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79 操り人形たち

 時間は遡り、シヴァたちが地下空洞へ足を踏み入れた頃、アリスたちも大聖堂への潜入を果たしていた。




 シヴァたちと別れてから大聖堂の地下室に到着した後、私たちは棚の後ろに隠してあった上階へ続く通路に入った。


 魔法で足元を照らしながら、ちょっとカビの臭いが鼻につく薄汚れた細い道を、マリーさんの指示通りに進んで行く。


「マリーさん、あとどれぐらいですか?」


 そう尋ねると、マリーさんは体を前に向けたまま、後ろにいる私の方をちらりと見て小さな笑みを浮かべた。


「もうそろそろよ。前に何度も使ったことある道だから、迷ったとかそんなことはないから安心して」

「聖女様の寝室に繋がってるんでしたっけ?」

「正確には寝室の一つ手前にある部屋ね。一応緊急時の避難経路って扱いなんだけど……まあ私の知識は随分と前の事だから、模様替えとかで配置が換わってたり、別の人の部屋になっててもおかしくはないけど、そういった話は聞いてないし」


 どうして聖女様の寝室に繋がってる隠し通路をわざわざマリーさんが使ったのかは聞かないことにしよう、うん。


「この隠し通路の先で待ち伏せされている可能性はあると思いますか?」

「うーん、無いとは言えないかなぁ。例えば『隠し通路は存在するか?』とか操られてる状態で聞かれたら、自分の意思とは関係なく答えちゃうだろうしね……」

「サーベラスはどう思う?」


 マリーさんのさらに前の方から、サーベラスの落ち着いた低い声が返ってきた。


「私もマリーと同じ考えです。さらに言えば待ち伏せはされているものとして行動した方が色々と楽です」

「……うん、そうだね」


 二人の話を聞いて気を引き締め直した。


 さらに階段を上って奥に進み、ようやく部屋の手前までやって来た。


「アリス様、マリー、扉から少し離れたところに何者かの気配があります。全部で二つ、多いと見るか少ないと見るか……」

「微妙なところね。まあでもそれぐらいなら何とかなりそうじゃない?」

「そうだね。人なら操られてるだろうから動けないようにして洗脳を解いて、悪魔や魔物なら一気に倒しちゃおう」

「それでは行きます」


 サーベラスが隠し扉を開け放って飛び出した。


 マリーさんと私もそれに続く。


 飾り気のない整頓された部屋の様子が視界に入った。


 敵の存在は確認できない。


 サーベラスが感じ取った気配は?


「何の音だ?」


 この部屋本来の入り口が外から開けられ、ベルたちと同じ装備をした騎士が二人、腰の剣に手をかけ入ってきた。


 部屋の中じゃなくて外で見張ってたのね。


 サーベラスが向かって左側の騎士に攻撃を仕掛けたのが見えた。


 それなら私は右側のもう一人を――


「……二人とも流石ね。私の出番無かったじゃない」


 騒がれる前に騎士たちを気絶させることに成功した。


「それにしても待ち伏せしてたって感じじゃなかったわね」

「そうですね。正面から聖教会に入ったときも思いましたけど、そもそも人間を脅威と思ってないのかも……」

「ありえそうね。とりあえずこの子たちの洗脳解いちゃいましょうか」

「お願いします」


 洗脳の解除はマリーさんに任せて、私とサーベラスで周囲の確認をした。


「サーベラス」

「はい、外からだとはっきりとは分かりませんでしたが、どうやらこの上に強力な悪魔がいるようですね」


 上の方に大きな魔力反応。


 サーベラスも私と同じ様に天井を見上げて同じ方向を見ていた。


「マリーさん、この部屋から最上階までは?」

「一つ上、もうすぐそこよ。私に付いて来て」


 聖女様の部屋から出て乳白色の廊下を進む。


 途中、誰ともすれ違うことなく最上階まで一気に駆け抜けた。


 最上階に入ったところでサーベラスと二人で、マリーさんを庇う様にして前に出る。


 広々とした部屋の中央に目立つように置かれた祭壇。


 強そうな騎士と優しそうな神官を脇に侍らせて、趣味の悪い玉座に腰かけている、人間にしか見えない悪魔がいた。


「あなたがここを襲った元凶ね」


 シヴァはロザリーって言ってたっけ。


「あら、どうやってここまでやって来たのかしら? 誰かが侵入したって連絡はきてないんだけど?」

「教えると思う?」

「ふふっ、それもそうね」


 ロザリーは燃える様な赤い髪を後ろに払って、余裕そうに笑ってる。


 私たちのことは警戒する必要もないってこと?


「うーん、あなたもしかして勇者って呼ばれてる子かしら? それに、もしかしてそこにいるのって魔王の下僕じゃない?」

「魔王の下僕?」


 不思議そうにオウム返しする声が後ろから聞こえた。


 シヴァって元魔王だったとか、サーベラスの事とかはマリーさんには話してないんだよね……何か言い訳した方がいいかな。でも私がそういう事するのも変だよね。


 隣を見ると、サーベラスもこっちを見て、何も言わずに頷いた。


 そうだね、私たちが相手の話に乗る必要は無いもんね。


「あらら……だんまり? まあそれでもいいわよ。ところであなたたち……三人だけって事は無いわよね? なんだか下の方から騒がしい気配がするし、さっきから腹心の部下と連絡つかないのよねー。なにか知ってるんじゃないかしら?」

「さあ?」


 もちろん心当たりはある。


 だけどロザリーは地下の状況を把握してないってこと?


 それならこのまま私たちに注意を向けさせておけば、きっとシヴァたちが動きやすくなる。


「とぼけるつもりかしら?」


 ロザリーからの問いを無視してマリーさんが声を上げた。


「そんなことより私はあなたの隣にいる人たちを返して欲しいんだけど」

「馬鹿ねえ返す訳ないじゃない。この子たちはもうわたくしの物なんだから」


 一瞬だけ背後にいるマリーさんの事を見た。


 マリーさんはロザリーの横に控えている女性の方を凝視してる。


 きっとあの人が聖女様なんだろうな。


 そうなると反対側にいるのはおそらく聖騎士団長。


 まずあの二人の解放を優先したほうが良さそうだけど、そう簡単にはいかないよね。


「下の様子も気になるけれど、せっかくわたくしに会いに来てくれたんですものね。歓迎してあげるわ。さあ出ていらっしゃい」


 ロザリーが座ったまま片手を上げると、祭壇の周囲が歪みだした。


 ――っ!?


 剣を抜いて構えたときには聖騎士と聖神官たちが祭壇の周りに転移していた。


 騎士が八人、神官が二人で合計十人。それに騎士団長と聖女様、ロザリーを合わせると十三人。


 きっと呼び出そうと思えばもっと呼べるはず。これで全員だなんて思わない方がいい。


 それにここに来るまでまだ魔物を一体も見ていない。


 上級悪魔が配下を一体も連れてないなんてありえる?


「アリスちゃん、多少手荒にしても大丈夫よ。生きてさえいれば私やアンジェたちで治療できるわ」

「アリス様、マリーのことは私が」

「うん、サーベラスはマリーさんをお願い」


 マリーさんは魔法でのサポートは得意でも近接戦闘は得意じゃない。


 殺す気で魔法を放てば別だろうけど、そんなことしないだろうから、マリーさんが騎士たちに囲まれないようにしないと。


「そんな守ってもらわなくても大丈夫よ」

「ダメだよ。マリーさんにはみんなの洗脳を解いてもらわないといけないんだから。サーベラス、背後から急に転移してくるかもしれないから気を付けて」

「元より承知しております」


 剣を握る手に力を込めて、相手をキッと睨みつける。


「作戦会議は終わりかしら? それじゃあ存分にわたくしを楽しませて頂戴!」


 パチンと音が響くと同時、騎士たちが一斉に私たちを囲むように散らばった。


 正面からの真っ直ぐな振り下ろしを左側に受け流し、右から水平に迫ってきた剣は屈んで躱した。


 左からの攻撃は正面――ロザリーに向かって跳躍することで回避した。


 ご丁寧に騎士や神官を相手にする必要はない。


「はあっ!」


 大上段からの一撃は聖女様が張った結界に防がれた。


 ロザリーが玉座から動かず不敵な笑みを浮かべてる。


 祭壇に足をつけた瞬間、騎士団長が視界から消えた。


 ――っ横!?


 耳元で剣同士がぶつかった硬い音が響く。


 重いっ……、後ろから騎士たちの迫る気配が、このままじゃ挟まれる。


 大きく跳んで、背中に光の翼を生やして空中に留まった。


 追ってくる相手はいない。


 サーベラスとマリーさんの二人は無事?


 マリーさんの側で倒れてる騎士が一人、あれはおそらく洗脳を解いた後かな。


 サーベラスは騎士たちを一切の遠慮なく殴り飛ばしていた。


 血を吐いてぐったりしてる人もいる。


 いくらマリーさんたちなら治せるって言っても、早く治療しないと危ないんじゃ……、そんな不安はあっさり消えた。


 倒れている騎士たちが光に包まれて、あっという間に傷が塞がって、またサーベラスたちに襲い掛かった。


 聖女様と神官を止めないと、でもそのためには騎士たちをどうにかしないといけないし。


 マリーさんの様に一人ずつ洗脳を解いていくのが確実だけど、それだと時間がかかる。


 だったらまとめて気絶させれば!


「神に刃を向けし咎人よ、雷帝の裁きに焼かれて地に伏せるがいい」


 魔力を溜めた左手を眼下に向かって振り下ろす。


「”ライトニング・ジャッジメント”!」


 バチバチと音を立てて紫色の雷が広間で暴れ狂う。


 最初に神官二人が倒れた。


 次に騎士たちが壊れたおもちゃみたいに動きを鈍くして、順番に膝をついていく。


 無事なのは祭壇の上にいる三人だけ。


「アリスちゃんやるじゃない!」

「いえ、聖女様の結界が破れませんでした」


 翼を消してマリーさんの近くに降りた。


 神官二人の結界は突破できたけど、そこはさすが聖女様ってところかな。


 マリーさんは気絶した騎士に近づいて、洗脳を解く準備を始めた。


「アリス様、気絶させるだけでは意味がありません」

「どういうこと?」


 私の質問にサーベラスは答えなかった。


 だけど答えを聞くまでもなく理解させられた。


「気絶させたのに動いてる……?」


 騎士たちが次々と立ち上がっていく。


 彼らの表情を見ても、目を覚ましたって感じじゃない。


「ふふっ、あはは! 何をそんなに驚いているのかしら。人形に意識なんてものはいらないのよ。知らなかったかしら?」


 心底おかしそうに高笑っているロザリーを無視して騎士たちを観察すると、細長い糸のようなものが何本も繋がっていた。


 糸の元を辿っていくと、ロザリーの長い髪に行き着いた。


 うねうねと蠢いてまるで生きてるみたい。


 あれで直接操ってるのね。


 一斉に襲いかかってきた騎士たちの攻撃を躱しつつ、操り糸をまとめて切るために風の刃を放った。


「いくら細い糸の様に見えてもわたくしの一部よ。そんな低級魔法で傷付けられるとでも?」


 風の刃で切れないならこの剣で。


 気絶する前より動きの鈍い相手の攻撃を避けるのは難しくない。


 だけど、一度切ってもすぐに別の糸が騎士に絡みついて元通りに、ってああもうまた!?


「あなたほどの実力ならこの子たちを消し飛ばすぐらい簡単でしょうに。わざわざ手加減して、ほんと人間って馬鹿よね。まあその分わたくしは楽しめるからいいのだけれど」


 気絶させるのがダメなら物理的に止める。


 私が使える魔法でそれが出来るのは――


「”アイスフィールド”!」


 騎士たちの攻撃を回避しながら、魔法名を強く叫んだ。


 私を中心にして冷気の渦が爆発的に広がる。


 出来上がったのは騎士たちの彫像。


 長い間動きを止めることはできないだろうけど、今はこれで十分。


「炎が得意だと聞いてたんだけど、他にも色々使えるなんてずいぶんと多芸じゃない」


 体を凍らせた騎士たちを置き去りにしてもう一度祭壇に向かって跳躍した。


 ロザリーを守るように騎士団長が動いた。


 目の前に迫る剣を下段からのすくい上げではじいて左腕を伸ばし、胸元の甲冑に手を添える。


 ごめんなさい。


 心の中で謝って、爆破魔法を放った。


 衝撃、轟音、そして騎士団長が壁にぶつかる音がした。


 これで今この瞬間動けるのはロザリーと聖女様の二人だけ。


 一歩踏み出し、剣に聖火を纏わせる。


「これで!」


 聖女様が張った結界を横薙ぎの一撃で破り、もう一歩前に。


 未だ玉座から動かずに焦った顔をしているロザリーへ剣を振り下ろした。


 ロザリーの歪んだ口元、足元に何かが絡まる感覚。


「これはっ!?」


 後ろに勢いよく引かれて、これって空中で逆さまになってる!?


 足首からぞわっと気味の悪い感覚が上ってきた。


 何これ、いやっ――胸元が熱い、加護が守ってくれたの?


 よくわからないけどすぐに対処しないと!


 足首を掴んでる赤い髪を切り裂いた。


 空中で体勢を戻し切る前、飛び込んできた騎士団長の重い突進を受け止めきれずにマリーさんたちのところまで飛ばされた。


「アリスちゃん大丈夫!?」

「私は大丈夫です。でも……」


 床に足を付けて前方に視線を向けると凍らせていた騎士たちがほとんど動ける状態にまで回復していた。


 それに祭壇の前で仁王立ちしているのは騎士団長。


 砕けた甲冑の下、胸元に傷が見当たらない。


 聖女様の治癒魔法で癒えた……ってことだよね。


「すごいわねぇ。さすが勇者ってところかしら? 一瞬肝が冷えたわ。それに直接操ろうとしても効かないみたいだし、わたくし一人だったらまず勝てないでしょうね。で、も、あなたは……」


 ロザリーが両腕を広げると、騎士団長が聖女様の隣に一瞬で移動した。


 そして剣先を聖女様の喉元へ向けた。


「こういうのが嫌いなんでしょう? さあ勇者様、どうするのかしら?」

「くっ……」


 どう対応すればいいのか咄嗟に思いつかない。


 悩んで身動きがとれないでいると、祭壇の周りにまた歪みが生じた。


 ……ざっと見た感じだと騎士が二十人ぐらい転移してきてる。


「武器を捨てなさい。抵抗しなければ命まではとらないであげるわよ」


 騎士たちが焦らすように少しずつ距離を詰めてくる。


「あなたはどんな声をあげるのかしら? ふふっ、とても楽しみだわ」


 捕まったらどうなるかなんて考えるまでもない。


 あの悪魔、ロザリーが満足するまで弄ばれるだけ。


 どうすれば……前はどうしたっけ?


 白昼夢の様に一瞬だけ世界が切り替わる。


 真っ赤に染まった鎧、血の滴る剣、足下には多くの――


 知らない景色、だけど知ってる。


 ううん、こんな状況になるのは初めてなのにどうして。


 私は……また…………

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