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87 アリスとセレンのお茶会

 シヴァたちが出かけてからというもの、私はずっと屋敷の中にいた。最初は復興作業を手伝おうとしたんだけど、町を救った勇者である私にそんなことはさせられないってセレンに断られた。私が気にしないって言っても周りが気にするからだって。


「言いたいことは分かるんだけどね……」


 似たような理由でサーベラスもこの屋敷で待機。そんな感じで特にやることもなく、サーベラスと他愛の無い話をしたり、屋敷に置いてあった本を読んで過ごしていた。最近はずっと慌ただしかったから、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのも随分と久しぶりな気がする。


 遅めの昼食を頂いてから少し経った頃、セレンがやってきた。


「お邪魔してもいいかしら?」

「どうぞ。大聖堂周りの片付けの監督をするって聞いてたけど、もう終わったの?」

「ううん、まだかかりそう。ちょうど一区切り付いたところだったからアリスの様子を見に来たのよ」


 ここだとやることが無くて暇してたから大歓迎、どうぞと部屋の中に招いた。私たちが席に着いたところでサーベラスがスッとお茶を出してくれる。


「えーっと、ありがとう。でもどうしてサーベラスが?」


 アレクサハリンの騎士服を着ているサーベラスが、執事みたいなことをしていて驚いてるのかな?


「どうしてと申されましたも、アリス様の下にいるようにとシヴァ様から指示を受けていますので」

「いやそういう事じゃなくて……」

「セレンが気になってるのは、ここにはメイドがいるのにサーベラスがお茶を用意してることじゃない?」

「そう! それよ!」

「なるほど。それでしたら私は元々シヴァ様の従魔になって以来、執事の真似事をしていました。今はアリス様の執事として振舞っているに過ぎません」

「あなたほどの従魔を執事として扱うってシヴァは何させてるのよ……」


 まだサーベラスと会ってから日の浅いセレンには二人の関係が不思議に思えるのかな? そういう私もそこまで深く知ってるって訳じゃないけどね。


「あ、そう言えばサーベラスにずっと聞きたいことがあったのよ」

「なんでしょうか?」

「どうしてシルヴァリオ様じゃなくてシヴァ様なの? 従魔に略称で呼ばせてたのが少し違和感あったのよね?」


 あ、それ私も最初の頃思ったやつだ。ずっと聞きそびれて、でも魔王時代からの関係を知ってからは理由も分かって気にならなくなってたんだよね。サーベラスはなんて答えるのかな。


「シヴァ様は私を従魔として契約する際に『お前の主となるシヴァだ』と宣言をされました。そのためシヴァ様と呼んでいるのです。もちろん今ではそれが略称だと知っていますが、シヴァ様からも特に変えるように言われておりませんので」

「最初にシヴァって宣言して契約してたのね。なるほど、それなら納得……かな? まあ場所によっては略称も正式名として扱われるぐらいだし、そんなものかしら。ついでにもう一つ聞いてもいい?」

「ええ、次はなんでしょう?」

「人型から獣型に変身するときって服はどうしてるの?」

「はぁ、どうしてそのような事を知りたがるのか……まあいいでしょう。変身するときは煙に隠れ、素早く脱いで毛の中に服を隠しています。この前の時などは脱ぐ時間も惜しかったので魔獣化する際に破りましたが。それと人型の時に着る服がなければ魔法で作ることも出来ますよ。ですがこれは着ている間ずっと魔力を消費するため魔力効率が良くありません。魔法で服を作るのは緊急時のみです」

「素早く脱いでって……ふふっ、なにそれ。ちょっと見てみたいかも」


 セレンにつられて私も笑いそうになっちゃった。声が漏れないように口元に手をあてて抑えてるとサーベラスが少しムッとした顔をしている。でもサーベラスには悪いけど、真面目な顔して早着替えしてる場面を想像するとちょっとだけ可笑しい。


 今の会話で機嫌を悪くした訳じゃないだろうけど、サーベラスがお湯とお茶菓子を取りに行くと言って部屋を出て行った。


「ねぇ、そういえばセレンが私たちに付いてくるってことは、ベルとシンディの二人も護衛として付いてくるの?」

「あーそれがちょっと揉めてて……」

「何かあったの?」

「そんな大したことじゃないんだけどね。連れて行くのはどちらか一人だけって事になったから、それでベルとシンディのどっちがあたしの護衛になるかで揉めてるのよ」

「二人とも連れて行くって選択肢はないんだ?」


 二人がセレンの護衛として頑張ってる姿はここにくるまでの間ずっと見ていたから知ってる。二人とも口ではセレンに色々言うこともあったけど、それは信頼の裏返しというか、姉が妹に言い聞かせているような優しさを感じられた。そんな二人と離れないといけないなんて、セレンはどう思ってるのかな。


「まとめ役の騎士が減ってるから仕方ないのよ。今回の件で活躍した二人には残ってもらってまとめ役、部隊長になって欲しいってのが騎士団長のレッグ様のお考え。褒美として昇進させるって意味もあるしね。だけど対外的にあたしの護衛が最低一人は必要だから、どっちか一人が付いて来て、残りの一人が部隊長になる感じかしら」


 私は直接関わったこと無いけど、ナナリーが人事問題で頭を悩ませていることがあったなと、ふと思い出した。どこも上に立つ人は大変なんだろうなぁ。


「セレンは何か褒美もらったの?」

「あたしは特に欲しいものがなかったから保留扱いね。そのうち何かあったときにわがまま聞いてもらうわ。それよりもアリスはどうなの?」

「私? 私は剣をもらったじゃない。それにセレンが一緒に来てくれるんでしょ?」

「あーごめんなさい。そうじゃなくて、魔王復活を阻止するために勇者として立ち向かう。それはとても立派で、正しい事なのかもしれないわ。でも、それって本当にアリスがしたいことなの?」


 セレンの言葉が心の深いところに突き刺さる。幼い頃は勇者として戦うことが当然だと思っていた。この体に宿ってる力でいろんな人たちを救って、みんなから尊敬される物語の勇者の様に……そう思ってた。あの日、カムノゴルでの惨状を見るまでは。


「本当にしたいことって聞かれると難しい……かな。戦いなんて本当はしたくない。でも私には戦う力がある。みんなを守る力がある。その力があるのに見ているだけなんてできないよ」

「ごめんなさい。ちょっと踏み込んだ質問だったわね」

「ううん、そんなことないから大丈夫だよ」


 申し訳なさそうにしているセレンに向かって微笑んで見せる。


「そうね……ちょっと質問を変えようかしら。もしも勇者としての力が無かったら何してたと思う?」

「私に勇者としての力が無かったら? うーん、なんだろう?」


 カップを傾けて少し温くなってきたお茶を飲む。セレンも急かすことなく待ってくれた。考えるそぶりを見せているけど、実は何度か似たようなことを考えたことはある。ただの女の子として普通に恋をして、付き合って、いつかは結婚して、そんなありふれた夢を。もちろん相手は……ね。ただそんな恥ずかしいことはさすがに言えないから、口から出てきたのは当たり障りのない答え。


「宝石を扱う何かをしてたんじゃないかな? 首飾りとか、髪飾りとかのアクセサリー作ったり。実家がそういうことしてるから」

「いいわねそういうの。アリスが作った髪飾り付けてみたい」

「セレンぐらい長くてきれいな髪だとどんなのでも似合いそう」

「何言ってるのよ、あたしよりもアリスの方が艶があってきれいな髪してるじゃない」

「んーそうかな? あ、でも私も本当はセレンぐらい伸ばしたいんだよね」


 腰まで伸びた金色の髪を見ていると少し羨ましくなる。


「伸ばせば良いじゃない。何か伸ばせない理由でもあるの?」

「これ以上長いと視界の邪魔になることがあって。空中で一回転したり、急に止まったりする時とか特にね。結ったりしてまとめたら気にならないのかも知れないけど、それはあんまり好きじゃないから」

「それなら仕方ないわね。でも伸ばさないなら旅の間はあたしが長さ整えてあげるわよ」

「え、セレンって髪切れるの?」

「最近はやってないけど、聖女候補になる前は教会にいる子たちの髪切ってたわよ。こんな感じで」


 架空のナイフを片手に、セレンが髪を切る動きをした。なんだかすごく慣れてる感じがする。ちょっと意外かも。


「それじゃあセレンにお願いしようかな」

「任せなさい」

「私ばっかりしてもらうのもなぁ……セレンのは私がしようか?」

「できるの?」

「……何事にも初めてってあるよね」

「ちょっとそれ駄目なやつじゃない!? 目をそらさないであたしの目を見なさい」

「ごめん、ごめん。ちょっと言ってみただけだよ」

「まったく、仕方ないわね」


 自然とお互いに小さく笑っていた。


「どうしてかな、セレンとはずっと昔から知ってるみたいに話せるの」

「奇遇ね。あたしも同じこと思ったわ」


 セレンがカップの残りをゆっくりと飲み干した。


「それじゃ、あたしはここら辺で失礼するわね。そろそろ戻らないと」

「うん、分かった。来てくれてありがと」

「いいのよ」


 セレンが扉を開けて出て行く、丁度そのタイミングでサーベラスが戻ってきた。


「もう戻られるのですか?」

「ええ、サーベラスもお茶ありがと、美味しかったわ」

「それは何よりです」


 セレンと入れ替わりで部屋に入ったサーベラスが手際よく新しいお茶を用意してくれる。透き通った薄い黄色のお茶が空のカップに丁寧に注がれる。ほんのりと立ち昇る湯気と一緒に甘い香りがした。


「さっきは笑っちゃってごめんね」


 気を悪くした風でもなく、何でもない事の様にサーベラスは受け流してくれた。


「いえ、構いませんよ」


 そう言いながらそっと差し出されたカップ。それを手に取って味わうようにして飲む。うん、美味しい。


 サーベラスって戦うだけじゃなくて執事としての腕もすごいなぁ。ただの魔物だったなんて信じられない。


「ねぇ、サーベラスはシヴァとどれぐらいの付き合いなの?」

「シヴァ様から聞いていないのですか?」

「魔王時代からってことは知ってるけど、そこまで深くは聞いてなくって」

「そうですか。私も正確なところは覚えていませんが、シヴァ様とはかれこれ五十年以上の付き合いになるのではないでしょうか。最初は殺し合っていたというのに不思議なものですね」

「え? 二人って殺し合ってたの?」

「はい。私には兄弟がいたのですが兄も弟もシヴァ様に殺され、私は兄弟たちの魂を喰らってまで戦ったのですが力及ばず。ですが最後まで抗う姿を見せたのが良かったのか、シヴァ様に気に入られてそのまま契約を交わしてこの姿を得ました」


 兄弟がいたんだ。でもそれをシヴァが……


「サーベラスは恨んでないの?」

「恨んでなどおりませんよ。弱肉強食の世界、弱かった私たちが悪いのですから。生きるためには力がいる。ただそれだけのことです」

「そっか。二人が交わした契約について聞いてもいい? 言いたくないなら別に言わなくて良いよ」

「それは……申し訳ありません。秘密とさせて下さい。きっとシヴァ様も忘れておられるでしょうから」

「うん、分かった。契約を交わした後はどうしたの?」

「それからはずっとシヴァ様のお側にいました。シヴァ様の訓練相手にもなりましたし、時には共に戦いました。とはいえ私は付いていくのがやっとで足手まといになることが多かったのですが。ああ、そういえばあの頃はまだ執事の真似事はしていませんでした」

「へぇ、いつから執事の仕事をしていたの?」

「シヴァ様が魔王となられ、魔王城に住むようになってからですね。最初は上手に淹れることができずに何度も駄目出しをされたのも今ではいい思い出です」


 何度も駄目だしされたなんて私が飲んでるお茶からは想像もつかない。今こうして誇らしげな笑みを浮かべているのは、それだけサーベラスが努力したってことなんだろうなぁ。





 日が落ちて暗くなったところで、サーベラスも自分の部屋に戻って行った。


 今は寝る準備を終えてベットの上でボーっとしてる。一人でいるのってこんなに寂しかったっけ。そんな風に考えるぐらいにはみんなと、シヴァと一緒にいるのが当たり前になってた。


 それにいつも私がシヴァから色々としてもらってばかりな気がする。


「ダメだなぁ私……」


 どうしたらシヴァに何かしてあげられるかな? まずはシヴァが喜びそうなことって何ってところからだよね。うーん……ベットの上でゴロゴロしながら考えていると、扉をノックする小さな音が聞こえた。


「アリス、起きてる?」

「セレン?」


 体を起こしてベットから降りる。扉を開けた先には、いつもの聖教会の服じゃなくて、ゆったりとしていて楽そうな恰好をしているセレンがいた。寝間着姿なのかな。


「入っていいかしら?」

「うん、どうぞ」

「ありがと。アリスの寝間着姿って初めて見るわね」

「セレンもね。でもこんな時間にどうしたの?」

「シヴァがいないから寂しいんじゃないかと思って」

「そ、そんなことないよ」

「ふふっ、なにどもってるのよ」


 私の心の奥まで見透かしてるんじゃないかって感じで、セレンが意味ありげに笑ってる。うぅー、なんかこれ以上私から何か言い出したら深みに嵌りそうな予感。


 ベットに腰かけるとセレンが隣に並んだ。


「昼間の続きって訳じゃないけど、もっとアリスと話したいのよ、あたし。今日はここに泊まってもいいかしら?」

「セレンってすごいストレートだよね。もっと話したいなんて言い方、私が女だからいいけど、相手が男の人だったらきっと勘違いしちゃうよ」

「言う相手は選んでるから大丈夫よ。それでダメかしら?」

「ううん、いいよ」

「よかった。それじゃあ何から話そうかしら」


 その日は二人仲良くベットに寝転んで、夜遅くまで盛り上がった。

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