92 デルキ大陸到着
日が落ち始めた頃、港では篝火を灯す準備が始まっていた。
薄暗い中、俺たちは順番に船から降りる。そして――
「ああ……足が地面に……大地に……オイラ、大地の上にいる!」
「あなたは今聖騎士の格好をしているのですから騒がないで下さい」
ベルの文句を無視して、ライナーが飛び跳ねてる。その場に居合わせた船員たちもライナーを見て苦笑いを浮かべていた。
「二度と船には乗らないッス」
帰りはどうするんだよと俺がツッコミを入れる前に、セレンが無慈悲に現実を叩きつけた。
「空を仰ぎ見て変な誓いを立ててるところ申し訳ないけど、あなた帰るときどうするのよ?」
「アニキの転移魔法で――」
「来るときも言ったけど、よっぽど緊急のことが無い限りそれはダメよ」
「そ、そんなぁ……」
せっかく元気になったってのにわざわざ落とすなよ。
「あ、そうだベル。船降りてライナーも元気になったことだし、今度ライナーにも剣の相手してもらったらどうだ?」
「私としては今後もあなたに相手をして頂けると助かります」
「それは別に構わないけど、俺のこと苦手なんじゃないのか?」
言葉を濁して聞いたけど、苦手というかおそらく嫌われてるんじゃないかなと思ってる。ベルからはちょいちょいトゲのある視線や言葉を受けている。特に何かした覚えはないから、たぶん相性の問題だろう。俺に比べるとライナーやサーベラスへの当たりは割と丁寧だったりするんだよな。
「特別苦手というわけではありません。得意というわけでもないですが……それに私も魔法を使いながら戦うのであなたの方が参考になります」
これはちょっと意外な答え。でもそれなら別に俺じゃなくてアリスでもいいんじゃないか? まあいいけど。微妙にモヤっとしつつも一応の納得をしたところで、セレンが一歩近づいてきた。
「ベルは素直じゃないから」
「そうなのか?」
セレンはベルを気にしながら、俺にだけ聞こえるように呟いた。俺も小声で返すと、セレンはクスッと小さく笑った。
「そうなのよ。きっとあなたの強さが羨ましいのね」
とてもそうは見えないけど……
「ベルのことよろしくね」
ベルがセレンの保護者してるのかと思ってたけど、案外逆なのかもな。
「さ、早く入港手続き済ませましょう」
「りょーかい」
港町で一泊した翌朝。朝食後のそろそろ出発するかといった雰囲気の中、セレンとベルが立ち上がった。
「あたしとベルはちょっとここの教会に行ってくるわ」
「何しに行くんだ?」
「デルキ大陸に無事到着したこと、あとはあの海域について分かったことなんか報告してくるわ」
「中立都市に着いてからでもいいんじゃないか?」
「その中立都市に教会がないからここでするのよ。すぐ済ませるからちょっと待ってて」
「ああ。……中立都市に教会がない?」
よっぽど寂れた村じゃなければ、大体どこにでも教会はある。それなのに冒険者ギルドの本部がある中立都市にないってどういうこった。
セレンとベルが宿を出るのを見送ったところで、アリスに話を振ってみた。
「アリスは何か知ってる?」
「ううん、私も初めて聞いた。でもそうなると大怪我したとき大変だよね」
「そうだよな」
「冒険者ギルドの本部があるってことは、きっと治癒魔法を使える人もそれなりにいるだろうし、それで問題ないのかもね」
「あーたしかにそれなら納得かも」
ゆっくりとお茶を飲みながら、セレンたちの帰りを待った。二人が戻ってきたらすぐに出発だ。
港町から中立都市に向かうのに馬車を使う。そこで俺たちは衝撃を受けた。
「この馬車、俺たちが今まで乗ってたやつと全然違うな」
「ほとんど揺れないし静かだね。これならお尻も痛くならなそう。王都の馬車と比べても断然こっちの方がいいよ」
「皆様は新型の馬車は初めてでございますか?」
「「新型?」」
俺とアリスが同時に聞き返すと、御者の人が慣れた口調で教えてくれた。なんでも中立都市に住むソフィアって発明家が数年前に考案した物らしい。揺れや衝撃がほとんどなくて、長い間馬車に乗っていてもお尻を痛めにくい優れもの。中立都市を中心に徐々に周りに新しい馬車が広がっていって、最近になってようやく港町でもこの新型に乗れるようになったんだと。
「どうしてあたしたちのところにまで情報が回ってこないのかしら?」
「中立都市には教会がないですから」
セレンの疑問に間髪入れずにベルが答えた。
「……港町にはあるでしょ?」
「それはそうですが」
「教会にくる人たちの話とか、噂話とか」
「聞いていたとしても、新型の馬車などの事をわざわざセレン様たちにまで報告するとは思えませんね」
「うーん……どうにかして聖教会まで持ち帰れないかしら」
「私も王都にある馬車全部これに変えたいから協力するよ。特に騎士団のやつは絶対!」
セレンとベルの会話に、アリスが前のめり気味に食いついた。
「海を挟んでるし難しいんじゃないかなぁ」
船に馬車を乗せるのってできんのかな。
「そこはあなたの転移魔法で」
「緊急の場合しか使っちゃダメって言ってたのはどこのどいつだ」
「冗談よ。でも持って帰りたいってのは本当。一台あれば分解して作りを調べられるし、そうしたらあっちで量産ができるかもしれないじゃない? なんなら技術者を連れて帰るでもいいし」
やばい、セレンの目がマジだ。
「中立都市に着いたらソフィアって人に会ってみましょう」
「俺たちの目的忘れなければいいんじゃないか」
「……ちゃんと覚えてるから大丈夫よ」
「いまの間はなんだ、いまの間は」
こうして、そこそこ乗り心地の良い馬車旅が始まった。
旅が始まってから数日後、広めの山道を進んでいると、急にアリスが御者台の方に乗り出した。
「あれ見て――!」
「襲われてるな」
アリスが指差した先では煙が上がっていた。魔物の群れが複数の馬車を取り囲んでいるのが小さく見えた。護衛の人たちが対処してるみたいだけど、大型の魔物もいて苦戦してるっぽい。
「俺とアリスで行くからライナーたちは残っててくれ」
ライナーとサーベラスを残しておけばこっちに魔物が来てもどうにかなるだろ。俺も馬車を降りて、先に飛び出したアリスを追いかけた。
「あたしたちも行くわよ。ベルお願い!」
「はい」
声につられて一瞬だけ振り返って二人の様子を確認すると、ベルがセレンを抱えて馬車から飛び降りるところだった。魔物を片づけてから呼ぼうと考えてたけど、まあいいか。怪我人がいたらセレンに任せよう。
前に向き直るとアリスが上空から急降下して、馬車よりも大きな鈍色のイノシシを一刀両断にしていた。護衛の人たちは苦戦していたみたいだったけど、アリスにかかれば一瞬だな。
ある程度近づくと大体の状況は把握できた。馬車は三台、結構な大きさだ。それを守る護衛が六人。その内二人が馬車に寄りかかるようにして倒れてる。あとの四人が馬程度の大きさのイノシシたちと交戦中。群れのリーダーっぽいやつはアリスが倒したからあとは時間の問題だな。
俺まで出てくる必要なかったかなぁ……なんて思ってたら、少し離れたところから明らかにイノシシとは別の魔物の雄叫びが聞こえてきた。馬車の方はアリスたちに任せて俺は声の主は確認することにしよう。
山道から外れて森の中に入り、木々をかき分けて進む。馬車を襲っていたのと同じイノシシ型の魔物が奥からこっちに向かってきている。
「どーなってんだ?」
すれ違いざまに一閃、数体まとめて切り払った。周囲の木々が倒れる中さらに奥に進むと、随分と大きな影が見える。
「あいつが原因か」
地竜によく似た大型の魔物。そいつの足下には血だらけのイノシシが数体転がっていた。仕留めて食事にありつこうとしているところみたいだな。
どこからやってきたのか知らないけど、こんな山道の近くに居ていい魔物じゃない。悪いけど討伐させてもらうぞ。
「――ん?」
キラリと光る小さな物が上空から落ちてきて地竜モドキにぶつかった。すると、空中に魔法陣が展開して濃紫色に光った。毒々しい輝きをした影が魔法陣から伸びて地竜モドキに絡みついた。どれだけ暴れても影が消えることはなく、時が止まったかのように地竜モドキが身動きをしなくなった。
ずっと昔、俺の前に魔王と呼ばれていたやつがいた。今の魔法はそいつが使っていたものに酷く似ていた。その魔法に目を奪われていると、空の上から声をかけられた。
「助太刀します」
「あぁ……」
騎士とも冒険者とも違う感じの人が、抜き身の剣を持って飛竜から飛び降りてきた。よく分からないけど敵ではなさそうだ。
その後、見知らぬ竜騎士と一緒に地竜モドキを倒した。
「いやーお強いですね」
「敵が止まってれば誰でもこんなもんだろ」
「またまたーご謙遜を。こいつの皮膚、尋常じゃないぐらい固いのにスパスパ切ってたじゃないですか。私一人だったらこいつ倒すのにどれだけ時間がかかったことか」
青年がにこやかな笑顔と一緒に俺の事をもちあげてきた。悪い気はしないけど、”斬竜剣”を使える剣神流の剣士ならこれぐらいできて当たり前だからなぁ。動かない相手なんてただの的だし、試し切りしてるのと大して変わらない。
「そんなことよりもこいつを拘束した魔法ってあんたが使ったのか?」
「そうですよ。……と言っても私はあの魔法使えないんですけどね」
使ったのに使えない……どういうことだ?
「そんな不思議そうな顔しないでください。見たところ聖教会の騎士様ですよね? 結構前から中立都市で製造されるようになったものなんですけどご存じないですか?」
地竜モドキの側に落ちていた何かを拾って俺に見せてくる。
「魔石……だな。もしかしてさっき地竜モドキにぶつけたのはこれか?」
「そうです。あ、それと地竜モドキじゃなくてテルダートって魔物ですよ」
ごめん、魔物の名前とか正直興味ない。それよりも魔石をよくよく観察すると、見慣れたものに似ていた。俺が持っている魔法を保存できる魔石に。
「もしかしてこれ、どんな魔法でも入れられるのか?」
「まさか。これに入れられるのはさっき見せた拘束の魔法だけですよ。他にも攻撃用のやつとか色々種類はありますけど、それは別の魔石になります」
「そうか……ちなみにその拘束魔法は誰が入れたんだ?」
「中立都市に住んでおられる賢者様ですよ」
賢者……そういえばセレンも言ってたな。転移魔法も使えて、前魔王が使ってた拘束魔法も使えると。これはすぐにでもその賢者様ってのに直接会って、どんな人物なのか確かめる必要がありそうだ。