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013 楽しそうで羨ましいから

 そもそも冒険と呼べるものになるのかどうかが解決したところでようやく、なぜ冒険に出るのかという話が始まる。その口火はネイサンが切った。


「おかげさんでようやく飲み込めたっていうか、訊きたいこともハッキリした感じがするぜ。ということで、さっきの質問は取り消しで、訊きたいことはこっちだ。――あんたらほどの古株だったら、馴染みの冒険者なんかよりどりみどりじゃないのか? なのに、なんで俺たちなんだ?」


「気に入ったからだな」

「気に入ったからだよ」

「気に入ったからじゃろうな」


 異口同音で先輩冒険者たちは即答した。一拍置いて、ネルが補足する。


「そもそも、今回の冒険を提案したのは私なんだ。この街に居着いたロゴスから、今どき珍しいパーティがいるぞとネイサン殿たちのことを聞かされるにつけ、どんどん興味が湧いてしまってな。たまに様子を眺めたりしているうちに、このパーティと冒険に出たらどんなに楽しいだろうかという思いが湧いてきて、それがどうしようもなく膨れ上がってしまってこの運びになったんだ」

「そこがわかんねえ。この地区じゃ上の方になったとは言え、うちはまだ中級パーティだぞ? あんたらと肩を並べられる理由がどこにあんだ?」


 ネイサンのこの言葉に、ネルはきょとんとした表情になり、さも当然のようにこう答えた。


「だって、ネイサン殿たち――《河南組》は、この地区の迷宮に《自力攻略》で挑み続けているではないか」

「は?」


 今度はネイサンがきょとんとする番だった。《自力攻略》をしているからなんだというのか。その程度のことが、伝説の冒険者たちと並び立つ理由になるわけがないと、そう思ったからだ。


「ネイサン殿とロゴスが仲良くなる以前から、《河南組》のことは私の耳に入っていたのだ。もちろん、それを教えてくれたのはグレンなのだがな。各迷宮地区で自力攻略に挑み続けるパーティが現れると、その地区のギルドマスターから報告があり、それが私のもとへと届くようになっているのだ」

「本当に自力攻略をやり続けているのか、ワシらがきちんと確認してから、じゃがな」


 確かに、ネイサンたち《河南組》は一切のズルをすることなく、中級パーティと認められるところまで力をつけてきた。その事実にはまったく間違いがない。しかし、迷宮の外での振る舞いならともかく、いつどこで誰が、迷宮の中でも《河南組》が不正を行っていなかったのだと証明できるのか。


「ふぉふぉ。その顔は、どうやって?とでも言いたげじゃな。要するに、そこのシロウみたいな得体の知れん職員――といっても、シロウに同じ仕事をさせるかはまだ決めておらんがな――そういう職員が、他にもおるということじゃよ。しかしどうしても、迷宮の中での振る舞いとなると、ワシらの手には余る」


 そこまで種を明かすと、グレンは続きを促すようにネルに目線を送った。


「大まかなところをギルマスたちが確認して、どうやら本当に自力攻略で挑んでいるらしいということになったら、迷宮の中での振る舞いに関しては私が確認するということだな。とは言っても、階層主との初顔合わせで、明らかに動きを知っているような立ち回りをしているかどうかとか、パーティにいないはずのメンバーが紛れ込んでいないかとか、それぐらいしか見ないのだがな。逆に言ってしまえば、そこさえ見ればほぼ十分ということだ」


 迷宮探索を行う際に冒険者たちが欲しがる情報といえば、出現する魔物の性質と戦利品というのが定番だ。とりわけ、各階層の最後に待ち受ける階層主に関しての情報は、とくに需要が高い。階層主の強さはそこに至るまでに出遭う魔物とは一線を画していて、適正な戦力を持ったパーティであったとしても、一切の情報なしに戦えばまず確実に命がけとなってしまうからだ。

 ゆえに、階層主に挑める段階まで探索を進めたパーティは、たいていの場合はそこで自力攻略をあきらめ、ギルド職員から階層主の攻略情報のレクチャーを受ける。というのも、自力攻略を続けたところで大してメリットが存在せず、せいぜいがギルド職員や他の冒険者から「頑張ってますね」とか「凄いですね」と声をかけられる程度のものでしかないからだ。あとは、自己満足を得られるかどうか、それだけである。

 しかし、そうしてギルドからレクチャーされた攻略内容はなぜか他言を禁止されており、その禁を破ったパーティはギルドからの追放と同時に冒険者資格の剥奪、という重い罰則まで設けられている。


 そこに思い至ったとき、ネイサンは唖然とした表情で呟いていた。


「ひょっとして、あのわけわかんねえ罰則ってのは……」

「うむ。本物の《冒険者》が育つチャンスを奪ってしまわぬようにと、ネルが作ったギルドのルールじゃな」

「なんでまたそんなめんどくせえことを……」


 この言葉に、ネルがムッとしたような表情でまくし立てた。


「何を言うのだ、それこそが迷宮が存在する意義なんだぞ。なにしろ私は、本物の冒険と本物の冒険者を愛する、冒険の神なのだ。人々の暮らしを豊かにするために迷宮を造ったのは確かだが、それは資源を得て経済を循環させるためだけではないのだ。迷宮から産み出される資源を得るべく、ときに命がけの冒険に挑まざるを得ない過程において、人にとっての真の豊かさを見失わぬ本物の冒険者たり得る者。そういった者たちを見出し、見守り、そして育てるための場所こそが迷宮なのだ」

「ふぉふぉ。自分たちの暮らしぶりや金品がかかると、どうしてもズルくなりやすいのは人間のサガじゃからな。そういうエサをぶら下げておいて真の豊かさとやらを問うとは、とんだ難題じゃて」


 仕方がないことだと笑い飛ばしているようで、グレンの言葉には憂いが込められていた。ギルドマスターとして数多くの冒険者たちを見守ってきたなかで、真の豊かさを見失わずに迷宮と付き合うのがいかに難しいことなのかを目の当たりにしてきた、そんな憂鬱さが含まれたような声音であった。

 そしてそれは、現役冒険者であるネイサンにとっても笑えない事実である。うまみのある獲物の奪い合いや、他のパーティを出し抜くために弄される虚言、果ては直接的な殺し合いなど、迷宮の内外で繰り広げられる冒険者たちの醜態を挙げればきりがない。


「だがよ、じいさん。眼の前にエサがぶら下がってるからって行儀悪くしていいのかっつうと、そりゃあちょっと話が違うんじゃねえのか。金がねえからかっぱらうってんじゃ、獣や魔物と変わりゃしねえ……」


 それが冒険者と迷宮の周辺によくある光景だからこそ、ネイサンは異を唱えた。そういう手合いを良しとしていれば、そのうちに「冒険者はゴロツキみたいなものだ」と世に広まってしまう。しかし、自分たちはけっしてそんな真似はしないし、駆け出しの《サザリン》でさえ、真っ当な冒険者としての志を立てたのだ。そういう矜持を持つ冒険者たちがいる以上は、迷宮なんかに出入りしていれば心が腐って当然だというような物言いを見過ごす訳にはいかない。


「お主の言いたいことは分かっておるぞ。しかしな、これは人間の紛れもない本質のひとつじゃよ。ワシらは神の教えだなんだといって道徳心を持ち合わせておるが、それは人間が寄り集まった場合にどうしても起きてしまういくつかの問題を、なるべく起こさないようにしようという先人の知恵に過ぎぬ。このギルドにしてもそうじゃ。冒険者を名乗るものが一処に寄り集まると何が起きるのか、それがわかり切っておるから、ギルドなどというものを作って管理をせねばならん」


 ネイサンの言い分を理解しつつも、グレンは淡々と正論を説く。現に、冒険者の素行についてギルドが目を光らせているにも関わらず、冒険者が引き起こすトラブルは後を絶たないのだ。


「ワシらに我欲がある限り――例えば、生きたいという本能もまた欲じゃな。たいていの人間は死を恐れる心を持ち、己の命がかかるような状況に追い込まれれば、まず自分を守ろうとするじゃろう。そして己の身の安全が保証されてようやく、他者を心配する余裕が生まれる。それが本能的には自然な順じゃろうし、そういった状況においてその振る舞いが醜いものだとは誰にも言えまい」


 グレンの言葉に全員が首肯する。己の命を救うか他者の命を救うかという選択を迫られて、迷わずに他者の命を選べる者が稀有な存在であることは間違いない。たいてい、誰だって命は惜しいのだ。まれな死生観の持ち主や、生への執着が薄い者、または、自己犠牲を尊ぶ者でもない限りは。


「とはいえ、他者よりも己を優先することが仕方なしと見られるのは、命がかかったときぐらいじゃ。そうでない場合に我欲をむき出しにする者があれば、そこには摩擦が生まれやすい。それはワシらが獣や魔物ではないことの証左――命の危険がないのであれば、なるべく対価をもって利益を共有しようという、個々の我欲に折り合いをつける知性的な社会を構築できる生き物だからじゃな。そういった社会が作られた以上、対価もなしに他者の権利や利益を侵害することは許容できぬ。これは人間社会のなかで成長していくうちに、誰もが身につけていく当たり前の感覚じゃな。そして、一般的な社会環境で日常を過ごすほど、こういった感覚は強化されていくもんじゃが――」


 そこまで話すと、その先の答えを促すようにグレンは沈黙した。その沈黙を受けて大きな溜息をついたあと、苦り切った表情でネイサンが応える。


「迷宮だの冒険者だのっていう環境に生きてると、その感覚から離れていくってこったな」

「うむ。お主からしてみれば、道を踏み外す冒険者の存在が心外じゃろう。しかし、誰もがお主たちのように真っ直ぐでいられるわけではない。日々己の命を危険に晒す冒険者などという稼業をやっていれば、そのうち心もすり減っていく。であるなら、いつかは道を踏み外すほうがむしろ自然なのじゃよ」


 この場にいる誰もが、やり切れない想いを表情に乗せていた。冒険の神であるネルは人々の弱さを想い、数多くの冒険者たちの行く末を見届けてきたグレンとネイサンは、道を踏み外したものの末路を想った。シロウは――主人公たちが堕落してしまう冒険譚でも心に思い浮かべていたかもしれない。


 こういう重さの空気は苦手だとばかりに、ネイサンが軽口を叩く。


「ひょっとして、うちら《河南組》も、そのうちそうなっちまうのかもな」


「それはないな」

「それはないじゃろう」

「ははは。ないない。っていうか無理無理」


 軽口のつもりでも、即答で否定されてしまうと気分が良くない。考えなしに言葉を発したことを後悔したが、一応は噛み付いてみた。


「なんでそんな自信たっぷりに否定できんだよ!」


「神としての勘だ。私がどれほど多くの冒険者たちを見てきたと思っているのだ?」

「ギルドマスターとしての勘じゃ。ワシもそれなりに色々見てきたからのう」

「友人としての確信だな。《河南組》ってパーティは、分をわきまえてるのが3人も揃ってるんだ。例えネイサンが道を踏み外そうそしても、マーカスとスージーが強引に元の道に引きずり戻すに決まってる」


 けっ!と負け惜しみを吐いて大げさに足を組み、不貞腐れるようにソファにふんぞり返るネイサンを、ネルはここぞとばかりに口説きに落としにかかる。


「まったくもってロゴスが言うとおりだ。私はネイサン殿のことも買っているが、マーカス殿とスージー殿にも等しく信頼を寄せている。雰囲気の良いパーティほど道を踏み外しにくいということは、ネイサン殿も経験としてわかるだろう? 冒険者というものはひとりでも成り立つものだが、孤高の冒険者として正しくあり続けることはとても難しい。道を違えず進み続けていくためには、仲間に恵まれることもまた重要なのだ。そして、《河南組》は紛れもなくそういうパーティなのだ」

「要するに、お前らのとこが楽しそうで羨ましいから、仲間に入れてくれって言ってんだよ。この神様は」

「こ、こら、ロゴス! もう少し言い方というものがあるだろう!」


 きちんした説明を通してネイサンの同意を得たいネルだったのだが、真摯なその手順はシロウが台無しにしてしまった。ないものねだりの子供のように扱われ、耳のあたりをほんのり赤くしてふくれるネルを、からからと笑ってとりなしながらシロウが言う。


「これぐらいでいいんだよ、ネル。見た目はいかついハゲだけど、中身は意外と繊細だし天然かってぐらい自己評価が低いから、最初のうちだけ《エルフィン》や《冒険の神》の名前に構えただけだ。それにな、たいていどこかで道を踏み外してしまうのが冒険者の末路だとしても、それは単に人として間違った行いでしかないだろう? ネルやグレンがどれほど《河南組》が特別な冒険者たちなんだと評価しようが、当人たちにとっては『人として当たり前のことをやるってだけで、それほど偉いか?』としか思えんさ。なあ?」


 確認を求められ、ネイサンは口の端を吊り上げつつ首肯した。そして、ふんぞり返っていた体勢からゆっくりと身体を起こしてネルに向き直ると、照れ隠しのように頭の後ろをかきながら言う。


「まあ、このおっさんの言う通りだ。確かに、なんでどいつもこいつもどっかでおかしくなっちまうのかと不思議に思っちゃいるが、だからって俺らが特別偉いと思ったことはねえ。だがよ、言われてみりゃあ、なるほど冒険者ってのはそのうちおかしくなる方が普通だなって気にもなるぜ。とはいえ、ピンと来ねえもんはピンと来ねえんだ。身内を褒められんのは嬉しいが、そのへんで勘弁してくれやってのが正直なところだな」

「それはすまなかった。しかし、私が《河南組》のどこを評価しているのかを伝えねば、ネイサン殿は私の提案に納得しないのではないか?」

「確かにそうは言ったんだが、どうにもピンと来ねえ話になっちまったからな……。すまねえんだが、その話は無しってことで構わねえ。ぶっちゃけた話、ひとつだけ確認させてもらえばもう十分だ」

「ふむ?」

「まあ、あとで好きなだけそのおっさんに仕返ししてくれや。おっさんが言ってた『俺らとパーティ組むのが楽しそうで羨ましいから』っての、あれはマジで当たってんのか?」


 ネイサンがそう言い終えると、ネルは俯いて押し黙った。そのうち小刻みに震え始めたかと思うと、ほんのり赤かっただけのネルの耳がみるみるうちに真っ赤になっていく。


「う……。そ、それは……その…………本当……だ……」


 俯いたままのネルが涙声で返事を絞り出したとき、シロウの姿は風のように部屋から消えていた。そして――


「よくわかったぜ。まだまだ先の話になるが、そんときゃよろしくな、ネル」


 ネイサンが快く承諾を返したときにはネルの姿も疾風のごとく消え去っていて、部屋には乾杯の形にグラスを掲げ、静かに笑みをたたえたグレンだけが残されていた。


 その状況に盛大に苦笑しながらネイサンがグラスを合わせたとき、表の方から「ぐへえ!?」という中年らしき男の声が響いて、ギルドマスターと中級冒険者が口に運ぶ酒をうまくさせた。



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