85 一時帰宅
「船が戻ってくるまでみんなどうする?」
屋敷を出たところでアリスが足を止めてふと呟いた。中立都市への行き方はアンジェリカさんから聞いている。ここ、アレクサハリンから出ている船で隣の大陸に向かい、港町から馬車で数日のところにあるらしい。そして肝心の船は港町からこっちに向かっている最中であと二、三日かかるとのこと。
「一応俺がサーベラスに乗って隣の大陸に行ってから転移で戻ってきて、みんなをまた転移で連れて行くっていう方法も――」
俺が赤子のときはサーベラスが魔王城のある隣の大陸からこっちまで来たんだしできるだろ。いや、あの時はもっと北の方の大きな橋を渡ったって言ってたかな?
「却下。何よその非常識な方法は……大体それやると密航者扱いでバレたとき面倒なのよ、分かってる?」
「すみません、よく分かってないです」
俺の提案はセレンにバッサリと切り捨てられた。最速で向かうには良い方法だと思うんだけどな。この後セレンに大陸間で決められている規則やなんやらを教えてもらったけど、正直すぐに忘れそうだ。
「という訳で、正規の手続きをして隣の大陸に行くわよ」
「了解。それなら俺は一度家に帰ろうかな」
「オイラも一緒に戻っていいッスか? この服もずいぶんと汚れたし、新しいの用意したいし」
ライナーがそう言って自分の服を見下ろしている。俺からすればそこまで汚れてる感じはしないけどな。サーベラスと違って服がダメになった訳じゃないし。ちなみにサーベラスはアンジェリカさんが用意してくれた騎士服を着ている。なぜだろう、そこまで違和感がない。むしろ似合ってすらいる。熟練の老兵って感じだな。
「なんかそれっぽい理由言ってるけどレインに会いたいだけだろお前は」
「そ、そんなことないし!」
「ふーん、じゃあ俺が新しい服持ってくればいいよな?」
「え……アニキそれはちょっと……」
「冗談だって。じゃあライナーとサーベラスは行くとして、アリスはどうする? 家に来るなら歓迎するし、王都に一度戻りたいなら連れて行くけど」
「うーん私はここで待ってるよ」
「そっか、分かった」
「私よりもマリーさんは連れて帰らなくていいの?」
「あ、マリーさんなら『私は頃合いを見て勝手に戻るから気にしなくて良いわよ』って言ってたわ」
「りょーかい」
マリーさんはアンジェリカさんの手伝いとかもあるだろうしな。いい大人だし、俺たちが気にする必要もないだろう。
本当なら王都に行って魔物を狩ったらサクッと戻る予定だったんだよな。ここまで長くカムノゴルから離れる気は無かったし、みんなに何かお土産でも買っていこうかな。
「セレン、ここって何かお土産になりそうなのってあるか?」
「聖教会に何を求めてるのよ。それにお土産になりそうな特産品があれば貿易で稼いで……そうね、何か特産品でもないとだめよね。せっかく船があるんだし……聖女様と話してこようかしら」
セレンが急に黙って真面目な顔で考え込みだした。いやまあ色々大変なのはさっき聞いた話から分かるけどさ、うん。とりあえずセレンは放って置こう。
「ねえシヴァ、それなら一度王都に寄ってみたら?」
「そうだなぁ……そうするか」
「アニキ、何買います?」
「師匠は酒とつまみでいいだろ。アクア姉たちは日持ちする焼き菓子かな。マリンに何を買っていくかが問題だ」
「マリンも焼き菓子でいいんじゃ?」
「焼き菓子は買っていく。それにもう一品欲しいな。かわいい系の服とかどうだろう?」
「マリンだけだとレインが拗ねると思うけどな。あとカイトも」
「レインにはお前が買えばいいだろ。カイトは……ドラゴンの鱗の欠片とかでいいんじゃないかな。最近魔物の素材集めてたし」
俺とライナーが話し込んでると、セレンがアリスの隣に並んで俺たちを怪しげな瞳で見ていた。
「ねえアリス。シヴァがマリンって女の子にプレゼントしようとしてるけどいいのあれ?」
「いいんじゃないかな。マリンちゃんはシヴァの姪って聞いてるから」
「ふーん、姪であれって……シヴァって自分の子どもができたら親バカになりそうね」
「まあ子どもが嫌いっていうよりはいいんじゃないかな」
「そういうものかしら」
セレン、聞こえてるからな。それとアリスとの子どもができたらめちゃくちゃ可愛がるだろうし、親バカと呼ばれても俺は構わない。まあできても数年は先の話だろうけど。
そんなこんなでライナーと話し合った結果、レインとマリンには髪飾りで決定。師匠とカイトは最初に考えていた酒とつまみ、それと小さなエンシェントドラゴンの鱗。アクア姉には質の良い布地と糸でいいかな。アクア姉は自分の子どもたち用の服だけじゃなくて、シャルが着てるドレスなんかも楽しそうに作ってたし、きっと喜んでくれると思う。
そこそこの出費になりそうだけど、普段使わない分貯金はかなりある。たまにはこういうお金の使い方もいいだろう。
セレンから「付き合ってもいない相手に身に着ける物を贈るのって変じゃない?」と突っ込まれてライナーが不安がっていた。俺はその隣でちょっと凹んだ。前にアリスへペンダントを贈ったことがあったから。そうだよな。よほど仲が良くなかったらというか、付き合ってなかったら普通困るよな。恋とか分からない子どもの時の話だから問題ないということで自分を納得させた。それにあれはお守りだし。今度贈ろうとしてる指輪は、今現在付き合ってる状況だから大丈夫。それとライナー、お前は今押すべき時だからそんな不安そうな顔するな。
王都でお土産を買ってエンシェントドラゴンの素材を取りに聖教会に戻る。昼の食事時を見計らって遠見の魔法を使い、カムノゴルの訓練所に人がいないことを確認して転移した。
サーベラスはアリスと一緒に聖教会に居残り組。何かあったらサーベラス経由で連絡が来ることになっている。ロザリーを倒した後だし、特に何もないだろうけど念のためだ。
持ってきた素材はかなりの量がある。転移する分には問題ないけど全部を持ち運ぶのはちょっと厳しい、というか無理だ。四人掛けのテーブルにちょうど収まるぐらいの大きな鱗が百枚。あとはそのままランスとして使えそうな立派な角。これらの素材は訓練所の見張りと一緒に邪魔にならない端の方へ移動させ、後で片づけに来ると伝えて孤児院へと帰った。
「ただいまー」
「あら、二人ともおかえりなさい。王都での用事は終わったの? それに聖教会に行くってサーベラスから聞いていたけど、そっちはもう大丈夫なの?」
アクア姉が編み物を中断して立ち上がろうとしたので止める。
「座ってていいよ。今日は泊まっていくし、そこら辺は後で話すから。それより師匠たちは?」
「ガイなら道場よ。レインはカイトとマリンの勉強を見てるわ」
「分かった。それとこれは焼き菓子だからみんなで食べて。こっちはアクア姉のだから好きに使って」
焼き菓子が入った包み、それに布地と糸が入った袋を机に乗せた。
「わざわざお土産買ってきてくれたの? ありがとう」
「レインたちにも渡してくるよ」
勉強中ということは二階のカイトとマリンの部屋にいるだろう。ライナーと二階へ上がると、カイトの元気な「終わったー!」という声が聞こえてきた。扉を開けて中を見るとレインがマリンに文字を教えていて、カイトは仰向けで床に倒れていた。
「あ、兄ちゃんに師範代」
「おう、ただいま」
「お邪魔してます」
レインがいるからか若干ライナーの態度が硬い。
「二人とも戻って来たんだ。お帰りなさい」
「シルにい、おかえりー」
トコトコと近づいてくるマリンを抱き上げた。
「ちょっと大きくなったか?」
「おおきくなったかなぁ?」
「お兄ちゃん、いくら子どもの成長が早いっていってもそこまで急に大きくならないよ」
マリンと目を合わせて一緒に首を傾げていると、レインに呆れられてしまった。マリンを下ろすと、今度はカイトが起き上がって両手を腰に当てて胸を張っている。
「兄ちゃん、俺この前ゴブリン倒したんだぜ!」
「おお、すごいな」
ゴブリンはFランクで武器を持った大人で対処できるレベルだ。この年でゴブリンを倒すとは流石師匠の息子、なかなかやるな。
「カイト、それシャルちゃんに手伝ってもらってたんじゃないの?」
「……ちょっと、それに強化魔法かけてもらってただけだし」
なるほど、まだ一人で倒すのは無理か。俺が苦笑を浮かべると、カイトが悔しそうに口をへの字に曲げた。
「カイトもちょっとこっちこい」
「なに?」
「カイトはこれ、マリンはこれな」
二人にお土産を渡す。カイトにはエンシェントドラゴンの小さな鱗。マリンには髪飾り、といっても危なくないように大きめのリボンが付いた紐だ。
「なにこれ? なんかめっちゃ固いけど?」
「シルにい、これかみのやつ?」
「カイト、それエンシェントドラゴンの鱗な。マリンは正解、髪飾りだ。付けてみよっか」
そう教えたところでカイトのテンションが上がった、めちゃめちゃ喜んでる。マリンは素直に頭を差し出してきた。頭の後ろに赤いリボンが来るように髪を結ぶ。
「はい出来た。可愛いぞ」
「えへへ、ありがとシルにい」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
私の分は? と期待に満ちた目を向けてくるレイン。
「レインの分はない」
「えー」
「俺からはな。カイトとマリンは俺と一緒に下に行こうか」
二人を引き連れて部屋を出た。あとは頑張れ、ライナー。
少しして恥ずかしそうにしている二人が下りてきた。レインの頭の両側に、白い花がいくつも集まって小さな花束になっている髪飾りが見えた。レインの黒髪によく映える。
「レイン、よく似合ってるじゃない」
アクア姉からの評価も上々。ライナーも店の中で散々悩んだかいがあったな。
アクア姉たちにお土産を渡し終えたから次は師匠だ。道場に行くと丁度休憩中だったようで奥の部屋でくつろいでいた。最近は孤児院の方に酒を置いておくとアクア姉の目が厳しいので、師匠向けのお土産はここで渡す。簡単にこれまでの話をして、こっちに持ってきた素材についての相談を始めた。
「師匠、エンシェントドラゴンの素材持ってきたんだけど、これで武具作れますか?」
見本として小さめの鱗を一つ持ってきていたので師匠に渡す。師匠は鱗を机の上に置いた後、指で叩いて硬さを確かめ、そしてゆっくりとため息をついた。
「お前は俺を鍛冶師かなにかと勘違いしてないか? 剣神流で鍛冶を習うのは剣の構造理解とメンテナンスを自分で出来る様にするためで、率先して武具を作るためじゃない」
そういう師匠は趣味で剣作って売ってるよな、と思ったけどそれは口には出さない。
「それはそうなんだけど、この町でこの素材使えそうな人知らないし、師匠ならいけるかなーって」
「出来ない事もないが……専門の奴らに任せた方がいいだろ。腕のいい奴を余所から集めるのは俺がやろう。素材も俺が預かればいいか?」
「お願いします。オリヴィアとシャル、それに警備兵の装備を整えるのに役立てて欲しいんだ。あ、角だけは俺が使いたいからそのまま残しておいて」
「ああ分かった。それとあれだ、警備兵の装備もってなると町長に話しておいた方がいいな。まあこっちも俺がやっておく。ところでライナーの剣、アルカーノの紋章が刻まれてるみたいだが?」
「師匠から貰った剣が戦闘中に使い物にならなくなって、アルカーノ騎士団から武器を貰ったんスよ」
「そうか。お前たちはまた外に出るんだよな?」
「隣の大陸に行くし、次戻ってこれるのはいつになるか分からないかな」
「……そうか。少しここで待ってろ」
俺とライナーはお茶を飲みながら師匠を待つ。少しして師匠が戻ってきたとき、その手には一本の剣が握られていた。
「それ”黒金”ですよね?」
「ああそうだ。ライナー、これをお前に渡しておく」
「え?」
「何を驚いている。前から言っていただろう?」
「いや、そうなんスけど……本当にオイラでいいんスか?」
「心配するな。これを持っているからといってすぐに”剣聖”を名乗れる訳じゃない。まずは”黒金”に認められないと話にならないからな。お前はまだ”剣聖”候補だ」
「アニキはいいんスか? 強さで言ったらアニキのほうが上なんだし、オイラはアニキが継いだ方がいいと思う」
「総合力なら俺の方が上だろうけど、剣の腕はお前の方が上なんだし問題ないだろ。気にするな」
「シヴァの言う通りだ。それにそもそも”黒金”がシヴァを認めないんだ。ライナーが気にすることじゃない」
「え、それどういうこと?」
余程俺が変な顔をしていたんだろう。師匠がやれやれといった感じで説明を続けた。
「お前は剣一筋って訳じゃないだろ。ライナーがいなかったらもしかしたらシヴァを認めていたかも知れないがな」
「魔法の研究したり、警備兵たちに魔法を教えたりしてたのが”黒金”的にはお気に召さなかったと?」
「それもあるだろうが、ライナーが道場で師範代として働いてたってのも大きいな」
「”黒金”って魂でも宿ってるのか?」
「そうだな、魂が宿ってるとも言えるんだが……まあ俺はそこら辺の理屈に詳しくないから聞かれても分からんぞ?」
「オイラが”黒金”を持って行くと師匠の武器がなくなりませんか?」
「”黒金”ほどじゃないが、それでも名剣と呼ばれる剣はいくつか持っているから心配するな」
とりあえずライナーが”黒金”を受け継いで、アルカーノ騎士団の剣は俺が装備することで話がまとまった。俺が使っていた剣は師匠に返した。二刀流にしても良かったんだけど、俺は剣と魔法を使うスタイルだから片手は魔法用に空けておきたい。まあ別に二刀流しながらでも魔法は使える。使えるんだけど二刀流しながら魔法を使うってスタイルに慣れてないしな。慣れないことをして失敗するよりはいいだろう。
師匠との話を終えたところでライナーも自分の家に帰って行った。俺はこのままシャルとオリヴィアにもお土産を渡しに行く。師匠が二人の予定を知っていたので教えてもらうと、今日の午後は訓練所で警備兵たちと一緒に魔法の訓練をするらしい。俺は二人に会うため訓練所へ向かった。