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62 喫茶店にて -名前の由来-

 ギルバードの部屋からシヴァとアリスが退出して少し経ったころ。


 ナナリーが部屋の主に向かって静かに問い詰める。


「どうしてあのような話をあの子たちにしたんですか?」

「あのようなってどれのことだ?」

「とぼけないで。上層部でもまだ意見が分かれているということは、まだ機密情報なんじゃないですか? あれではわざと教えたとしか……」

「さてな」


 対するギルバードはまるで意に介さない、何も問題など無かったかのように。


「俺が動ければそれが一番楽なんだけどな。傭兵の頃はもっと自由だった……いつの間にかしがらみが増えたもんだ」

「いまでも他の人に比べれば十分自由にやってるじゃない、あなたは」

「ふっ、違いない」


 ギルバードは小さく笑い、腰を上げて机を挟んで向かい合っているナナリーの近くへと歩み寄る。


「あなたが動けないから、だからあの子たちに?」

「アリスが目覚めた。それにシルヴァリオ、あいつはいま力を失っているみたいだが、それでも十分戦力になるだろう」

「だけど……」

「それよりもこっちにこい」


 ギルバードはナナリーの腕を強く引いて抱きしめた。


「ちょっとギル!?」

「誰もいないんだ。少しぐらい別にいいだろ」

「はぁ……」

「なんだそのため息は」

「心配してたなら素直にそう言って欲しいんだけどなぁ」


 硬い胸板に寄り掛かり、ナナリーは吐いた息とともに体の力を抜いた。


「怪我は無いのか?」

「シヴァ君が治癒の魔道具を使ってくれたから、それで大体治ったわ」

「そうか。今回の相手、お前とは相性が悪かったな。アリスが相手した二体のうちのどちらかならもう少し善戦したんじゃないか?」

「そんなもしもを話しても仕方ないじゃない。私が弱かっただけよ」


 それには答えず、ギルバードは抱きしめる力を少しだけ強めた。


 静けさの中、鳥の小さな鳴き声が部屋に届く。


 窓の外、翼を羽ばたかせて空を飛び交う鳥たちの姿が二人の瞳に映った。


「巣立ちのとき、なのかしらね……」

「それじゃあお前は子離れしないとな」

「子離れって、老けて見えるって言いたいのかしら? せめて妹離れって言って欲しいんだけど」


 ナナリーは腕を突っ張って距離を取り、わずかに怒気放つと扉へと足を向けた。


「子どもも妹もさして変わらねーだろ」


 机に寄り掛かり、誰に言うでもなくギルバードは呟く。


「はぁ、今夜あたり誘わねーと機嫌悪くなりそうだな、あれは。それにしても心配してたなら素直に言って欲しいって………………そんなの、心配するに決まってんだろうが」


 それに答える者はいない。


 すでにナナリーは部屋を出たあとだった。




 王都に戻ってから一夜が明けた。


 ギルバード団長から討伐の報酬金を受け取ったあとはみんなと別行動をしている。


 シャルとオリヴィアは買い物に、ライナーとサーベラスは破けた服を新調しに行った。


 俺は先に詰め所に来ていたアリスと一緒に行動している。


 まず受け取った報酬金がかさばって邪魔だったので、ポーチに入りきらない分を冒険者ギルドへ預けに行った。


 そのときアリスが「シヴァは何か買わないの?」と聞いてきたけど、特に欲しいものが無かったのでそのまま二人で落ち着いて話せるところを探した。


 俺は王都にある店をあまり知らないので、以前二人で飲んだ酒場『紅』の下にある喫茶店はどうかと提案。


 そこでいいよとアリスの了承をもらったので俺たちは喫茶店へ向かった。


 運よくこの店は朝から開いていた。もしこれで昼になってからじゃないと開かない店だったら別のところを探さないといけなかったから助かった。


 そうして俺たちは喫茶店に入り、一番奥にあるテーブル席で向かい合って座っている。


 二人分の飲み物が届いたところで早速本題の聖教会について……とはならず、なぜかアリスの疑問に答えるところから話が始まった。


「シヴァってさ、昔はなんて名前だったの?」

「昔って?」

「昔だよ、ずっと昔」


 ああ、人間に転生する前の話か。


 お茶を飲みながら適当に答える。


「シヴァだよ」

「うん。ん? そうじゃなくて昔の名前のことを聞いてるんだけど」

「だからシヴァだって。昔はシヴァ、今はシルヴァリオ。短くするとどっちもシヴァになっちゃうけど」

「もしかして昔の名前で呼ばれたくて、生まれたときに付けてもらった名前を無理やり変えたとか……」


 なぜか哀れむような目線を送ってくるアリス。


 そんな訳ないだろ。


「違うよ。ちゃんとって言い方変だけど、赤子のときからシルヴァリオって名前だったよ」

「そうだよね。仮にそんなこと言いだしてもアクアさんが許す訳ないよね。それじゃあ本当にたまたま一緒だったの?」


 机にカップを置いて頷き、昔のことを思い出しながら説明する。


「俺も昔の記憶が蘇った当初は意味が分からなかったんだけど、サーベラスから生まれた地方を聞いて、自分で調べてなんとなく由来はこれかなって目星はつけたんだけど」

「なんだったの? ――なんでサーベラスがシヴァの生まれたところ知ってるの? シヴァって孤児だよね? カムノゴルの近くじゃないの?」

「孤児ってのは合ってる。ただカムノゴルの近くじゃなくて北の帝国付近にある町に生まれたらしい」

「らしい?」

「俺もサーベラスにそう聞いただけだからな」


 あいつから聞いた話を順を追ってアリスに聞かせる。


 生まれ変わった先の町が悪魔に襲われたこと。


 サーベラスがそこから俺を救い出し、遠く離れたカムノゴルまでやってきたこと。


 シルヴァリオの名前は赤子の俺を包み込む小さなゆりかごに刻まれていたこと。


 それから俺の記憶が戻るまで側で見守っていてくれたこと。


 そしてサーベラスとは悪魔時代からの付き合いだということ。


「二人ってそんな昔から一緒だったんだ」

「ああ、そんな昔から一緒だったんだよ」


 アリスがどこか驚いた顔をしたかと思うと、今度は目を伏せて表情を暗くする。


「どうした?」

「うん、ちょっとね。シヴァの昔のこと知ってるの、私だけじゃなかったんだなぁって」

「あいつとの関係は特殊だからな。どうしようもない」

「それはわかってるんだけど。二人だけの秘密って、勝手にそう思ってたから……」


 少し甘えるような、拗ねるような態度をとるアリス。


 これどうすればいいだろうな。


 何を言ったら正解かわからないけど、それでも素直に本心を伝えてみる。


「アリスだけだよ。俺から話したのは。特別だって、そう思えたのは」

「……ふ~ん、そっか」


 アリスは緩んだ口元を誤魔化すようにゆっくりとお茶を飲んでいる。ただし嬉しそうに細めた目や持ち上がった頬までは隠せてない。


 というかこれ、言った俺の方がなんだか恥ずかしいんだけど。必死で顔に出さないように耐える。


「それで。結局由来ってなんだったの?」

「ああ由来ね。調べたら結構昔にシルヴァリオって英雄が俺の生まれた地方にいたんだとさ」

「へぇー。じゃあその英雄みたいになれるようにって名前を付けてくれたのかな?」

「たぶんね」


 結局推測でしかない。


 答えを知っている人たちはもういないだろうから。


「どんな英雄なの?」

「そんなに大したことないよ。町に襲い掛かってきたドラゴンを一人で倒したとかそんな感じ」

「……それって凄いことなんじゃないのかな?」

「そうか?」


 一人でドラゴン倒せそうなやつ結構いるよな?


 俺とアリスはもちろん、師匠、ギルバード団長、サーベラス、それにライナーもいけそう。ナナリーさんはどうだったかな。昔師匠がなんか言ってたような気もするけど。


 いや、俺たちの周りがおかしいのか。


 上級騎士ですら一人でドラゴンを倒せるほうが珍しいだろうし。


「普通は一人でドラゴン倒せないか」

「そうだよ。だから英雄として崇められたんじゃないのかな」

「そういえばアリスはどうなんだ?」


 アリスが俺の名前について聞いてこなかったら、多分気にしなかっただろう疑問。


「私?」

「そ、アリスの名前の由来」

「私はあれだよ、あれ」

「どれだよ」


 言いよどみ、若干恥ずかしそうしている。


「えっとね。私こそほんとに大した話じゃないよ? お母さんが子どものころ好きだった童話に出てくるお姫様が、その……アリスって名前でね」

「なるほど」

「はい。そういうことです」


 なぜか最後、丁寧口調になった。


 別にそんな恥ずかしがる話じゃないと思うんだけどな。


 それにしても、そうか。アリスのどこか夢見がちな部分は母親譲りか。


「でもお姫様か。あながち間違ってないような気がする」

「どういう意味?」

「お姫様なんて目じゃないぐらい綺麗だってこと」

「っ!?」


 アリスは顔を赤らめて俺から視線を逸らした。


 普段言わないようなこともさらっと出てくるのは、やっぱり相手がアリスだからなんだろうな。

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