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9 道場と袴姿

 午後になり、俺とアリスは師匠に連れられて町の道場前までやってきた。


 ガイが入り口の引き戸に手をかけて、ガラガラッと音を鳴らして開けた。扉の奥に見える門下生たちは音に反応したのだろう、玄関へと視線を向けていた。それからやって来たのがガイだとわかると、三十人ほどいる門下生全員が一様に立ち上がり、礼をした。


「「「師匠、おはようございます!」」」

「おう、おはよう。稽古の前に少し話がある。一度集まってくれ」

「「「はい!」」」


 門下生たちの元気な返事にガイはうなずいて答える。


 俺たちは靴を脱いで広間へと上がり、ガイに続いて掛け軸の飾ってある奥のほうに向かって歩いていく。


 門下生の前を横切るときにアリスを見た何人かが「誰だあの子?」「おぉ~、可愛いじゃん」などと小さく呟いている声が聞こえた。


 掛け軸の前まで着いたガイは、門下生たちの方に体を向けてアリスのことを紹介し始める。


「諸事情によりこの子は俺が預かって稽古をつけることになった。その関係上この道場を使うこともあるから何かあったら面倒を見てくれ。アリス」

「はい。私の名前はアリス・ガーネット、今年で十歳になります。よろしくお願いします」

「お前ら、アリスが可愛いからといって変なちょっかいかけるなよ。話は以上だ。いつも通り素振りから始めるぞ!」

「「「はい!」」」


 勇者の加護や、俺と打ち合える程度の実力があることには触れずにアリスの紹介を終えた。


 話が終わると門下生たちは互いにぶつからないように広がってから稽古を始めた。その様子を一通り確認し終えたガイが俺に指示を出す。


「シヴァ。着替えたら空いている隅のほうでアリスをみてやってくれ。ナナリーから基本の型は教わっているはずだからその確認からだな」

「アリスの着替えはどうしますか?」

「奥の部屋に新しいのがあるはずだから取ってこい」

「わかりました。アリスはここで待ってて」

「うん」


 俺はガイの指示に従ってアリスが着る上着と(はかま)を取りに行き、すぐに服を持って二人の下へと戻ってきた。


 稽古を眺めているアリスに声をかけて袴を手渡す。


「アリス。これがアリスの服。隣の部屋で着替えるよ」

「は~い。シヴァが着替える分は無いの?」

「俺のは隣の部屋に仕舞ってあるから大丈夫」


 隣の部屋に入った俺たちの前に、天井にまで届きそうな間仕切りが置かれている。これは道場ができた頃の門下生は男子だけだったが、女子も弟子入りするようになってから急遽着替える際の目隠しにと用意された経緯があるそうだ。この間仕切りを使って部屋を二分していて、入り口から見て右が男子用、左が女子用の小部屋になっている。


「俺は右のほうで着替えるからアリスは左のほうで着替えて。そっちが女子用だから」

「着替え終わるまで待っててね」

「わかったよ。じゃあ」


 軽く手を振ってアリスと別れる。間仕切りを使ってできた右の小部屋に入って自分の服を棚から取り出した。


 シャツを脱ごうと首元に手をかける。シュ、パサッと服を脱いだ微かな音が間仕切りを通り越して隣から聞こえてくる。その音を無視して、俺はさっとシャツを脱ぎ捨てた。


 着替えが終わり、入り口でアリスを待つ。少しすると左の小部屋から白い上着と紺色の袴に着替えたアリスが出てきた。


 シャツとズボンを着ているときの活発なイメージから一転して、袴姿のアリスはおしとやかな雰囲気を醸し出している。そんなアリスに少しの間見とれていた。


「どうしたの?」

「似合っているなって思って」

「……ありがと」


 思ったことをそのまま伝えるとアリスは少し恥ずかしそうに微笑んだ。


 着替え終わった俺たちは木剣を持って広間へ戻ると、空いている隅のほうに寄った。互いに木剣を構えて静止する。


「始めるけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちゃんとナナリーに型を教わったから」

「それならアリスが打ち込む側をやって。最初の型から、いつでもいいよ」

「いくよ!」


 アリスのかけ声を合図に俺たちは型稽古を開始した。




 一通りの型を確認した私たちは一度休憩することにした。


「二人分の水取ってくるよ、ちょっと待ってて」

「ありがと」


 シヴァが水を取りに廊下へと出る。


 それを見届けた私はふぅと一息ついて、その場で女の子座りをして待つ。


 シヴァが側にいなくなったからなのかな? 誰かが私の方に近づいてくる。


 チラリと視線を向けると、ニヤッと薄笑いを浮かべた顔で腕を組んでいる二人組の門下生が立っていた。


 一人は短く刈り上げた金髪の大柄(おおがら)な少年、もう一人は肩まで伸ばした金髪の細身の少年。どっちも私より年上みたい。十四、五歳ぐらいかな?


「新入り、お前がどれぐらい強いのか見せてくれよ。今から俺と手合わせしようぜ」


 大柄な少年が無遠慮に声をかけてくる。相手を見下すような強気の態度に嫌悪感を抱いた私は、聞こえない振りをして無視することにした。


「おい、聞こえてるんだろ? 無視するなよ」


 今度は細身の少年が、大柄の少年を無視した私が悪いかのように非難する。


 仕方なく、あとは声をかけてきたときに言っていた事の確認の意味を込めて二人に質問した。


「私に何か用ですか?」

「実力を見せてくれって言ったんだけど聞こえなかったか? それとも弱いから人前じゃ戦えないとか?」


 ……この人たちは突然現れて何を言っているんだろう? 私は呆れて言葉が出てこなかった。


 それがいけなかったのか、大柄な少年がイラついたような顔に変わった。近づいてきて腕を伸ばし、私の肩に触れそうになったところで――


「何してるんですか?」


 大柄な少年の腕を、いつの間にか戻ってきていたシヴァが掴んで止めてくれた。


「おい、シルヴァリオ。てめぇは関係ないだろう」


 シヴァは腕を掴んでいた左手を振り払って、まるで私を庇うように二人の前に立った。


「また新人苛めですか? 懲りないですね。前に注意されていませんでしたか」

「苛めだと。これは教育ってやつだ。俺たちみたいな高貴な存在に指導をしてもらえるんだから感謝しろよ。師匠、今から新入りと手合わせをしたいのですがよろしいですか?」


 大柄な少年はさも自分が正しいとばかりに主張をしている。しかも手合わせをする確認を勝手にし始めた。


 師匠は初めから成り行きを見ていたのか、すぐに少年の主張に許可を出した。私に意味深な目線を向けながら。


「かまわん、あまり本気を出すなよ」

「ありがとうございます。ちゃんと手加減しますよ。さあ師匠の許可が出た。これでお前も文句はないだろ?」

「……そうですね。アリス」

「うん」


 ちゃんと手加減するよ、視線でシヴァに答える。声には出さなかったけれどきっと伝わったと思う。師匠もあれは少年ではなく私に向けて言っていたんだろうなぁ。


 シヴァが離れたところで私は立ち上がり、大柄な少年と向き合った。


「名前を聞いてもいいですか」

「あん? 俺はダリウス・グレイグルだ。グレイグルの家名ぐらい聞いたことあるだろう?」

「そして俺はジルベール・アンドレイヤだ。ちゃんと覚えておけよ」


 大柄な少年がダリウス、そして細身の少年がジルベール。心の中で名前を反復する。グレイグルとアンドレイヤの家名は記憶に無いけどさっき自分たちのことを高貴な存在とか言っていたから貴族の家系なのかな?


「ダリウスさんにジルベールさんですね。よろしくお願いします」


 一応年上が相手なのでさん付けで呼んで、軽く礼をしてから木剣を構える。


 そんな私の態度に気を良くしたのか、ダリウスが口の端をゆがめて笑った。


「ああ、こちらこそ。じゃあいくぞ。ちゃんと手加減してやるから、なぁ!」


 手加減するなんて言っているのに、ダリウスは明らかに全力で切りかかってきた。


 寸止めなんて考えていない上段からの袈裟(けさ)切り。シヴァとの稽古の合間に他の門下生たちの動きを見ていたけど、それと比べても鋭い。


 だけどその切っ先を――私は一歩後ろに下がることで躱した。剣先が目の前ギリギリのところを通って、そのまま止まることなく床まで振り下ろされる。


 ダリウスは私が避けれると思っていなかったのか、驚いて目を大きくし、前のめりの体勢で体を強張らせている。


 その隙を私は見逃さなかった。両手で構えていた木剣を右手だけで握り直し、相手の喉元に突き出す。


 これで私の勝ち。ただの一度も剣を重ねることなく、勝負がついた。


「なっ、んだと!?」

「私の勝ちですね」


 勝利を宣言して木剣を引き戻す。これで終わりだろうと、そう思っていたら次があった。


「なに勝手に終わった気になってんだ! 次は俺が相手だ!」


 私たちの手合わせを見ていたジルベールが、ダリウスと立ち替わるようにして割り込んできた。


 ジルベールはぶら下げていた木剣を中段に構えてジイッと静かに私を見ている。さっきの勝負を見て警戒しているのか、なかなか動かない。


 私は仕方ないなと思いつつ、相手に向き合うように無言で構え直した。


 ジルベールと視線がぶつかる。だけどやっぱり相手は動く気配がない。


 それなら……今度は私から動いた。腕を振り上げ、間合いを詰めて、ジルベールの木剣に打ち込む。そのまま剣先を巻き込みながら振り上げる。これら一連の動作を一瞬のうちに行った。


 ジルベールの手から木剣が飛び抜ける。空を舞ったそれはジルベールの背後に落ちて乾いた音を道場内に響かせた。


「はぁっ?」


 ジルベールは何が起きたのか理解できない様子で、空になった両手と、背後に落ちた木剣を交互に見比べている。


 私はゆっくりと剣先をジルベールの顔に向けた。


「まだやりますか?」

「……ちっ。行こうぜ」


 ジルベールは舌打ちをしてから私に背中を向けて、そのままダリウスと二人で道場の外に出て行った。


 二人が見えなくなったところで、私はほっと息をついた。




 俺はパンパンに膨れた皮袋の水筒、その紐部分を持ってアリスに差し出した。


「はい、お疲れ様」

「ありがと」


 アリスは水筒を受け取ると、木剣を脇に挟んで蓋を開けた。飲み口に唇を付けて上向きに傾け、水を飲み込む度にコクッコクッと小さく(のど)が鳴っている。水筒を口から離すと、唇の端から零れた水を指先で拭い、舌先で上唇をペロッと舐めている。


「ねえ、あの二人ってどういう人たちなの?」

「なんていうか昔から新しい人が入るたびにちょっかいをかけてるんだ。俺も入ったばかりの頃は苛められてたなぁ」


 なんてことないように言ってから俺も水筒の蓋を開けた。それを頭の上に持っていくようにして一気に半分ほど飲み干す。


「シヴァが苛められてたってほんと?」

「ああ。もっと小さい、七歳ぐらいの頃はね。最初は俺も弱かったから。強くなって返り討ちにしてからは絡んでこなくなったけど」

「え~、シヴァが弱かったなんて想像できないよ」

「まあ苛めよりも師匠の剣術指導(シゴキ)のほうがよっぽどきつかったんだけど……」

「そうなの?」

「その話はいつかするよ。まだまだ元気そうだし、休憩無しで稽古の続きする?」

「うん、大丈夫だよ!」


 それから俺とアリスは日が落ちて暗くなるまで稽古を続けた。




 シヴァたちが稽古を再開し始めた頃、道場から出たダリウスとジルベールの二人は町をぶらついていた。


「ちっ、なんだあの新入り。まだガキのくせになんであんな強いんだよ!」

「師匠がわざわざ面倒見てるってくらいだから普通の子供じゃあなさそうだけどな」

「どうにかしてボコボコにできないかな。ジルはあんな風にやられて悔しくないのか! 俺は悔しいね!」


 ダリウスは地面を思いっきり踏みつけて苛立ちを露わにした。


 対するジルベールは冷静だ。先ほどの戦いで相手がどれぐらい強いのかがわかり、自分たちではどうやっても勝てないと結論をだしている。


「はいはい。俺だって悔しいさ。とは言ってもアリスだっけ? あの子、シルヴァリオと同じぐらい強いんじゃねーの? 今の俺らじゃ騙まし討ちしたって勝てない気がするけど」

()()()()じゃ、だろ?」

「なんだ、その言い方? なんかあるのか?」

「あぁ、実はな……」


 二人は声を潜め、身を寄せ合うようにして話す。とっておきの悪戯(いたずら)の計画を秘密にするように。




 夜になると門下生のみんなは続々と家に帰って行く。俺とアリスもそれに合わせて一緒に道場を出た。


 ガイは道場の戸締まりがあるから帰りは俺とアリスの二人だけだ。


「ねえ、シヴァ」

「ん? どうした」


 孤児院へ帰る道の途中、アリスのほうから話しかけてきた。


「あの人たちと手合わせして、やっぱりシヴァはすごいんだなって思った。剣も魔法も私より上手だし」

「そうか? お互い全力で戦ったら同じぐらいな気がするけど。それに最初会ったときにした手合わせは引き分けだったじゃん」


 そう言うと、アリスは俺の顔を覗き込むようにして唇をとがらせた。


「ふーん、シヴァは勇者の加護をもってる私と互角なのに、それがすごいことだって思わないんだ」

「ああ……なるほど」


 たしかに大人がアリスと互角というならまだありえる。だけど同い年の俺が互角というのは、普通の子どもであればすごいことだ。俺が普通の子どもであれば、だけど。


 ここが俺とアリスの感覚のズレなんだろうな。


 逆に俺としては転生前の知識をもってるんだから、これぐらいの強さはあって当然。むしろいまの自分はまだまだ弱いと思ってる。


 ただここはアリスに合わせよう。


「そう言われるとたしかに俺ってすごい……かも」


 自分で自分をすごいと言うのがちょっと恥ずかしくて、頬をかいてしまう。


 だけどアリスは満足そうに笑みを浮かべた。


「でしょ。私ね、シヴァみたいに剣も魔法も上手になって、今よりもっともっと強くなる!」

「アリスなら強くなれるさ」

「うん、シヴァには負けないよ?」

「俺だって負けないさ」


 そういえばねと、アリスが会話を繋げて取り留めもない話が続いていく。歩き慣れた孤児院までの道のりが、なぜかいつもよりも短く感じた。

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