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71 サーベラスの背に乗って

「公演会というか、あれはもうただのお祭りでしたよ」


 シャルロットが当時の賑やかな空気を思い出して口元を綻ばせた。


 祭りの様子を想像できずにレインが首をかしげると、黒く短い髪が小さく揺れた。


「お祭りですか?」

「ええ、みんなで歌って踊って。私もお姉ちゃんも踊り子の服着たしね」

「機会があればまた行きたいわね。シヴァ先生たちの剣舞も格好良かったし」

「あーそれはちょっと見たかったかも」

「剣舞のほうは無理だけど、踊り子のほうだったら王都を出る前に服買ったからあるよ。レインも着てみなよ、絶対似合うから。多分私のなら大きさもそんなに変わらないし着れるよね?」


 レインが自身の胸元に目線を落とす。


 穏やかな曲線を描くそこは、同年代の少女たちと比べてもやや物足りない。


 そして仲の良い一つ年下のシャルロットにも負けているという事実が、レインをさらにへこませた。


「うーん、ありがとう。でも遠慮しとくよ。私着ても踊ったりできないし……」

「そう?」

「うん」


 苦笑いでシャルロットの誘いを受け流したレイン。


 シャルロットも無理して勧める気は無いのか、あっさりと身を引いた。


「アリスちゃんも歌ったって言ってたけど、どんな歌だったのかしら?」

「勇者が旅立って、それを女の子が見送って、最後にはちゃんと帰ってきたって話ですね」


 オリヴィアが思い出しながら答える。


 アクアはそれだけでどんな歌か分かったのか、頷きを返す。


「あの歌ね」

「知ってるんですか?」

「知ってるわよ。でも私はそっちよりも勇気の歌のほうが好きよ」

「勇気の歌?」


 シャルロットが聞き返した。


「希望の歌は勇者とそれを見送る女の子、そして世界が救われるって話だけど、勇気の歌は村人たちの物語なの」

「村人たちの物語……」

「そうよ。何にも特別な力を持たない村人たちの物語。勇者が帰ってくるその日のために、残った人たちで力を合わせて村を守り抜くって話。知ってる人は少ないけどね」

「何も力を持たない、普通の人……」

「今度教えてあげるわ。それにしても」


 アクアはそこで一度区切り、頬杖をついて深く息を吐きだした。


「あのシヴァがアリスちゃんと恋人同士とは。むかしは仲良かったけど、あれから八年かしら? 最近はまったく会ってなかったからちょっと意外かしらね。私はあなたたち二人のどちらかと付き合うのかと思ってたから」

「そんな風に思ってたんですか?」

「だってあの子、そんな素振り全然見せてこなかったんですもの。あとは大穴でマリーの可能性があるかなーって」

「それは流石に大穴過ぎるような……うーん、でもそんなことないのかな?」

「アリスって誰?」


 アクアとシャルロットの会話に割り込んだのは小さな影。


 昼寝から目覚めて一階に下りて来たカイトが、聞き慣れない名前に興味を示した。


 カイトと一緒に下りてきたマリンは目を軽く擦っている。


 アクアはまだ眠そうにしているマリンを膝の上に乗せて会話を続けた。


「カイトが生まれる前に少しの間……と言っても一年ぐらいだけど、ここに住んでた女の子がいるのよ」

「へぇー、なんでいまはいないの?」

「王都に、自分の家に帰ったのよ」

「それでそのアリス? って人と兄ちゃんがつきあってるの? どんな人?」

「女の私から見ても可愛いわよ……ちょっと嫉妬しちゃうぐらい」

「歌ってるときなんかは衣装や周りの雰囲気もあったけど凄く綺麗でしたね」


 シャルロットとオリヴィアがそれぞれアリスについて口にした。


 しかし、それを聞いたカイトはつまらなそうに相づちを打つ。


「へー」

「カイトはアリスに興味ないの?」


 自分から聞いてきたにもかかわらず、あっさりとしているカイトが意外だったのか、シャルロットが追及する。


 そうすると、無垢な笑顔がシャルロットに向けられた。


「ぜんぜん。だって会ったことないからよくわかんないし! おれは会ったことないアリスって人じゃなくて、シャルねーちゃんと、ヴィアねーちゃんが好き! それにレインねーちゃんも! だから大きくなったらおれがみんなをおよめさんにするから!」

「お嫁さんって……カイトが結婚できる年になったとき、私たちいくつになってると思ってるのよ? あと十年は先よ。そのときになってもまだ同じこと言ってくれるなら……そうね、そのとき考えてあげるわ」

「やった、やくそくだよ!」

「はいはい」


 言うだけ言って顔を赤く染めたカイトは、勢いよく階段を上っていった。


「あれきっと何年かあとになってから思い出して恥ずかしくなるやつよね」

「うーん……そうかもしれないけど、ちょっと可愛いなーって思っちゃったかな、私は」

「私もカイトみたいに素直に気持ちを伝えられたら楽なんだけどなぁ」


 小さな男の子の告白を目の当たりにして三者三様の反応を示した。


 シャルロットはどこか吹っ切れたようなさわやかな表情を浮かべ、オリヴィアは柔和な笑みを見せた。


 そしてレインは自分とカイトを比べて少しだけ複雑そうにしている。




 しばらくすると、オリヴィアたちが帰ってきていると警備隊の人から話を聞いたマリーがやってきた。


「あら、ほんとに戻ってきたのね」

「マリーさんお久しぶりです」

「こんにちは――っていきなり抱きつかないで下さい!」


 急に抱き着かれたオリヴィアが初心な反応を見せる。


 それがさらにマリーを興奮させた。


「あぁーこれよこれ。この反応よ! やっぱりオリヴィアちゃん好きよー」


 抱き着くだけにとどまらず、頬ずりまで始める始末。


 マリーとわずかな時間差で孤児院へ戻ってきたサーベラスは、マリーに冷めた視線を送った。


「……何をしている?」

「あ、サーベラスもいるのね。こほん、シヴァ君とライナー君はどうしたの?」


 マリーはオリヴィアから離れて姿勢を正すと、部屋に入って来たばかりのサーベラスに尋ねた。


「お二人は戻られていない。かく言う私もまたすぐに出ますが」

「どういうこと?」


 状況が分からずにポカンとしているマリーに、サーベラスはこれまでの経緯を説明した。


 王都での祭りやシヴァとアリスの関係などといった余計なことは省き、要点だけを抑えて。


「そういう訳で私はシヴァ様のところへ戻ります」


 サーベラスはアクアたちに向かって礼をすると、すぐさま踵を返して部屋を出た。


 一連の話を聞き、腕を組んで考えこむマリー。


 かつて暮らしていた地が悪魔に侵略された。


 何より気にしているのはかつて愛し合った聖女アンジェリカの安否。


 聖教会に巣くう悪魔を倒すために向かったシヴァたちのことを、マリーは信頼している。


 しかし、だからといってただ待っている訳にもいかない。


 そんな思いが彼女を突き動かした。


「みんな、ごめんなさい。私も行くわ!」


 あっけにとられる一同をよそに、マリーはサーベラスを追うため孤児院を飛び出した。




「ちょっと待ちなさい!」


 背後からの声にサーベラスは一度足を止めて振り返る。


「どうされましたか」

「私も行くわよ、いいわね」

「申し訳ありませんが断らせて頂きます」

「よし、じゃあ行きま――え、だめなの?」


 断られるとは思ってもみなかったマリーは固まった。


 それを相手にせず、サーベラスはさっさとマリーから距離をとる。


 小さくなっていくその背中を、マリーは慌ただしく追いかけた。


「ちょっとー! どうしてだめなのよー!」

「シヴァ様にあなたを連れてこいという指示を受けていません」

「大丈夫だから、シヴァ君ならわかってくれるから!」

「急ぐためあなたを連れて行くことはできません」

「そこをなんとか! 私だってあんな話聞かされて黙ってられないのよ!」


 二人の押し問答は歩きながらも行われ、町を出るまで続いた。


 最終的に勝ったのはマリー。


 町の外に出たところでサーベラスがシヴァに確認を取り、マリーを連れて行くことが決定した。


 念話を終えたときのサーベラスはかなり渋い表情を浮かべていたが、マリーはそんなことお構いなしに喜びを表した。


「ふっふーん。やっぱりシヴァ君は良い子ね。そういう訳だからお願いねサーベラス」


 いまにもスキップしそうなほどに弾む声。


 対するサーベラスは無表情で魔犬へと姿を変えた。


 銀色の毛並みが風に吹かれてサラリと波打つ。


「あれ? もしかしてその姿で走って行くの?」


 あくまでも人の姿で旅をすると考えていたマリーにしてみれば当然の疑問。


 サーベラスは大きく口を開け、人のときよりも低くなった声で短く答えた。


「急ぐと言ったはず」

「え、ほんとに? 乗っていいの? 実は一回だけでいいから乗せて欲しいって、前から思ってたのよね」


 マリーが瞳をキラキラさせて食いついた。


 やれやれとばかりにサーベラスは頭を振り、マリーの腰に長い尻尾をクルンと巻き付け、そのままヒョイッと自身の背中に放り投げた。


「ぷはっ!? ちょっと流石に扱いが雑じゃない? あ、でもこの毛並みはくせになるわー……って!?」


 銀色の毛布に顔をうずめてだらしない顔を浮かべるマリー。


 しかし、サーベラスが急に走り出したため、落ちないように必死になって抱き着いた。


「黙っていないと舌を噛みますよ」


 言うが早いか、徐々に駆ける速度は上がっていき、あっという間に強化魔法を施した馬のそれを超えていた。


 サーベラスは魔法を使ってマリーが落ちないように最低限の配慮をしていた。


 しかし、そんなことを知らないマリーは、抱き着く腕にいっそう力を込めて落ちないようにと必死だ。


「これほんとに落ちるって、ちょっと待って! もー少しゆっく、りぃぃーーー…………」


 茜色に染まり始めた空に叫び声が木霊した。

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