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018 ケンゴーさんとエレン。師匠と弟子

 パーティでの役回りについてシロウに相談を持ちかけてから3日後、この日この時間に来るようにと指定されていたギルドの訓練場で、エレンはただただ圧倒されていた。


 エレンの前に立つのは、真っ黒な蓬髪をてっぺんでひとつにまとめ、前で合わせて腰に回した紐で止めるという、見慣れない形状の黒いローブに身を包んだ、身の丈2mほどの偉丈夫。

 くっきりと太い眉は、髪と同じく黒い色であることも相まって、ことさら太く立派に見える。頬から顎にかけてのラインはがっしりしていて、岩を思わせる無骨さがある。

 それでいて、エレンを真っ直ぐに見据える黒い瞳には優しげな光を湛えていて、どうにもアンバランスな雰囲気を纏った男であった。


 その男が今、エレンの前で仁王立ちになっている。


 ローブを止めている紐には4本の細身の剣が挟み込まれており、背には練習用の木槍を背負っている。よくよく見るとローブの合わせ目に沿うように斜めがけに回された紐があり、その紐で槍を止めているようだ。


「あの、ケンゴーさん? ですよね。は、初めまして。わたし、エレンと申します」


 異形の男の圧倒的な存在感に呑まれ、エレンの声は上ずっている。つい先日、ギルドマスターのグレンから「どんな場であれ平常心を保て」と諭されたばかりだが、場数を踏まずして実践となるとやはり難しい。ましてやこれほど異質な相手との対面であれば、なおさらだ。


 そんなどこか怯えたようなエレンの様子を気にするようでもなく、ケンゴーと呼ばれた男は太く低い声で丁寧な挨拶を返してきた。


「お初にお目にかかる。まさに拙者がケンゴーでござる。此度はグレン殿より、エレン殿に槍の技を伝えるようにと仰せつかった。どれほどの付き合いとなるかは不明なれど、よろしくお願い申し上げる」


「こ、こちらこそよろしくお願いします。ところでケンゴーさん、セッシャというのは……?」


「これはしたり。拙者というのは、まだまだ拙く、未熟者なわたくしという意味でござる。かつて我が師より武芸者たる言葉遣いを言いつけられ、その教えを守っているのでござるが、なにぶん師と拙者しか使わぬ言葉ゆえ……。配慮が足りず、このように分かりにくい思いをさせてしまうことがある由、ご容赦願いたい」


「未熟なわたし……なるほど……。では、わたしも師であるケンゴーさんの前では、セッシャと名乗ったほうがいいでしょうか?」


 深く感心したついでに真顔でそんなことを返したエレンだったが、ケンゴーは虚を突かれたかのように一瞬だけ表情を固めたのち、破顔した。


「がっはっは! これは愉快! エレン殿は謙遜の心をお持ちであるな。それはとても善きことではあるが、この名乗りはあくまでも我が師と拙者との間での取り決めゆえ、エレン殿が倣う必要はござらぬ」


 そう言い終えると、ケンゴーは爽やかな風が吹いているかのような面持ちになり、改めてエレンの目を真っ直ぐに見据えて言葉を続ける。


「師の言葉に倣うなら、エレン殿には良き武芸者となれる素質がござるな。なれど、いまは冒険者の身でござろう。あさましきことなれど、過ぎたる謙遜は冒険者の身に危険を及ぼすもの。拙者のように武芸者の道を志すのでもなければ、大げさな礼儀は不要でござる」


「そ、そういうものですか」


「そういうものでござるよ。強きを求めるのであれば、己の力に慢心することがあってはならぬもの。ゆえに拙い自分を日々戒め、謙遜の境地に身を置き続ける心構えが肝要でござる。なれど、いざ戦いの場となれば、過ぎたる謙遜は不要。己を信じ、相手に勝てるのだという自信を呼び起こすことが必要でござろう」


「なるほど……自信ですか……」


 頷きながらも、どこか自信なさげなエレンだったが、ケンゴーは背負っていた木槍を手渡しつつ、破顔一笑する。


「その自信を手に入れるために、拙者から槍の技を学ぶのでござろう? 鍛錬は裏切りませぬ。一所懸命に取りかかれば、明日には必ず今日よりも強くなっているものでござる」


 必ず、という部分がとても心強く、エレンは元気に「はい!」と応え、差し出された槍を手に取った。



 ケンゴーから渡された木槍は、少し奇妙な形状をしていた。穂(槍頭)と思しき部分に厚手の布が被されているのは練習用の木槍としておなじみだが、穂よりも少し下の部分には槍を貫くように横棒が差し込まれており、さらにその下には金属の柱が、柄を補強するかのように取り付けられている。


「拙者がこれよりエレン殿に授けるのは、フォゾウィーンという流派の槍術でござる。見ての通り、一風変わった槍でござるが、これは『十文字槍』と呼ばれるもの。グレン殿よりエレン殿に貸し与えられる槍が十文字槍と聞いて急ごしらえしたものゆえ、多少不格好であるのは許されよ」


 初めて目にする十文字槍に感心しかけたものの、そもそもいわくつきの武器を貸し与えられるのだということを思い出し、エレンは引きつった顔でケンゴーに問う。


「そ、その……十文字槍というのは、どんな武器なんでしょうか? わたしが貸してもらえる武器は、特定のモンスターに『だけ』強力だったりとか、そういういわくつきのものだと聞いてまして……」


「いわくつき、でござるか? ふむ……拙者が聞き及ぶに、エレン殿の槍はかなりの業物ということでござったが……。見ての通り、穂――槍頭とも申すが、槍の先端でござるな。その下の部分に鎌枝と呼ばれる横向きの刃がついた槍にて、突いてよし、振ってよし、受けてもよしと、様々な使いみちができるのでござる。ゴブリンやコボルドのように小柄なものもいれば、地を這うもの、はたまた空を飛んで襲いかかってくることもある魔物と戦うには、何かと重宝することでござろう」


「えっ? これ、いいものなんですか?」


 まさかまともな武器を貸し与えられるとは思っていないので、エレンの返答はどこまでもズレていた。


「拙者はグレン殿の慧眼に感じ入ってござるが、実際にそれを良きものとするかどうかは、エレン殿の鍛錬ひとつでござろう」


「そ、そうなんですね。そうですか、ギルマスが……。わかりました。がんばりますっ!」


「良き返事でござる。ではまず、その槍を自由に突けるようになるまで、ひたすらに素振りでござるな」


「えーと、何回ぐらい、ですか?」


「ひたすら、でござる。腕が上がらなくなったら休憩して、また素振りの繰り返しでござる」


「……え?」


 ケンゴーの言葉に一切の偽りはなく、槍の握り方と基本的な構えだけを教えられたあと、エレンはただ槍を突いて引く、という動作だけを繰り返させられた。いちど休憩したあと、握力がなくなって槍を取り落としたところでその日の鍛錬は終了となったが、次の日も、また次の日も素振りは続き、気が狂いそうなほどに単調な鍛錬は、そのあと10日ほども続いた。



「うむ。腕の力がついて、繰り突きと諸手突きのどちらでも、しっかりと槍を突き込めるようになってきたでござるな」


「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 エレンは今日もまた愚直に素振りを繰り返している。初めて顔を合わせたとき、ケンゴーはエレンの他者を敬う姿勢に武芸者の資質を見たが、単調な鍛錬に不満をこぼすこともなく、愚直に言いつけを守れることにも感心していた。如何な天才といえども、そのセンスに見合った身体能力なくして強さを身につけることはできない。身体能力を高めるために、ひたすらに鍛錬を続けることに耐えられることもまた、武に生きる者にとって欠かせぬ資質である。

 ちなみに繰り突きというのは、槍を構えた際に柄尻の方を持つことになる後手うしろでの力のみで突き、前の方の手の中で槍を滑らせて繰り出すという突き方。対して諸手突きは、両手の力で槍を突き込むのでより強く突けるものの、後手を伸ばし切ることができないため、槍の届く距離は短くなってしまう。エレンはようやく、このどちらの突き方でもそれなりのパワーを乗せて突けるようになったという段階だ。


「よって今日からは、構えてからの足さばきと、走りながらの突き方も鍛錬していくでござる」


「はいっ!」


 これは3日ほどで進歩が認められ、続いて石突――穂とは逆側の柄の端を使っての突き方や、鎌枝で刺すための構え方と振り方、鎌枝での相手の武器の受け止め方や絡め方と、鍛錬のメニューは少しずつ増えていった。


 初顔合わせからきっかり3ヶ月後、あくまでも捨て身技であることを重ねて注意され続けた片手突きがどうにかサマになったところで、ケンゴーは指導の日々の終わりを告げた。


「これにて一通りの基本は伝えたでござる。ここからは独自に研鑽を重ね、技を発展させていくのがよろしかろう」


「はいっ! ケンゴーさん、今日まで本当に、ほんどうに、ありがどう……ございまじゅ……うええぇぇぇ……」


 厳しくも頼もしい師との3ヶ月は、けして短い時間ではない。新たな武器を着実に使いこなせるようになっていく実感と、進歩が認められるたびに褒めてくれる師との日々は、エレンの冒険者生活に鮮烈な彩りをもたらしていた。


 ゆえに、そんな充実した日々が終わってしまうことに、エレンが耐えられるはずもなく。


「がはは! 泣くではない、エレン殿。師弟とは、いつかは道を分かつものでござる。ただし、此度の鍛錬は終わりなれど、武芸者同士というのは自然と引き合うが定め。エレン殿が武の道と向き合い続ける限り、またいつか相まみえることでござろう。ましてや、ダニエル殿のこともあり申す。その日はそう遠くないことでござろうよ」


 そう言いながら、ケンゴーはエレンの頭ほどもある無骨な手で、エレンの涙を優しく掬い、銀髪をわしゃわしゃとかき乱しながら頭を撫でる。


 師のそんな優しさが余計にツボに入ったエレンは、いつまでも泣き続けていた。




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