57 少しの嘘を交えた報告
悪魔の契約を交わした後に魔人化が解け、文字通り飛んで行ったアリスを見送った。
それからは遠見の魔法を使ってアリスの戦いを見守っていたけど、どうやら無事相手を倒せたみたいだ。
例のごとく頭痛がして若干気持ち悪くなってきたので魔法を止める。
それにしてもアリスが最後に使った光の剣というか閃光?
あれってもしかして『アルフレド伝説』に書いてあった必殺技じゃないか?
アリスは勇者だから別に使えてもおかしくはないけどどうなんだろう。
まぁなんでもいいか。
こっちは複数の悪魔が混ざったような奴をアリスが倒したし、一応終わりと考えていいだろう。
サーベラスたちの状況はどうなっているだろうか。
あいつのことだからこっちが戦闘中だったら邪魔になるって考えて、余程のことが無ければ連絡してこないだろうな。
魂の繋がりが消えてないからサーベラスがやられたってことは無いと思うけど……俺から連絡するか。
『サーベラス、こっちは片付いた。そっちはどうだ?』
『はっ。こちらも丁度戦闘を終えたところです』
応答次第ではすぐに念話を切ろうかと思っていたけどその必要は無さそうだ。
『被害は?』
『ジャックに襲われた者以外では死者はおりません。怪我人はある程度いますが、シャルロットたちの治癒魔法でどうにかなっています』
『そうか。お前たちが無事で良かったよ』
これで一つ気がかりが消えた。
死んでしまった人たちには申し訳ないが、サーベラスたちに被害が出なかったことは素直に喜ばせてもらおう。
『それでジャックはどうなった?』
少しの間空白の時間が流れる。
『申し訳ありません。逃しました』
『それは別に構わない。即答しなかったのは何かがあったってことか?』
『はい』
続きを聞こうと思ったところでアリスが戻ってくるのが見えた。
戦いが終わってみんなが無事なら確認するのは後で構わないだろう。
『その何かについては後で聞かせてくれ。一度切るぞ』
『承知致しました』
アリスが翼を折りたたんでふわりと空から降りてきた。
そして朗らかな笑顔とともに勝利宣言が告げられる。
「シヴァ、私……勝ったよ!」
前回と同様に召喚石が落ちて無いか確認するため、悪魔たちと戦闘を行っていた場所まで俺とアリスは戻ってきた。
ナナリーさんたちはすでに立ち去った後で戦いの痕跡だけが残っている。
「うーん。無いね」
「無いな」
「ナナリーたちが見つけて壊したか……私の魔法で消えちゃったか……」
「魔法?」
「魔物の群れをまとめて倒すときに範囲魔法を使ったから、そのとき一緒に燃えちゃったんじゃないかなーって」
召喚石ってそんな簡単に燃えるんだっけ?
そんな疑問が浮かんできたけど口に出すほどでもないのでスルーした。
「いつまでもここに居るわけにもいかないし俺たちも村まで戻るか」
「そうだね。村に戻ってナナリーに聞いてみよっか」
俺とアリスは密林近くにある村に戻るため歩き出した。
村に戻る途中、俺が転移してきたところを通ったけどもぬけの殻で誰も居なくなっていた。
ナナリーさんの指示で撤退したんだろう。そこはただ荒れ地が広がるだけになっていた。
日が落ち始める前に密林を抜けて村が見えるところまでやってきた。
村の入り口には騎士が一人立っていて誰かを待っている様に見えた。
歩いて近づいて行くと騎士の顔がだんだんとはっきりしてくる。
俺たちに気づいたユリが小走りに近寄ってきた。
「アリス様! ご無事だったんですね!」
「心配かけてごめんね。ユリ」
ユリがアリスの目の前で立ち止まり、ほっとした表情を浮かべて胸を撫で下ろした。
「ナナリー様がお待ちです。付いて来て頂けますか」
ユリは俺たちを村から少し離れたところにある騎士団の野営地まで案内してくれた。
さらに足を進めると、野営地の中央でナナリーさんや他の騎士たちが焚き火を囲むようにして腰を下ろして休んでいる。
「ナナリー様。アリス様がお戻りになられました」
「ここまで連れて来てくれてありがとう。もう下がって休んでいいわ」
ユリが敬礼をしてから一歩下がり、テントの一つに入っていった。
ナナリーさんや騎士たちが立ち上がろうとしたのをアリスが手で制した。
「ナナリー、逃げて行った悪魔はちゃんと倒したよ」
「それはアリス様が倒されたということでしょうか?」
ちらりとアリスの隣に立っている俺を見て確認をしてきた。
あの状況ならアリスじゃなくて俺が倒したと思っても仕方ないか。
「あぁ、俺じゃなくてアリスが倒した。馬の悪魔は逃げた先で他の悪魔と融合したような姿になっていた」
アリスが横目で俺のことを不思議そうに見てきたけどそのまま続ける。
そういえばアリスが戦っているところを魔法を使って見ていたって話してないな。
「そいつは俺でも倒すのが難しいってぐらい強くなってた。俺が苦戦してるところにアリスが遅れてやってきて、勇者の力に目覚めたアリスが一気に相手を倒したんだ」
「……そうですか。あのときの力、それに紋章は見間違いじゃないということですね」
紋章? 何のことか分からないけど頷いておく。
とりあえずアリスが倒したってところが重要で他は割とどうでもいい。
それに勇者の力かどうかは別にして、アリスが強くなったのは間違いじゃない。
その方法がちょっとあれなだけで。
「おぉっ!」
「さすがアリス様!」
周りの騎士たちも、俺が苦戦した相手をアリスが倒したって話を聞いて興奮したように声を上げている。
アリスが俺を非難するような視線を向けてきたけどそれも一瞬。
本当のこと――アリスが俺と悪魔の契約をして力を得て、異形の悪魔を倒したってことはナナリーさんたちには話せない。
その話をするということは俺が悪魔の生まれ変わりってことをばらすのと同じだ。
アリスもそのことが分かってるから少し居心地の悪そうな顔をしてても俺の話を訂正しなかった。
騎士たちが落ち着いてきたところで俺は一つナナリーさんに尋ねた。
「そういえば魔物の群れがいたところに召喚石が無いか確認したんですけど見当たらなかったんです。もしかしてナナリーさんたちが既に処分していましたか?」
「えぇ、それなら私たちが探し出して破壊済みよ」
「そうですか。ありがとうございます」
話しておくべきことと、知りたかったことはこんなものか。
あとは今後の予定ぐらいかな?
「騎士団は今日ここで休憩して、明日の朝に王都に戻る予定であっていますか?」
「そうね。アリス様と私は村役場のほうにお世話になるけど、みんなはここにテントを張って休んでもらうわ」
「分かりました。たしか酒場の上が泊まれたはずなので俺はそっちに行ってみます」
ここには宿屋だけで生計を立てている店が無くて、酒場の二階や村役場などに何部屋か泊まれるところがあるって話を前にこの村に寄ったときに聞いた気がする。
「もし空いてなかったら村役場のほうに来て。もう一室用意してもらえないか村長さんに聞いてみるわ」
「そのときはよろしくお願いします」
俺はナナリーさんに軽く頭を下げてから背を向け野営地を離れた。
最後、アリスが胸に手を当てて何か言いたそうにしているのが視界の端に映った。
俺もアリスに言いたいことがあるけどこんな人の多いところじゃな。王都に戻ってからか、もしくは……
村に入ってすぐに酒場は見つかった。
今日は余所から村に来ているのは俺たちしかいないらしく、酒場の二階は空いていた。
一室だけしかないその部屋を借りて入ると思った以上に手入れが行き届いている。
ベットが二つと机に椅子が二脚。
少し割高に感じたのは二人部屋だったからか。
剣やポーチなどの荷物を適当に壁際に置いて一階に降りる。
数名の村人が酒盛りをしている隣で夕飯を頂いた。
服などの荷物はすべて馬と一緒に西の偵察部隊に預けていたので、酒場の店主から着替え一式を買った。
湯浴みを済ませ、買ったばかりのパンツとズボンを穿いてシャツを着る。
階段を上って部屋に戻ると寒さで若干鳥肌が立った。
ベット脇にある灯りをつけて、生乾きの髪が冷たくなる前に火と風の魔法を使って無理やり部屋の中を暖める。
これぐらいならまだできるようで安心した。
ある程度部屋の温度を上げたところで火を消し、ベットの端に腰をかける。
『サーベラス、いま大丈夫か? さっきの続きを聞きたいんだが』
『はい、こちらは丁度休んでいるところでしたので問題ありません』
『俺も宿に入って休んでいるところだ。それで一体何があったんだ?』
『実は――』
サーベラスが語ったのは今回の事件の核心にあたる部分。
魔物たちや悪魔を裏で操っていた存在――グレイルについてのことだった。