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66 天使の紋章

「――以上が私たち……いいえ、聖都アレクサハリンで起きた出来事です」


 セレンが話し終えたところで場が静まり返る。


 ずっと話をしていたセレンは一度カップを手に取りのどを潤す。


 机の上に戻すときのコトッという小さな音がやけに響いて聞こえた。


「あれは私たち人の間では使うことを禁じられている精神操作の魔法でしょう。本来であれば一人を対象に発動させる魔法ですが、実際には町全体……アレクサハリンの住人だけではなく、騎士や神官たちまでもが意識を乗っ取られていました」

「私たちもセレン様がいなければ同じように操られていたかと思うと……」


 ベルはそう言って顔色をわずかに暗くした。


 シンディも同じ想像をしたのだろう、顔を俯かせている。


「あなたたちはちゃんと(あらが)っていたじゃない。きっと私がいなくても問題なかったわ」


 セレンが励ますように声をかけると、二人は気を取り直したように見えた。


 俺は組んでいた腕を机の上に乗せて前のめりになり、話の中で気になった部分を質問することにした。


「なあ、いくつか聞いてもいいか?」

「なにかしら?」

「最初は……そうだな。セレンは天使の加護持ちなんだよな? セレンはその力を制御できるか?」

「はい。自らの意志で力を使うこともできますし、この間は勝手に力が発動しました。どちらの場合も紋章が現れますね」

「その紋章を見せて欲しいんだけど」


 そう言ったところでベルから冷たい眼差しというか殺意が向けられた。なぜ?


「念のため確認するだけで、本気で加護持ちかどうかを疑ってる訳じゃないぞ?」


 あとは単純にどんな紋章が出るのか気になったからってのもあるけど。


 そういえば天使の加護の効果がどんなものかも聞いておかないとな。


 そんなことを考えているとアリスからも呆れたように声をかけられる。


「シヴァ……そういうことじゃなくてね……」

「女性の胸元を見せろと言っていることが問題なんです」

「いまの発言はちょっと……まずいと思うけどなぁ」


 アリス、ベル、シンディに矢継ぎ早に何が問題なのかを責められて自分の言ったことの意味を理解した。


 勇者の加護もそうだけど、天使の加護も胸元に紋章が現れる。


 ということは……


「ち、違うぞ! 俺はそんな意味で言ったんじゃなくてだな」

「大丈夫ですよ。わかっています」


 体を机から離し、慌てて弁明しようとしたところを当事者のセレンが冷静に止めてきた。


 そしてセレンは椅子から立ち上がり灰色のローブを脱ぐと、青い服に白の法衣を羽織った神官姿を俺たちの前に披露した。


 そのまま胸元を閉ざしている紐に手をかけて、それを(ほど)くように手を動かし始めた。


「セレン様! 何をなさっているんですか!?」

「そんなに慌てないで。天使の加護、その証である紋章を見せるだけよ」


 ベルがセレンのことを止めようと口を挟んだが、セレンはそれに構わず紐を解いていき、ぴったりと閉ざされていた胸元の服がわずかに乱れた。


 恥ずかし気にセレンは片手で胸を抑えつつ、もう片方の手を使ってそこをわずかに開いて見せた。


 透き通るような白い肌。まだ何もないそこに……黄金に輝く”翼を伏ふせて祈りを捧げる天使”が浮かび上がった。


「これでいいかしら?」

「……ああ」


 セレンはさっと紐を結び直して胸元を閉じ、椅子に座った。


 そしてそのまま何もなかったかのように落ち着いてアリスへと質問を投げつける。


「アリス様は勇者の加護をお持ちなんですよね。アリス様はご自分の意志で扱えるのでしょうか?」

「え? ええっと私はまだ自分で力を使えなくて……実は紋章が出たのも一度だけなんです……」

「そうなんですか?」


 セレンは紋章を出して見せたのに、アリスはそれを見せれなくて申し訳ない……といった感じか。


 俺が紋章を見せて欲しいと言わなければそんな顔をさせずに済んだかと思うと、むしろ俺の方がアリスにごめんと言いたくなる。


「私は子どもの頃から扱えたのですけれど、天使の加護と勇者の加護では勝手が違うのかもしれませんね」

「そこら辺は情報が少なくてなんとも言えないな」

「そうですね。ところでシルヴァリオ様……いいえ、シヴァ。私の肌、しかも普段は隠している胸元を見たのですから当然今回の件、ご協力して頂けるのですよね?」


 そう言ってセレンはどこか挑発的な笑みを浮かべた。


 それを見た俺は、いままでの真面目な態度やさっきの恥ずかし気な表情は演技で、いま見せている顔が本来のセレンなんじゃないかって感じた。


「……まあ元から協力する気でいたからいいんだけど。アリスは?」

「うん。私もこの件については騎士団とは別に動いてどうにかしようと思っていたから問題ないよ」


 ギルバード団長に止められていたけどいいのかな?


 まあむしろ煽る目的で言っていた気もするから別に気にしなくてもいいか。


 俺はそう思って流したけど、セレンはアリスと騎士団の関係が気になったらしい。


「アリス様はアルカーノ騎士団の一員ではないのですか?」

「ええ、昔から騎士団の中で鍛錬していたからそのまま一緒に行動することが多いですけど、私は騎士団に入っているわけではありません。ただある程度は騎士団の中でも自由に動けるようにと、国から上級騎士相当の権限を貰っています」

「そうですか」


 今更過ぎて気にしてなかったけどアリスって騎士団に入ってなかったんだな。


 セレンがアリスの答えに納得したのを確認し、二つ目の質問を投げつける。


「それじゃあ次の質問だけど、聖なる結界って何なんだ?」

「聖教会アレクサハリンを守る巨大な結界です。魔物を寄せ付けず、強力な魔法攻撃ですら防ぎ、結界内では怪我や病気になりにくくなるとまで()われています」

「は?」


 思わず隣に座っているアリスと顔を見合わせた。


 俺の知る限りでは魔法で怪我や病気の予防なんてできないはずなんだけど……


「それって本当か?」

「王都に比べると怪我人や病人は少ないという話は聞いてます。しかしそれが結界のおかげかどうかは正直わかりません。なにせ聖教会には治癒魔法の使い手や、病気に対する知識を有する者が多いですから。ただ、少なくとも結界のおかげで魔物による被害が少なかったのは事実です。この間までは……ですけれど」


 そう言われれば、そんなもんかと思わなくもない。


 それよりもいまはどうして結界が消えたのかってことのほうが重要だ。


「急に結界が消えたって言ってたけど、普段はどうやって……誰が結界を発動させていたんだ?」

「あれは術者を必要としません」

「話にあった五芒星の頂点に置かれた魔道具がどうのこうのってやつか?」

「ええ、五つの魔道具に魔力が込められていれば自動的に発動します。その魔力が尽きると結界が解除されるため、私たち聖神官は毎日交代で魔力を補充していました」


 規模の違いはあるけど石板に魔法陣を書いておいて魔力を流すと発動するタイプと同じ感じか。


 魔道具は魔力供給用に置かれているだけって考えるとただの魔石と変わらないな。


「異変が起きた日、セレンたちは魔力を補充しに魔道具の側まで行ったんだよな? なにかおかしなところはなかったか?」

「私たちが担当したところでは、特に気になることはなかったと思います。ベルとシンディは何か気になったことはありますか?」

「いえ、特には」

「私も何もなかったと思います」

「そうか……」


 魔道具に何か細工を施されたのかと思ったけど違うのか?


 セレンたちが担当したところ以外になにかされた可能性も考慮しておくか。


 結界が解けた原因としてほかに考えられることは……


「そういえばフィオナはどうしたんですか?」


 俺が考えこんでいる間にあとで聞こうと思っていたことをアリスが先に質問してくれた。


「フィオナ様は私たちを王都に連れてきて、ギルバード様と少し話をしたらすぐにどこかへと転移していきました。聖教会の件についてはアリス様を頼れと言い残して」


 そう答えたのはベル。顔には出してないけど言葉の端々(はしばし)にトゲを感じた。


 自分は協力せずにどこかへ行き、アリスを頼れと言った天使に対して思うことがあるんだろう。


「フィオナは他になにか言ってませんでしたか? それと団長とフィオナがどんな話をしたかってわかりますか?」


 セレンが言いにくそうに口を閉ざした。


 その様子を見てベルも押し黙り、代わりにシンディが答えた。


「詳しくはわかりません。ただギルバード様から聞いた話では、フィオナ様は精霊の里に向かったと……」


 俺とアリスはそろって首を傾げた。


 悪魔に攻め落とされた町を救うことよりも、精霊の里とやらに向かうことを優先するってどんな理由があるんだろうか。


 何とも言えない空気が漂う中、それを打ち破るようにセレンが意見を述べた。


「いない人のことをあれこれ考えても仕方ありません。フィオナ様にはフィオナ様のお考えがあるのでしょう。いまはここにいる人たちで聖教会を悪魔の手から取り戻す方法を考えましょう」

「それもそうだな」


 俺は相づちを打ちつつも、ここにはいない仲間にどうやってこの話をしようかと頭の片隅で考え始めた。

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