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002 偉大なる資質、その片鱗

「うちら、リーダーはジョナサンってやつなんだけどさ、いま治療中でここにはいないから、代わりに後衛のあたしが話すよ。たぶんいろいろ見てた……と思うんだ」


 語り始めたのはレベッカだった。先輩冒険者たちを前に、少しだけ自信がなさそうな雰囲気が漂う。しかし、新米パーティの後衛担当として、全体に目を届かせようとしていた自負も感じられる。そこに気づいたマーカスはわずかに口の端を吊り上げ、シロウが浮かべる微笑はいっそう深まっている。


 シロウから向けられている問答無用の尊敬と親愛の情が増したのを察し、レベッカはたじろぎ、頬を染めつつ言葉を続ける。





――ちゃんとね、準備したつもりだったんだよ――。


 うちらのパーティってさ、自分で言うのもなんだけど、しっかりしてる方だと思ったんだ。シロウさんって、冒険譚が好きなんだよね? あたしの横にいるこの子もさ、ちっちゃな頃から冒険譚が大好きで、まわりの女の子と話が合わないぐらいだったんだよね。


 あ、うちら自己紹介ってまだだよね? ごめん。あたしはレベッカ・サザンリバー。ここってさ、サザンリバーの迷宮区域でしょ。だからその……あたしは領主の娘なんだ。それでこの子が、エレン・フォルダー。領主の関係者は迷宮に詳しくなくちゃいけないからさ、それで冒険譚オタクのエレンとあたしは仲良くなれたんだ。



「レ、レベッカ……。オタクっていうのはちょっと……」



 いま説明してるところだから、ちょっと黙っててねエレン?(生温かい微笑)


 それでね、リーダーのジョナサンってやつも、エレンみたいに冒険譚が大好きでさ、図書館に新しい冒険譚が追加されるぞっていうのを聞いて朝一番に駆けつけたら、いっつもエレンと鉢合わせて取り合いになって。そしたらジョナサンに付き合わされてたダニエルってやつが呆れて、じゃあもうお前ら一緒に読めばいいじゃんって。


 そのうちあたしも混ざるようになって、ダニエルもジョナサンに付き合わされっぱなしで、じゃあいつかうちらでパーティ組んで、冒険者になろうよーって。


 そんな感じだったから、うちら、けっこう勉強してたんだ。あたしも領主の娘だから迷宮を舐めたりなんかしないし、ジョナサンとエレンはヲタだから、ちょっとでも冒険をバカにされると、すぐ怒るんだよね。


 だからポーションとか薬草とかすっごく大事なのはわかってたつもりだし、初めて迷宮に挑戦するために、しっかり準備はしてきたつもりだったんだ。あたしは回復魔法が使えるんだけど、だからって、ピンチになってもあたしがいるからなんとかなるとか思ってなかったし。ほんとだよ。



「素晴らしい! 優等生すぎると言っては失礼かもしれませんが、そんなにちゃんとした冒険者の卵なんて、今どきなかなかいないですよ!!」



 あ……ああうん、シロウさんありがと……。で、でもさ、そのなんか、うちらに向ける尊敬?みたいな感じ?それちょっとやめてくれないかな……。結局うちら、ジョナサンとダニエルに大ケガさせちゃったんだし。そんな褒められるようなパーティじゃないんだ……。



「いや、しかしこりゃあ……俺は的はずれなこと言っちまったかもしれねえな。先に謝っとくぜ嬢ちゃん――っと、レベッカ」

「あ、俺も謝るっすよ。てっきり迷宮をナメてかかったお決まりのやつだと思ってたっす。なんせ俺が見かけたときには、回復手段が尽きてたっすもんね」



 ネイさん、マーカスさん……。で、でもさ、マーカスさんが言ったとおりなんだよ。うちらもうポーションもなくて、あたしも回復魔法なんか使えなくなっちゃってて、ほんとにもう終わったーってなっちゃってたんだ。


 なんかさ、お話で読んだり人から聞いたりするのと、本物はやっぱり違うっていうかさ。あたしら、ポーションとか回復魔法って、いよいよヤバいってなったときに使って、それですぐ元気になって戦ってって感じだと思ってたんだよ。


 実際、スライムとか迷宮ネズミとかと戦ったときは、それで良かったんだ。うちら4人だし、前衛が3人もいてくれるから、あたしはまったく無事だったしね。前衛のみんなも修行とかいってそのへんの森で野犬なんかと戦ったりしてたから、初めてのモンスターにビビるとかそういうのなかったし。


 でもさ……ゴブリンとかコボルドとか、あのへんの刃物を使う連中のときにさ、ちょっとどうしていいかわかんなくなっちゃって。


 前衛しかいないからさ、突っ込んで斬り合いみたいになるじゃん? そんときに斬られどころが悪いと、血がさ、ぴゅーって出るんだよね。首とかさ、脇とかさ、太ももとか。そんな傷に布とか当てても血は止まらないし、どっか縛って止血だけしてもそのあと戦えないしさ。だから、そういうたんびにあたしの回復魔法とかポーション使って傷を塞いでたんだけど。


 なんかこれ、ポーションとかガンガン使ってるけど、ヤバいんじゃないの? え? でもしょうがないよね? 使わないと死んじゃうし。えーでもでも、こんなにポーション使うんだったら、うちら新米とかどんだけ頑張っても宿代とか無理じゃない? 冒険者って、ポーション買ってポーション溶かして帰ってくるお仕事だっけ?


 みたいな感じになっちゃって、ほんとはもう外に出たほうがいいかなーって気がしてたんだけど、あと1回だけ戦ったら宿代ぐらいは稼げそうだから、あと1回、あと1回だけねって。たぶん実際の冒険って、こんな感じなんだよねって。


 そしたら、よりによってゴブリンたちだったんだよ……。



「ぶわははははははははははははははは!!!!」

「ぎゃははははははははははははははっ!!!!」

「ちょ、ちょっとネイさん! マーカスさんも! レベッカが頑張って話してるのに、ひどいですよ!」


 爆笑。


 そこにエレンの叱咤。そして、


 シロウも破顔していた。


「だ、だってよエレン! お前ら、武器持ちと戦うたんびにそんなに急所やられてたんだろ? そりゃあポーションがいくつあっても足りねえよ! ぶははははははは! どんだけ運が悪いんだお前ら!!」

「いやー、ウケるっすねー。あいつら別にうちらの急所とか狙ってくるわけじゃないっすから、もうわざわざ急所を差し出して斬られに行ってるとか、そんぐらいのことがないと、ちょっとありえない回数っすよ!?」


 ネイサンとマーカスのあまりの食いつきっぷりに、当事者だったエレンとレベッカは頭が真っ白になっている。運が、悪い? ポーションが、足りるわけがない?


「あ、あの、それってどういう……」

「ぶわはははははははははははははは!!!! 腹っ! 腹痛い!!」

「ぎゃはははははははははははははっ!!!! 死ぬっ! 笑い死ぬっす!!」


――あ、ダメだこれ。


 尋ねる相手を間違えたことに気づき、エレンは改めてシロウに問うことにした。こっちもこっちで、さっきまでの微笑が満面の笑顔になっているあたり、あまり期待できそうにもないのだが……。


「シロウさん、ネイさんたちはどうして……」


 どこか涙声に感じるエレンの言葉を受けたシロウは、その満面の笑顔に最大級の親愛と尊敬の感情をにじませたまま、話し始めた。


「素晴らしい……! 本当に、本っ当に、あなたたちは幸運な冒険者たちだったということですよ! いいですか、エレンさん? ネイサンたちが言ったとおりに、浅い層の武器持ちモンスターから急所を狙われるというのは、まったくと言っていいほどないらしいんです。それこそですね、全身に鎧を着込んで、鉄兜も被って、それで首のところだけは丸出し、ぐらいのことをやらない限り、そうそう狙われないのだとか」

「は、はあ……」

「もちろん、勘がいいモンスターはいますし、場数を踏んで特殊個体のレベルにまで成長すると、剣技のようなものを使ったりもするそうです。稀な話ですけどね。勘がいいといえば、本能的に急所を察知してくるモンスター、迷宮ラビットなんかもいますが、そういった特に危険なモンスターに関しては、冒険譚でもよく知られているでしょうし、迷宮に固有の種族であれば、ギルドの方で把握して注意喚起しているらしいです」

「な、なるほど……」


 要するに、自分たちはとても不運な目に遭って、本来なら使わないでいいほどのポーションを使わされる羽目になったということだろうか。だとすると、幸運、とは?


「それってさあ……、先輩からの軽口の洗礼とかそういうヤツ? でもシロウさんは先輩でもないんだよね?」


 ただただ笑われ続ける状況にいたたまれなくなっていたレベッカが、少しだけ不機嫌さを滲ませて、シロウの言葉に噛み付く。これほど不運な自分たちに対して、いったいどういうつもりなのかと。


「いえいえ、決して嫌味だとか、そういうことじゃないですよ」


 変わらず穏やかな口調で即答したあと、いちど静かに息を吸い込んで、シロウは言葉を続ける。


「エレンさん、レベッカさん、まずは無事のご帰還おめでとうございます。ジョナサンさんとダニエルさんはちょっと大変でしたが、マーカスが大丈夫そうなことを言っていたので、きっと不自由なく復帰できるようになるのでしょう」


 さすがに笑い疲れたのか、中級冒険者たちも今では静かにエールを舐めながら、シロウの言葉に耳を傾けている。その表情は、シロウと変わらずに穏やかだ。新米のエレンとレベッカだけが、いまだ状況がよくわからず戸惑っている。


「今回のことはとても不運だったけど、とても幸運だったんですよ。迷宮の第一層には過分と言えるほどの準備をして冒険に挑んだのに、それらをすべて失うほどの不運に見舞われた。なのにあなたたちは――仲間を誰ひとりとして失うことなく――生還できたんです。しかも、普段なら同じ層で目にするはずがない中級冒険者に護られて」


 その言葉に、エレンとレベッカはハッと息を呑む。そして、改めて自分たちを救ってくれた中級冒険者に目を向けると、どこか居心地が悪そうになっていたマーカスが、サムズアップと笑顔で応えてくれた。


「あなたたちは迷宮探索という冒険の、とびっきりの不運を、その目に焼き付けることになった。でも、それだってそもそも幸運なことなんです。あともう少しだけ不運に傾けば、あなたたちはもうここにはいなかった」

「「あ……」」


 その通りだった。最後の戦いでは謎の急所責めこそ免れたものの、レベッカのなけなしの回復魔法も尽き、ジョナサンとダニエルは回復のあてを失ったまま、ただ愚直に2人の少女を守って戦い続けたのだ。


 動きが悪くなった男の子たちの脇をゴブリンが抜けた。その前に余力を残したエレンが立ちはだかるが、力尽きようとしている前衛の2人に比べ、エレンは力が劣る。どうにか時間を稼ぎ、レベッカだけは逃がそうという覚悟を決めたとき、よりによってレベッカが杖を振りかざして、ゴブリンに殴りかかってきた。


「エレン! あんただけでも逃げてっ!!――」





 とても気が合う4人だった。ずっと仲良しだった。


 一緒に冒険者になって、冒険して、でもきっとそんなにはうまくいかなくて、いつか危険な目にも遭うだろうという覚悟もして。


 それでも最期まで一緒にいようと誓い合った。


 そしてその誓いに――――全員が嘘をついていた。


 いざとなったときには自分が犠牲になって仲間を守ろうと、それぞれこっそり決意していた。



 だから、とても気が合う4人だった。


 全員が全員のために犠牲になれば、最期まで一緒にいるしかない。


 エレンはレベッカだけでもと思い、レベッカもまた、不慣れなことをしてでもエレンだけには逃げて欲しいと思い、ゴブリンに立ち向かった。



 果たさずして、誓いは守られようとしていた――。







 マーカスに救われてからこの瞬間まで、おそらくは目を逸らそうとしていた、最期の瞬間。それはほんのついさっきの出来事で、いくつかの場面はとても鮮明だというのに、心が拒んでいるのかうまく思い出せない感覚もある。


 それでも、実感は蘇った。自分たちは確かに今日、死んでいたはずだったのだ。


「あなたたちはとても得難い経験をしました。パーティが最期を迎えるときに、仲間たちがどう振る舞うのか、そんな際どい場面すら見届けることができた。おふたりの雰囲気からすると、おそらくその瞬間ですら、いくつかの思い違いはあれど、それほど悪いものではなかったのではないでしょうか?」


 そんなことまで見抜かれてしまうのか。

 エア冒険者のシロウにすらわかるのであれば、バリバリの中級冒険者であるネイサンとマーカスには丸わかりなのだろう。冒険者としての経験の差と、シロウの場合は単純に、年輪を重ねたことによる人としての機微だろうか? そんなことを思い知らされたエレンだったが、なんだか悪い気はしないし、気後れすることもなかった。シロウの問いに、苦笑を交えながら応えていく。


「ちょっとだけ……レベッカには嘘を吐かれていたかもしれません。たぶんきっと、ジョナサンとダニエルにも」

「あ、あたしだって! エレンにもジョナサンにもダニエルにも、何も言ってもらえずにただ逃がされるとこだったじゃないの!」

「あのときはほら、説明してる余裕がなかっただけよ?」

「へえ? あたしは今また嘘を吐かれてるわよね!?」


 優しい嘘の存在を指摘され、お互いを責めてごまかそうとする少女たち。死の淵を覗いてきたばかりとは思えない無邪気さと逞しさに、シロウはもちろん、マーカスも、そしてネイサンさえも、深い微笑を讃えてそのやり取りを見守っていた。


 死と向かい合ってなお、その先へと足を止めずにいられるのは、優秀な冒険者の資質そのものだ。そこに仲間との絆の深さや、先人の言葉に耳を傾ける素直さ、そして幸運と良縁にも恵まれているとなれば――。



「こいつら、とんでもないパーティになるのかもな……。幸運と良縁に恵まれたのは、ひょっとして俺たちのほうかもしれねえぞ?」


 不敵な中級冒険者の顔で、ネイサンはニヤリと笑った。マーカスとシロウは頷きだけをもって、その言葉に同意するのだった。






ひとくぎり。

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