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77 地下空洞での戦い

 ダリウスは以前魔道具を使って悪魔に変身して、そして自我を失って暴れた。それがいまはどうだ?


 魔道具を使った素振りは無かった。だけどあのときのように全身を浅黒くして悪魔へと姿を変え、さらに自我を保ってる。ダリウスが自分だけの力であれをできるようになったとは考えにくい。


 裏で糸を引いてるやつがいる。


 そして思い起こされるのはサーベラスから聞いたジャックの話。怪しいのはグレイルか?


 どうにかしてダリウスを捕まえて聞き出したい。だけどまずは目の前の敵をどうにかしないとな。


「オラオラどんどんいくぜ!」


 ダリウスの宣言とともに降り注ぐ炎の雨。


 インキュバスとの戦いを続けながらそれを躱し続ける。


 相手は剣の間合に潜り込んできて、両手両足を駆使した超近接攻撃を何度も繰り出してきた。あまりの手数の多さにだんだんと剣だけで捌き切るのが難しくなってくる。


「どうした? わざわざこんな地下に潜り込んできた割には大したことないな」

「そういうお前はインキュバスのくせに大した強さじゃないか。お前、その強さ自分で得たものか?」

「この力か? この力は我が主、ロザリー様から頂いたものだ! つまりお前はロザリー様のお力に敗れる訳だ、光栄に思うがいい!」


 思ったより簡単にロザリーの名前が出てきたな。


 まあ予想通りといえばそれまでだけど。


「ロザリーから頂いた? 違うだろ、この町の人たちから吸い取った力だろうが」


 インキュバスは下級悪魔の中でも弱い部類に位置する。


 相手を魅了したり眠らせてから精を喰らう種族ということもあって、ロザリーのように上級悪魔に進化でもしていない限り、直接的な戦闘は苦手なはずなんだ。


 だけど目の前のこいつは普通のやつらとは違う。


 異常に強化された肉体を使ってひたすらに殴って蹴ってを繰り返してくる。


 ただ動きは速くて戦い方は雑だな。


 だからいまもどうにか対処できてはいるんだが……


「どちらでも同じこと、お前は生きたまま捕えてやる。そしてロザリー様の贄となるがいい!」


 みぞおちに突き出された拳、それを剣の柄頭を使って体の外側へと()らす。


 右側に流れて行くインキュバスの体。


 一歩下がり左手を握り締め、無防備に晒されたわき腹を打ち抜いた。


「これで終わりだ」


 吹き飛んだインキュバスに向けて飛翔剣を放った。


 飛ぶ斬撃が相手の胴体に命中して、真っ二つになるはずが――


「かすり傷すらないってのは流石に予想外だな……」


 どんな強化したらああなるんだよ。


 結界で防がれたって感じでもなさそうだし、純粋に肉体の強度が跳ね上がってるのか。


「くくくっ、残念だったなぁ。お前の剣じゃ切れないみたいだぞ?」

「そっちこそいつまでその余裕ぶった顔でいられるかな?」


 再び間合いを詰めて放った一撃はギリギリのところで躱された。


 どれだけ硬くても斬竜剣なら効果はあるはず。


 問題はこの速さで動かれると当てるのが難しいってこと。


 高速剣と同時ならいけるか?


「それなら――ちっ」


 技の溜めに入ったところを空からの砲火に邪魔された。


 ライナーの方に視線を向けると、あっちも一向に途切れることのない攻撃を防ぐのに手一杯で反撃できてなさそうだ。


 さっきからダリウスはずっと魔法を撃ち続けている。


 あれだけ連続に、しかも当たれば致命傷になりかねない威力で、さらに疲れるぞぶりも見せていない。


 あいつも吸い取った魔力を使ってるのか?


「よそ見は関心しないな」


 インキュバスの爪先が胸元に突き出された。


 それを背中を反らして避けたが服に掠めて浅く裂ける。


 バックステップと同時、インキュバスの周囲に小規模の魔法陣を複数展開。


 ――連続解放、爆発の衝撃波を上下左右から浴びせて足を止める。


「ぐうっ……」


 苛立たしそうに苦悶(くもん)の声を上げているインキュバス。


 どうやら傷は付かなくても衝撃までが無かったことになる訳じゃないらしい。


 これなら時間をかければどうとでもなりそうだ。


 だけどこんなところで時間を潰す訳にもいかない。


 硬直している相手に詰め寄り、一瞬の溜め、そして高速剣による連続斬り。


 五連撃が全て命中し、剣閃が星の軌跡を描く。


 最後に力任せの突きを腹部に叩きこんだ。


 一直線に一階の手すり近くまで吹き飛んだインキュバス。


 隙をうかがっていただろうベルがまばゆい光を剣に(まと)わせて、手すりの陰から飛び出してきた。インキュバスは体勢を崩して地面に手をついている。このタイミングなら躱せないだろ。


「ふん、貴様のことは匂いで気づいていたさ!」


 予想を超える反応を見せたインキュバスが無理矢理体勢を変えて背後のベルと向かい合った。強固な肉体を盾にした捨て身の反撃、それをベルが打ち破った。


「光の裁きを受けるがいい! ”ディバインソード”!」


 下段から振り上げられた光の剣、その道筋に沿って鮮血が飛び散るのが見えた。


 インキュバスが怒り混じりの叫びを上げ、ベルの追撃から逃げるようにして距離をとっている。


 耳障りな叫び声が空洞に響く中、セレンの透き通った詠唱が耳に届いた。


「遙かな祈り、人々の願いの果て、闇を打ち払う金色(こんじき)(ほむら)よ。明日へと続く道を示せ! ”熾天(してん)の光”!」


 セレンの詠唱が終わると同時、空中に描かれた魔法陣の中心から高密度の光が走った。


 だけどそれを上回る速度でインキュバスが反応した。


「うそっ、避けた!?」


 セレンが放った魔法はインキュバスの脇を抉っただけで致命傷にはなりそうもない。


 反対側の手すりまで突き進んだ閃光が爆発を引き起こし、轟音と衝撃をこっちにまで広げた。


「きさまらぁあああーーー!」

「セレン様!」


 ベルがセレンを庇うようにして二人の間に割って入っても、インキュバスはそれを飛び越えて手すりの側にいるセレンへと迫る。


 ――間に合え。


 左腕をセレンに向けて突き出し、爆発魔法の魔法陣を一気に描く。


「シルヴァリオ何をしている!?」


 セレンの頭上に現れたそれを見てベルが怒声を上げているが、無視してさらに魔力を注いだ。


 膨れ上がる爆発の予感。


 セレンとベルの二人が結界を張って身を固める中、インキュバスが爆心地から少しでも遠ざかろうとセレンから離れた。


 用済みとなった魔法陣を霧散させて、その背中へと一息で間合いを詰める。


「セレンもう一度だ!」


 ここに至ってようやく騙された事に気づいたインキュバスが、背後に迫った俺に苦々しい顔を見せた。


 いまはセレンがもう一度さっきの魔法を放つまでの時間を稼ぐため、威力を落として何度もインキュバスに斬りかかる。


「シヴァ避けなさいよ!」


 二射目の宣言。


 このままじゃ俺も巻き添えを喰らう。


 そうならないように、セレンと俺との間にインキュバスがくるよう戦いながら調整した。


 直後、再び閃光が放たれた。


「当たらなければどうということもない」


 後ろも見ずに今度は完全に避けたインキュバス。


 そのまま閃光が俺に向かって――


「シヴァ!」

「シルヴァリオ!」

「味方の手にかかるとは馬鹿な男だ」


 俺を心配する二つの声、あざ笑うかのような声、そして――目の前の敵を倒すための力が同時に俺の下へ届いた。閃光を剣に纏わせるように吸い込ませる。


「――何っ!?」


 セレンの魔法の威力は高い、だけどそれよりも高速で動くこいつには当たらない。そして俺の剣じゃ攻撃を当てられても傷をつけることができない。それならどうするか?


 その答えが俺とセレンの協力技――”魔法剣・熾天の光”。


 インキュバスの胸部に残る傷跡を見た。


 ベルがつけた傷跡、聖なる魔法を付与した剣であれば硬いお前にも効くんだろ?


 目を見開いて何かを言いたそうにしている相手目掛けて光の剣を振り下ろした。


 左右に分断されたインキュバスの体が炎に包まれる。


 すべてが灰になる頃になってようやく断末魔にも終わりが訪れた。


 インキュバスの最後を見届けて、手すりの側にいるセレンたちの方を向いた。


「二人とも大丈夫か?」

「大丈夫よ、それよりも……さっきの何よ」


 セレンが目を細めて詰め寄ってくる。


 これは偽の爆発魔法を撃とうとしたことを言ってるんだよな?


「あー……あれは魔法陣を描く要領で作った本物に限りなく近い落書きだよ。まあそれと敵を騙すにはまず味方からって……」

「そういうことをする場合は先に一言あってもいいのではないですか」


 ベルの底冷えする声に割と本気で怒ってる雰囲気を感じ取った。


「はいすみません」


 でも言ったらばれちゃうじゃん。


「はぁ……まあ倒せたからいいけど。それにあれ、よく考えればあたしを守るためにしてくれたんだものね。ありがと、助かったわ」

「ですがもっと別のやり方があったのでは?」


 セレンは表情を和らげて納得してくれたみたいだけど、ベルはまだ納得していないらしい。


「ベル、もういいわよ。それにしてもあたしが放った魔法をすぐに魔法剣として利用しようとするなんてよくやるわね」

「魔法剣を使えるってことは教えていただろ」

「まあそうだけど、あれって敵が使う魔法でもできたりするの?」

「広範囲の魔法とかは流石にできないよ。それと仮に敵の魔法を利用できても相性の問題もあるから状況次第かな」


 炎の魔法を使う敵に対してそれを魔法剣として利用しても、炎の耐性持ってたりして効きづらいとかあるし。


「そっちこそあんなに高威力の魔法を使えるとは思わなかったよ」


 俺がそう言うとセレンは自分の胸元――天使の加護を軽く手で押さえて不敵に笑った。


「あたしこそちゃんと言ったじゃない、この力を使えばって」

「それもそうだな」


 ……セレンの使った魔法、あれはアリスが使ってた魔法と同じ感じがした。


 アリスはフィオナから教わったって言ってたし、もしかしたら天使の加護はフィオナとも関係があるのかもな。


「それよりもライナーの方は」


 どうなってる、そう続けようとしたところでシンディの大きな声と、強烈な打撃音が聞こえてきた。


「いっ、けーーー!」


 振り返ると天井すれすれを飛んでるシンディと、地面に落下していくダリウスが見えた。


 ベルが飛び出したあたりから炎の雨がこっちに飛んでこなくなったと思ってたけど、シンディも頑張ってたのか。


 ダリウスが地面と衝突する直前にライナーが片翼を切り落とすのが遠目に見えた。


 あっちもそろそろ終わりそうだな。


 そう思っていたら……


「ちっ、なんだよあの野郎やられてんじゃねーか」

「降参する気になったッスか?」

「はあ? 女の助けを借りてやっと俺に攻撃を当てられた奴がなに偉そうにほざいてんだよ」

「そっちこそ無駄弾撃ちまくってるくせに何言ってんスか」

「ああん、だったら何だってんだよ。まあいい……こんなところで捕まるのもごめんだ。じゃあな」

「ちょっ……え?」


 ダリウスがものすごい速さで逃げて行った……俺たちが来るときに使った入り口から。


 あいつここを守ってるんじゃないのか?


 いやそんなこと考えてる場合じゃない。


 呆気にとられているライナーに大声で指示を出す。


「ライナー追って捕まえろ!」

「了解ッス!」


 ライナーが各階の手すりを足場にして一番上まで跳躍し、ダリウスを追って闇の彼方へと消えて行った。


 風を従えてゆっくりと俺たちのところへ下りてきたシンディ。


 ただしその視線はダリウスが逃げた先を向いている。


「私も一緒に付いて行ったほうがいいでしょうか?」

「いや、あいつだって時間をかければ一人でどうにか出来てただろうし問題ないよ」

「そうですか、わかりました」


 ライナーは空飛ぶ相手が苦手だけど、それでもあいつが負けるほどダリウスが強いとは感じなかった。


「あっちも気になると言えば気になるが、それよりも俺たちがやるべきはこっちだな」


 広間の中央に視線を向ける。地面に刻まれた大きな五芒星、そしてその真上に覆いかぶさってる漆黒の魔方陣。こいつをどうにかしないとな。

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