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80 光壁

 状況は悪い。


 いや、こうなることも可能性としては考えていたが。


 アリス様は操られている人々を殺すことに躊躇(ためら)いを感じているのだろう。


 だが、このままあの女狐(めぎつね)の言う通りにすれば結果は火を見るより明らか。


 シヴァ様が大切にしているお方を(けが)すような真似、見過ごすなどあってはならない。


「マリー、あなたの想い人の事は諦めて下さい」

「それは……」


 マリーが頷かない事は分かっている。


 しかし、優先度というものがある。


 マリーの気持ちよりもアリス様、そしてアリス様の気持ちよりもシヴァ様の想い。


 二人がなんと言おうと耳を貸すつもりはない。


 もしもここにシヴァ様が居たらどうされただろうか?


 最近のシヴァ様はかなり甘くなられた。


 アリス様と同じように躊躇い、多少は悩むかも知れない。


 ですが最終的には私と同じ判断を下すはず。


 幸い本来の実力を発揮できずにいる騎士たちならば容易く殺せる。


 騎士団長もあの程度であれば問題ではない。


 そう……私一人が(よご)れ役を買って出れば済むこと。


 アリス様はまだ騎士たちを殺す決意ができていないご様子。


 見るからに迷い、動揺を隠せていない。


 徐々に騎士たちが包囲を狭めていく中で、しかし、アリス様が剣を強く握りしめるのが見えた。


 まさか……いや、どちらにしろアリス様の手を汚させるぐらいならば私が。


 騎士たちがあともう少しでアリス様に触れる。


 床を蹴って飛び出すその直前、視界が真っ白に塗りつぶされた。


 それは一瞬の出来事。


 すぐに視界は元に戻った。


 これは一体?


 そう戸惑っているのは私だけではなかった。


 アリス様に詰め寄っていた騎士たちが正気に戻り、自らの意思で周囲の状況を確認している様に見える。


 女狐の方を見ると、騎士団長が聖女を抱えて女狐から距離を取っていた。


 そして剣は聖女に向けられることなく女狐に向けられた。


 なるほど、どうやら聖教会の結界が戻ったようですね。


 髪で直接操られている者たちの洗脳までは解けていないが、それは大した問題ではないだろう。


『サーベラス、地下の魔方陣を元に戻して結界を復活させた。そっちの状況はどうだ?』

『素晴らしいタイミングでした。流石シヴァ様です』


 アリス様を悲しませずに済み、思わず安堵の吐息が漏れた。


『は? まあよく分からないけど、そっちは大聖堂の最上階で戦ってる最中か?』

『はい。ロザリーと交戦中です』

『分かった。今からそっちに向かう』

『お待ちしております』


 シヴァ様との念話を終えたところで女狐が苛立たしげに動き出した。


「あの髪に捕まるな! 操られるぞ!」


 声を張って騎士たちが再び操られないように注意を促す。


 それだけで彼らは戦う標的が誰かをちゃんと認識したらしい。


 操られていた時とは比べものにならない素早い動きで髪を避けている。


 そしてアリス様が髪で操られている騎士たちを次々と解放し、とうとう女狐の手駒がいなくなった。


「これで形勢逆転よ」


 アリス様が誇らしげに宣言した。


 おそらくはシヴァ様が上手くやったことを心の中で喜んでいるのでしょう。


 さて、この状況で女狐はどう動く?


 玉座から立ち上がって大きくため息をついているのが見えた。


「はぁ……、結界が元に戻ったってことはあの子たちやられちゃったのね。それにしても……何が誰にも解除できないよ、あの馬鹿道化師。あっさり破られてるじゃないの。洗脳も解けてるみたいだし」


 道化師というのはグレイルのことか?


 王都近くでの件といい、今回の件といい、一体何を企んでいるのか。


「あんまりこの手は使いたくなかったんだけど、仕方ないわね」


 女狐はそう言うと、手中に集めた魔力を真上に飛ばして天井の一部を壊し、漆黒の翼を生やして勢いよく上空へと飛び去った。


 予想外の展開に固まっているアリス様たちを置き去りにし、私も空を駆けて追いかける。


「逃げられると思っているのか?」


 背後から声をかけると高笑いが返ってきた。


「あははっ、わたくしが逃げるですって? 何を勘違いしているのかしら」


 女狐が体ごと振り返ると、赤い長髪と漆黒の翼が空に広がり、顔は狂気に歪んでいた。


「腰を据えて少しずつ吸い取ってあげようと思ってたけど止めたわ。お前たちを殺して、町中の人間が干乾びるまで搾り取って、さっさと次の町に行くことにしたのよ」


 女狐の頭上に小さな穴が生まれた。


 そこからゾッとするほどの魔力が漏れている。


「だから見せてあげるわ。私の切り札」


 女狐が宣言すると同時、穴は広がり、光が走った。


 その攻撃を避けずに正面から受け止める。


「――サーベラス、大丈夫!?」


 気がついたときにはアリス様の近くに落ちていた。


 周りを見ると、床はやや陥没していて今にも下の階まで抜けそうになっている。


 ここまで威力があるとは予想外だったが……まあアリス様に被害がないのであればそれでいい。


 体の内側も大分怪しいがそれはマリーに治してもらえば済むこと。


「ごほっ、問題ありません」


 血を吐いて汚れた口元を袖で拭い、上体を起こすため腕に力を込めた。


 天井に開いた穴から外の様子を確認する。


 女狐の頭上にあった穴がさらに広がり、大きな異界の口へと変貌していた。


「あれは……」


 人の姿をした何者かが異界の口から出てきた。


 男神(おがみ)と呼ぶにふさわしい、鍛え上げられた鋼の如き肉体。


 秘めた魔力の総量は計り知れない。


 そして、人の姿から巨大な竜へと姿を変え、その正体を現した。


 上級悪魔に匹敵するほど強力な古代の怪物――エンシェントドラゴン。


「自らよりも強い者を使役するか、女狐め」


 エンシェントドラゴンが口を大きく開け、鋭い牙がむき出しになった。


 さらにその奥、口腔(こうこう)内に魔力が渦を巻いて集まっているのが見える。


 光を飲み込むほど暗く、黒い大渦。


 先ほど食らった攻撃ですらかなりのダメージを受けた。


 ではあれが撃たれたらどうなる?


 エンシェントドラゴンを一撃で殺すのは至難の業、しかしそれができなければ全滅するだけ。


 最悪攻撃の軌道をずらすだけもいい。


 それが叶わないのであれば、アリス様だけでも守らねば。


「”ブレイブ・グローリー”を使えば……、でもこんなところで相殺したらみんなが……」

「マリー、治癒魔法を私に! あれを止める!」


 アリス様が迷い葛藤している側で、私は元の姿に戻って捨て身の突撃をする覚悟を決めた。


 その瞬間、マリーの声がスッと耳の奥へと入り込んできた。


 ――痛み、苦しみ、嘆き、それは遠い夢幻(むげん)の世界へ。


 これは詠唱?


 マリーに視線を向けると、体中から光を放っていた。


 さらに口を動かして詠唱を続けているのが見える。


 ――願い、望み、誓う、(いつく)しみの心で抱きしめると。


 頭上に集まる魔力は勢いを増し、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がっている。


 もはや軌道を反らすだけの時間もない。


 ――すべては愛しいあなたを護るため。


 アリス様を庇うため体の痛みを無視して手足に力を込める。


 だが意志に反して体は動かなかった。


 エンシェントドラゴンの咆哮、そしてマリーが魔法名を唱えたのは同時だった。


「ガアアアァァァ!」

「”エンブレイス”!」




 ――光と音の洪水が止んだ。


 アリス様を庇うこともできずに地に伏せている自分が情けない。


 見上げる形で視界に入ってきたのは光り輝く多重結界。


 それを眩しいとは思わなかった。


 むしろ優しく照らされている感覚に安らぎを感じた。


 これがマリーの二つ名の由来になった魔法か。


 エンシェントドラゴンの一撃すら防ぐとはな。


「二人とも……あとはお願いね…………」


 魔力を使い果たしたのだろう、マリーは腰を下ろしてそのまま倒れた。


 ありったけの力を込めて立ち上がり、警戒を強める。


 今の一撃はマリーのおかげで防げたが、まだ相手は無傷。


 あの巨体を相手にどう戦うべきか。


「アリス様、ご無事ですか?」

「私は大丈夫。サーベラスのほうが……」


 私の腹部を見たアリス様はわずかに顔を歪めた。


 これぐらい大したこと無いと(うそぶ)く直前、足元から淡い光が立ち昇った。


 手足の細かい傷が一瞬で癒え、内臓にまで達していたであろう腹部の痛みまでもがたちどころに消えていく。


「これって聖女様の治癒魔法?」


 アリス様が向いてる先を見ると、膝を折り、祈りを捧げている女がいた。


 マリーの想い人、聖女アンジェリカといったか。


 治癒の光が辺り一帯に広がって、倒れていた騎士たちも次々に立ち上がっている。


 なるほど、確かに治癒魔法の腕は一級品だ。


 そう感心していると、結界の外を(おお)っていた煙が一気に晴れた。


 改めて周囲を確認すると、天井も壁もすべて消え去っていた。


 これでは吹きさらしの屋上と変わらないではないか。


「ちっ、操ってる間は便利だったけど、やっぱり相手に治癒魔法の使い手がいるのは面倒ね」


 私たちが無事なのを聖女の治癒魔法によるものだと勘違いしているらしい。


 異界の口から続々とインキュバスたちが飛び出してきた。


 女狐の配下が一体もいないのは変だと思っていたが、あんな所に隠れていたのか。


「町の人たちから好きに吸って来なさい」


 女狐の指示を受けたインキュバスたちが一斉に町へと散っていた。


 放置すれば町に被害が出るのは分かっているが、あれを放って置く訳にもいくまい。


「さて、こっちも終わらせましょうか。わたくしの代わりにあの者どもを滅ぼしなさい」


 それを合図に、エンシェントドラゴンが女狐を背後から抱きしめ、強烈な光が放たれた。


 瞬く間に光が止むと、女狐の姿が消えていた。


 いや、あれは……エンシェントドラゴンと同化しているのか?


 まるで十字架に張り付けられた罪人、エンシェントドラゴンの胸元から顔と胴体だけが表に出ている。


「あなたたちにこの子が倒せるかしら? ふふふっ、あはははっ!」


 女狐を中心にして赤い髪が血管の様に張り付き、それが高嗤う声に連動して大きく脈動を繰り返していた。

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