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64 聖神官たちとの出会い

 俺は喫茶店を出て、通りを行き交う人々の流れにまぎれた。


 そういえば初めてギルバード団長と会ったとき、俺のことを警戒してたのって魔力隠して無かったからなんだろうなと今更になって思い至る。普段は特別隠すようなことしてなかったけど、今後は人並みぐらいになるまで魔力を抑えておくか。


 俺たち――というか主にアリスを覗き見ていた奴らの背後に回るべく気配を完全に消してから、視線を送ってくる奴らが隠れている路地裏の二つ隣の細い道へと入る。




 喫茶店から見て通りの向かい側にある建物。その陰から店の奥に腰かけているアリスのことを三つの人影が覗き見ている。


 灰色のローブに付いているフードを目元まで深く被って顔を見えにくくしているが、体格や声音から全員が女性であることが(うかが)い知れる。


 彼女たちはお茶を飲んで(くつろ)いでいるアリスを横目にひそひそと言葉を交わす。三人ともまさかアリスに気づかれているなどとは(つゆ)にも思ってもいないだろう。


「アリス様と一緒にいた男……出て行きましたね」

「どういった関係だったんでしょうか? ずいぶんと親しそうにしていましたけど?」


 通り沿いに少しだけ顔を出して様子を確認していた二人が、アリスと男の関係性について想像を膨らませる。


 一人、一歩後ろに下がった者は二人の背後で腕を組んで軽く(たしな)めるようにして次なる行動を(うなが)した。


「そんな野暮なことは気にしなくていいのよ。それよりも声をかけるなら彼女が一人になった今かしら?」

「その前になんで俺たちのことを覗き見ていたのか教えてくれないか? まあ、ある程度は想像ついてるんだけどさ」


 彼女たちの背後から突然男の声が聞こえてきた。


 通り沿いでアリスの様子を確認していた二人は、男と腕を組んで立っていた者との間に一瞬で体を割り込ませ、庇う様にして男の前に立ち塞がる。


「そんなに警戒しなくてもいいんだけど」

「気配を消して近づいてきた者を警戒するなと?」


 シヴァの一番近くに立った女性が腰に下げた剣の柄に手をかけた。


 それに対してシヴァは両手の平を相手に見せるようにして無害であることを示した。


「何かする気があるなら声なんてかけないだろ?」

「それはそうですが……あなた、アリス様と一緒にいた……」

「正解。驚かせたのは悪かった。でも気配を消さないで近づいたら逃げられると思って」

「私たちに気づいていたのですか」

「視線を感じてたからな。君たち隠密行動に慣れてないだろ? 俺だけじゃなくてアリスも気づいてたぞ。まあアリスは普段から見られてるらしいから、一般の人だと思ってたみたいだけど」

「それならどうして……」

「そっちの奥にいる人だけ魔力隠してないだろ。そのくせ一般人にしては魔力が大きすぎる」


 シヴァの指摘に彼女たちは息を呑む。


「俺はシルヴァリオ、みんなからはシヴァって呼ばれてる。君たちは聖教会アレクサハリンの関係者であってるよね?」


 俺の問いに驚きつつも無言を貫く三人。


 しかし、庇われる形で立っていた一人が諦めたように目の前まで進み出てきた。フードを脱いで、体の前面に垂らしていた髪を背後へと流し、隠されていた素顔が明らかになる。


 腰まで真っ直ぐに伸びた金の髪。それが薄暗い路地裏でも鮮やかに自己主張している。まだ幼さを残した顔立ち、大きな(あお)い瞳からは強い意志を感じた。


 起伏に乏しい細身の少女は胸元に手を当てて自ら名乗りを上げた。


「聖教会アレクサハリン所属、上級聖神官のセレンと申します」

「目的はアリスでいいんだよな」

「はい」

「後ろの二人は護衛……だよな? そっちは?」


 セレンが胸元に当てていた手を持ち上げると、それが合図となって二人はフードを脱いで顔を見せた。


「聖教会アレクサハリン所属、上級聖騎士のベル」


 髪留めを使って頭の後ろでまとめ上げた赤毛の髪をした女、ベル。


 その手はいまだ剣の柄に添えられたまま警戒を緩めていない。護衛としてその心構えは立派なんだがやり辛い……、鋭い目つきでこっち睨んでくるし。


「同じく上級聖騎士のシンディです」


 こちらはベルと違って温和そうな雰囲気を醸し出している。


 くせっ毛なのか、金色の短い髪がゆるく外向きにはねていた。


 ベルは警戒心の強い猫、シンディは……子犬?


 そんな感想を抱きつつも顔には出さないように気をつける。


 上級聖騎士というのがアルカーノ騎士団の上級騎士と同等の強さだとするなら、下手に刺激しないほうがいいだろう。突然斬りかかられても面倒だ。


「それじゃあ三人とも、アリスに紹介するから通りに出てもらっていいか」


 ベルはしぶしぶといった感じだったが、セレンとシンディは素直に通りに出てくれた。


 俺も路地裏から出て、セレンたちの横を通り抜けて一度振り返る。


「そこで少し待っててくれ」


 そう言い残して俺は一人喫茶店へと入った。




 女店主に話して旦那さんを呼んでもらい、いくらかの場代と追加の飲み物代を五人分渡して二階のバーを解放してもらった。とはいえお酒を楽しむために開けてもらったわけじゃない。喫茶店では他の人の目があるため、セレンたちと話をするにはまずいと考え、まだ夕暮れ前で空いている二階を貸してもらったというだけだ。


 ここがダメだったら俺が借りてる宿屋か、騎士団の空き部屋を使わせてもらおうと思ってた。


 俺とアリス、セレンたちが向かい合う様にして横長のテーブルに腰をかけた。


 それぞれの前には女店主が持ってきたお茶が置かれている。彼女はすぐに一階へと戻って行ったのでここには俺たち五人だけしかいない。


 それに口をつけて一息つき、アリスを交えて再度簡単な自己紹介をした。


「それで、アリスに声をかけずに店の中を覗き込んでいたのは俺がいたからなんだよな?」


 自己紹介を終えたところで俺からセレンたちに問いかけた。


「はい。アリス様に声をかけようとしていたのですが、シルヴァリオ様とご一緒だったのでお一人になられる頃合いを見計らっていました」

「シヴァでいい。シルヴァリオ様なんて呼ばれても違和感しかない」


 呼ばれ慣れてないせいかぞわっとする。


「……では今後はシヴァと呼ばせて頂きます。私のこともセレンと呼んでください」

「わかった。それとアリスについては誰に聞いたんだ?」


 アリスとセレンたちは初対面らしい。


 それならアリスの人物像を知ってないと尾行なんてできないだろう。


「アリス様についてはギルバード様からお聞きしております」

「なるほど」


 これは予想通り。


 それにしてもこんな遠回りなことしないで直接ギルバード団長が話し合う場を用意すればいいのに。


「セレンたちはアリスだけと話をしたいんだろうけど、俺も同席させてもらうぞ」


 あっさりとセレン呼びしたことにベルがムッとしている。セレン本人がいいと言ってる手前、口に出して文句は言ってこないけど目元が細くなった。


「失礼致します。アリス様、こちらのシルヴァリオ様はどういった人物なのでしょうか?」


 ベルがアリスに質問を投げかけた。


 シヴァと呼んで欲しいと言ったにもかかわらずシルヴァリオ様か、まあいいけど。


 俺の素性を知らない立場からすると、なんでこんな男を同席させるんだと疑問をもっても不思議じゃないよな。


「ええっと、シヴァは私のたいせ――ってそういう事を聞きたいんじゃないよね。アルカーノ騎士団には所属してないですけど、つい最近私たちと一緒に討伐に出て、上級悪魔を単独で倒しています。実力は私が保証します。信頼できる人ですよ」


 おそらく想像していた以上の人物像だったんだろう。


 セレンたちはポカンとした顔をしていて驚きを隠せていない。


「一人で上級悪魔を倒した……ですか。それが真実なら勇者や英雄と呼ばれるような人たちと同等の実力を持っている、ということではありませんか……」

「冒険者ギルドのSランクにもシルヴァリオなんて人はいなかったよね? 新しく昇級した人がいるって話も聞かないし……」


 ベルとシンディが信じられないとばかりに顔を見合わせる。


「そういえば私たちが証言すればシヴァの冒険者ランク、Sに上げられると思うよ?」

「別にランク上げる必要性を感じないし、まだいいよ」

「そっか」


 アリスが手を添えて耳元で囁くので俺も小声で返した。


 あっさりと引き下がったのはアリス自身も冒険者ランクに固執していないからだろう。


 ただし、それをしっかりと聞いていたらしいベルが変な感想を漏らした。


「名もなき英雄といったところでしょうか……」

「英雄とか、そういうのはやめてくれ」


 それにいまは魔力落ちてるし、アリスが説明したような実力があるかといわれると微妙なんだよな。


 アリスの説明を聞いてから無言を貫いているセレンは、俺の瞳の奥を覗き込むようにしてじっと見つめてくる。いまの話が真実かどうか確かめるように。


「ギルバード様からはそのようなお話を伺っておりませんが、アリス様が信頼を置いているというのであれば問題ありません。それにシヴァが(しん)に英雄といわれるだけの実力をお持ちであれば、これほど心強いものはありません」


 アリス、そして俺に向き合いセレンは背筋をピンと伸ばす。


 凛とした声音ではっきりと願いを口にした。


「話というのは他でもありません。聖教会アレクサハリンを悪魔の手から奪還(だっかん)するため、私たちにお力をお貸しください」


 セレン、そしてベルとシンディの三人が(こうべ)を垂れた。

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