうにか無事に戦い終わったあと、なんで深い傷にそのまんまぶっかけねえんだ阿呆! 戦闘中はそうするのが常識だろ!ってな……」
『『『……知らなかった……』』』
新米の中でもひとりだけ、回復に秀でたレベッカだけは知っていた。
「いい冒険譚を持ってるじゃないか。慢心したくだりが出てこないだけ、ガストとワイトの人たちよりずいぶんまともだ」
「ド新米で慢心してたら、今日まで生きてねえっての。まあ、こいつらみたいに運が太けりゃ、それでもなんとかなるかもしれねえけどな」
「てことは、俺がリーダーを助けに行くんすね? 感謝するっすよ?」
「そんときゃ手前ェもド新米だよ!!」
マイペースなシロウ、口調は乱暴だが意外と砕けた感じのネイサン、そしてとても空気が読めるマーカス。やり取りを眺めていた新米冒険者たちは、先輩たちともうひとりの評価をそう定めつつあった。
「だがよ、シロウ。そいつらってガストどもに全滅させられたんだよな? こいつは前々から思ってたんだが、本人たちは逝っちまってるのにその手の話がいくつも残ってるってのは、いったいそいつをどこの誰が見てたっていうんだ? しかも回復役がどう思ってたかなんて、傍で見ててもわかんねえだろ?」
言っちゃいけないことを言った、という顔になるエレンとジョナサン。冒険譚ヲタが受ける洗礼のなかでも、特にクリティカルなツッコミをネイサンは平然とやってのけた。
しかしシロウは動じるどころか、満面の笑顔でこう応えたのだった。
「ああ、それは神様が見てるんだ。この世界のどこかに、冒険と冒険者を愛する神々がいて、これはと思った話を冒険者たちに伝えてくれるんだよ」
こじらせたヲタは無敵かよ。
と、この場にいる誰もが思った。かもしれない。
「また凄いの出てきたっすね。神様っすか。そんで、シロウさんが言うとほんとのことに聞こえるからタチが悪いっすね」
「はっはっは。俺はなるべく本当のことしか言わないつもりだぞ。ここの迷宮だって《神々の迷宮》のひとつだろ? ここの冒険者が神様を信じないのは、不信心だぞ」
まったく悪びれる様子がないシロウ。その堂々とした振る舞いを見ていると、シロウを知ったばかりの新米冒険者たちも、この人は嘘をついていないんじゃないかという気になってくる。
「神様……なるほどそういう手が」
「ジョナサン? 手とかじゃなくて、きっと本当なんだよ!」
「シロウさん……エレンはすぐ信じちゃうから、そういうのはあんまり……」
とくに冒険譚ヲタ勢が簡単だったが、後衛の目を持つレベッカはさすがにちょっと手ごわい。それでもどこか、頭から否定してかかってはいない雰囲気がある。小さな頃からエレンとジョナサンのヲタトークに付き合わされてきたなかで、人々の口伝だけでは無理がある、神様が見てたとしか思えない冒険譚にもいくつか覚えがあったのだ。
「それで、シロウさんは私たちにどんな話をしてくれるんですかっ!?」
そしてエレンがずっとブレない。
「そうでしたね。アドバイスでもなんでもなく、エレンさん達になら話してもいい気になっている話があります。すごく地味な話ですけど、聞きますか?」
「そりゃあ俺らがいちゃマズいのか?」
「いや全然構わないぞ」
ネイサンも一応空気は読める。新米冒険者たちが評価を新たにしたところで、代表して応えたのはレベッカだった。
「聞かせて、シロウさん。それとさ、その……ネイさんやマーカスさんと話すときと、うちらと話すときで感じが違うのが、ちょっと寂しいよ。できれば、うちらにもそんな丁寧な口調じゃなくて……」
「ああ、それは助かります。礼儀かなとは思うんですが、地が出るほうが話しやすいですからね。って、これじゃ直ってないか」
「ありがとう。あたしも領主の娘だからそういうの一応わかるんだけど、仲間の前ではあたしでいたくて。それで、できればシロウさんにもそう思って欲しかったんだ」
「ありがとう、レベッカ。ここの迷宮を探索する仲間ってわけじゃないが、こちらこそよろしく頼むよ。みんなにも」
「「「よろしく(お願いします)」」」
(すっげえ変わったな)
(これが大人か……)
(レベッカは領主の娘モードのとき、『ですわ』とか言わねえの?)
(はあ? 言うわけないでしょ)
「じゃあ始めるか。むかしむかし、まだ《神々の迷宮》がなかった頃のあるところに、冒険に憧れる少年がいました――」
「《原初の迷宮》の時代のお話ですか……!」
エレンが驚いたのも無理はない。シロウが語り始めたのは、伝え聞くものが殆どいないと言われている、800年前の冒険譚だった。
また間が空きます。古○場から逃げたい。