76 地下通路の先
祭壇の裏に現れた階段を降りると薄暗い通路に出た。
完全な暗闇だと思っていたら通路全体が淡く光っていた。
これだけの明るさがあれば足下が見えなくて転ぶといったこともないだろうけど、どうしてこんな風になってるんだ?
「通路全体が……白く輝いてる?」
アリスも若干戸惑っているみたいだな。
俺たちの様子に気づいたシンディが、周りの警戒をしつつ簡単に説明してくれた。
「魔力がこの道を通って魔法陣まで流れて行くので、その影響を長い間受けた石材が徐々に変質してこうなったと聞いてます」
足元や壁を見ると、魔力の通り道だと思われる溝が刻まれていて、そこは特に強く光っていた。
「うーん見通しは良くないですけど、これぐらいの明るさがあれば灯りはいらないッスね。ただ……剣を振り回すにはちょっと狭いかなぁ」
道幅は三人並んで走れる程度、天井も高いとは言い難い。
流石にここで戦うような事態は俺もごめんだな。
目の前に意識を戻すと左右に別れた道がある。
「これはどっちに行けばいいんだ?」
「どっちでもいいわ。ここは五芒星の頂点。そして頂点同士を結んで星を描く道になっているのよ」
セレンが指先を使って空中に星を描いて続けた。
「そして道と道が交わる星のへこみの部分、ここから大聖堂に続く道と、さらに下へ行く道があるわ」
「なるほど、その二つの道もここの入り口みたいに隠されてるのか?」
「隠れてないから道なりに進めばわかるわ。行きましょう」
入り口の分かれ道から走り出してどれぐらい経っただろうか。
強化魔法で身体能力を高めているとはいえ、徐々にセレンとマリーさんの息が上がってきている。
町の端から中央、つまり町の半径をほぼ一直線で走っていると考えればかなりの距離だし無理もない。
一度休憩するべきか、だけど変に甘やかしてると思われたら二人とも大丈夫って強がるだろうしな。
そんな微妙な悩みが生まれた頃に、先頭を走っていたベルが立ち止まった。
目の前には三つに分かれた通路。
「こちら左の道が大聖堂に繋がっています。そして右の道がさらに下へと降りる螺旋階段となります」
「奥の道は別の神殿に繋がってるのか?」
「はい」
「なるほど。ここから先は昨日打ち合わせした通り、アリスたちは左、俺たちは右だな。二人は休まなくて大丈夫か?」
セレンとマリーさんに視線を向けて確認する。
「変に気を遣わなくて大丈夫よ……」
「そうね……シヴァ君、疲れたからってこんなところで立ち止まってる訳にはいかないでしょ? それにある程度なら魔法で回復できるから問題ないわ」
予想通りの答えが返ってきた。
ただ顔色を見た限りだと若干辛そうに見える。
だけど本人たちが大丈夫だと言うなら信じよう。
「分かった。それじゃあアリス、それにサーベラス、そっちは任せた」
「うん、シヴァも気を付けてね」
「お任せ下さい」
「ちょっと私は?」
片側の頬を膨らませて、じとーっとした視線を送ってくるマリーさん。
「ああ……うん、マリーさんも無茶はしないで下さいね」
「なんだか二人に比べて信頼されてない感じするんだけど……」
「それは気のせいです」
口に出すのは恥ずかしいけど、むかしから色々と面倒見てくれて、助けてもらってるし、信頼はしてますよ。
ただエロ方面に関しては信用してないけど。
「ねぇ、やっぱりあたしもそっち行ってもいいかしら」
「だめだ。昨日さんざん話し合っただろ……」
首を横に振ってセレンの要望を却下した。
いまのやり取りで昨日の話し合いが頭に浮かんだ。
俺の中でアリスが敵の親玉と戦うのは最初から確定していた。
勇者の加護がどこまで役に立つのか分からないけど、一応天使の加護の力も含まれているはずだし、洗脳に対する耐性もあるだろうという期待もある。
そしてもし相手がロザリーだったとしても、上級悪魔と一対一で戦えるアリスなら実力的にも問題ないはずだしな。
洗脳の解除、そして治癒魔法を扱えるセレンとマリーさんをどうするかは割と悩んだ。
ただこれについてはセレンの護衛であるベルとシンディの存在が決め手となった。
二人は相手の洗脳に抵抗できない。
そうなると直接面と向かって戦うのはきついだろう。
そんな訳でセレンと一緒にまとめて地下グループに決定。
ライナーはベルたちと同じ理由で地下へ。
俺とサーベラスは連絡をとれるから別れることにした。
そしてどっちがどっちに行くかは「シヴァなら魔法の知識も豊富だし、魔方陣がどんな状態になってても直せるよ」とアリスの発言が決め手となった。
正直そこまで期待されると、それはそれで困るんだけどな。
最終的にはアリス、サーベラス、マリーさんの三人が大聖堂で親玉と戦い、そして残りの五人が地下の魔方陣の確認へ行くことに。
なんというか人数差あってバランス悪いけど、単純に半分で割ったところで意味も無いだろうから仕方ない。
螺旋階段をグルグルと進み、一番下まで降りたところで大聖堂の下部に向けて再び走り出した。
足音を立てないように気を付けつつ、小さな声でセレンに話しかける。
「そういえばこの地下通路って聖教会の一員なら全員知ってるのか?」
「いいえ知らないわよ。この道を知ってるのは上級の聖神官と聖騎士だけ。どうして?」
「魔法陣に何か細工をしてるんだとしたら、相手はどうやってここを知って侵入したんだろうなって思ったんだ」
「操られた誰かが口を割ったか……、あまり考えたくはないけど裏切り者がいるのか……」
前を向いて走り続けるセレン。
その横顔はどこか沈んで精彩を欠いている様に見えた。
そして長い道の果てに現れた出口。
「これは……」
細長い道を進んだ先には薄暗い地下空間が広がっていた。
目の前にあった手すりに体を寄せて、隠れる様にして下をチラリと覗き見る。
眼下には大きな魔方陣がぼんやりと輝いていた。
そして同時にここがすり鉢状に掘られた大きな空洞の上部に位置していることもわかった。
魔方陣があるところを一階とするなら、ここは五階ぐらいの高さだろうか。
「……この上に大聖堂が建ってるんですよね? 何かあったら崩れたりしないんスか?」
隣で同じように覗いていたライナーが思わずといった感じで呟いた。
王都の城に迫る大きさの大聖堂、それがこの上にあるんだ。
たしかにその重さを支えられるだけの造りになってるのか心配になってくる。
「確かなことは言えないけど多分大丈夫よ。建造に関する資料を読んだ限りだと、かなり強力な魔法で地盤を固めたらしいから」
「まあそれならいいけど……、それで降りるための階段はどこにあるんだ?」
「こっちよ」
セレンの指示を受けたシンディが、先頭に立って周りを警戒しながら進んで行く。
俺たちもその後に続いた。
ある程度進むと鉄格子の扉で区切られた部屋が見えた。
「これは牢屋? どうしてこんなところに……」
魔方陣のある広間の反対側、壁を埋め尽くすようにして並んでいる牢屋。
「ずっと昔それこそ大聖堂が建てられる以前の話だけど、ここは監獄だったらしいわ。これはその名残ね」
なんでそんなところに結界というか大聖堂を建てたんだよ。
思わず浮かんだ疑問を口に出す前に、先頭にいたシンディが急に立ち止まった。
「シンディどうしたの?」
「あそこにいるのって…………」
遠くを凝視しているシンディの視線の先を追うと、そこには牢屋に囚われた騎士と神官たちがいた。
慎重に牢屋の前まで近づいて中の様子を確認する。
「これだけ近づいても私たちに気づかないなんて……」
ベルの言葉にも反応することなく、彼ら彼女らは一様に虚ろな表情を浮かべていてどこか遠くを見ていた。
「まさか騎士と神官たちがこんなところにいるとはな」
「どうするんスか?」
神殿を守っていた男は気絶させたけど、ここにいる人たちを気絶させても意味はないし、何より数が違う。
目の前にあるこの牢屋には四人だけ。
だけど大量にある牢屋全てに騎士たちが繋がれているとしたらどれだけの人数になるのか。
バレるのを覚悟で洗脳を解くか、先に魔法陣の調査をするか……
悩んでいた時間は一瞬。
だけどその間に事態は動いた。
何者かが転移してくる気配――
とっさに牢屋から離れて手すりの陰にしゃがみ込むように指示を出す。
「ふむ……少し離れている間にどうやらお客さんが来たようだ」
「はぁ? ちょっとゆっくりメシ食ってる間にかよ。おい、魔力反応は特に増えてねーぞ。気のせいじゃねーのか?」
「我々は鼻が利くのだよ、特に女の匂いには敏感でね。嗅ぎなれない女のものが三つ、その近くに男もいるな」
空洞の中を反響して二種類の声が届いた。
一つは生真面目で重厚な低い声。
もう一つはけだるそうな荒っぽい声。
「気づかれたか」
「匂いって……相手は犬かなにかかしら?」
まあセレンの言いたい事もわかる、ただロザリーの配下だとするなら犬じゃなくて淫魔だろうけど。
魔力だけ隠しても無駄だったか。
それにしても荒っぽい声の方、どこかで聞いたことあるような?
「なんかこの声知ってる気がするんスけど……」
「お前もか?」
「え、アニキも?」
聞いたのは最近じゃなくて、かなり前だと思うんだよな。
喉の辺りまで出かかってるんだけど出てこない。
そんなもどかしさを感じていると、セレンが肩を寄せてきた。
「ばれてるならさっさと動いた方が良さそうね。相手は魔法陣のところかしら?」
「そうだろうな。ここって隠れながら近づける造りになってるか?」
「一番下まで降りるところまでなら。でもそこから魔法陣までは見通しがいいわよ」
「それは残念……」
こっそりと相手の裏に回ったりとかって事はできないらしい。
「隠れてないで出てこいよー! 早くしないとこっちからぶっ放すぞ?」
立ち上がり、手すりの上に立って眼下に視線を向ける。
魔法陣の近くに並んでこっちを見ている影が二つ。
早くもぶっ放す準備をしてるのが見えた。
「仕方ない、俺とライナーで先に行く! ライナー付いて来い!」
「了解ッス!」
階下の手すりを足場にして一気に駆け抜ける。
連続で飛んできた炎の弾丸は真正面から切り捨てた。
着地と同時、背後でいくつもの爆発音が重なって聞こえてきた。
剣先を向けた先には余裕ぶった表情で佇む二人。
一人は予想通り男の淫魔、ロザリーの手下だろう。
そしてもう一人は金色に輝く短髪の――ああ、こいつか。
「どうしてここにいるのか知らないけど、お前も聖教会を襲った一人と考えていいんだよな?」
「あん? お前……たしか道場にいたクソ生意気なガキどもじゃねーか」
「ああっ! ダリアスじゃないッスか!?」
「ダリウスだ! 誰がダリアスだっつーの!」
ライナーじゃないけど俺も名前忘れてた、顔は見て分かったんだけどな。
まさかこんなところで再会するとは思わなかった。
それにこいつがここにいるって事は、いつも一緒にいたもう一人もいるのか?
「おい、もう一人は一緒じゃないのか?」
「あいつはここにはいねーよ」
つまり別のところにはいると。
「ダリウスお前の知り合いなのか?」
「いや知り合いってほどじゃねーよ。ただひと昔前にちょっとな」
「つまり殺しても問題ないということだな」
「そーゆーことだ」
ダリウスの隣で静観していたインキュバスから殺意が漏れ出してきた。
もう少しダリウスから情報を引き出したかったんだけど、そうもいかないらしい。
「男に用はない、さっさと女どもを出せ」
「出せと言われて出す馬鹿がどこにいる!」
一瞬で詰め寄ってきたインキュバス。
鋭利な爪を後ろに跳んで躱し、返す刃で伸びきった腕先を狙った。
「俺もいるぜ!」
奥から飛んできた炎の散弾に邪魔され、その隙にインキュバスに逃げられた。
ライナーが広範囲に散らばった炎を切りながら、一直線にダリウスに向かって斬りかかるのが視界の端に映る。
「思ったより速いッスね……」
「はんっ、お前が遅いんだよ!」
空を切ったライナーの横斬り、ダリウスは宙に浮かんで俺たちを見て高嗤っている。
その背中に悪魔の翼を生やして。