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016 まれによくある幸運

 冒険者ギルドの特任職員、という扱いになっている自分の仕事がどんなものであるのかを説明し終えると、シロウは酒場の店員に二人分のお茶のお代わりを頼み、残ったエレンの疑問について答え始める。


「あとな、ギルドから武器の扱いを指導してもらえることになった場合には、ギルドが指定する武器を貸与してもらえることもあるぞ」

「えっ? 武器を借りるんですか?」


 それはちょっと……と困惑したエレンだが、それに気づいたシロウの「もちろん新品だぞ?」の一言で安堵する。誰にでも貸し出すような備品なのだから中古品なのだろうと想像してしまったが、迷宮や冒険者というものをよく理解しているギルドが、そんな雑な仕事をするはずがないと再確認しての安堵だった。


 しかし、どうにもシロウの様子がおかしい。エレンを見つめる瞳がわずかではあるが、少年のようなキラキラとした輝きを放っている。こういうときのシロウが言いそうなことといえば――


「ただな、エレン。ギルドが貸してくれる武器は確かに新品なんだが」

「いわくつきなんですね」

「ぐっ! なぜそれを!」


 先を予想したエレンの突っ込みは的中した。イタズラに失敗した子供みたいにつまらなさそうな表情のシロウに、エレンは嘆息して首を振ったあと、どういうことか説明してくださいよという意味のジト目を向ける。ピンと跳ねたエレンのアホ毛も、まるで鎌首を持ち上げて「しゃああ」と威嚇する蛇のように揺れていた。


「というのは冗談でな、いわくつきというよりは、世界にふたつとないたぐいの、珍しい武器なんだ」

「それはどういう種類の『珍しい』なんでしょうか?」


 シロウへの警戒を解かず、エレンはジト目のままで追求する。思えばシロウのようなタイプにはたくさん心当たりがあった。両親の冒険者時代の知人がエレンの村に立ち寄るたびに、エレンは無邪気に冒険譚をねだったし、元冒険者だったり現役であったりした彼ら彼女らもエレンを可愛がり、快く冒険譚を披露してくれたものだった。


 ただし、「盛る」のだ。初めて耳にする華麗な討伐物語に興奮してみれば、戦っている相手が凶暴な小型のドラゴンのはずだったのに、実際はおとなしい大トカゲだったというがっかりパターンは何度も聞かされたし、そのたびに母親が「騙されちゃダメよ、エレン。それ本当はただのトカゲだから」などと言っては知人を窘めてくれていた。そのうちにエレンも「ホントに? ホントにドラゴンなの? トカゲじゃなくて?」と問いただす癖がついてしまった。


 盛らない話だからと言って油断はできない。「減る、またはなくなる」というパターンもある。未踏の迷宮にソロで挑む冒険者が抜かりなく装備を整え、迷宮までの旅を続けていく。その道中で魔物と戦い、老若男女たくさんの人々を魔物から救い、順調に旅は続いていく。


 そして迷宮が目前に迫り、ここからがクライマックス!というところで、ソロ冒険者は魔物から救い出した女性と恋に落ち、迷宮近くの村で末永く幸せに暮らしてしまいますのであった。迷宮に入ってからが本番と思いきや、肝心のメインディッシュがいきなり消失してしまうのだから、肩透かしもいいところだ。しかし語り手は、「迷宮探索の話とは言ってねえよ。ひとりの冒険者の生き様の話だな」と得意げにうそぶくだけである。


――なにか妙に親しみやすいというか、既視感があると思ったら、シロウさんの雰囲気はそういう人たちと一緒だ――。とエレンは看破していた。むしろ現役の冒険者であるネイサンたちですら手玉に取っている節があるので、エレンが出会ってきた冒険者たちよりも手強いのかもしれない。


「……何を考えてるのか知らんが、そんなに睨むな睨むな」


 昔の恨みを思い出しているうちに、目つきがどんどん険しくなっていたらしい。その様子に苦笑するシロウの声で、エレンは我に返る。


「す、すみません、つい昔のことを」


 慌てて謝ったが、警戒を解くことはない。ここで素直に耳を傾けてみれば、やっぱり与太話でしたーというパターンも腐るほど経験済みのエレンなのである。

 こりゃまたずいぶん飼い慣らされ……もとい場数を踏んでいるなと見定めつつ、シロウは本題に戻る。


「まず、武器の品質についてだが、これはもうポテンシャル的には《伝説級》の逸品だ。稀少素材が惜しげもなく使われていて、この迷宮地区にいる最高クラスのドワーフ職人の手で鍛え上げられている」

「は……?」

「ポテンシャル的には、だぞ」

「ええと……それはつまり?」

「職人の意欲作というか、趣味の範疇の武器ってことだな。どう使うのかさっぱりわからん仕掛けが組み込まれていたり、ものすごくマニアックな魔物への威力に特化していたり」

「ええ……どうしてそんなものを……」

「素材を提供してるのが冒険者ギルドでな、ギルドが主導する武器や防具の研究開発の一環なんだ。職人は珍しい素材で珍しい武器を作ることで腕を磨き、実用性の高い武器や防具の開発に成功すれば、ギルドはそれらの装備品を、冒険者はもちろん村や街、国に売りつけて潤う」

「冒険者ギルドって、そんなこともしてるんですか!?」


 思わず食いついてしまったエレンだったが、その反応を見たシロウが嫌ったらしい笑みを浮かべたことに気づき、失態を悟った。


「しようとしているだけだな。というのも、今まで成功と呼べる装備が作られたことがないからだ」

「……やっぱり、いわくつきなんじゃないですか……」



 結局、特任という扱いながらもギルド職員であるシロウのゴリ押しによって、エレンは槍を貸し与えられることになった。「試してみて、合わないようならまた考え直せばいいんじゃないか?」というシロウの言葉が決め手だったが、考え直すときは自分だけか、《サザリン》のみんなに相談しよう、とエレンは決めていた。このままシロウのペースに乗せられていると、どんな不思議な武器を押し付けられてしまうのかが心配になってきたからだ。


 新しい武器の扱いを覚えるまで指導員がついてくれるとはいえ、自分の命を預けることになる武器に「不思議」という属性がついているのは不安でしかない。


 たとえば、稀少で高級な素材をふんだんに使ってはいるのだが、肝心の味については不思議としか形容のしようがない料理があったとして、そんなものを好んで食べ続ける人がどれだけいるだろうか。


 エレンが読んできた冒険譚のなかには、いかにもそういう料理を有難がりそうな貴族の話もいくつかあった。しかし、そういった貴族はすべて愚かな役割を与えられた舞台装置で、冒険者の高潔な魂とのコントラストを際立たせるための仕掛けでしかなかった。


 斬れない宝剣に執着し、たった2匹のゴブリンに命を奪われた貴族。

 贅を尽くした鎧で迷宮に挑み、1日でそのすべてをスライムに溶かされてしまった王子。

 迷宮に持ち込んだ食料を失い、空腹とプライドを天秤にかけた結果、泣く泣くオークの肉を口にして命をつないだ王女。


 虚栄が入り込む余地がない命がけの冒険譚において、そういった登場人物たちはいつでも愚かで惨めだ。そうはなりたくない、という思いを強く育ててきたエレンにとって、これから自分が手にする武器が、ひょっとするとそういうたぐいのものではないか、という懸念があるだけで気が滅入ってしまう。


 冒険譚ヲタの先輩として、本来ならそういうエレンの気持ちを汲んでくれそうなシロウが、ギルドの職員という立場からゴリ押ししてきているような感じもまた、エレンを落ち込ませていた。


 腑に落ちないし、飲み込めない。そのモヤモヤとした感じが嫌なので、エレンはもう少し突っ込んで訊いてみることにした。


「話を聞けば聞くほど不思議ですよね? いわくつきでも稀少な武器だったら、借りてみたいって人がけっこういそうなものですけど」

「いやそりゃ知られてないからだろ」


 そうだった。冒険者ギルドで武器の指導を受けられるということ自体が忘れられていて、武器を貸し与えられるのは指導の延長という話だったのだ。しかし、そうであるにしても――。


「じゃあどうして、こんなにいい制度が忘れられたんでしょうか?」


 という当然の疑問が浮かび上がる。指導をしてくれる、稀少素材を使った武器も貸し与えてくれる。それほどの面倒を見てもらった冒険者が、己の幸運を吹聴しないはずがないのだ。


 しかし、シロウの答えはあっさりしたものだった。


「いつからそうなったのか俺は知らないんだが、今では武器の指導と貸出については人を見てから話すことになってるし、ついでに口止めもするからじゃないかな」

「そ、それだけのことで広まらないものなのですか?」


 説明されてもなお信じられないといった表情のエレンだったが、続くシロウの言葉で納得するしかなくなってしまう。


「そうだなあ、実際に広まっていないどころか、忘れられていく一方の制度だからなあ。たぶん前任者たちの人を見る目がしっかりしてたってことなんだろうな。たとえば俺もこの話は口止めするわけだが、お前はそれでも言いふらしたいか? エレン?」


 そんなわけがない、と慌てると同時に、なるほど人を見るとはこういうことかと悟ってしまい、ぐうの音も出ないエレンだった。



 シロウから口止めを受けた10分後、エレンとシロウの姿は冒険者ギルドの2階、ギルドマスターの執務室にあった。酒場にいるときと何も変わらない様子でリラックスしているシロウとは対象的に、エレンは顔こそおとなしく下に向けているものの、やたらとそわそわして落ち着きがない。

 冒険者としてデビューしたばかりの新米冒険者が、「じゃあ、ここから先はギルマスに話を通してもらおう」などという軽い一言で、いきなりなんの準備もなく冒険者ギルドの最高責任者に会うことになってしまったのだから、極度の緊張と不安で落ち着かなくなるのも仕方がない。


「あー、エレン。そんなに緊張することはないぞ? 世間的な立場で言えばギルマスなんかよりも、領主の娘のレベッカのほうが偉いぐらいだからな?」

「れっ、れべっきゃはそうかもしれませんけど! わらしはただの村娘ですからっ!」

「落ち着け落ち着け。噛んでる噛んでる」

「あうぅ……」


 身分としてはなかなか高い方であるレベッカと仲良く接していられるのだから、ギルドマスターにだって臆する必要はないことを伝えたかったのだが、盛大にテンパっている15歳の少女に遠回しな表現は逆効果だったようだ。


(まあでも、噛もうが緊張しようが、なんの罰を受けるわけでもないしな……)


 思えば、エレンや《サザリン》の面々はまだ15歳である。いろいろな場に慣れておいて損することはないが、すべての場で最初からうまく立ち回る必要もない。いくらかは失敗したほうがのちに経験として活きるかもしれないし、あまり助言しすぎて思考停止に陥らせてしまうほうがむしろまずい。

 そんな事を考えつつ、主の気分に合わせるかのようにしなだれる、エレンのアホ毛を眺めるシロウだった。


 そしてエレンもまた、視界がぼやけるほどの緊張に身を縛られつつも、ぼんやりと頭だけは働かせていた。何気なく相談を持ちかけただけのはずが、いわくつきながらも《伝説級》の武器を貸し与えられるかもしれず、唐突にギルドマスターとも面会することになってしまった。どうしてこんなにも急な展開になってしまったのか。その理由がどこかにあっただろうかと、そのことについて考えを巡らせるのだが、理由らしきものには思い当たらない。

 シロウのゴリ押しがあったにせよ、それもギルドの職員としては当然の振る舞いだったように思える。となると、すべてが自然な成り行きでこうなっているのだと、納得するしかないような状態だった。


「なんか……思っていたのとは全然違って、混乱しちゃいます……」

「うん?」


 それは意図した問いかけではなく、独り言のようなものだったのだが、シロウに拾われてしまった。


「その……冒険者を始めたら、もっといろんな苦労があって、それでもみんなで歯を食いしばって、励まし合いながら過ごしたりするもんだと思ってたんです。なのに、出会ったのはシロウさんやネイさんたちみたいにいい人たちばっかりで。今だって、ちょっとした相談のはずが、ギルドマスターにお会いできるようなことになったりして……」


 どこか遠い目をしながら、エレンは言葉を続ける。その様子はどこか、今いる場所が現実ではないと感じているかのようだった。


「まるで、お話の中の出来事みたいだなあって……。これが夢じゃないなら、間違いなく自分に起きてることなのに、なにか他の人の物語を眺めてるような、そんな気分です……」


 エレンが言いたいことは、正確にシロウに伝わっていた。そもそもシロウ自身も、のちに神の座に就くハイエルフというデタラメな存在と出会い、ともに幾多の冒険に挑んできたのだ。それから800年が経過した今では、お話みたいどころではなく、それこそ《伝説級》の人物のひとりである。

 力のいくらかを封印していたとはいえ、ネルがハイエルフとして身に付けていた弓術や精霊魔法は、田舎村の狩人でしかなかったシロウにとって冗談やお伽話といった類のものだった。それほどの実力者とともに過ごす日々に、しっかりとした現実感などあるわけがない。そういうものだと慣れてしまうまでは、驚いたり目を疑ったりの繰り返しだったのだ。


 そして、そんなシロウだからこそ、確信を持ってエレンに伝えられることがあった。


「そうだなあ……このままエレンが大成して、語り継がれる冒険譚を残すほどの冒険者になれば、たぶんその通りになるだろうな」

「はい?」


 そういうことを言いたかったんじゃない、という驚きでエレンが顔を上げるが、シロウは気にする風もなく言葉を続ける。


「エレンは《エルフィン》の冒険譚が好きみたいだが、たとえば《エルフィン》をどう思う?」

「どう……ですか? えっと、ネルは神弓の呼び名にふさわしいアタッカーですし、あらゆる魔法を使いこなしたと言われるボルス、女性でありながらドラゴンの突進もいなした戦士のマリー、的確な状況判断でパーティをまとめたロゴス。まさに伝説の名に恥じないパーティだと思いますけど……」

「後期の冒険譚の印象だと、まあそんなもんだろうな。でもな、始まりはあんなんだぞ?」


 シロウと知り合った日に聞かされた《エルフィン》の最初の物語は、うだつの上がらない狩人とハイエルフが、偶然の出会いを果たすというものだった。


「あんなん、って……。とても運命的な出会い……ですよね?」

「いや、あんなのたまたまだろ。似た者同士がなんとなく波長が合っただけだ」

「シロウさんっ!」


 憧れの《エルフィン》を蔑ろにされてエレンが咎めないわけがないのだが、それがわかっていても、シロウはあえて乱暴な言葉を選んだ。


「じゃあエレン、《天上の城 ピュタラ》の最初のシーンはどうだ?」

「運命的な出会い……ですよね。空から落ちてきた少女を受け止めて……」

「《ミノタウロス若丸》は?」

「ミノ若丸が笛を吹いて歩いてたら、橋の上でヴェン=Kと運命的な……」

「《ファイタジファンナルーVII》」

「クロードが教会でアリエスと運命的な……」


 ここまで来れば、シロウが言わんとする事がなんとなくエレンにもわかってきた。すっかり焦点を取り戻した目でシロウを見つめ、素直な面持ちで話の続きを待っている。


「語り継がれている冒険譚なんていうのは、そんなもんなんだよ。思えばあれは運命的だったとか、奇跡的な瞬間だったとか。そういうものが重なったからこそ偉業に繋がり、語り継がれるほどの物語になった」

「はい。それはわかりました。ですが……」


 問題は、そこに関しては飲み込めても、それが自分の話だとは思えないことだ。


「うんうん。それとこれとは話が違うって言いたくなるよな。でもな、エレン。語り継がれなかった冒険譚には、そういうドラマチックで運命的な瞬間がなかったと思うか?」

「それは……わかりません」


 そもそも語り継がれていないのだから、知りようがない。エレンの言葉は当然の答えだ。


「だよな。わからないってので正解なんだが、より正確に言うなら『あったりなかったり』だな。なんの奇跡も、なんのドラマも、なんの運命も感じさせずにひっそり終わる冒険もあれば、数多の幸運に恵まれて数奇な運命に引き寄せられるも、最終的に誰も生きて戻らなかったがために、語り継がれなかった物語もある」


 自分の目に見えるものや、耳に聞こえるものだけが世界の全てではないように、数多の冒険者たちが紡いできた冒険譚もまた、形として残されているものだけがその全てではない。それは、しごく当たり前のことなのだが、そういうものだと強く意識していないと、つい忘れがちになってしまう事実だ。


「エレンは自分だけが望外の幸運に恵まれていると思ってるだろ? でもな、それは他人にも降りかかっている幸運の存在を知らないだけだ。世界中にいる冒険者たちのなかには、いまこの瞬間に、エレン以上の幸運に巡り合っている存在もいるかもしれない」

「そういうものですか……」


 自分だけの幸運なのだと自惚れるつもりはまったくないが、他人に降りかかっている幸運など具体的に想像できるわけがないのだから、それを実感するのは難しい。しかし、冒険譚ヲタとして年輪を重ねてきたシロウの言葉に、相応の重みと説得力を感じるのも事実だ。


(わたしがもう少し大人になれば、シロウさんの言葉を実感できるのかな……)


 シロウの言葉を噛み締めながら、そんなことを思う。しかし、実感するその瞬間はそれほどの未来ではなく、まさかの今この瞬間にやってくるのだが。


「そもそも、だ。お前たち《サザリン》は、探索で全滅するはずだった場面からの奇跡的な生還を果たしてるだろ?」

「そうでしたね……」

「助からずに終わってしまった冒険者に言わせれば、命を拾うこと以上の幸運なんかそうはないだろう。それに比べれば、気のいい冒険者に出会ったり、ギルドの古いしきたりを教わって武器を借りる程度のこと、どうってことはないとも言える。どっちも幸運であることに間違いはないんだけどな」

「じゃ、じゃあやっぱり、わたしたちは稀な幸運に恵まれてるってことですよね?」


 結局はそこに戻ってきてしまうのだが、エレンよりも多くのものを見聞きしてきたシロウは、エレンが抜け出せずにいる世界を軽く超えてきた。


「いや、この程度の強運の持ち主ってのはな、けっこういるんだ」

「はい?」

「身近なとこだとネイサンたちの《河南組》だろ? 着実に実力をつけるだけで迷宮の深部まで探索できるようになるなら、この地区にはあいつらみたいなC級のパーティがいくらでもいることになる。言い換えるなら、この地区に限らず、世界中にいるC級以上の冒険者というのは、運と実力の両方を備えた連中ということだ」

「な、なるほど……」

「で、さっきの話な。それなりの幸運に恵まれたにも関わらず命を落としてしまったり、冒険することをやめてしまった冒険者たち。そういった存在は、いまC級以上になっている冒険者たちより遥かに多い。ということは、つまり?」


 シロウの問いかけに衝撃を受けるエレン。その言葉が意味するのは、エレンたちだけが特別ではないということと、この程度の幸運に恵まれたからといって、冒険者として大成できる保証はどこにもないという過酷な事実だった。


 その事実を理解した瞬間、エレンは自分の顔色が青ざめていくのがわかった。ここまで順調にこなしてきた迷宮探索だったが、過程が順調だからといって、決して成功が約束されているわけではないのだ。この先いくつもの危機が訪れ、そのたびにいくらかの幸運を味方につけて乗り越えていかなければ、冒険者として大成することはない。


 唇をきゅっと引き結ぶと、エレンは覚悟を乗せた言葉でシロウに答えた。


「これほどの幸運に恵まれても、まだまだスタート地点ということですね?」


「そういうことだ。それでな、幸運というものは、降りかかってくるのを待っちゃダメだ。どーんと肝を据えて、やれることを全力でやって手繰り寄せろ。ギルマスに会うぐらいでびびって足を止めてるようじゃ、この先どんなところで幸運を掴みそこねるか、わかったもんじゃないぞ?」


 過保護すぎてもいけないと自重しようと思っていたが、《サザリン》がこんなところで立ち止まっている方が問題だと考え直し、結局は助言をしてしまうシロウ。しかし、よくできましたと頭を撫でられて嬉しそうなエレンを見ていると、これで良かったのだろうとも思う。


 そして、シロウが助言し終わるのを待っていたかのように執務室の奥の扉が開いて、ギルドマスターのグレンが現れた。




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