表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/164

52 求めた力

 蛇男と半人半馬がアリスに狙いを定めている中、ヴァンパイアは二人から離れて騎士たちの前まで悠然と歩いていく。


 まだヴァンパイアは歩いているだけでそれ以外は何もしていない。


 それにも関わらず騎士たちは威圧されたかのようにジリジリと後退り、剣先をかすかに震わせている。


「ふっ、力の差を感じて逃げ出したい……だが騎士という立場上逃げるわけにもいかない。そんなところですかね?」


 逃げ腰で距離を取ろうとしている騎士たちを嘲笑(あざわら)う。


 ヴァンパイアは足を止めて何かを考えるように(あご)に手を当てた。


「私が相手をしてはすぐに終わってしまいそうですし、眷属(けんぞく)たちで丁度いいでしょう」


 そう言うとヴァンパイアの頭上に小さな黒円が現れた。


 一匹、二匹とこうもりが続々と黒円から飛び出して……百か二百か、数多(あまた)のこうもりが空を飛び交う。


 さらに最初からヴァンパイアの側にいた濃紫(こむらさき)色をしたこうもりがあやしい光を放ち、小柄なヴァンパイアへと変身をとげた。


 その一匹だけに限らず、呼び出されたこうもりの内十数体が同じようにミニヴァンパイアとでも呼ぶべき姿に変わった。


「どれだけ耐えれるかな? 私を楽しませてくれよ? さぁお前たち、行ってこい!」


 低い声音でヴァンパイアが大仰に命令を下すと、大量のこうもりとミニヴァンパイアたちが解き放たれた。


 騎士たちの間に怒号と混乱の声が上がる。


 目の前の蛇男と半人半馬の悪魔に意識を向けながら、仲間が魔物の群れに襲われているのを視界の端に収め、ナナリーがアリスにだけ聞こえるように話しかける。


「アリス様一人で目の前の二体を相手にできますか?」

「分からない……でもやるしかない。私がこの二体を相手するからナナリーはあっちをお願い」


 アリスも小さく返すとナナリーが頷き、アリスの側を離れてヴァンパイアの下へと走った。


 小型の魔道具を取り出して既に戦い始めている隊員たちに一方的に指示を出す。


『一、二、三番隊の隊長は私に続け! こうもりたちの親玉を相手する! それ以外の隊員は四番隊隊長の指揮で魔物たちの撃破を!』


 戦いを静観しているヴァンパイアに向かってナナリーが抜刀と同時に斬りかかった。


「おっと。私の相手をしていていいんですか? 放っておいたら彼ら、死んでしまいますよ?」

「黙りなさい。その原因を作ってるのはあなたでしょう!」


 軽やかにナナリーの一撃を躱してクツクツと(わら)うヴァンパイア。


 魔物たちの合間を抜けてきた隊長三人がナナリーの後ろに立ち並ぶ。


「いくわよ! 死ぬ気でかかりなさい!」

「「「はっ!」」」




 ナナリーたちがヴァンパイアとの戦闘を開始すると、蛇男と半人半馬の悪魔も戦闘体勢に入った。


 腰を落として剣を構える。


 上級悪魔を二人相手にして手を抜くなんてできない。最初から全力で戦わないと。


「はぁっ!」


 普段押さえている魔力を解放する。


「おーやるじゃないか。もしかして君が勇者なのかな?」

「気付いてなかったのかよ」

「もしかしたらとは思っていたさ」

「ふんっ、そうかよ」


 驚くべきことに私から視線を外して互いを見合って暢気(のんき)に話しだした。


 並みの魔物なら力を解放するだけで逃げ出すというのに……完全に舐められてる。


 でも、わざわざ相手が見せた隙を見逃す気は無い。


 一瞬で半人半馬の目の前まで接近、首を狙った水平切りをお見舞いする。


 それを――身動きすらせずに防がれた。


「なっ!?」


 強固な結界に(はば)まれて傷一つ付いていない首筋。


 生半可な力で攻撃したわけじゃない。それなのに……


「お嬢ちゃん。ちょっと気が早いな。こっちはまだ話してる最中だってのに」

「お前が鈍いだけだろ」


 半人半馬が仕方無さそうに肩をすくめて蛇男がけらけらと笑う。


 距離を取り、遊び半分の二人を見て歯噛みする。


 ただの斬撃じゃダメージを与えられない。


 それなら――


 剣に魔力を注ぎ込む。


 どんな魔物も悪魔も焼き尽くす、光と炎が融合した聖火。


 シヴァに炎の剣を教わって、王都に戻ってからはフィオナに鍛えられ、今では私が一番得意とする魔法剣。


 ――”熾天(してん)(つるぎ)”。


 目が(くら)むほどの光を剣に(まと)わせて半人半馬の首を狙うと、鋭い突きが剣を持つ手元に襲い掛かってきた。


 とっさに攻撃を中止して歪な槍の穂先を躱す。


 その一瞬で半人半馬の悪魔は大きく後退していた。


「危ない危ない。その光の剣は危険だね」

「そいつばっかり狙って無いで俺の方にも来いよ」


 槍のリーチを生かして連続で突きを放ってくる蛇男。


 剣でさばきつつ、槍自体の破壊を試みるが絶妙なタイミングで引き下がられた。


 その瞬間に槍の間合いの内側まで潜り込む。


 この距離なら槍は意味をなさない。


 必殺の一撃を蛇男に放つ直前、半人半馬が横から殴りかかってきた。


 さらに足元から忍び寄る蛇の影。


「ちっ!」


 どちらかを迎撃すればもう片方は逃れられない。


 大きく跳躍して蛇男の頭上を飛び越える。


 空中で体を上下に回転させ苦し紛れに放った斬撃は簡単に躱された。


 着地と同時に蛇男に向き直る。


 心臓目掛けて突き出された槍を上体を捻って避けた。穂先が首元を掠めてわずかに胸元が露わになる。


 蛇男から距離を取り、体勢が整わないうちに前方から半人半馬が突進してくる。


 避けてばかりでは(らち)が明かない。


 反撃のため身構える。


 すると半人半馬は目の前で俊敏(しゅんびん)なサイドステップを見せて私の横を通り過ぎた。


 半人半馬の影に隠れていた蛇が大きな口を開けて目前まで迫っている。


 チロチロと舌を(うごめ)かせている姿に生理的嫌悪を抱き、思わず反撃の手が止まる。


 蛇のかみつきをしゃがんで避けると周囲をぐるりと回りこまれた。


 考えるよりも先に跳躍して空に逃げると地上に蛇のとぐろができあがっていた。


 あのままあそこにいたら絞め殺されてた……


「空は俺の領域だぞ?」


 声に反応してとっさに背後に魔力を集中――鈍い衝撃が体を突き抜けた。


 大きなハンマーで背中を殴られたかのような重たい一撃に息が詰まる。


 地面に叩きつけられ、空から急降下して追い打ちをかけてくる半人半馬の攻撃を転がるようにして避け、二体の悪魔から大きく離れた。


 相手も私の攻撃を受け止めようとはしていないからおそらく一撃でも当てられれば勝負は決まるはず。


 だけど、その一撃が当たらない。


 どちらかが危なくなればもう片方がカバーに入って私の邪魔をする。


 せめてどちらかだけなら……


 そんなことを考えたところで仕方ないのは分かっているけど、これじゃあ攻撃に集中することもできない。


「休んでる暇はないぞ?」

「さっさと死ねや」


 二体の激しい攻撃を受け、全てを防ぐことができずに徐々に腕や脚に傷が増えていく。


「くっ……」


 半人半馬が空に飛び上がり、魔力を練り上げ今にも魔法を発動させようとしている。


 それを止めようと膝を曲げて空に向かって跳躍する。その直前で蛇男がそうはさせないとばかりに邪魔をしてくる。


 執拗(しつよう)に突きを繰り返してくる蛇男。その速度が加速度的に上がっていき点でしか捉えられなくなる。


 半ば直観で回避し、反撃の機会を伺うが、唐突に突きが止んで蛇男が飛び退(すさ)った。


 間を置かずに半人半馬が放った魔法は全ての音を奪い去った。


「はぁ……はぁ……」


 ”熾天(してん)(つるぎ)”に回していた魔力を防御に割り当て身を屈め、どうにか致命傷は避けた。それでも騎士服のあちこちが破れて血がにじむ。


 風を起こして舞い上がった砂塵(さじん)を吹き飛ばすと辺り一帯の地面が大きく抉れていた。無事なのは私がいるところだけ。


「おいおい、俺まで巻き添え食らうところだったじゃねーか!」

「はっはっは! 何を言っているんだ。ちゃんとお前が退いたタイミングで発動させただろう」

「それに見てみろ。あいつまだ生きてるぞ」

「ほう。なかなかしぶといじゃないか」


 蛇男に指をさされて何か言われているみたいだけど、爆発の影響で麻痺した聴覚では何を言っているのかまでわからない。


 それでもキッと強い眼差しで相手を睨みつける。


 私は勇者なんだから、こんなところで負ける訳にはいかない。


 立ち上がり、あらん限りの力を振り絞って自分を鼓舞(こぶ)するように叫んだ。


「負けない。あなたたちには!」


 勇者の加護を授かっていても、こんな相手すら倒せないなんて。


 力が欲しい。


 目の前の二体を、ナナリーたちが相手をしているヴァンパイアを倒せる力が!


 願ったのはただそれだけ。


 急に訪れた変化。


 まず最初に視界がぶれた。


 次に頭が割れるように痛み出す。


 体中が熱を持って今にも倒れそうになる。


 そして強い、強い意志を持った声が頭の中に響いた気がする。


『………………』


 光が世界を包んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ