001 【インドア派】酒場の冒険者・シロウ【冒険譚ヲタ】
はじめまして。
――がつん、ぐさり。うぉおおおおん。
もうどれぐらい、この音を耳にしているのだろうか。不潔な拳を叩きつけられ、爪や牙でじわじわと肉が削がれていく。そして、途切れることのない怨嗟に満ちた咆哮。
まったく無秩序に振るわれる腕、ところ構わず突き立てられる牙。
自由を奪われた僕の身体にこいつらの爪が刺さり、牙が食い込むたびに意識が遠のき、そしてまた同じ衝撃で意識を引き戻される。
――がつん、ぐさり。うぉおおおおん。
いっそ楽にしてくれと、何度も思った。意識が遠のくたびに、ようやくその時が来たのかと期待し、また目が覚めては命が残っていることに絶望する繰り返しだ。どうしてこんな目に遭わなければならないのか。
僕たちはお前らに対して、もっと慈悲深かったはずだ。そう思う。
僕を取り囲んでいるこのモンスターたちは、単体ではとても弱い。だからこそ、これまではパーティの4人で、ひとりずつ一撃で片付けてきた。アンデッドの類に痛覚があるかは疑問だが、消滅させるまでの時間を思えば、まあ苦しむ暇などなかったはずだ。
だから、今回も大して手間がかからないだろうと思っていた。
ただ、数が多すぎただけで――。
事実として、このあたりの森に棲み着くガストやワイトは、単体ではそれほどの驚異と見なされないモンスターだった。図抜けた腕力があるわけではなく、武器も持たなければ魔法も使わない。のろのろと近寄ってきて不潔な爪を振るい、牙で食らいついてくるぐらいしか能がないので、先んじて一撃で倒してしまえば驚異たり得ない。ただし、爪や牙には麻痺毒を帯びている。
よって例外的に要注意とされるのは、こちらと同数以上のガストやワイトと対峙した場合だ。
とはいえ同数であるなら、先制して一撃コースであれば問題ないし、少々討ち漏らしたとしても傷さえ負わなければいい。そしてもし誰かが麻痺毒を受けて身動きが取れなくなっても、他に動けるパーティメンバーが討ち漏らしたぶんを殲滅し、回復すればいいだけだ。
しかし、倍以上の数と対峙した場合にはどうなるのかというと――。
これまでに出会ったときより数が多いが、とくに苦労もしなかった敵が9体、こちらは4人。注意を要する数差ではあるが、麻痺を取るための万能ポーションのストックはある。運悪くパーティが半壊して予想外の痛打に見舞われたとしても、拠点にしている村はもう目の前だ。僕たちはしっかり分析し、戦闘を決断した。
って、一応分析はしたけど、そもそもガストとワイトで、痛打て(笑
結果、最初に動かなくなったのは、前衛のシュッとした戦士だった。『俺は突っ込む。お前らはあとに続け』という座右の銘に恥じない、堂々たる突進から一撃でガストを1体葬ったが、瞬く間に取り囲まれていた。どす、みたいな音が数回鳴ったと思ったら、戦士は動かなくなっていた。
僕は不慣れな攻撃呪文での援護を中断し、道具袋から万能ポーションを引っ張り出す。回復役としての本領を発揮すべく、戦士のもとへと駆け出した。
その瞬間、ガストがよろめくような足取りで僕の前に立ちふさがってきたが、真横から衝撃を受けて消し飛んだ。戦士に続いて突っ込んだ、ムキッとしたモンクが援護してくれたようだ。後方からは、寡黙な魔道士がファイアの呪文を詠唱する声が聞こえる。
戦士に万能ポーションを振りかけて麻痺を解いてやり、ファイアの援護を受けつつ敵からの距離を取り直す。この戦士はそもそも攻撃を受けないように立ち回る選択はないのかと常々思うが、これぐらい後先考えないで突っ込んでまんまと負傷してくれると、回復役として活躍できてる感がすごく気持ちいいので、ついつい甘やかしてしまう。
そんなことを考えつつニヤニヤと戦況を見直すと、どうやらモンクも麻痺を受け、動けなくなってしまったようだ。
僕はいよいよ見せ場だと唱え始めた回復呪文の詠唱を中断し、道具袋から万能ポーションを引っ張り出す。手早くモンクの麻痺を解き、距離を取り直す。
シュッとした戦士も相当なアレだけど、このモンクもムキッとしているだけあって頭の中もムキッとしてる感じで、しょっちゅう傷を受けている。そもそも攻撃を受けないように立ち回る選択はないのかと常々思うが、これぐらい後先考えないで突っ込んでまんまと負傷回復役気持ちいい
そんなことをニヨニヨと考えていたら、戦士と魔道士の両方が動かなくなっていた。寡黙な魔道士はとてもストイックで魔法と真摯に向き合うタイプなので、詠唱時の集中力がハンパじゃない。要するに周りが見えなくなってまんまと負傷してくれるので、回復役として達する達する――ぐさり。
そこで僕の意識は途切れて、今の状況だ。
仲間たちもみんな同じ状況で、たぶん僕たちはもう助からない。
いっそ楽にしてくれと何度も思ったが、受けるダメージが低すぎてなかなか楽になれそうもないので、もしも次があったときのために反省でもして過ごそうと思う。
注意を要する数差なのはわかっていた。これはちゃんと確認した。大丈夫。
そして麻痺を受けた場合のために、万能ポーションのストックもあった。ここも抜かりはなかった。そのすべては僕の道具袋にまとめられていた。
運悪くパーティが半壊しても、拠点は目の前なので逃げ切れる算段もあった。そもそもガストとワイトで、半壊て(笑
……おかしいな、完璧だったじゃないか。どうしてこうなった。
「――というわけで、その冒険者たちは全滅してしまったんだ」
無事にオチまで話し終えたところで、シロウは一気にエールをあおった。語り部として会心の手応えだったようで、とても満足げだ。エールもさぞかしうまかろう。
「いや……そんなアホどもと一緒にされてもだな……」
テーブルに肘を付いた手に顎を載せつつ話を聞いていたネイサンは、満足げなシロウとは対照的にどこか呆れた表情だ。
「俺もネイサンたちがそこまで抜けてるとは思っちゃいない。あっ、髪のことじゃないぞ。なんたってあんたらはこの迷宮地区有数の中級冒険者なんだし。でもまあ、どれだけ弱いモンスターでも、麻痺は怖いってことだ」
苦笑しつつ取りなすシロウだが、改めて釘を刺すのは忘れていない。ネイサンの特徴的な髪型へのイジりもねじ込んでいく。
「お? やんのか? 戦争か? お? 殺すぞおっさん?……てのはともかく、まあそうだよなあ……。正直言うと、俺も今回のルーシーにはちょっと呆れてんだよ。よりによって中級冒険者とあろうものが、てめえの装備更新に手持ちが足りねえからって、麻痺よけのアミュレットとか売るか普通!? しかもそれが俺のパーティなんだぜ!? 俺はもう情けないやら悲しいやらでよぅ……」
「あの子はおっちょこちょいだからなあ。だからさ、ネイサンのパーティーで良かったじゃないか」
「良かねぇよ! 今日から15階層に挑むぞってみんなで装備を新調して、道具なんかもがっつり準備して、さあ行くぞ!ってときに『あのぅ……麻痺よけって、やっぱりあった方がいいのですぅ?』じゃねえだろうがよ!!」――だあぁん!!
心から苦笑をしつつ返したシロウの言葉に、いたたまれなくなったネイサンが吠え、エールのジョッキを叩きつけた。だあぁん……だあぁん。
その音は、ネイサンの怒声で静まり返った冒険者ギルドにこだまして、新人冒険者たちの注意を惹いた。
「うっわ~……なんなのあのハゲ。真っ昼間から酔っ払ってんの? いい大人が?っていうかあの人たちってギルドの酒場にいるってことは、冒険者なのよね?」
15歳ぐらいだろうか。気の強そうな赤毛の少女が、はっきりとした侮蔑を込めて仲間に囁く。
「レベッカ!? 聞こえちゃうかもしれないから!?」
「ちゃんと気をつけたつもりよ? これぐらいなら大丈夫よ!」
同年代で組んだパーティ仲間である金髪の少年が慌てて注意を促したが、レベッカは肝が据わっているのか冷静なのか、取り合おうとしない。
「それでも! 僕たちは今日が初めての新人なんだから、先輩たちには敬意を払わないと!」
「レベッカ……私も、ジョナサンの言うとおりだと思うよ?」
「……なによ……エレンも乗っかるんなら、しょうがないわね……」
リーダーのジョナサンを援護したのは、銀髪の少女。エレンというこの少女には弱いのか、レベッカはあっさりと自分の非を認めた。
「でもさぁ、あんな落ちこぼれっぽいのにはなりたくねえよな。反面教師ってことにすりゃいいんじゃねえの?」
「ちょ、ダニエルっ――」
パーティの残るひとりの少年が、胸を撫で下ろしかけたジョナサンとエレンに冷水を浴びせる。いちどは矛を収めたはずのレベッカが小さく鼻を鳴らしたのは、ダニエルの言葉に同意したのだろう。
「――そりゃ、僕だって何も思わないわけじゃないけど……でもさ、冒険者っていうのは自由なんだから、その人のことをよく知りもしないで、その、ハゲとかどうこう言うのは違うんじゃないかと思うんだ……」
「ジョナサンお前……ほんと真面目っていうか冒険者バカだよなあ」
「そう言うダニエルは不真面目冒険者ってことよね? ていうか、確かにあの人のことはよく知らないけど、ハゲはハゲだわ」
「もうやめようよ、ダニエルもレベッカも……」
冒険者デビューの緊張感でいっぱいいっぱいだったところに、突如として迎えた小さなハプニングで心が折れそうなエレンの声は、今にも消え入りそうになっている。
「「ごめん」」
「うん。許します」
心情を察してくれた即座の謝罪に、可憐な微笑で赦しを与えるエレン。その途端に、パーティを包んでいた微妙な空気は霧散して、和やかな雰囲気に変わっている。しかし、一定の緊張は保ったまま。
その一連のやり取りをばっちり見ていた古参のギルド職員は、これは将来有望な新人たちかもしれないと、少しだけ口角を上げて彼らと彼女らを歓迎していた。優秀なパーティへと成長する冒険者たちは、仲間同士のいい雰囲気を保つことに長けていることが多い。そのことを、職員は経験で知っているのだ。
――無事に大成するかどうかはともかく、あくまでも傾向として。
待ちに待った新たな探索の出鼻をくじかれたネイサンは、夕刻になってもシロウを捕まえたまま、酒場で杯を重ね続けていた。中級――冒険者ランクにしてC級に該当するネイサンは、懐にもそれなりの余裕があるようで、シロウの呑み代も持つことにして骨休めを決め込んだのだ。
そして付き合わされるシロウはと言うと、ニコニコしながらネイサンに付き合っている。もとより朝から晩まで酒場に居座っているダメな身なので、むしろいい話し相手を得て上機嫌だ。おまけに呑み代はタダ。なるほどこれが天国か。
その日の探索を終えた冒険者たちで酒場が賑わい、今日もそろそろ終わりだという雰囲気が漂い始めた頃に、ギルドの入り口がちょっと騒がしくなった。
「おう、マーカス。あのあとソロで潜ってたんだっけな。で……そいつらはどうした?」
「リーダーあんた……昼からずっと呑んでたんすか……。あ、こいつらは拾ったっす。っていうかゴブリンにボコられてて、たまたま通りがかったんで、まあ成り行きっすね」
マーカスと呼ばれた青年は、銀髪と赤毛のふたりの少女を連れてネイサンのテーブルにやってきた。ネイサンはエールを浴びるという骨休めを決め込んだが、同じパーティであるマーカスもまた、新たな階層への挑戦が挫けた憂さを晴らすべく、ソロ探索で浅めの階層を荒らしていたらしい。
連れている少女たちは、昼間にデビューしたばかりの新人4人パーティのメンバーだったが、表情に生気がない。
どうやら、デビュー早々に迷宮の洗礼を受けてしまったようだ。
「あー、入り口が騒がしいのはそういうことか……ダメだったのか?」
「いや、見た目的にちょっとハデにやられてたんで、ザワついてるだけっす。逝っちゃいないっすよ? っと、おーい、晩メシ、なんでもいいから3……あっいや4人分ぐらいで頼むっす!」
少女たちの様子に少しだけ酔いを醒ましてネイサンが問うと、食事を注文しつつマーカスが返した。
「あ、あのっ! マーカスさん!? 4人分ってひょっとして? わたしたちそのっ! お金が……」
多すぎる注文を耳にして、銀髪の少女、エレンが慌てて声を上げる。新人パーティが迷宮の洗礼を受けたのだから、持ち合わせがないのは当然だろう。
「あー、俺のオゴりなんで気にしないでいいっすよ? ついでに新人さんみたいっすから、この機会に覚えとくといいっす。冒険者ってのは、助け合いが基本なんす。もちろん、余裕があればの話っすけどね。そんでもって、運とか縁ってのも大事にするもんなんす」
「縁って……勝手にボコられて助けられて、うちらばっかり運が良かっただけじゃん……。そんなのを縁とかいって甘えてちゃ、うちら冒険者でもなんでも……」
新米冒険者へのレクチャーを始めるマーカスに、レベッカが恐縮しつつ口を挟む。
「いやいや、これがけっこうな縁だったんすよ。俺なんかランク的にはあのへんの階層で狩るのはご法度なんで、普段は通りもしないんすよ。けど、今日はちょっとうちらのパーティがアホみたいな事情で潜れなくなってむしゃくしゃしてたんで、ソロ用のクエストを受けてあのへんのちょっと下に潜らせてもらってたんすよ。なんでまあ、偶然が重なったっていうか、相当な縁だと思うんすよね。おー、うまそうっす! 食うっすよ!」
新人冒険者の矜持?と遠慮をこともなげにいなし、出された食事を勧めるマーカスだが、少女たちは呆気にとられたままで、席につくことすらしていない。その姿に苦笑しながら、ネイサンが改めて食事を促す。
「おう、嬢ちゃんたち。そういうこったからとっとと座ってとっとと食ってやってくれ。俺はそいつのパーティのリーダーで、ネイサンってんだ。よろしくな。一応中級パーティってとこで、俺もそいつも、冒険者ランクはC級だ」
「「よ、よろしく(おねがいします…)」」
とっさに挨拶は返したものの、少女たちの内心は気が気じゃない。なにしろいま気遣いの声をかけてくれた人物は、昼間にレベッカが「いい大人なのになんなのあのハゲ」と毒づいた相手なのだ。昼間から呑んだくれていた冒険者が、この迷宮区域では上位と言えるC級……。
(ど、どうしよう。いちおう謝っといたほうがいいかな?)
(わ、わかんないよ……)
顔を見合わせ、お互いに思っていることをなんとなく確認し合ってみるも、どうすることもできない。結局、(バレてないよね大丈夫)という覚悟のようなものを決めて、少女たちもおずおずと食事に手を付け始めた。よほど味が良かったのか空腹だったのか、そのペースは見る見るうちに上がっていき、どんどん生気を取り戻していくようだった。
「おっ、いい感じっすね。がっつり食えるのはいいことっすよ!」
「4人分たあ、お前にしちゃいい読みじゃねえか。こんなか細い嬢ちゃんたちのどこにそんだけ入るんだかな」
無遠慮な茶々に見せた動揺が、(や、やっぱバレてる?)という冷や汗だったのか、食い意地キャラと思われたことへの羞恥だったのかはさておき。モリモリと食事を頬張っていく少女たちは、先輩たちからシンプルに「冒険者は食ってナンボだ」みたいなことを言われているのだと理解したようだ。
「は~……、うまかった~~。マーカスさん、ありがと!」
「本当にありがとうございましたマーカスさん。それと、ネイサンさんも……」
「おう、ネイサンさんって語呂が悪いから、ネイサンって呼んでくれや」
「んー? じゃあ『ネイさん』って感じで呼ばせてもらっていい?」
すっかり明るくなったレベッカの提案に「おう」とだけ答えると、ネイサンは一呼吸置き、目の光を強めて少女たちを見つめる。その空気を察した少女たちが周りに視線を向けると、マーカスもなんとなく真剣な雰囲気になっている。
そして、このテーブルにはもうひとり。昼間から座り続けている人物がいた。
「さて、嬢ちゃんたちも落ち着いたようだし、先輩としてはちょっくらお説教もしなきゃなんねえよな?」
「「は、はい!!」」
「――と、その前にだ。流れ的に紹介できなくて悪かったな。こっちのおっさんはシロウっていってな、この迷宮地区が誇る《酒場の冒険者》サマだ」
「えっと、それはどういう……」
デビューしたてのエレンでも、《二つ名》持ちの冒険者が珍しく、一目も二目も置かれる存在だということは知っていた。とはいえ、小さな頃から憧れ続けた数々の冒険譚などから知る限り、《二つ名》にはその冒険者の特徴のようなもの――疾風だとか、岩砕きだとか、幻剣だとか、ジャッジメント・ナイツ・おb――などが冠されるのが定番だ。それを「酒場の」とか言われてもピンと来ない。
そしてネイサンからはシロウの冒険者ランクも、同じパーティなのかどうかも明かされていないので、何かを推測しようにも材料が足りなさすぎる。あっそうか、ここからシロウさんが流れを受けて、自己紹介をしてくれるとかそういう――
「まあ、このおっさん、どこにそんな金を持ってんだか知んねえが、朝から晩までギルドの酒場で呑んだくれてやがってな。冒険者登録してるわけでもねえのに冒険譚にだけはやたら詳しいってんで、からかい半分で誰かが付けたあだ名が《酒場の冒険者》ってわけなんだが……」
――そういうわけではなかったが、そういうわけらしい。つまり要するに、どういうわけなのかますますわからない。それでもこの場に漂う空気的に、エレンはまだ真剣にいろいろ想像しようと頑張っているのだが、レベッカは「何言ってんだこのハゲ」的な雰囲気満載で、想像だとかいろいろな努力を放棄している。
「あー? 寓話? っていうのか? 例えばこのギルドの冒険者――まあ今回は嬢ちゃんたちなんだが、そういう連中が迷宮でなんか失敗するだろ? すると、このおっさんがありがたーい冒険譚を聞かせてくれるんだよ。そんでこれがどういうわけか説得力があってよ、例えば俺なんかがガキの頃に聞いたのと同じ話でも、このおっさんの口から聞くと、なるほどそういうことだったのかよ、こりゃあ気をつけなきゃなんねえなって思っちまうんだ」
なるほどそういう……。なるほどどういう?
「あっ、そ、そうなんですね。あの、でも、シロウさんは、実際に冒険したことは……」
熱がこもったネイサンの話を軽んじるつもりはなかったが、エレンはつい、思った通りの疑問を口に出してしまった。自分だってまさに昨日まで、冒険したことがない冒険譚好きの女の子だったのだ。似た境遇に共感することはできても、そこから本物の冒険に挑んで失敗という経験を積んだ自分に、冒険を知らない人の言葉が染み入るとは思えない。
そんなエレンの気持ちは、この場の誰もが察したであろう。もちろんシロウも。
「はい。冒険譚というか、冒険そのものが大好きなので、ここに居座っていろいろ眺めさせてもらっています。しかしもう四十路も越えてますしね。この歳でいまさら冒険者登録というのも……」
それでも、穏やかな微笑をたたえて、丁寧に、シロウは言葉を返し始めた。その言葉の端々には、デビュー戦でさっそくくじけた新米冒険者にすら向けられる深い尊敬と愛情が感じられて、エレンとレベッカはなんだか気恥ずかしくなってしまう。
「なのでせめて、冒険を終えて酒場に憩う人たちに、気の利いた話でも語って楽しんでもらえたらなあ、と思っているんです。ネイサンは寓話だと言いましたけど、なにしろ俺は冒険者登録もしていませんしね。愉快な冒険者あるあるを語るおっさん、ぐらいに思っていただければ。それが気晴らしのきっかけにでもなってくれれば、俺は嬉しいんですが」
少女たちはようやく腑に落ちた。これからまず自分たちは失敗の顛末を話してネイサンのお説教を受け、そのあとで愉快な冒険者あるあるを聞かされるのだろう。
「んじゃまあ何があったか、だな。察するところポーションの不備なんだろうが……」
図星であった。
ネイサンの断定的な口調からして、自分たちはおそらく《愉快な新米冒険者あるある》をやらかしたのだろう。そんな見えすいた軽率さに深く恥じ入りながら、少女たちは迷宮の中でパーティに何が起きたのかを話し始めた。
初投稿。書き溜めてないので更新不安定です。