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99 古参悪魔

「アルバ」


 ギルド長に名前を呼ばれて副長が一歩進み出た。


 上級悪魔について話してくれるらしいけど、どんな事を教えてくれるんだろうな。


「ここ数年の間にも覚醒して上級悪魔になった個体はいるが、そういった新参者は天使やSランク冒険者、場合によっては各国がその時々で討伐している。そのため我々が危険視しているのはそういった若い個体ではなく、十年以上討伐できていない強力な古い悪魔たちだ。これを古参悪魔と呼んで、若い上級悪魔と区別している」


 ギルドは上級悪魔の中でも強いやつらを古参悪魔って別枠扱いにしてるのか。十年以上討伐できてないって条件だと、俺を封印したときにいた七体は古参悪魔ってことになるな。


「この古参悪魔だが、君たちが”傀儡の王”を討伐したことで三体になった」


 ロザリーは俺たちが倒したけど、他の三体は知らないところでいつの間にか倒されていたのか。できれば俺が倒したかったけど仕方ない。グレイルが残ってるのは確定として、ノーブルが”歪獣”について話してたからあいつも残ってるよな。最後の一体は――


 そう思考を巡らせていると、ギルド長が手元の資料から三枚を取り出して俺たちの前に並べた。そこには悪魔たちの姿が描かれていた。


「まずは”歪獣”、個体名は不明。戦った相手の力を吸収して成長するタイプだ。姿がその時々で変わるから見た目で判断するのは難しいが、最近はここに描かれている様な姿をしていることが多い」


 副長は俺たちから見て左側の姿絵を指差した。


 狼と人が混ざったような獣人の顔をしているのにも関わらず、上半身は竜の固い鱗に覆われていて大きな翼が生えている。下半身は人から奪ったであろう甲冑をはいていた。


 それにしても個体名不明か。”歪獣”の名前がグラードだって知られてないんだな。あいつもわざわざ名乗るようなことしないタイプだしそんなものか。


 アリスたちは敵の姿を忘れまいとしているのか、姿絵をジイッと注意深く見ていた。


「こいつは現在もっとも危険な悪魔として特に警戒している。北の帝国周辺を主な活動場所としていて、ここ数年でいくつもの国や町を消し去っている。最近では”深淵”の魔王に匹敵する力をつけているのではないかと考える者までいるほどだ」


 かつての俺に匹敵するって、もしそれが本当だとするなら今の俺たちでも厳しい戦いになる。この二十年近くで一体どれだけ成長してるんだよ。


「魔王に匹敵する……あんまりピンとこないんスけど、それってどれぐらい強いんですか?」


 ライナーの疑問に、ギルド長が難しい顔で答えた。


「五年前のことになる。とある西の国からの依頼で、当時のギルド長がSランク冒険者四名からなるパーティーを討伐に向かわせた。このパーティーは別の古参悪魔を倒した実績があったんだが……結果は全滅、依頼元の国も滅びた」

「そんな……アニキやアリスさんみたいな人が四人いて負けた……!?」

「驚くのも無理はない。私もその報告を聞いた時は心底驚いた。しかしな、上級悪魔の中でも新参と古参で実力差があるように、Sランク冒険者の中でも実力差はある。おそらく討伐に向かった者たちよりも個々の実力では君たちの方が上だろう。だがそれでも自分の実力を過信せずに無茶な闘いはしないでほしい」


 言われるまでもなく無茶をする気はない。ただどうしてもそうせざるを得ない時もあるだろうから、あまり頷きたくはないんだけど、ここは心配してくれているギルド長を立てておくか。


「わかりました。ただ……その”歪獣”と呼ばれている悪魔が、いまどこにいるかは把握しているんですか? 北の帝国付近を活動場所にしていると言っていましたけど」

「上級悪魔は転移魔法を使えるため完全に把握するのは難しい。だがいまは北の帝国と戦うのが楽しいらしくてな。余程の事が無い限り北から動かないだろうとみている」


 たしかに転移魔法を使える相手をずっと監視しておくなんて無理だな。ギルド長の言い分も理解できる。ただノーブルも言ってたけど、北の帝国ってのはそんな強いのか?


 俺と同じ疑問を抱いたのだろう、セレンが思わずといった感じで口を開いた。


「北の帝国というのはそれほどまでに強いのでしょうか?」

「強い。しかし……これは推測だが、戦う相手がいなくなると退屈になるから”歪獣”は本気を出していないのではないかな。きっと人間などいつでも皆殺しにできると、そう思っているに違いない」


 質問をしたセレンも、周りで聞いていたアリスたちも、みんなが体を固くさせて緊張している。


「大抵の奴はこの話を聞くと君たちと同じ様な反応をする。恐怖に震えないだけマシだな」


 そう言ってから副長は真ん中の紙を指差して次の説明に移った。


「こいつは”煉獄”、個体名はケネス。千年前から存在が確認されている最古参の悪魔だ。目撃情報はバラバラでどこかに定住している様子はない」


 昔から生きてるってのは知ってたけど千年も前からだったのか。


 乱雑に伸びたオレンジ色の髪と、同色の瞳。小さな体はボロボロの布で隠されている。姿絵に描かれているのは一見するとただの小汚い子どもだ。


 だけどこいつがそんな可愛らしい存在じゃないことはギルドもわかっているだろう。その証拠にギルドはケネス最大の特徴を知っていた。


「この”煉獄”だが、倒しても死なずに短期間で復活する。しかも封印のたぐいも効果が薄いときている。いつの間にか勝手に解かれているんだ」

「それは……不死身ということですか?」


 背筋を伸ばして気丈に振舞うアリス。だけどその声はわずかに震えていた。


「我々はそう考えている。討伐を試みて成功した記録もいくつかあるんだが、毎回気がつけば復活しているというありさまだ。もしかしたら勇者である君であれば話も違ってくるかもしれないがな」


 副長は何かを期待するような視線をアリスに向けた。


「それでこいつが”煉獄”と呼ばれる理由だが、いくつもの国や町を丸ごと焼き払うということを、この千年の間に三回している。不思議なことに人も建物も焼け跡はまったく無いときている。さらに不思議なのが成人以上はほぼ確実に死んでいるのに、年が若くなるほど生存率が高いという特徴がある」

「つまり子どもは無事だったということですよね?」


 わずかに残った希望に縋りつくように尋ねるアリス。だけど副長はそれを否定した。


「直接の被害ではな。政治を行っている者や、保護者である親などが一気にいなくなるんだ。どんな風になるか想像できるか?」


 建物が焼かれないということは家やお金なんかは無事。だけどたとえそれらがあっても、襲撃を受けて混乱の渦に飲み込まれている中で、子どもたちだけでまともな生活を続けるのは絶望的だろう。きっと法は意味を無くし、治安は乱れ、暴力に支配される。


 そんなイメージをしてしまい、思わず顔をしかめた。


 副長が最後の一枚を指差した。そこに描かれているのは顔にペイントを施して色とりどりの派手な衣装を着た変わり者。珍しい灰色の長髪も印象的だが、何より目を引くのは天使と悪魔の翼が融合したかのような四対八枚の翼だ。


「あ、こいつ会ったことありますよ」


 姿絵に反応したのはライナーだ。そういえばライナーたちは王都で会ったんだったな。


「本当かい? もしかして戦ったのか?」

「いえ、あのときは戦わないで見逃されたというか……」

「なるほど。こいつは”道化師”、個体名はグレイル。こいつも”煉獄”と同じで千年近く生きている。ここ十年ほどはエイクシー大陸に目撃情報が偏ってるな。ただこいつはあまり表に出てこないやつで、あまり情報がないんだ。戦闘力も未だに不明」

「どうしてですか?」

「君と同じで見逃されるか、戦闘になることがあっても全力を出してるとはとても思えない。だからこそ未知数なんだ」


 副長の説明が終わったところで、ギルド長がため息混じりにつけ足した。


「だが、それでもこいつが脅威なのは間違いない。千年も討伐できていない事実から弱いなんてことはありえない。それにこれは百年以上前からわかっていることなんだが、こいつは悪魔を育てている。しかも”道化師”に育てられた悪魔は高い確率で覚醒して上級悪魔になっているんだ。むしろこっちのほうが厄介だし被害も大きい」


 ……あいつ、俺以外にも育ててたのか。当時の古い記憶が呼び起こされそうになったところで、ライナーの声が俺を正気に戻した。


「悪魔が悪魔を育ててるんスか?」

「そうだ。理由はわからないが、単純に悪魔の勢力を強化するのが目的なのかもしれん。実際”道化師”が育てた悪魔に多くの冒険者や天使がやられている」

「え、それだと上級悪魔がどんどん増えちゃいませんか?」

「最初に話したように覚醒したての上級悪魔はその都度討伐しているからそこまで数が増えているわけではない。ただまあ、すべてを討伐できているわけでもないんだがな」


 討伐できなかった、生き残った上級悪魔が力をつけて古参悪魔と呼ばれる存在になると。


「しかし……フィオナ様はこいつが一番危険だと言っていたが詳しくは教えてくれなかった。てっきり悪魔を育てていることが危険視している理由だと思っていたんだが、まさか千年前に封印した魔王を復活させようとしていただなんてな。やっかいなやつだよ、まったく」

「やっぱりフィオナは”道化師”の目的を知っていたんでしょうか……」


 途中からうつむき気味に顔を伏せていたアリスが、フィオナの名前に反応して前を向いた。


「おそらくはな。……君はフィオナ様のことを呼び捨てにしてるんだな」

「え? えっと、これは本人からそう呼ぶように言われたので……」

「そうか。それなら私が気にしても仕方ないか。しかしなぜ急に”道化師”が動き出したのかわからない。もっと前、それこそ百年でも五百年でも前から動いていても不思議じゃないはずだ。天使勢力が弱まるのを待っていたという線も考えられるが……」


 魔王の封印を解くための宝玉を集めるより優先するべきことがあった? そしてそれが片付いたからようやく宝玉集めを開始した? それともギルド長が言うように天使たちが減るのを待っていたんだろうか。


 わずかに訪れた静寂。その間にグレイルについて考えても答えは出なかった。


「さて、これで悪魔については終わりだな。我々がどんな相手と戦っているのかある程度理解してもらえたと思う。もっと詳細を知りたいのであればギルド支部の支部長にでも問い合わせてくれ。まあ記録してるのはいつどこで目撃したことがあるとか、被害状況はどうだったとか、そんな情報ばかりであまり役には立たないだろうけど」

「どんな戦い方をするとかは教えてくれないんでしょうか?」


 これまでの話で役に立つものはほとんどなかった。だからこそ俺の古い知識が今も使えるかどうかを確かめるためにこれは聞いておかないといけない。


「聞いてもあまり参考にならないと思うぞ。”歪獣”は取り込んだ魔物などの力を使えるから攻撃手段が無数にある。どんな状態からどんな攻撃がくるか予想がつかないし、昨日は使えなかった技を使ってくるかもしれない。”煉獄”の炎は防御できないし、他には人が使える魔法は一通り使えるみたいだ。”道化師”は近接戦も魔法戦も隙が無くて、見た目派手なくせして戦い方には特徴がない」


 そう言って肩をすくめるギルド長。


 たしかに、こんな「敵はどうしようもなく強い」という話を聞かされても参考にならない。


 俺が知ってる”歪獣”は二十年近く前だ。最近の戦い方も、どれだけ強くなったかもわからない。そうなると俺の知識はあまり役立たないだろう。”煉獄”は力技で数年間封印したことがあるだけで、今の俺たちが同じことをするのは無理だ。”道化師”に至っては俺ですらよくわからない奴だしなぁ……役立つとしたら積み重ねた戦闘経験ぐらいか。


「どれだけ十分に対策を練っても何かしら隠し玉を持ってる可能性があるから、特定の攻撃をしてくるって前情報にとらわれないほうがいいだろう。たとえばそうだな、”傀儡の王”はエンシェントドラゴンを支配していたのだろう?」

「たしかに。戦う前はあんな切り札があるとは思わなかった」

「そういうことだ。それにしてもシルヴァリオ。君はこれまでの話を聞いてもあまり動じていないみたいだな。もしかして事前に知っていたのか?」

「いえ……”傀儡の王”との戦いを経験していたので、相手の強さについてはある程度想像していました。もしかしたら”傀儡の王”よりももっと強い相手もいるかもしれないと」

「そうか」


 咄嗟についた言い訳でギルド長は納得してくれたみたいだけど、なんていうか鋭いな。ある程度表情は作っていたっていうのに。


 ギルド長は俺たちの事を一通り眺めてから話をまとめにかかった。


「さて、大分ざっくりとした説明になってしまったが、いまのところギルドはこの三体の討伐を目標にしている。それとこれまでの説明で口外禁止にしている理由も分かってもらえたと思う」


 セレンが頷いて、自分の考えを口にした。


「ギルドの戦力でも倒せない敵がいるなんてことが知れ渡れば混乱するでしょうね。だからこそ上級悪魔について口外を禁止してるのでしょう?」

「その通りだ。国を簡単に滅ぼせる力を持った悪魔がいるなど、戦う力を持たない人々からすればただの恐怖でしかない。いつ自分のところに被害が及ぶのかとな。ただ口外を禁止していても国や町が滅んだり、有名な冒険者がいなくなればどうしても抑えきれない部分も出てくる。そういったときはこちらで情報操作することもある。口止めしたり、別の理由で滅んだなどといった噂を流したりな」


 ギルドは裏でそんなことまでしていたのか。


「そういえばフィオナたち天使はどうなんですか? やっぱり彼女たちでもこの三体は倒せないのでしょうか?」

「それについても話そう。悪魔と同様に、天使たちについてもSランク冒険者には伝えることになっている。彼女たちは」


 ギルド長は不意に言葉を止めて扉の方を向いた。つられて俺たちも扉を見るけど特に変なところはない。いや、少しずつ近づいてくる気配が二つ。そういえばギルド長は「あと二人同席するはずだった」って言ってたな。


「どうやら到着したらしい。ここからは本人たちに話してもらおう」


 ゆっくりと開かれる扉。そして――


「遅くなってごめんね、ノア君。それと……フィオナ様から話は聞いてたけど会うのは初めてだね。よろしくアリスちゃん!」


 まずは赤の軽鎧を着た女性が部屋に入ってくるなりテンション高めでアリスに声をかけた。とうのアリスはどう反応すればいいのか迷っているみたいだけど。


「ティナ、いきなりそんな風に声をかけたら相手が困るでしょう。もう少し考えて話しなさい」


 次は青の軽鎧を着た女性。こっちはティナと呼ばれた人とは対照的に落ち着いている。


「だって勇者様に会うの初めてなんですよ。そりゃテンション上がりますって。エルザ様は昔会ったことあるから分からないと思いますけどー」


 ティナはふてくされた様子で青い方に抗議している。


 部屋に入ってきた二人。その顔を見てふと思い出した。


 サーベラスと話していたときはずっと前の事だから忘れてるかもなんて思ったけど、ああ……意外と覚えてるもんなんだな。


 頭上に浮かぶ輪と、純白の翼が隠されていたってわかる。この二人は俺を封じた天使だと。

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