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83 天使像

 セレンから伝言を聞いた翌日、俺たちはセレンに連れられて聖女様たちが待つ屋敷までやってきた。


「大聖堂の近くにこんな建物があったんだな」


 屋敷の中を見て回すと、俺たちが泊まっていたところとは様子が違っていた。無駄な装飾がほとんど無くて、なんというか事務的な感じがする。


「聖神官や聖騎士じゃないけど、この町の運営に関わってる人は大体ここで仕事しているのよ。今は大聖堂があんな状態だから私たちもこっちを使わせてもらってるんだけどね」

「へぇ……ん、アリスどうした?」


 玄関ホールに入ったところでアリスが立ち止まっていた。何かを見てる様だけど……アリスの視線の先、そこには俺と同じぐらいの背丈の天使像が置いてあった。


 玄関ホールの中央にあるそれに近づいて観察して見ても、特に変なところはなさそうだった。


「これがどうかしたのか?」

「うん、実は昨日も思ったんだけどね、どこかでこの天使を見た事があるような気がするの。だけどどこで見たのか思い出せなくて」


 うーん、だいぶ記憶が薄れてるけど、俺を封印したときに見た天使の中にはいなかったような?


 アリスはフィオナぐらいしか天使と会ってないはずだし、一体どこだろう。


「というか昨日も来てたのか?」

「うん、王都へ報告するために魔法通信機を借りにね。ねえセレン、この天使の彫像ってこれ以外にもあるのかな?」

「あるわよ。原型は大聖堂の最上階にあったんだけど、たぶん今回の戦いで壊れちゃったわね。それ以外だと、この町の教会にそれと同じ複製があるわ」

「聖教会以外には置いてない?」

「えーっと……たしか他の町とかには置いてなかったはずよ。アリスって以前ここに来たことあるのかしら?」

「ううん無いの。だからちょっとね……」


 二人の話を聞いてて俺も気になったことがあるんだけど、セレンなら知ってるかな?


「セレン、ちなみにこれのモデルって存在するのか?」

「モデル? ステラ様よ。前に話したと思うけど最初の天使ね。まあステラ像は聖教会にしか置いてないけど、似たような彫像なら他の教会にも置いてあるし、アリスの気のせいじゃないかしら?」

「……それもそうだね」


 話は終わったとばかりにセレンが二階に上がって行った。


 それでもアリスはまだ天使像を眺めていた。


「やっぱり気になるのか?」

「少しだけ怖いって……そう感じたの」

「怖い?」

「私にもよくわからないんだけどね」


 何かを誤魔化す様にアリスが微笑んだ。


 それが少しだけ引っ掛かった。


「アリス――」

「大丈夫だよ、きっと私の気のせいだから。行こ?」


 そう言われたらこれ以上聞くのもなんだかためらわれる。今度は俺が立ち止まっていると、アリスに手を引かれた。そのまま階段を上るとすぐにセレンたちに追いついた。


「そう言えばマリーさんは呼ばなくていいんスか?」

「あの人なら昨日からこの屋敷でアンジェリカ様の手伝いしてるわよ」

「ほう、マリーが聖女の仕事を手伝えるのですか?」


 みんなの後ろから会話を聞いていると、サーベラスが意外そうな声を上げていた。というかお前、その言い方はちょっとマリーさんを馬鹿にしてないか?


「働いてるところをチラッと見たけど完璧だったわ。あの姿を見たら、マリーさんがあなたたちの町に飛ばされる前は聖女候補としてアンジェリカ様と肩を並べていたって話も納得よ」

「でも、どうしてそんな人がオイラたちの町に飛ばされたんスかね?」


 聖女様に手を出したからって話、ライナーは忘れてるのかな? まあ子どもの頃に聞いた事だし忘れてても仕方ないか。


「あたしもそれ気になって昨日アンジェリカ様に直接聞いてみたのよ。そうしたら『剣聖が優秀な治癒魔法の使い手を派遣して欲しいって依頼があったから』って言ってたわ。元々カムノゴルには形だけの教会があるだけで、治癒魔法を使える聖神官はいなかったみたいなのよ。それとマリーさんが何か問題を起こした後で異動させやすかったって理由もあるみたいなんだけどね」


 マリーさんの実力でカムノゴルにいるのは変だと思ったこともあったけど、そんな背景があったのか。言われてみれば納得の理由だった。


「それにしても問題って何したのかしらね? アンジェリカ様もそこだけは教えてくれなかったのよねー」


 それは……なあ、聖女様も言えないだろうよ。そんな話をしていると、当の本人が通路の先からタイミング良く現れた。


「あら? みんないらっしゃい。なんの話してるの?」

「マリーさんの事を話してたんスよ。マリーさんってカムノゴルに飛ばされる前は聖女候補だったんスか?」

「……そんなこともあったわねぇ」

「うちの町に来た理由って師匠から依頼があったからなんスね。しかも優秀な治癒魔法の使い手として」

「もうやめてよ今更そんな話……なんだか恥ずかしいじゃない」


 子どもに聖女様と色々して飛ばされたって説明するほうがよっぽど恥ずかしいと思うんだけど。この人の恥ずかしがるポイントが未だによく分からないな。


「マリーさん、アンジェリカ様とレッグ様はもう奥の部屋にいるのかしら?」

「はっ!? そうよ、それを言いに来たのよ。二人ならもう準備できてるわ。こっちよ、ついて来て」


 先導するマリーさんの後に続いてアンジェリカさんたちが待っているという部屋に入った。


 中央には何も置かれていない広い部屋の奥では、アンジェリカさんがイスに深く腰かけていて、レッグさんがその横で佇んでいた。ベルとシンディの二人もいて、彼女たちはレッグさんの少し後ろに並んでいる。


 なんというか……謁見の間みたいなものだろうか? もう少し畏まった感じで待ってた方がいいのかな。


「それじゃあシヴァ君たちはここにいてね。私とあなたはあっち」

「分かってるわよ」


 マリーさんがセレンを連れてアンジェリカさんの横まで歩いて行き、レッグさんたちの反対側に並んだ。


 うーん、こうして並んでるのを見ると、本来はそっち側って分かっててもなんだかマリーさんだけ違和感あるな。


 二人の移動が終わったことで準備が整ったのか、アンジェリカさんが腰を上げて一歩前に進み出た。


「皆様、朝早くからご足労頂きありがとうございます。この様な形で出迎えておりますが、形式ばったものではありませんので楽にして頂いて構いませんよ」


 そう言ってアンジェリカさんが優し気な笑みを浮かべた。


 正直ちゃんとした作法とか知らないからホッとした。


「いくつかお伝えしたい事があるのですけれど、まずは皆様へのお礼からですね。アリス様、シルヴァリオ様、そしてライナー様とサーベラス様。此度(こたび)の件、皆様のお力添えがなければ、聖教会アレクサハリンは悪魔の手によって完全に滅んでいたことでしょう。心より深く感謝申し上げます」


 聖女であるアンジェリカさんがそう言うと、聖教会に属する全員が俺たちに向かって深く頭を下げた。


 アリスの横顔を覗き見ると、一瞬複雑そうな顔をしていた。だけどそれもすぐに毅然とした態度に切り替えて、アンジェリカさんに向き合っている。


「皆さん顔を上げてください。私たちは私たちにできる事をしただけです。今はこうして町を取り返すことができて良かったと、そう思っています。ね、みんな」

「ああ、そうだな」


 隣を向けばライナーも頷いていた。


 サーベラスは……町がどうとかはあまり気にしてないか。


 ここでようやくアンジェリカさんたちが顔を上げてくれた。


「それにこれは私たちだけの力で成し遂げた訳ではありません。セレンたちが私たちの下に来なければ、マリーさんが駆けつけていなかったら、そうしたらきっと違った結果になっていたと思います」

「そうですね。彼女たちの働きにも感謝しております」


 アンジェリカさんの横を見ると、セレンとマリーさんがどこか誇らしげな顔をしていた。それに比べてベルとシンディはなんだか気恥ずかしそうにしている。


「さて、アリス様方には私共から感謝の気持ちを込めて褒賞を贈らせて頂こうと考えているのですが……誠に申し訳ありません。皆様の働きに見合うだけの対価を用意することができそうにありません」

「働きに見合うだけの対価ですか?」


 俺が聞き返すと、アンジェリカさんが言いづらそうにしている。


 それを見かねたのか、助け舟を出す感じでマリーさんが前に出てきた。


「一生働かなくていいぐらいのお金や何かをみんなに渡せればいいんだけど、そのお金がないのよ」

「あーそれは……」


 思わず声が出てしまった。そこまではっきりと言っていいのか?


 俺たちは気にしないけど……いやだからこそアンジェリカさんも言いづらそうにしていたのか?


「こほん……まあ、マリーの言い方に思うところはありますが、簡単に言うとそういうことになります」


 その後マリーさんがざっくりと聖教会の財政状況について話してくれた。聖教会は信者からの献金(けんきん)が主だった財源らしいこと。時々貴族がまとまったお金を入れてくれることもあるらしいけど、基本的に金欠状態。実は俺と師匠がマリーさんに払っていたお金も、商業ギルドを経由して聖教会に送っていたんだと。あんな大金を何に使ってるのかなと怪しんだ事もあったけど、ここに流れていたのか。個人で考えれば大金、だけど聖教会全体として考えれば雀の涙だな。さらに大聖堂が壊れ、修繕するには膨大なお金が必要となると、そりゃあいくらあっても足りないよな。


「本当に情けない話で申し訳ありません」


 アンジェリカさんとレッグさんが心苦しそうにまた頭を下げた。


「いえ、私たちはお礼が欲しくて戦った訳ではありません。ですのでお気持ちだけで十分ですよ」


 俺もアリスと同じ気持ちだ。たぶんライナーも。


「ありがとうございます。しかし、それで何もお礼をしないという訳にもまいりません。そこで、聖教会アレクサハリン一同は、今後アリス様たちの支援を行わさせて頂こうと考えております」

「支援ですか?」

「はい。具体的にはそうですね……最初の支援として、セレンを治癒魔法の使い手としてアリス様たちに同行させるというのはいかがでしょうか?」


 なるほど、そういう流れか。


「昨日、アリス様からお話を伺いました。今後も世界を脅かす悪魔たちと戦い続けると」


 昨日って……ああそうか、魔法通信機を借りに来たって言ってたからその時に話したのかな?


「その戦いにセレンを連れて行くというのはどうでしょうか?」

「セレンをですか?」

「はい。アリス様たちがお強いのは承知しています。しかし、戦いが激化すれば怪我を負うことも増えるでしょう。そのときセレンがいれば役に立つと思うのです。いかがでしょうか?」

「それはすごく助かります。助かりますけど……セレンはいいの?」

「あたしは問題ないわよ。だから()()()()()。今回の報酬として、あたしじゃ不足かしら?」


 セレンがアリスに視線を送って、その次に俺に向けてきた。アリスがつられた様に少し困った顔で俺を見ている。実はこれ昨日の時点で俺に根回し済みなんだよな。というかセレン、いま明らかに俺に誘導しただろ。


「いいんじゃないか」


 俺がそう言うと、アリスは納得した感じで頷いた。


「セレン、これからもよろしくね」

「ええ、こちらこそ。よろしくお願いするわ」


 俺の援護射撃が必要だったのかは疑問だけど、結果的に話がまとまって良かった。これでアリスが遠慮して断ってたら昨日の握手は何だったんだって話だしな。


「それとアリス様にはこちらの剣を」


 ベルが持ってきた剣をアンジェリカさんが受け取り、それをアリスに手渡した。過度な装飾もなく堅実な作りの長剣。前にアリスが使ってたやつに近いかな?


「聖騎士団長のレッグが使っている剣と同型になります。業物ではありますが、アリス様がドラゴンを倒した時に使われたあの技に耐えられるかまでは……正直わかりません」

「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」

「他にも何かご要望があれば遠慮せず仰ってください。できる限りお力になります」


 セレンが仲間になるのと、アリスの剣で十分と言えば十分なんだけど……


「それじゃあ俺から一ついいですか?」

「はい、どういったご要望でしょうか?」

「エンシェントドラゴンの死骸というか、素材を譲ってもらえませんか?」


 昨日、町の掃除というか魔物の死骸回収を手伝ってるときに使えそうな角と鱗、それに皮があるのは確認済みだ。それを使って何か作れないかなーと思ってるんだけど、どうだろう?


「エンシェントドラゴンの素材ですか?」


 ちょっと不思議そうな顔された。あれ、そんな変な事は言ってないと思うんだけど。


「ええ構いませんよ。あれは皆様のお力で倒したようなものですから、最初からあれを私たちでどうこうしようとは思っていません」


 ああ、そういう事ね。でもあれ売ったら結構な値が付くと思うんだけどな。まあここで遠慮するのも違うか。それに必要な分をもらったら、残りはマリーさんに押し付ければお金に換えてくれるだろう。


「わかりました。それなら後で取りに行きます」

「他にはどうでしょうか? …………いらっしゃらないようですね。それでは何か思いつきましたらご相談下さい。私共はいつでも皆様のお力になりますので」


 アンジェリカさんが下がると、今度はレッグさんが前に出てきた。


「次は私の方から話をさせて頂きます。先日捕らえた捕虜の件についての報告です」

「もう情報を聞き出せたんですか?」


 まだ落ち着いてから一日程度しか経っていないのに早いな。


「うむ、()便()に話を聞いたところ、懇切丁寧に答えてくれたよ」


 レッグさんがちょっと悪い感じの笑みを浮かべていた。


 穏便ねえ……一体どうやって聞いたのやら。まあとりあえず俺の出番はなさそうで良かった。


「さて……」


 そう言って少し溜めを作ったレッグさんが表情を引き締めて背筋を伸ばした。それにアンジェリカさんたちの雰囲気もどこか固い。


「彼、いや彼らの裏で糸を引いている人物の目的が判明した。その目的は――”魔王”復活だ」

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