021 とある冒険者とは別の冒険者たちの流儀
その日、ヴァインとルナは体慣らしという名目で迷宮の1層を探索していた。
サザンリバーの迷宮の5層の攻略を目前にしたパーティの一員であるふたりにとって、1層の探索というのはやや歯ごたえに欠ける。しかし、探索の名目はあくまでも「体を鈍らせない程度の鍛錬」であり、実のところはヴァインの趣味である小金稼ぎにルナが付き合っているだけなので、わざわざ実力相応の階層まで降りて生き死にがかかるほどのリスクを負う必要もなかった。
何よりもヴァインには「お金を貯めて冒険者を引退して宿屋か飯屋か酒場を開く」という夢があり、ルナもまた「魔法に習熟したのち静かなところで隠遁する」という将来を思い描いているので、つまらない欲をかいて夢が頓挫してしまうなど、絶対に避けたいという事情もある。
そんなふたりの利害がどこで一致してこの探索行になったのかといえば、安全かつ着実に小金を稼ぎたいヴァインと、場数を踏んで魔法に習熟したいルナ、ということになる。
ハーフエルフであるルナは、その種族の特徴を色濃く継いで魔力や魔法との親和性が高く、パーティでは高威力の攻撃魔法の使い手として重宝されている。実際のところルナの攻撃魔法は5層の攻略を終えていないパーティの戦力としては破格で、例えばこの1層であればルナひとりで探索には事欠かないほどの範囲殲滅力を発揮する。
と、この点だけに注目すればすでに攻撃魔法には習熟しているように聞こえるが、ルナは魔法の威力の調整を大の苦手としており、要するにどのような状況でも全力でぶっ放す範囲殲滅魔法しか使うことができないという、とんでもない欠点を抱えていた。
場数を踏めば臨機応変な調整が身につくのではないかと、そう期待して今日もヴァインの探索に付き合って魔法をぶっ放しているのだが、結果といえばオーバーキルの連続で、しばしば魔物由来の金になりそうな素材や装備すらもダメにしてしまっており、ヴァインの望みが十全に叶えられているとは言い難い。
しかし、他人の小金稼ぎに付き合ってでも鍛錬をしたいなどという奇特な冒険者は貴重であり、ヴァインとしては付き合ってもらえて楽ができるだけでも御の字なので、ルナとは幾度となくコンビを組んで浅層の探索に出かけるという間柄になっているのだ。
少しずつ何かを掴みつつあるルナだったが、本日もまた決定的な何かは得られないままに、ルナの魔力が乏しくなったところで探索を切り上げる。常人よりも豊富な魔力に恵まれているルナであるが、全力でぶっ放しているせいで燃費がすこぶる悪く、結果的に常人よりも少しだけ魔法を撃てる回数が少なくなってしまう。
それもまた、ルナの自尊心に関わる問題のひとつであった。
(……はあ。わたしがこんなせいで、ヴァインは今日もあんまり稼げてないかも……)
パーティでは前衛を務めるヴァインが油断なく迷宮の出口へと歩を進めるそのあとを、俯いてとぼとぼとついていくルナ。探索の帰りにはいつもこうやって自己嫌悪に陥ってしょげていた。
「ルナ、今日もありがとな! また一歩、俺の夢に近づいたぜ!」
そんなルナを気遣って、ヴァインが元気よく声をかけるのもまた、いつものことである。
「……ごめんね、今日はもうちょっと……うまくできるんじゃないかと……期待……してた……」
「はっはっは! たしかになー! あのスケルトンの盾はちょっと欲しかったけど、部屋ごと塞ぐような大岩でぺっちゃんこになっちゃったもんなー! やっぱエグいな、ルナの魔法!」
「……うぅ……ごめんね……命さえ取らなきゃ、心はいくらでもへし折ってくれていい……」
「いやー、それは困るかなー! 俺にしてみりゃなーんもしなくても小金が拾えるようなもんだから、ルナには機嫌よく付き合ってもらわないとなー!」
肩に乗せた槍の柄をくるくると回して弄びながら、ヴァインは快活に本音の言葉を返す。裏表がなく明朗快活なヴァインは、ルナを気遣うときでも余計なお世辞や慰めは口にしない。その人柄の良さが伝わってくるからこそ、ルナも卑屈になりすぎることなく、ヴァインとの探索を続けていられるのだった。
魔物に遭遇しにくい大通りだけを進めば出口までたどり着くというのもあり、少しだけ緊張感を緩めて会話を楽しんでいたふたりだったが、左に曲がるべき四つ角に差し掛かったところで不穏な気配に気づき、ほぼ同時に緊張を取り戻す。
かき消えそうな音量ではあったが、引きつった悲鳴のようなものが聞こえていた。
ヴァインは肩に乗せていた槍を素早く構え、ルナは残った魔力で使える呪文に思考を巡らせながら、足音を殺して四つ角から右へ――戦闘の気配がする方を覗き込む。
「おーおー、修羅場じゃねーの……」
ヴァインの声は十分に潜められていたが、たとえ1層のどんな魔物に聞きつけられたとしても、ヴァインとルナにとっては特段の問題もない。
そこに広がっていたのは、まさに修羅場と呼ぶにふさわしい光景であった。
手前の方にはコボルドの死体がふたつ、冒険者の死体もふたつ。まだ生きている2体のコボルドは腰が抜けた冒険者のひとりを追い詰めていて、その向こうにもうひとり、戦意を失ったように棒立ちしている冒険者が見える。
さらに奥には、膝立ちのまま動かない冒険者と、うつ伏せの冒険者。どちらも絶命しているのであろう。そしてその周囲には、3~4体ほどのゴブリンの死体も確認できる。
「……はさみ……うち?」
「あー、たぶんそんな感じだろーな」
状況を見て取ったルナの言葉に、ヴァインが眉を顰めて同意する。
――と、棒立ちだった冒険者の顔が不意に上がり、ヴァインたちと目が合った。
「ありゃー、あいつアレじゃん、盛大にフラグ立ててた貴族のアレ!」
「……もう、回収……した……の? ちょっと……早すぎ……」
この地区の冒険者の多くを敵に回したアレな貴族の名を、ラスムス・ウィンザーという。命がけで5層の攻略に挑んでいるヴァインとルナにとっても、「ちょろい迷宮」呼ばわりしたラスムスは度し難い。
「んー、なんか詰んでる感じすっけどー、いちお2対2だしなー。これ加勢しなくていいよなー?」
「……ん、わたしもそう思う……けど……」
「けど?」
「……死ぬのは可哀想。魂がへし折れる程度に死にかければいい……」
ぼそりとそう言うと、ルナはヴァインのシャツの裾を引っ張って、四つ角を出口の方へと歩いていく。
スルーに決めたのだと納得したヴァインはルナの前に立って進もうとしたが、ルナがぼそぼそと何かを呟いていることに気づき、振り向いて足を止める。
「じゅう……じゅういち……じゅうに……このへんかな……」
そう言ってルナも足を止めると、修羅場の方向へと振り向き、力強く杖を握りしめる。
「全ての理を灼く炎よ、いい感じに飛んでって我が敵を討ち滅ぼせ――……ふぁいあ……」
ルナがそう告げると、杖の先から爆炎が放たれ、修羅場へと襲いかかる。ヴァインはただ苦笑して、その暴挙を見届けるだけだった。
ひとつだけ心に引っかかるものがあったとすれば、貴族と思しき棒立ちの冒険者が浮かべていた微笑。
ヴァインの記憶にあるそれは、自分にできることをやり切ったときに冒険者が浮かべる、一切の後悔がない表情であったはずだ。
「……ん、たぶん……だいじょうぶ……」
「うまくいったのか?」
「……今日の感じだと、たぶんあれで……距離ぴったり……」
自分の欠点と付き合い続けているルナは、その日のコンディションでどれぐらいの威力の魔法をぶっ放してしまうのか、それを的確に把握する術を身につけていた。
すなわちそれは「自分でうまく調整できないのなら、調整をしないでも良い状況を作ればいい」という発想であり、魔法が飛びすぎるなら対象と離れておけばいいし、届かないなら近寄ればいいという真理。
そしてルナは、今日の探索でさんざん魔法を撃ってコンディションを完全に把握していた。修羅場の全てを灼き尽くすかのごとく吹き荒れた爆炎は、狙い通りにコボルドだけを灼き、消し炭と化していた。
尻餅をつく冒険者をまあまあ焦がしてしまったのは、この先の課題として。