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58 道化師の気まぐれ

 シヴァ様を送り出してからライナーと二人でジャックを抑えている間に、オリヴィアたちが翼竜の撃破を果たした。


 いよいよ敵は裏切り者のジャックのみ。


 そのジャックも額に汗を流し、肩で息をするほどに疲れを見せ始めていた。


 対するこちらは私が多少の怪我と、ライナーは服の一部を(ちり)へ変えられた程度。


 二対一というのにこれではな。いや、それほどまでにあの暗黒剣が凶悪ということか。


 オリヴィアたちが近づいてきたので手で制止する。


 いかに疲れていようともオリヴィアたちではジャックの相手は務まらないのだから。


 ジャックは遠くに見える倒れた翼竜を一瞥(いちべつ)し、二本の暗黒剣を消し去って息を整え大きく空を仰ぎ見た。


 だらりと両手を下げて隙を見せているジャックを怪しむが、好機を逃す訳にもいかない。


 カウンターが来ることを覚悟し、ライナーと左右から挟む様に距離を詰める。


 一足一刀の間合い、その距離まで近づいて――反射的に地面を蹴りつけて距離をとった。


 ぞくりと背筋を撫でられる感覚。あのまま踏み込んでいたら……死んでいた?


 どうやらライナーも私と同じ感覚を味わったらしい。同じようにジャックから離れ私の隣に並んで警戒を強めている。


「どうした? 来ないのか?」


 決意を秘めた瞳を向けてくるジャックの足元には(いにしえ)の言語と記号で描かれた魔法陣が顕現していた。


 それはシヴァ様が魔人化するときに見せるものに酷く似ている。


「お前たち相手にこれを使うことになるとはな……私自身これを使いたくはないんだが、私もまだ死ぬ訳にいかなくてね」


 ジャックが魔力を解き放ち、魔法を発動させるその直前。


「ストーーーーーップ! だめですよ勝手にそれを使っては!」


 突如として虚空から悪魔が現れ、大きな声とともにジャックの背後に舞い降りた。


 それと同時に魔法陣が跡形もなく消え去る。


 特徴的な四対の翼と、(にご)った灰色の長髪。極めつけは様々な色彩をした服装と、人を小馬鹿にしているかの様なペイントを施した顔。


 あの様な道化師じみた悪魔はたった一人しかいない――グレイル。


 シヴァ様を封印した上級悪魔の一人。


 グレイルはジャックを後ろから抱きしめ、左肩に顎を乗せて甘く囁く。


「何を驚いているんですか? 事前にここに来るって伝えたはずなんですけれど? それとも使ってはいけない力を使おうとしたところを見られて何て言い訳しようかと考えているんですか?」


 ジャックは動揺を隠せない様子で固まっていた。


 そんなジャックを見てグレイルは愉快そうに笑い、踊るようにして身を離してジャックの目の前まで進み出た。


「グレイル様そのお怪我は……」

「んん? これはこっちに飛んでくる前に天使と遊んでいただけですよ。天使は王都にいるって貴方(あなた)から聞いていたんですけど……まぁ貴方は私のお気に入りですからね。多少のことは目をつぶってあげましょう」


 グレイルの視線から逃れるようにジャックが顔を伏せた。


 それを見てニヤニヤと笑っていたグレイルが、私に気づいて大袈裟に驚いて見せる。


「おや? おやおや? おやおやおや? そこにいるのはもしかして!? 貴方のご主人様を封印してから姿を見なくなったと思っていたら、どうしてこんなところにいるんでしょうか?」

「グレイル様のお知り合いですか?」

「う~ん、まぁちょっとした知人程度ですよ。それよりも、もしかして……あの男……いやいや、まさかね」

「何か気になることでも?」

「南のほうを先に見てきたんですけど、せっかく手塩にかけて育てた……訳じゃないですけど、力を分け与えた子たちが全滅しちゃってたんですよ。予想外に強いのが二人いましてね」

「二人?」

「やたらと強い男と勇者の二人ですよ。勇者は別にいいんですけどね、前から聞いてましたから。ただ男のほうはすこーしばかり気になって」


 そう言ってグレイルは親指と人差し指を顔の前でぎりぎりくっ付かない位置まで近づけてみせる。


「ま、それについてはあとで考えましょうか」


 グレイルはぐるりと周りを見渡して一人頷き、高らかに宣言した。


(みな)さん、今日の私はとても機嫌がいいので見逃してあげましょう。さぁさ私たちは撤収しますよ!」


 そう言ってグレイルはジャックの隣に並び、肩に手を置いて転移魔法を発動した。


 二人を包み込むように空間に歪みが生じる。


「いやいや何言ってんスかあの悪魔?」

「待てライナー。ここであの悪魔の相手をするのは得策ではない。気持ちは分かるがいまは放って置け」

「だけど、いや……了解ッス」


 剣の柄を強く握りしめて飛び出したい気持ちを無理やりに抑え込んでいる様に見えた。


 ライナー自身も理解しているはず。ふざけている様にしか見えない道化師が、私たちの手に余る存在だということを。


 なんの気まぐれか知らないが、見逃してくれると言うのであればわざわざ手を出す必要はない。


「ではまたどこかで会いましょう!」


 グレイルは大きく腰を折り曲げて(うやうや)しく礼をする。


 こうして登場してから終始場を支配していた道化師とジャックは嵐の様に去って行った。




『――その()は他に魔物などの脅威が無いか確認し、召喚石を破壊してこちらでの活動を終えました。そこからは一番隊の隊長が(みな)をまとめております。諸々(もろもろ)の報告を王都にしてあとは帰路につくだけです』


 サーベラスから一通りの話を聞き終え、頭の中で情報を整理する。


 グレイル……ギルバード団長からジャックについて聞いたときにも出てきたな。


 二人はそのときから協力関係にあったのか? もしくはその前から? いや、騎士団が全滅したときにジャックだけ生かされて洗脳されたって線も考えられるか。


 そしてグレイルが怪我をしていたって部分。


 天使と遊んでいた?


 あいつは腐っても上級悪魔。下級天使じゃ相手にならないだろう。


 そうなるとあいつが遊んだというか戦った天使は同等の力をもつ上級天使になる。


 俺を封印したときには上級天使は上級悪魔と同じだけいた。その七体の内のいずれかと戦っていたってことか?


 いや違う。「天使は王都にいる」ってジャックからグレイルは聞いていた。


 王都にいる、正確にはいた天使はフィオナだけ。


 つまりグレイルはフィオナと戦っていたってことになる。


 まだ移動していなければフィオナは聖教会にいる。


 今回の件で分かったことといえばグレイルとジャックが協力しているってこと。


 魔物の群れと上級悪魔などはグレイルが用意したってこと。


 最後にグレイルの目的はよくわからないが、聖教会にも手を出していたかもしれないってこと。


 いや、もう一つあったな。


 ジャックが発動させようとした魔法、それは俺と同じ魔人化かもしれないってこと。


『サーベラス。今回の件を王都に報告したんだよな。王都からの返事はどうだったか聞いているか?』

『早急に帰還して詳細を報告するようにと』

『まぁそうなるよな』

『こちらは一晩休み、早朝から王都に向かいます』

『こっちも同じ感じだな』


 今後の方針については王都に帰ってから考えるか。


 フィオナがまだ聖教会にいるのかは王都に戻ってから確認しないと分からないだろうし。


『シヴァ様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか』

『なんだ?』

『シヴァ様のお力が……大分(だいぶ)弱まっているように感じられます。一体何があったのでしょうか?』

『あぁ、うん、それな。ちょっとアリスに力を分け与えたっていうか……』


 あからさまに歯切れの悪い返答にサーベラスもやや呆れたように聞き返してくる。


『ちょっとですか』

『いや、ほとんど。これ以上は王都で合流してから話す。どうせみんなにも話さないといけないだろうし』

(かしこ)まりました』


 結構な時間繋いでいた念話を切る。


 やっぱりサーベラスは気づくか。


 そりゃそうだよな。俺がサーベラスの力を感じとれるように、あいつも俺の力を感じとれるんだからな。


 なんとなく小窓に視線を向ければ、そこから見える外界は日が落ちて深い闇に包まれていた。


 この村に着いたときはまだ明るさを残していたのに、暗くなるのが早くなったもんだ。


 コンッコンッと、扉を叩く小さな音が外に向いていた意識を引き戻す。


 酒場の店主か? それにしては名乗りも用件も言わないってのは変だな。


 怪訝(けげん)に思いながらもベットから腰を上げ、脇に置いていたランプを片手に持って扉の前までゆっくりと歩いていく。


「誰だ?」


 返事はない。


 というかこの魔力反応はアリスか。


 鍵を外し、扉を引いて直接確かめる。


 薄暗い廊下を灯りで照らすと、そこには予想通りアリスが佇んでいた。


 ただし、騎士服ではなく寝間着姿にも見えるワンピースを着て。


 村役場のほうで身を清めたのか戦場で付いた汚れはすっかり落ちて、髪や肌は生来の艶を取り戻している。


「その……部屋、入ってもいいかな?」

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