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63 喫茶店にて -覚醒とお守り-

「そういえばシヴァは覚醒について知ってるの?」


 まだ頬の赤みを残しているアリスが、話の流れを変えるため別の話題を振ってきた。


 俺としてはもう少しアリスの恥ずかしがる様子を見ていたかったんだけどなぁ。


「一応確認だけど、アリスは知らないんだよな?」

「団長もフィオナも教えてくれなかったから」

「ま、あれは教えたところでどうこうなるものじゃないしな」

「私が覚醒したのってあのときシヴァと契約したから……なんだよね?」

「そうだな。まあそれだけじゃないけど」


 覚醒だけなら俺もここまで弱体化しなかったはず……


「ほかにも何かあるの?」

「まずは覚醒について簡単に話すよ。あくまでこんなイメージってぐらいだけど」


 進化――覚醒の原理はまだ解明されていない。だからこれはかつて俺自身が覚醒したときの経験を(もと)にして説明するしかない。


 指先に魔力を込めて魔法陣を作るときの要領で図を()く準備をする。


「まずは小さな水袋があります」


 そう言いながら指先を机の上で滑らせる。


 二本の線を平行に並べて水の出口を作り、楕円(だえん)で袋の部分を表現する。


「次にそれを大きな水袋が包み込んで」


 小さい水袋の口の部分から線を引っ張って、より大きな水袋を描く。とりあえず一回り大きいぐらいでいいか。


「大体こんな感じ」

「うん」

「この小さな袋と大きな袋にはそれぞれ魔力が込められてるとする。ただしこの状態だと小さい袋からしか魔力を取り出すことができない」


 小さい方を青色、大きい方を赤色に変えた魔力で塗りつぶす。


 そして水袋の口から青色の魔力を取り出して見せる。このときまだ赤色の魔力は袋の中に残ったままだ。


「それが覚醒する前の状態?」

「そういうこと。人にもよるけど覚醒前なら全体の二、三割ぐらいしか魔力を使えていないんじゃないかな」

「じゃあ覚醒は小さい水袋に穴を開けて、大きい水袋に入っている分の魔力も使えるようにしたってこと?」


 アリスの発言に合わせて内側の水袋の底を一部消した。


 それと同時に赤色の魔力を穴を通じて水袋の口から取り出して見せる。


「そんな感じで合ってるよ。ま、あくまでイメージだけどね。ああそれと」

「それと?」

「あのときはそれだけじゃなくて、大きな水袋の限界を超えて水を注いで、袋自体の容量も無理矢理広げた」

「ええっと、私の最大魔力量を増やしたってこと?」


 頷き、大きな水袋のさらに外側に楕円を追加する。


「そんなことしてたんだ」

「あのときはそれで自分の最大魔力量が減るとは思ってもみなかったな……」


 手をパタパタと振って落書きを霧散させ、机の上に片肘を付いた。


「まったく戻らないの?」

「少しずつ戻ってるみたいだけど、あまり(かんば)しくないかな。元に戻ろうとしてるだけまだ良い方なんだろうけど」

「さっきの例だと水袋自体が小さくなっちゃったってことなんだよね?」

「ああ。俺も魔力の回復速度が落ちてるのかと思って魔石を使って回復できないか試してみたんだ。だけどそれじゃダメだったんだよなぁ……。だから最大魔力量のほうが小さくなってるって判断した」

「そっか。じゃあこれ使っても同じだよね」


 アリスがポーチから何かを取り出した。


 それを両手に乗せて俺に見えるように――ってそれ!?


「昔俺があげたやつだよね?」

「そうだよ。それがどうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 捨ててはいなくても、家の引き出しにしまってあるんじゃないかなーぐらいに思っていたお守り。


 それがまさか普段から持ち歩いていたとは……


 ナナリーさん、疑ってごめんなさい。アリスはいまでも大切に持っていました。


 俺が心の中でナナリーさんに頭を下げていると、アリスが申し訳なさそうにお守りを胸元に抱えた。


「ごめんね」

「ん、なにが?」

「これ結構前に紐が切れちゃって……修理しようか悩んだんだけど、手を加えるのはちょっと嫌だったからそのままにしてて」

「そんなことか。いいよ。いまでも大事に持っていてくれたことのほうが俺にとっては嬉しいから」

「うん。私にとっても大切な思い出だから。それにこの前の戦いの時にも役に立ったんだよ。最後は結局負けそうになっちゃってシヴァに助けてもらったんだけど」


 まさかあの時渡したお守りが役に立っていたとはな。いや渡した本人が驚いてどうするって話だけど。


 いま見ると子どもっぽいデザインのお守り。あの時はまだ十歳だったから年相応で似合ってたけど、仮に修理して身につけるとしたらちょっと幼いか。


 何か代わりって訳じゃないけど、指輪とか? いやいきなりそれは重いか。でも金なら余ってるし、いつかは――


「どうしたの?」

「いやなんでもない。それより俺からも聞いていいか?」


 指輪うんぬんはそのうちだな。


 考えてることを見抜かれる前に慌てて話を変える。


「聞きたいことってなに?」

「ナナリーさんの報告で、アリスの胸元に勇者の紋章らしきものが浮かんだって話があったから気になって。そもそも勇者の加護自体よくわかってないから何ともいえないけど、紋章って出たり消えたりするものなのか?」

「う~ん、実は私もよくわかってないんだよね」


 首を捻りながらアリスが続ける。


「あのときは……ついカッとなって……」

「酒を飲んで暴れたおっさんの言い訳か」

「なんでそうなるの?」


 俺のツッコミに対し、アリスは机に身を乗り出して頬を膨らませ抗議してくる。


 いや冗談だって。


「ごめんごめん。それで紋章が出ていたときの記憶ってあるのか?」

「うっすらとは。でもあのときは体が勝手に動いていたようなものだから、あまり私の力って感じじゃなくて」

「そっか。意識的に紋章を出すことってできそう?」


 アリスは頭を左右に振って否定した。


「あ! でもそれとシヴァのおかげだと思うんだけど、あの技使えるようになったんだよ!」

「あの技?」

「”ブレイブ・グローリー”!」

「……ああ、あの光の剣か」


 一瞬なんのこと言ってるのかわからなかったけど、話の流れからしてあれだろう。”ブレイブ・グローリー”って名前だったんだな。


「うんそれ。シヴァは魔法を使って私が戦うところ見てたんだよね? 何度か使えないか試したことあったんだけど、いままで一度もできなかったんだ。それがあのときは使えたから」

「ちょっと待て。もしかしてあのとき初めて成功したのか?」

「うんそうだよ」


 実にあっけらかんと答えるアリス。


 あれぶっつけ本番だったのか……


「アリスは度胸あるなぁ」

「それ褒めてるの?」


 褒めてはいないな。


「でも自分の意志で使えないとなるとあまり当てにはできないか……。まあそれはそれとして、アリス気づいてる?」


 一瞬だけ視線を窓辺に向けた。


 それだけでアリスは俺の言いたいことを察してくれた。


 特別慌てることもなく俺との会話をそのまま続ける。


「一応は。ただ嫌な感じはしないから変な人じゃないと思うんだけど」

「そうだな。でも実力でいえば上級騎士相当だと思うぞ。そんなやつらがなんで隠れて覗き見てるのか……」

「え、ほんとに?」

「一人だけ魔力を隠し忘れてるみたいだし、アリスも探ってみたら?」


 アリスは目を瞑ってしばらく集中し、ゆっくりと瞼を開けた。


「ほんとだ。誰だろう? 私ときどき視線を向けられるからそれかなって思ってたんだけど」

「普段から人目を気にしないといけないのか、人気者は辛いな」

「その人気者の近くにいる男は誰だって恨まれてるんじゃないの?」


 楽しそうにからかってくるアリスに、俺は小さく笑いながら答える。


「それならそれで仕方ないけど。じゃあこそこそ隠れてるやつらを迎えに行くよ」

「どうして?」

「今日の本題、聖教会の状況について詳しく知ってる人たちじゃないかなと思って」


 昨日のギルバード団長の口ぶりだと聖教会に関係する誰かが王都に来ている可能性が高いと踏んでいた。


 このタイミングだとおそらく当たりだろう。まさか向こうから接触してくるとは思ってなかったけどな。


 ただこれでまったく無関係の、それこそアルカーノ騎士団の上級騎士で、アリスのファンって人でした……とかだとちょっと恥ずかしいよなぁ。


「アリスは少しここで待ってて」

「うん、わかった。大丈夫だと思うけど気を付けてね」


 席を立ち、カウンターの前で一度立ち止まる。


 女店主に少し外に出ると伝え、ドアベルをカランカランと鳴らして通りに足を踏み出した。

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