84 次の目的地
「魔王……ですか?」
アリスが困惑気味にレッグさんへと聞き返して、一瞬だけ俺の方を見た。
いや、俺は何も知らないぞ。
というかセレン、ベル、シンディの三人も驚いた顔してるってことは初耳なんだろうな。
「レッグさん、すみませんが順を追って説明して頂けませんか? 魔王復活って話がどこから出てきたのか、俺たちにはまったく想像もつかなくて……」
「うむ、それではまず捕らえた彼だが、名をダリウス・グレイグルという。このダリウスというのは今回の件に最初から関わっていた人物だと判明した」
「あ、そういえばそのダリウスっていまどこにいるんスか?」
「ライナー、ダリウスのことは後でいいだろ」
「アニキは気にならないんスか?」
「そりゃ多少は気になるけど……」
それよりも先に魔王についてだな、と続けようとした。
ただどちらにしろダリウスについては聞いておかないといけない事だ。
それなら多少順番がずれても構わないか。
俺が黙ったのを見てレッグさんがライナーの質問に答えた。
「彼なら地下の牢屋に投獄しているよ。魔封じの結界が張られた牢屋だ。報告にあった魔人化というものもできない状態になっている。物理的に壊されない限り問題はないだろう」
「それなら逃げ出したりできないから安心っスね」
「うむ。それで話を戻すと、ダリウスは上級悪魔グレイルの手先だった」
まあこれに関しては予想通りだな。
「聖教会を守る結界は外からの攻撃や侵入には強い。だがそれは悪魔や魔物といった類いを退けるためのものだ。同じ人間には効かない。今回ダリウスはグレイルの指示の下、旅人を装って結界内部に潜り込んだ。その後、結界守護神殿を襲って地下への侵入を果たした」
結界守護神殿ってのが何か分からないけど、話の流れからして大きな魔石が置いてあったあそこのことだよな?
「それって地下への隠し階段についての情報が洩れてたって事ッスよね?」
「それだけじゃないだろ? むしろ重要なのはその奥だ。そこに何があるのかを知ってるからこそわざわざ侵入してる訳だし」
「あ……たしかに」
「地下のことは上級以上の人しか知らないって聞いてます。レッグさん、そこら辺については何か聞き出せましたか?」
「ああ、実は我々も裏切り者がいる可能性を疑っていたのだが、ダリウスの証言で否定された」
「つまりあたしたちの中に裏切り者はいなかったってことですか?」
「そういうことだ」
レッグさんが大きく頷くと、セレンは安堵したように胸を撫で下ろしていた。
セレンは地下通路で話をしていたときも気にしてたもんな。
「グレイルはこちらの構造、それに魔法陣について熟知していたらしい。経緯は不明だが最近になって情報が漏れたとかいう話ではないようだ」
「確かに詳しく知ってないとあの魔法陣は作れないだろうな」
「そういえばシルヴァリオ様が結界を元に戻して下さったのでしたね。ダリウスもその魔法陣については魔法が封じられた魔石を使って発動させたと言っていました。ダリウス自身はどうやって結界を無効化したのかまったく理解していないようでした」
そりゃそうだ。俺ですら解除するために解読が必要だったものを、ダリウスが理解してるとは思えない。
「それでダリウスが結界を無効化して、その間に聖教会を悪魔たちが占拠したってことですよね。それがどう魔王復活の話に繋がるんですか?」
「そんな急かしてどうしたんすかアニキ?」
「別に急かしてる訳じゃ……」
「ライナーよ、魔王とは本来人間を脅かす存在だ。そこら辺にいる魔物とは訳が違う。そんな存在が復活でもすれば、アクア様やレイン様たちにまで危険が及ぶ可能性がこれまで以上に高くなるというもの。ご家族を想うシヴァ様が慌てるのも無理はない」
「あー、確かにそれはマズいかも……うーん」
ナイスフォローだ、サーベラス。
レインの名前を出したことでライナーも身近な問題だと感じて、俺から意識が逸れたみたいだな。顎に手を当てて小さく唸っている。
「続きをいいかな? ダリウスが結界を無効化した後に悪魔たちが聖教会に入り込んだ。そして聖教会の宝物庫から初代聖女から代々受け継がれてきた、魔王の力を封じている宝玉を盗み出したのだ。この宝玉が盗み出されていた事から、我々はダリウスを操っていた悪魔の目的が魔王復活だと判断した。ダリウス自身は宝玉が魔王復活のための道具だと知らなかったようだが」
魔王の力を封じてる宝玉か。
そんな物があったなんてな。
でも初代聖女ってことはかなり昔の魔王なんじゃないか?
「初代聖女からってことは最近の魔王じゃないんですよね? その魔王を封じたという話は一体どれぐらい昔の事なんですか?」
俺と同じことを思ったのか、アリスがレッグに質問した。
「おおよそ千年前の事だ。とある若者が天使、精霊、竜の力を借りて歴代最強の魔王を封じたと云われている。ちなみに君たちは『アルフレド伝説』という物語を知っているかな?」
「はい、私は昔読んだことがあります」
「俺も一応」
孤児院に置いてあった古い本を思い出す。
かなり前に読んだからかなりうろ覚えだけど。
「あ、オイラは知らないです」
ライナーの答えを聞いたレッグが、まだ答えていないサーベラスのほうを向いた。
「私も知りません」
「そうか。では簡単に……『アルフレド伝説』というのはアルフレドという青年が仲間と一緒に邪神を倒すまでを描いた英雄譚であり、子どもたちに読み聞かせるための作り話、というのが一般的な認識だ。だがしかし、あれは作り話ではなく、実話をもとに作られたものだ。とはいえ何分昔のことで多くの情報が失われていたり、話が改変されている部分もある」
「どういった変更がされたのですか?」
興味深そうにアリスが尋ねた。
「アルフレドが戦ったのは邪神ではなく魔王だ。まあ当時は本当に邪神なんて呼ばれていたのかもしれないがな。そしてその魔王も倒したのではなく封じることしかできていない」
「なるほど、その魔王について他に情報はないんですか?」
俺の疑問に、アンジェリカさんが困った様な表情を浮かべた。
「実は私たちも詳しいことは分かっていないのです。ただ、先代から魔王を封じている宝玉を守るようにと、そう伝えられていただけで。魔王がどのような姿で、どのような力をもっているかも分かりません。まるで誰かが意図的に真相を隠そうとしているみたいで……」
つまり封じられている魔王についての情報はほとんど無いってことか。
どうしたものかなと頭を悩ませていると、アンジェリカさんが「ああでも」と両手を胸の前で合わせて続けた。
「おそらくフィオナ様なら全てをご存じだと思います。フィオナ様は初代聖女と面識があるようなことを以前仰っていましたから」
「そうなると私たちの次の目的はフィオナを見つけることかな? シヴァはどうしたらいいと思う?」
「セレン、フィオナは精霊の里に向かったってギルバード団長が言ってたんだよな?」
「あたしはそう聞いたわ」
「それならフィオナを探しに精霊の里に行くか」
話をまとめようとしたところでアリスが首を傾げた。
「だけど精霊の里ってどこにあるのかな? あとで団長にも聞いてみるけど、フィオナが教えて無かったらたぶん知らないと思うんだよね」
周囲を見渡す。
みんなが顔を横に振っていた。
「……まずは情報収集からだな」
「それならば中立都市にあるギルド本部に向かうといいだろう。あそこならば精霊の里について何か情報を持っていてもおかしくない。それに上級悪魔を討伐したことをギルド本部に報告したところ、君たちから直接話を聞きたいとギルド長が言っていたので丁度いい」
こうして俺たちの次の目的地は中立都市に決まった。
深い森の中、木洩れ日に照らされた倒木に道化師が腰かけ、その背後を騎士の恰好をした二人が守る様にして立っていた。
「あーあ……魔方陣が壊されちゃってますよ。ロザリーも倒されたみたいですし。せっかく楽して魔力を集められると思ってたんですけどねー」
遠見の魔法で聖教会アレクサハリンを覗き見ていたグレイルが、残念そうに声を上げた。グレイルの独り言のような呟きに、ジャックがわずかに首を傾げた。
「あれを無理に壊せば聖教会の結界にも影響が出ると仰っていませんでしたか?」
「そうなんですけど、変なんですよね-? なんでかきれいに解除されてるんですよ。だからまた結界が張られちゃってます」
「そんなことが可能なのですか?」
「可能か不可能かで言えば可能なんですけど……前提条件として私が創った魔方陣を解読しなければいけません。あれが人間に解けるとは到底思えないんですけど……どうしてでしょうね?」
グレイルは両手を上げて降参のポーズを見せた。
「私は魔法に関して詳しくないのですが、それほど難しいものなのですか?」
「あれにはずいぶんと昔に私が創った文字も含まれているので、私が直接魔法を教えた者でなければまず無理でしょう。でも私が魔法を教えた者は全員既に死んで……ああでもまだ一人だけ生きてるといえば生きてましたね。ただまあ動けないでしょうけど……。そう言えばジルベール、ダリウスは騎士団に捕らえられたみたいですよ」
名前を呼ばれたジルベールは肩まで伸びている金髪を揺らして冷笑を浮かべた。
その姿からはあからさまにダリウスを見下していることが分かる。
「あいつは暴れる事しかできない馬鹿ですから仕方ありません。魔人化の力を得たことで強くなったと勘違いしていたのです」
「ジルベールはずいぶんとダリウスに厳しいですねぇ。同じ故郷で育った仲ではないのですか?」
「グレイル様、私とあいつを同じにしないで頂きたい」
「おやおや。まあここに居ない者の話をこれ以上続けても仕方ないですし……それよりも私たちの目的がバレてしまいました。どうしましょう?」
言葉とは裏腹に、グレイルはまったく慌てていない。
むしろ楽し気に口元を歪めている。
「ダリウスが喋ったのですか?」
「そうみたいです。まあ別にいいんですけれど」
「目的というのはあの宝玉のことですよね? 何に使うのかまだ聞いていないのですけど、重要な物なのですか?」
「ふふっ、ええとても。ねえジャック?」
グレイルに名前を呼ばれたジャックはしかし、無言で佇むだけ。
その様子にジルベールは一瞬眉をひそめた。
「ジャックさんは知ってるんですか?」
「……知らぬ方が幸せなこともある。それよりもグレイル様、どうやらおいでになったようです」
木々の間から姿を見せたのは小汚いボロの布で体を包んでいる小さな体躯。
フードを取ると燃える様なオレンジ色の髪が乱雑に伸びていて、同じ色の瞳をした幼い顔が現れた。
その姿を見たグレイルは立ち上がり大きく両手を広げて再会の喜びを表した。
「久しぶりですね、ケネス。会いたかったですよ」
「俺は会いたくなかったけどな、グレイル。お前は面倒ばかり持ってくる」
「そんなこと言わないで下さいよ。私とあなたの仲じゃないですか?」
「グレイル様、この方が”煉獄”ですか?」
「ええそうです。気を付けてくださいね。ロザリーとは比べ物にならないほど強いお方なので」
グレイルの言葉にジルベールが緊張を強めた。
ケネスはため息をついてグレイルを見上げている。
「そのロザリーは倒されたみたいだな」
「ずいぶんと耳がいいですね」
「お前が来ていたみたいだからここを監視してただけだ。それで?」
「それでと言われましてもねぇ。あ、どうしましょう? 四天王が三人になってしまいました!」
「……そんなことはどうでもいい。お前が勝手に四天王だなんだと言っていただけだろう」
「ちょうど四人だったのでついつい。ただまあせっかく”戦神”が聖教会に行かないように王都へ魔物をけしかけたというのに、勇者たちに負けてしまうなんてねぇ」
「お前が裏で何をしていようと構わないし、ロザリーが死んだことも正直どうでもいい。だが、お前の魔法陣を解読できるやつがいるとはどういうことだ?」
「言葉のままですよ」
グレイルとケネスが視線を絡ませると、痛いほどの静寂が場を支配した。
そんな中、ケネスが先に口を開いた。
「そんなことできるやつなんて一人しかいないだろう。だがあいつは封じられているはずだ」
「もちろん封印は解けてませんよ。解けていないはずなのですが……もしかして、もしかするんですかね?」
「確かめてみるか。そうなるとあいつも呼ばないと後でうるさそうだ」
「そうですねー。そっちは任せてもいいですか?」
「お前に任せるよりはこっちで呼んだ方が幾分マシだな」
踵を返して距離をとったケネスが一度足を止めて振り返る。
「なあグレイル。お前……まだ諦めて無いのか?」
ケネスの問いに、グレイルはただ笑みを深めて見せた。