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97 心残り

 机の上に置かれた”白の隕鉄”という初めて見る金属。それを前にして俺は、腕を組んでエンシェントドラゴンの角とどちらで剣を作るべきか頭を悩ませた。


「疑ってるのか? おぬし相手に下手な取引をする気は無いぞ」

「いや疑うなという方が難しいだろ。それにもしこれで武器を作ったとして、どっちの方が良いのか分からないから決められないんだよ」

「それならもう少し情報が必要かのう」


 顎をさすり、こちらの様子を伺うノーブル。交換を持ち出したのはそっちだろうに何をもったいぶっているのか。


「まだなにかあるのか?」

「”黒の隕鉄”は魂を刻み、”白の隕鉄”は魂を映すと言い伝えられている」


 ”黒の隕鉄”は魂を刻むか。そう言えば師匠も”黒金”に魂がどうとかって言ってたな。そうなると”白の隕鉄”の方も意味は分からないけど何かしら特殊な効果があると思った方がいいのか。


「それにな、勇者の剣も”白の隕鉄”を使ってるそうだぞ」

「はあ?」


 思わず変な声が出た。でもこれは驚くなってほうが無理だろ。勇者の剣と同じ? それは心引かれるものがある。とても心引かれるんだが……


「その情報源は何だ? いくら伝手があるっていっても限度があるだろ」

「実際に勇者の剣を打った者から直接話を聞いたんじゃよ」

「いや待て……どこから突っ込めばいいのかわからないけど、まず勇者の剣ってアルフレドの剣って意味か?」


 アリス以外で思いつく勇者はアルフレドという伝説上の人物だけだ。いや俺に挑んできた北の王子も勇者らしいけどたぶん違う。違うよな? だからまず俺の予想があってるか確認する意味でも聞いておかないといけない。


「そうじゃ。アルフレドの剣のことで合っておるぞ」

「合っておるぞってお前なぁ……」


 聖教会でアンジェリカさんたちと話した感じだと、アルフレドは千年前に実在していたらしい。でもそうなると千年前にできた剣ってことになる。それを打った人物と直接話したってのはいくらなんでもあり得ない。


「千年以上も前の剣だ。それを作成した人が今でも生きてる訳ないだろ」

「人間ならな」


 そう言われて見落としていた可能性に気づかされた。千年以上も生きてられる生き物なんて限られる。しかも剣を打てる知識と技術を持っていて、勇者に味方する存在となると……


「もしかして天使が打ったのか?」


 ノーブルがニヤリと口の端を持ち上げた。


 本当にこの男は……一体どんな生き方をしたらそんな伝手ができるんだか。


「でもいいのか、そんな希少な金属ならソフィアが欲しがりそうな気がするけど」


 あのロマン娘なら目を輝かせてノーブルにおねだりしそうなのに。


「武器に使うぐらいしか使い道が無いから興味をもたなかったんじゃよ」

「それはちょっと意外だ」

「まあそんな訳で儂としても若い頃ならいざ知らず、今更自分の武器を作ろうなんて思ってないからな。売ろうにも値段がつけられないからこうして眠っていたということじゃ」

「なるほど。…………悪い、保留で」

「何じゃはっきりせんのう」

「いやだってさ、そもそもそんな珍しい金属を扱える鍛冶職人がどこにいる? お前が話を聞いたっていう勇者の剣を打った天使にでも頼まないと無理そうだろ。あいにくと俺にそんな伝手はない」


 実はエンシェントドラゴンの角を加工するのも同じ理由でためらってるんだけど。鱗と違って角は一つしか無いから試し打ちして失敗なんてしたら目も当てられない。


「それなら儂が紹介すれば解決すると思うが?」

「素材の交換だけなら対等だ。だけど紹介までされたら借りになるだろ。そんなのごめんだ。だから俺が腕のいい鍛冶職人を見つけるまで保留にして欲しい。そいつが本当に”白の隕鉄”かって鑑定もしないといけないしな」

「用心深いのう。まあよかろう。おぬしもそれまでちゃんと保管しておくように」

「それぐらい言われなくてもわかってるさ」


 鍛冶職人については案外師匠に聞いたら分かるかもしれない。それに勇者の剣を打ったのが天使だとすれば、この街の天使隊が何かしら知ってる可能性が高い。それでもダメだったら借りを作ることになるけどノーブルに紹介してもらえばいい。


「さて、代わりの茶は必要か?」


 俺の空になったコップを見て聞かれる。


 当初の”賢者”の正体を確認するという目的は果たした。それだけじゃなく覚醒の件についても進展があった。結果は残念だったけど、それについては受け入れるしかない。そして剣についても新しい選択肢が増えた。収穫としては上々、もう帰っても問題ない。それなのに俺はノーブルと会話を続けることを選んだ。


「なあノーブル……一つ聞いてもいいか」

「あらたまって一体なんじゃ」


 さっきまでと調子の違う俺の雰囲気から何かを察したのか、ノーブルは真面目な顔をして静かに答えた。


 同じ境遇の人間。俺以外にはいないと思っていた存在。聞いてみたいと思った。知りたいと思った。


「お前は…………人として生きて幸せになれたか?」


 息子もいる。孫娘も。きっと誰かと出会い、結ばれて、幸せな人生を歩めたんだと思う。いや、もしかしたらそうであって欲しいという俺の願望なのかもしれない。アリスと出会い、結ばれた俺も同じようになれると。


「そうさな。人になってからは色々と大変だった」


 だから肯定でも否定でもない返事に少し戸惑う。


「それこそ子どもの頃なんかは自分の気持ちが上手く制御できなくて、最初は何が何だか分からず混乱したものだ。特に異性が関わるときはそれが顕著でなぁ。周りから指摘されてそれが恋というものだと知ったときはずいぶん驚いたものだ」

「お前が恋って」


 思いがけない発言に小さく笑った。魔王の座を巡って戦っていた相手とこんな話をすることになるなんて誰が想像できるだろうか。


「おぬしだってしとるじゃないか。勇者の娘と」

「いやまぁそれは……そうだけど」


 昔は分からなかったけど子どもの頃にアリスのことが気になってたのも、今思えば一目惚れしてたってことなんだろうな。


「それであぬしはその娘に自分のことを話したか?」

「自分のことって?」

「かつて悪魔であり魔王だった過去のことじゃよ」


 ひどく真剣な眼差しを向けられる。視線が交わるだけで息が詰まりそうになるほどの。


 張り詰めた空気の中で、たった一言だけどうにか絞り出した。


「話したよ」

「そうか……」


 小さく呟くノーブルの表情は、俺には何を考えているのか読み解けない複雑なものだった。


「おぬしは幸せ者だな」

「息子がいるってことはお前も誰かと結婚したってことなんだろ。お前だって十分幸せなんじゃないのか?」

「儂はな、結局最後まで伝えることができなかった」

「それって……」

「儂がかつて魔王と呼ばれ、人間たちから恐れられていた存在だと知っているのはおぬしだけじゃ」

「奥さんにも?」


 ノーブルは無言でただゆっくりと頷いた。


「儂がおぬしぐらいの頃はずいぶんとモテたんじゃよ」


 普段なら「何言ってんだ?」ぐらいの返しはしただろう。だけど軽い言葉とは裏腹に、ノーブルの落ち着いた態度がそれをさせなかった。


「転移魔法を操れる天才魔法使いと賞賛され、いつからか”賢者”と呼ばれるようになっていた。おぬしを倒すという目的は達成できなかったが、それでもそれ以外のことは大抵上手くいった。まだ若かったが蓄えは十分過ぎるほどにあった。そろそろ冒険者を引退して身を固めようかと思ったときに、当時付き合っていた恋人に本当のことを伝えたんじゃよ。以前は魔王として生きていたけど訳あって人間に転生したんだと。今もこれからも人として真面目に生きていくつもりだと」


 淡々と語られるノーブルの過去。聞いているだけでどこか物悲しい気持ちになるのはなぜだろう。理由は……すぐにわかった。


「だがな……受け入れてはもらえなかったんじゃよ。信頼関係を結べていたと思っていた相手から距離を置かれ、別れることになった。儂も最初は茫然(ぼうぜん)としたよ。しかしな、きっと受け入れてくれる人がいるはずだと持ち直した。それから二人目、三人目と同じことが続いて……」


 それはあったかもしれない俺の未来。だからこそ言葉の一つ一つが胸に突き刺さるんだ。


「そうして悟ったんじゃ。儂のような者がその過去を受け入れてもらいたいと願うのはただのわがままで、相手にとって重荷にしかならないんだと。そのあと落ち込んでいた儂を一生懸命支えてくれた人がいた。結婚したのはその人じゃ。子どもにも恵まれて、孫とも仲のいい関係を結べている。幸せで、きっと他人から見ても幸せな人生だ。だがな、最後まで妻に本当のことを言えないままだったのが心残りで、だからこそ儂は……おぬしが羨ましい」




 宿に戻る頃には日が暮れていた。


 ノーブルとの会話を思い出すと少し心がざわめく。部屋の前で一度息を深く吸い込んでからゆっくりと扉を開けた。


 照明の淡い光に照らされたアリス。机に肘を付いて瞼を閉じてる姿は少しだけ眠そうにも見える。それがゆっくりと開かれて目が合った。


「あ、シヴァ。おかえり。遅かったから心配してたんだよ」

「……ただいま」


 椅子から立ち上がったアリスが出迎えてくれる。俺のことを見て笑いかけてくれる。それだけなのにひどく胸を締め付けて、だから――


「えっ? 急にどうしたの?」

「少しだけこうしてたい。ダメかな」


 首元に顔をうずめる様にして正面から抱きしめた。


「……ううん、いいよ。シヴァが甘えてくるなんてめずらしいね」

「そうかな?」

「そうだよ。いつもは私が甘えてばっかりだもん。だからね、ちょっと嬉しい」


 頭を優しく撫でられて、温もりに触れて、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。


「ギルド長と会うための予約してきただけじゃないの?」

「そのあとに”賢者”と会ってきて、思いがけない話を聞いて……昔のことを教えてもらったんだ。そうしたら俺は恵まれてるんだなって。急にアリスに会いたくなった」

「もう……それだけじゃ全然わかんないよ。……でもそっか。うん、私はここにいるよ。どこにも行かないから」


 いまの自分の気持ちをうまく伝える言葉が浮かばなくて、だから零れ出たのは素直な気持ち。


「ありがとう」

「ううん、私の方こそいつもありがと」


 強く、優しく抱きしめ返してくれた。それだけで心が満たされた気がしたんだ。

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