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012 弱くてニューゲーム(ただし初見)

「うむ。細工師の、ネルだ。ネイサン殿は酷いな。マーカス殿はちゃんと私の名前を訊いてくれたぞ?」

「へ? そうだったか?……ああ、言われてみりゃあ確かに……そりゃあすまねえな」

「ふふ、冗談だよ。しかし、この場では改めて名乗り合うべきだろうな。私も細工師が本業というわけではないのだし」


 穏やかな微笑を浮かべつつネイサンの向かい側のソファに腰を下ろすと、ネルはすっと背筋を伸ばしてネイサンと目を合わせ、凛とした声で名乗りを改める。


「我が名はエレン=ラビュルス。かつてはハイエルフであった身だが、今は一柱の神として迷宮を創造しながら、冒険を愛する者たちを見守っている。君たちに知られたネルという名は先代の神がつけてくれた愛称なのだが、なんでも先代がこの世界に来る以前に住み暮らしていた世界では、エレンという名をネルと呼び習わすのだそうだ。できれば、ネイサン殿にもネルと呼んで欲しい」

「お、おう。改めて名乗るほどのもんでもねえが、俺はこの地区でCランク冒険者をやっていて、《河南組》というパーティのリーダーでもあるネイサンだ……って、なんでもご存知の神様に自己紹介ってのも、なんつうか変な気分だな」


 決まりが悪そうに禿頭をつるりと撫でるネイサンだったが、最後の言葉はネルに否定された。


「ふむ。見通そうと思えば、ある程度はできないこともないのだがな。しかし神と呼ばれる我々が、全能であってすべての人々を見守っているのかというと、それは違うのだ。我々は見ようと思えば地上のほとんどどこでも見ることができるが、同時に何ヵ所も、などということはできない。よって、私がネイサン殿について知っていることは、ロゴスから聞かされているものがほとんどだ」

「そうなのか? てっきり神様ってのはすべてをお見通しなんだと思ってたぜ」

「ああ、でも私が興味を持ってネイサン殿のことを見ていたこともあるぞ。例えば――ありがたそうな神罰があるなら当たってみたいと言っていたこととかな?」


 げぶふぉっ!みたいな音をとともに、口をつけていた酒を盛大に吹き出すネイサンを愉しげに眺めながら、ネルは優雅に自分のグラスを口に運び、話を続ける。


「ご指名とあれば、応えないわけにもいかないだろう? なので、大急ぎでここに来てスージー殿のアミュレットを買い取り、ちょっとした細工をしてから返してあげたのだが……そのあとでまさかネイサン殿のアミュレットも託されるとは思わなかったよ。しかしそれはそれで絶好の機会だったのでな、少し張り切って細工をしてしまった。お待たせしてしまったが、こちらが貴殿のアミュレットだ」


 そう言いながら差し出されたネルの掌には、およそ冒険者の持ち物にはふさわしくない、華美で豪奢な細工がこれでもかと言わんばかりに施されたアミュレットが載せられていた。


「うへえ…………」

「うわあ…………」


 苦り切ったネイサンの声に、シロウも追随する。


「ふぉふぉふぉ。まるで盗んでくれと言わんばかりの派手なシロモノじゃな」

「素晴らしく悪趣味だな。いい仕事するじゃないか、ネル」

「むっ何を言っているのだ。親愛なるネイサン殿のために、心をこめたのだぞ。ふふふ」


 大真面目な声音でそんなことを言いつつ、薄笑いを浮かべるネル。その下卑た表情には神の威厳などこれっぽっちも感じられないが、邪な方の神のそれであるなら盛大に湛えている。そんな笑みだった。


「はァ……神様ってのはもっと神々しくてあてなるもんだと思ってたんだが、なんつうかこのおっさんと付き合ってんのと変わんねえなあ……」


 諦念でいっぱいになったネイサンにできることは、そんな憎まれ口を叩いてシロウの方を顎でしゃくるぐらいだった。


「ふふ。神といってもいろいろだからな。私はしょっちゅう冒険に出たりするものだから、すっかり冒険者の流儀に染まってしまっているのだろうな」

「おう、そのことなんだけどよ。あんたがウチと冒険するって聞かされたんだが、神様が《冒険》なんかできるもんなのか? さっき聞いた話の感じだと、たとえば未踏破の迷宮でも、なんならこっから全部覗いちまえば、そこに何があんのかと全部かわかりそうなもんだがな?」

「ほう……つまりネイサン殿は、ゲームを買う前からまず攻略本を読破しろと言うのだな?」

「は??? すまねえ、何言ってんだかさっぱりだ」

「これは私が薫陶を受けた先代の冒険神がよく言ってた例えでな、先代の世界では、至極安全に冒険することができる《ゲーム》というものがあったらしい。そして、その《ゲーム》を正しく進められぬ者たちのために、迷宮の構造や罠の位置、宝箱の中身までも明確に記された《攻略本》というものすら存在するのだとか」

「んん? そりゃあ……ギルドが提供してくれる攻略情報と、なんか違うのか?」

「ネイサン殿は飲み込みが早くて助かる。まさにそれと同じものだ」


 そこで言葉を区切ると、ネルは酒で喉を湿らせたあと、小さく溜息をついた。


「そこまで飲み込めたなら、ネイサン殿が私にどんな事を言ったのか、わかってもらえるのではないか?」


 寂しそうな声音でネルがそう言うと、聞き役に徹していたグレンが助け舟を出した。


「ふぉふぉ。ネルよ、うちの冒険者をそんなに困らせんでもらえるか。あんたが一柱の神であることは事実じゃ。神の権能を崇め奉るわれわれ人間に、会ったばかりのあんたを『ふつうの冒険者として扱う』というのは、なかなか難しいことなのじゃよ」

「む……そうだったな。すまない、ネイサン殿。私はまだ、伝えるべきことを伝えていなかったな」

「お、おう。そういうことなら、順を追って頼むぜ」



 ――とは言え何から話したものかな。私がシロウと出会うまでの経緯は、まあ今後の楽しみにとっておくとして、だ。シロウはどこまで私のことを話したのだ? そうか、ほとんど話していないのか。ふむ、『弱くてニューゲーム』のことは言ったのか。ならば手っ取り早くいこう。

 シロウが言った『弱くてニューゲーム』というのはな、やはり先代がよく言っていた異世界の言葉だ。端的に言えば、魔法によって己の力を封印してしまうということだな。本来の意味では、迷宮の仕掛けも巣食う魔物も何もかもがわかった状態で、あえて己の力を制限して挑むようなことらしいが、私にはそうする意味がよくわからない。こらシロウ、舐めプとか言うな。まったく、そういう言葉ばかり覚えがいいのだから困る。しかしまあ、当たらずとも遠からじだから耳が痛いのだがな……。しかし冒険の神としての誇りに賭けて誓うが、私は未知の迷宮にしか興味が無いのだぞ。

 さて、なぜ力を封印するのかというと、人間たちと同じ目線を得るためだな。私のような冒険の神であったり、鍛冶の神、料理の神、調薬の神などといった人間との関わりが深い神は、人間に何ができて、何ができないのかを知らなければ話にならない。ネイサン殿が言う通り、我々には大抵のことができる。できてしまう。しかしそれでは、人間の手を取り、共に繁栄へと導く方法がよくわからなくて困るのだ。よって、神としての権能は極力振るわず、人間と同じ心身となって、しばらく人間の世界に住み暮らしてみるわけだ。

 そして、ここからは冒険の神にとっての都合だ。権能を『極力』使わないといっても、いざとなれば使ってしまうのが神である我々だ。これは《冒険》というものにとって非常に都合が良く、また最悪でもある。ネイサン殿が言ったように迷宮に入る前からすべてを見通すようなことをしないにしても、どうにか冒険っぽい冒険を進めていったなかで、想定外に強い魔物に出くわしてパーティが全滅の危機、しかし神の権能で万事解決ということになれば、どうだろうか。ネイサン殿ならばどう思う? こう思うだろう、『どうもこうもねえな……だったら最初っから権能を使えばいいじゃねえかって話だ』と。


「どうもこうもねえな……だったら最初っから権能を使えばいいじゃねえかって話だ……ぐっ!」


 ほら言った。やっぱり言った。ネイサン殿ならそう言うだろうと思ったぞ。そして私もそう思う。だからこそ、人間と同じ目線で冒険したいのであれば、権能だの何だというものは最初から持ち合わせていないものとして、いっそ封印してしまわねばならないのだ。それは冒険の神として当然の務めであるし、私にとっても大切なことなのだ。私は《冒険》を愛しているのだからな。だからこそ、ネイサン殿の言葉が寂しい。私が知りたいのは『その迷宮に何があるか』ではないのだ。その迷宮を攻略するためにどのような苦労を払い、探索の果てにはどんな気持ちで、何を目にするのか。私が知りたいのは、そういうことなのだ。

 ちなみにシロウが言った舐めプというのはだな、絶対に勝てると思った相手に対して、『貴様など素手で十分だ』みたいなことをやることだな。権能を持ったままで冒険するなら、それはある意味舐めプということになるが、私は断じてそのようなことはしないと言わせてもらう。


「……なるほどなあ。俺はとんでもなく失礼なことを言っちまったな。すまねえ、許してくれ。そんでよ、どういう理屈でネルが俺らと一緒に冒険できるのかってのもよくわかったぜ。だけどなあ……、なーんかすっきりしねえんだよなあ……」


 胸の前で両腕を組んだ体勢で天井を見上げ、大きくため息をつくネイサン。その様子はどうやら、理屈と感情の折り合いがつかないでいるようだ。


「俺も通ってきた道だからな、ネイサンの気持ちはわかるぞ」


 シロウがかけた言葉には、実感がこもっていた。


「なので、俺なりに折り合いがついた話をしよう。ちょっと意地の悪い例えになるんだけどな、ネイサンは迷宮ですでに攻略し終わった階層を、隅々まで丁寧に探索するか?」

「いや、しねえな。次の階層までの最短ルートを選ぶぜ」

「なぜだ?」

「そりゃあお前、得るもんがねえからだよ。階層主がいたとして、倒せるようになっちまったら弱いもんいじめだろ。よっぽどのお宝が出るならともかくよ」

「お宝が出るなら、弱いもんいじめをするんだな?」

「ぐっ!?」

「しかしまあ、それは当然のことだ。狩りだって、必要なものが狩れるから狩るんだからな。必要じゃないものは狩らないし、狩れないほどの強敵に挑むのはもはや《冒険》だ。しかし例えば、うっかりなんかの装備を忘れたとして、いつもの力が出せない状態だとどうだ? 辿り慣れた最短ルートだとしても、その道のりの危険度は跳ね上がるだろ?」

「そりゃ当然だ。だがよ、うっかり忘れちまったんならしょうがねえだろ」

「そうだ。折り合いがつかなくなるのは、そこだ。うっかり装備を忘れてきたのと、装備をわざと置いてきたのとでは大きな違いがある。前者の場合は『仕方がない』で、後者の場合は『舐めてる』って感じだよな」


 ここでシロウは言葉を切り、ネイサンの目をまっすぐに見据えて、言った。


「俺たちを守ろうとして、ネルは3回死にかけたことがあるんだ」


 ネイサンの目が大きく見開かれた。権能を封じると言っても、舐めてるぐらいがちょうどいい旅路だったんだろう、という漠然とした思いが打ち砕かれる。


「自業自得だと思うか? その場にいた俺にはとてもそう思えない。……同じなんだ。権能を封じて人間の心身になるということは、そこらの人間とまったく変わらなくなるということなんだよ。俺もどっかで『そうは言ってもネルのことだから』ぐらいに思ってたんだろうな。倒したと思ったミノタウロスが最期の力で斧をぶん投げてきたとき、俺らは背を向けていた。ネルだけがその気配に気づいて、俺らを庇うように体で斧を受け止めた。肩口から胸のあたりにまで斧の刃を食い込ませたネルが、血に染まりながら微笑してた姿は今でも忘れられない」

「ふふ。あれはなんとも間抜けな話だったな」


 照れくさそうにネルが合いの手を入れる。その目には懐かしいものを思い出す光を湛えていた。


「ふふ、じゃねえよ。あん時の俺らがどんだけ大変だったか、50年おきぐらいに聞かせてんだろ」

「しかし、死の淵のぎりぎりに立つというのも、なかなか得難い経験だったぞ。あの時のシロウの泣きそうな顔といったら……私もいつまでも忘れられないな」

「茶化すな。って、もう笑い話にするしかないんだけどな。そんで、もはや言葉を発する力もなく、急速に顔色が真っ白になっていくネルを見て、俺はようやく自分の勘違いに気づいたんだよ。あ、これ、ふつうに死ぬやつだってな。そこから大慌てでありったけのポーションをぶっかけて治癒魔法もかけてな、どうにか傷だけ塞いで迷宮から逃げ帰ったあと、毎夜毎夜が『今夜が峠です』っていう状態で、ネルが再び目を開くまで2週間かかった」


 そこまで話すとシロウは柔らかな表情を取り戻し、静かにグラスを口に運んだ。


「ふぉふぉ。よくある話じゃな」

「ああ、よくある話だ。ごくごく普通の、冒険者のな」

「魔物につけられた傷を勲章などと思えたのは、あの時が初めてだったな。冒険者の気持ちがわかったような気がして、嬉しかったものだよ」

「いや、お前は最初からずっと冒険者だったと思うぞ?」


 そんな気心の知れた3人のやり取りを見ながら、ネイサンはどこかで心境が変化していくのを感じていた。己の命を天秤に載せて挑むものが《冒険》であるなら、権能を封じて死にかける目に遭ってでもネルが挑んできたものは、まさしくそれだ。挑むまでの経緯については納得しかねるものがあるが、何かもう少しでそのモヤモヤも晴れそうな気がする。


「のう、ネイサン。お主、マーカスのことはどう思っとるんじゃ」


 そんなことを思っていると、出し抜けにグレンがそう訊いてきた。


「は? なんで急にマーカスの話なんだ?」

「ふぉふぉ。あやつがどうして冒険者になったのか、お主がワシに聞かせたことがあったじゃろ?」


 いわゆる天才肌で、何をやってもそこそこにはこなせてしまうマーカスは、器用貧乏である己の性質を理解して冒険者の道を選んだ。裏返せば、わざわざ冒険者を選ばなくても、そこそこには生きていけたという意味になる。


「そうか……そこそこ豊かに暮らすだけなら冒険者として勝負しなくてもいいのに、好き好んで冒険を選んだってことかよ……」


 グレンが言わんとする事に気づき、ネイサンはモヤモヤした思いが晴れていくのを感じた。


「お主だってそうじゃよ。早くから冒険者になりたいという想いを持って、その通りの道を選んだのじゃろうがな。しかし、お主ほど優秀な冒険者になれる資質があれば、他の生き方なんぞいくらでもあったはずじゃ」

「冒険がしたいから冒険者になるだけ――そういうこったな、じいさん?」

「それが形だけの冒険ごっこなのか、命を賭した真の冒険なのか。それは自力攻略にこだわるお主らがいちばんよく分かるじゃろう。入り口なんぞどうでも良い。何に挑み、何を為すかじゃて」

「はあ、先輩方にゃかなわねえなあ……まあ、そうだよな。まだどっかフワフワしてんだが、なんとなくなんかがわかったような気がするぜ」


 結局何も分かっていないようなことをネイサンが最後に言ったが、弱くてニューゲームのくだりはひとまず落ち着いた。




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